第二十四話 海賊
ダンガスト島への船旅は二日目に入っていた――
出航時の一騒動以降、ラドミラ達と目を合わせば火花は散る事はあっても、揉める事はなくなった、景虎が威圧しているのもあったが、すぐ突っかかるステラが船酔いで部屋で寝込んでいるというのが一番の理由だった。
「うー、もーやだー」
「大丈夫ステラ? 薬は飲んだんだよね?」
「飲んだー、でも効かないよー」
グロッキー状態のステラは幼児化が進んでいた、いつもは憎まれ口を言い合う景虎も、さすがに可哀想に思えてきてマリカに相談するほどだ。
「なあマリカ、なんとか楽にしてやる方法とかないんかよ?」
「んー、治癒魔法でも使えれば多少は楽にはなるんだけど、うちで唯一使えるのがステラだけなんだよねー」
「この船の中に他にいねーのか? 船員とかよ」
「いるにはいるけど……、けどねえ……」
言いにくそうに口ごもるマリカだったが、景虎が急かすように促す。
「誰だよ早く言えよ! そいつに頼んでみっからよ」
「えっとね……、言いにくいけど……、その、ラドミラなのよ」
「よっしゃ、すぐ頼んでくるわ!」
「え、ちょ、ちょっと景虎君!」
マリカの答えにすぐさま返事し走り去っていく景虎、また一騒動起こすのではと心配だったが、ステラの為に必死な景虎というのが微笑ましくもあったのであえて止めるような事はしなかった。
甲板に上がった景虎はラドミラはすぐに見つける、元々人がいる場所といえば甲板くらいしかなかったからだ。
景虎はすぐにラドミラの元に向かうと、向こうも景虎が来るのがわかったらしく怯えながら警戒する。
「な、何か用?」
「ステラを助けてやってくれねーか、あいつ今船酔いで苦しんでんだ」
唐突も申し出に言葉を失うラドミラ、ちなみにラドミラと共にいた戦士風の男達もまた船酔いでグロッキー状態だったりする。
「はあ? あんたそれ本気で言ってんの?」
「おう、この船じゃあんたくらいしか治癒魔法使えないらしいからよ、なんとかステラを助けてやってくれ、頼むわ」
そう言うと頭を深々と下げる景虎、その様子を見ていたラドミラは少し考えた後、ニヤリと妖しい笑みを浮かべると意地悪心が疼きだす。
「いいわよ、助けてあげても」
「おう、助かる!」
「ただし、あんたが私の言う事を聞いたらだけどね」
「おう何だ、言ってみろや!」
「ほんと年下なのに偉そうよねアンタ、そうねえ、じゃあ」
景虎を舐め回す様に見た後、ラドミラは靴を景虎の前にズイッと差し出す。
「私の靴を舐めたらステラを助けてあげるわ、さあ舐めれる……」
「なんだそんな事か、んじゃ……」
「待って待って待って! ちょ、ちょっとあんた少しは躊躇いなさいよ!」
「ああ? こっちは急いでんだよ、んな事でウダウダやってる暇ねーっての!
いいから早く舐めさせろやコラ!」
かなり屈辱的な命令されてる側なのに、何でこんなに偉そうなんだと逆に怯えるラドミラ、このままでは何か負けそうなのが嫌だったので、もう少し酷そうな事を命令しようと考える。
「く、靴舐めはやめよ、そうね、じゃあ裸になって犬の真似をしたら……」
「おうわかった、ちっと待ってろ!」
「待った待った待ったああ! なし、今のなし!」
命令をしてすぐさま服を脱ぎ始めた景虎に待ったをかけるラドミラ。
「さっきからなんだよ、こっちは急いでるって言ってんだろがコラ!」
「だからなんでそんなにすぐに命令を聞いちゃうのよ!」
「あ? 仲間助ける為だからに決まってんだろがよ!」
景虎のその言葉に唖然としてしまうラドミラ、この少年は仲間の為ならばどんな屈辱にも耐えるつもりなのだろう。
初めは糞生意気で嫌なガキだと思ってはいたが、今はこの必死さが何か可愛さすら感じるようになっていた。
「もういいわよ、部屋に案内しなさい」
「お? 何だ、部屋まで何かモノマネでもすりゃあいいのか?」
「それ面白そうだけどいらないわ、何もしなくていいわよもう、ステラの部屋まで案内してって言ってんの、治癒魔法かけてあげるから」
「マジでか! サンキューな! あんた実は良い奴なんじゃねーか!」
