第二十三話 護衛
クローナハ共和国・首都デルフロス――
景虎達は早速冒険者ギルドに向かい貨物船の護衛の仕事を申し込みに行く。
「そういや景虎君って今までどんな人とパーティ組んだりしてたの?」
「誰とも組んだ事ねーよ、ずっと一人だ」
「え、マジで! よくそれで生きてこれた……、ってまあドラゴンすら倒せるなら一人でも問題ないか」
「単にぼっちなだけでしょ」
マリカと景虎の会話にステラの辛辣な言葉が投げかけられる。
「ほんとてめー口が減らねぇな」
「こういう性格なのよ」
「はいはい、もう私達はパーティになったんだから喧嘩はできるだけなしにするようにね」
マリカが二人をたしなめるものの、景虎もステラも一瞥した後、互いに目を合わせないようにする。
結局それ以降、二人とも言葉を掛けるような事もなく、険悪なムードのまま冒険者ギルドまでの道を歩き続けた。
しかしマリカはこの二人が言うほど仲が悪いように思えなかった、なんというか似た者同士という感じで、何気にどちらもお互いの事を認め合ってるように思えたからだ。
そうこうしている内にマリカ達はデルフロスの冒険者ギルドに辿り着く。
入ったホールのような場所には屈強な冒険者らしき者から、まだ若い騎士崩れのような者まで多種多様な冒険者がいた。
マリカは景虎達に待つように伝えると、一人受付に向かう。
ここの受付には四つの窓口があり、冒険者達が様