良い奴と言われて噴出すラドミラ、この景虎という少年の馬鹿っぷりはどうもツボに入ったらしい。
その後部屋に案内されたラドミラは治癒魔法をステラにかけてやる。
「どう、ステラ大丈夫?」
「うん、大丈夫……って言いたい所だけど、何でラドミラがいんのよ」
「助けてやったのにえらい言い草ね、礼の一つも言えないのこの貧乳」
「貧乳言うな! ったく、何でこんな奴に」
ブツブツ文句言うステラにマリカが笑顔で話しかける。
「ステラ、お・れ・い・を・しましょうね~」
「は、はい! あ、アリガトウゴザイマス、ラドミラサン!」
笑ってはいたが青筋を立てて怒っているマリカに、ステラは引き攣り怯えながらもラドミラに礼を言った。
「礼ならそこの少年に言いなさいよ、じゃあね」
そう言うとそっけなく去っていくラドミラに大きく手を振る景虎。
「あいつ案外良い奴だな」
「ラドミラも景虎君の前じゃ形無しね」
ラドミラがどうしてステラを助けるのに手を貸した理由はわからなかったが、マリカは景虎がきっと何かをしてくれたのだろうと思っていた。
一方助けられたステラはまだふくれっ面をしてブツブツ文句を言っていた。
その後、治癒魔法のおかげか元気になったステラは代わりにラドミラの連れてる戦士たちに治癒魔法をかけてやる。
これはマリカが提案したもので、ラドミラに恩を売りたくないなら貸し借りなしにしなさいよと言ったからだった。
これ以降両者は火花をあまり散らさなくなり、景虎に到ってはラドミラと戦士風の男達と時折楽しく会話などをして交流を深めた。
このまま何も起こらず、無事にダンガスト島に着くかと思われた航海五日目の夜の事、それに気付いたのはシモンだった。
「兄貴! 何か近づいてくるよ!」
「だからその兄貴ってのやめー」
景虎があからさまに嫌な顔をしてシモンの頭をはたく、シモンは景虎がドラゴン殺しと知ってから、尊敬の念をこめて兄貴と呼ぶようになっていた。
「け、けど兄貴は兄貴だし……」
「かっ、もーいいよ、で、何が近づいてるって?」
「あ、うん、水平線の向こうに何か動いてるのが見えたんだよ」
「俺にゃわかんねーけど」
時間としては深夜11時くらいといった感じで、月明かりしかないような海の上を見るも景虎には何も見つける事はできなかった。
一応念の為に景虎はフライハイトにも聞いて見るものの、やはり何もいないとの返事だった。
そこにステラとマリカもやってきて同じように海を見る。
「んー、私にも見えないわねー」
「けどシモンが何か見たって言うなら何かあったのかもね、身内贔屓する訳じゃないけど、シモンの目は夜でも結構見えるから」
そう言うとマリカは船長に何かが見えるというシモンの話をする、しかし船長他、船員も確認するも見えず、クジラか何かを見間違えたのではという事で一笑に伏される事となる。
「僕ほんとに見えたんだよ!」
「わかってるわよ、とりあえず私達だけでも注意しておきましょう」
マリカの声に頷くステラと景虎、その後しばらく海を注意深く見るも再び何かを見つける事はできなかった。
さすがに睡魔にも襲われた四人は、一旦部屋に戻りその夜は眠る事にする。
時間にしてどのくらいだったかはわからないが、景虎達が寝てしばらくして衝撃が四人を襲う、上に寝ていたステラなどはベッドから落ちる始末だ。
「い、いったぁい、もう、何なのよ!」
「何かにぶつかった? とにかく上に行ってみましょう!」
マリカの言葉にシモンが頷き、ステラも支度を整える、ふとベッドの下を覗いたステラ、そこにはこの状況でも爆睡している景虎の姿があった。
「こ、こいつどんだけよ! このっ! 起きろ馬鹿虎!」
ステラの蹴りが景虎の顔面に炸裂し、ようやく景虎も目が覚め、準備を整えると甲板へと上がっていく。
甲板に向かう途中大きながなり声と剣戟音、さらに悲鳴や雄叫びなどが聞こえるとマリカ達は確信する。
「参ったな、海賊来ちゃったっぽい……」
マリカの言葉に緊張感を増す景虎達、そして入り口から甲板を見るとそこはすでに戦場と化していた。
景虎達の乗る貨物船の横に、ぴったりと黒い船体の船が横着きしていた。
そこから艀が渡され、いかつい男達が剣を持って乗り込んできていた。
「逆らう奴は皆殺しだ! 荷物は壊すなよ!」
海賊の一人が叫ぶとそれに呼応するかのように歓声があがる、貨物船の船員達も剣を持って戦うものの寝起きの者もいるのかあまり動けてないようだった。
そこにラドミラと戦士達もやってきて海賊と戦い始める。
「ぼーっとしてんじゃないわよ! 護衛の役目を果たしなさい!」
ラドミラの言葉にマリカ達も武器を構える、しかしやはりこういった戦場というのに慣れてはいないのだろう、身体が震え中々動けないでいた。
一方のラドミラ組はやはり慣れたもので、すぐさま海賊達と剣を交えると数人を瞬く間に倒していく。
「やるじゃねーかあいつら、結構あいつらだけで何とかなるかもな」
「ラドミラ達はクローナハのギルドでも腕利きのパーティだからね、魔獣とかとも結構やりあってるし戦い慣れてるのよ」
そんな風に海賊達を圧倒するラドミラ達を見ていた景虎達だったが、その甘い考えはすぐに打ち消されてしまう。
今まで圧倒していたラドミラの仲間の戦士が大きく吹き飛ばされたのだ。
「モリッツ!」
ラドミラの悲痛な声が響き渡る、さらに別の戦士も吹き飛ばされ海へと落とされる。
呆然としているラドミラ達の前に現れたのは、ロングヘアーの黒髪に、髑髏の入った海賊帽、右目には眼帯をした褐色の肌の屈強な男だった。
身長は2メートルを優に超え、手に持つ武器は片刃で柄頭が刀身とは逆に湾曲した、いわゆるシャムシールという武器を持っていた
「なんて……事、まさか、海賊ファイサル……」
マリカの絶望にも似た声に景虎が質問する。
「何? 有名人なのあいつ?」
「有名人どころじゃないわよ! あちこちを荒らしまわってる海賊の中でも五本の指に入るほどの極悪人よ! 襲った船の数は数知れず、軍船相手だって構わず襲う奴なのよ! かけられた賞金は金貨千枚、それくらいの凄い奴よ」
「へー、すげー」
「関心しないでよ! けど何でファイサルがここに、あいつのテリトリーはもっと西の海の筈なのに……」
その声が聞こえたかはわからないが、マリカがファイサルと名指ししたその男は悠然とこの貨物船に乗り込むと大笑いし。
「うははは、中々ええ船やないか! 西の方があんま稼げんようになったんでこっちの海に来たけど、来た早々こんなええ船襲えるやなんてついとるわ!」
「……関西人?」
この世界にも関西弁があるんだなとか感心している景虎、一方のファイサルは
船上を見回し、船長を探す。
「おい船長はどこじゃい! おとなしゅうこの船の荷物を全部渡すなら良し、抵抗する言うんやったら皆殺しにしてこの船沈めたんぞ!」
ファイサルの言葉に歓声を上げる海賊達、一方の貨物船の乗組員は怯えてどうするのだとうろたえる、そんな中船長がゆっくりとファイサルの前に出ていく。
「に、荷物を渡せば船員の命は保障してくれるのか!」
「おうよ、ワシかて無用な殺生なんぞしとうはないからな、素直に荷物渡してくれよったら、ここにいるモンみーんな命だけは助けたる」
「二言はないな!」
「しつこいなあ、ほんまやほんま、せやから早よ荷物渡したってえな」
「……わかった」
船長はそう言うと乗組員達に抵抗するのをやめさせ、ファイサルに荷物を渡すように命じる。
「このまま黙って見てる気」
「船長が決めた事だもの、私達がどうこう言う必要はないわ」
「けど、私達は船の護衛なのよ!」
「じゃああいつらと戦うっていうの! ファイサルよ! 逆らったりしたらわたし達だって殺されるかもしれないのよ!」
マリカの言葉にステラは歯を食い縛る、マリカの言う事は正しい、見た所海賊はすでに十人はこのは船に乗り込んで来ている。
さらにファイサルの強さは先程ラドミラ達をあっという間に叩き伏せたのを見れば、相当な手練なのは一目瞭然。
ただでさえ自分達は実戦というものをほとんどした事がない、その上慣れない船上という場所ではまともに動ける事すらできないだろう、悔しいがこのまま海賊達の言うと通りにするしかない、そう思った時だった――。
「おいこらおっさん、好き勝手やってんじゃねえぞコラ」
瞬間、その場の時間が止まったような状態になる、海賊達は笑いをやめ、船員達とラドミラは悔しさを滲ませるのをやめ、マリカとステラは口を開けたまま呆然と声を発した人物、景虎を見ていた。
「人のもん奪おうとしといて偉そうにしてんじゃねぇぞコラ、てめーのような奴がいっから面倒臭い事がなくならねーんだよボケ」
次いで発せられた景虎の言葉に、ようやくファイサルが動き出す。
「あ、ああびっくりした、急に何言うんやと思ってもうたわ。にーちゃん中々威勢がええけど、あんまそーゆー事言わん方がええで、後悔しても知らへんでー」
「つまんねー事言ってんじゃねーよボケ、てめーのようなゴミを見逃すほうがよっぽど後悔すんだよ」
さすがにその言葉にはファイサルもニヤニヤしていた顔をやめる。
「か、かかかかか景虎君何やってんのよ! あんな事言ったら相手怒っちゃうでしょおおがあ!」
「景虎らしいわね」
「何笑ってんのよステラ! こ、このままじゃ皆殺しに……」
「景虎に任せてみましょうよ、何とかしてくれるかもしれない」
その言葉にマリカが止まる、そこには先程まで見せていた怯えのようなものがなく、笑みをこぼす程に余裕のあるステラがいたからだ。
そういえば景虎はドラゴン殺しだったとマリカは思い出す、もしかしたら本当に、この状況をなんとかしてくれるのだろうかと景虎を見つめる。
「おいこらガキ、あんま調子こいとるとその首刎ね飛ばすで」
「黙れよおっさん、てめーこそあんまチョーシこいてっと頭ハゲにすんぞコラ」
その言葉にさすがにブチ切れたファイサル。
「アホが! 素直に言う事聞いとりゃ見逃したる言うたのに、お前のせいで皆殺し
確定や、可哀想にのう」
「心配すんなおっさん、死ぬんはお前らだけだ」
「ええ度胸や! こいつ血祭りにあげぇ!」
ファイサルの命令で海賊達が景虎に襲い掛かる、それを見守る船員達はこの少年が血まみれになるのを想像する、だが、次の瞬間目に見えた光景に驚愕する。
「雑魚はひっこんどけやボケェ!」
船員達は何が起こったかわからなかった、少年が何か紅いものを振ると襲い掛かってきた海賊達が皆空を飛んでいたのだ。
さらに少年が海賊達に突っ込み紅い何かを何度も振るう、その度に海賊達はある者は空を飛び、ある者は海へと投げ出されていく、気付けば貨物船に乗り込んでいた海賊達はファイサルを残して消え去っていた。
「す、凄い……」
「ほんと、化け者なんじゃないのアイツ」
マリカが目を点にして呆然とし、ステラは巨獣を倒した時の事を思い出しながら笑みをこぼす、そしてシモンは。
「す、すげぇっす! 流石兄貴っす! 感動っす!」
滅茶苦茶感動していた、一方何が起こったかわからなかったファイサル、瞬く間に仲間の海賊達が消え去った事に呆然としていた。
しかしようやく我を取り戻して船を見ると、そこには大きな紅い斧を持った先程の少年が、涼しい顔をしているのが目に入る。
「ガキ、お前何モンや……」
「冒険者だよ、今はこの船の護衛をやってるな」
その返事にファイサルは笑みを浮かべシャムシールを構える。
「成る程な、こっちの海来たんは間違いやったかもなあ、お前みたいなんがおるとは思わんかったわ」
「そう思うんだったらもう海賊なんてやめろやおっさん」
「アホ言え、海賊はわしの天職や、今更やめれるかいな」
「んなもん天職とは言わねーよ!」
ファイサルと景虎が漫才のような掛け合いをやりながら睨みあう、そして、戦いの火蓋が切って落とされようとした次の瞬間――。
「ほなさいならなー!」
言うが早いかファイサルは速攻で海賊船へと逃げ帰る、そして凄い勢いで貨物船から離れて行った。
そのあまりの速さにさすがの景虎も動けず呆然していると、海賊船からファイサルが大声で。
「今日はこのくらいにしとったるわー!」
そう言い残すと海賊船は遥か彼方へと去って行った。
「なんつーベタな……」
呆れた景虎はそう呟くのみだった。
海賊参上




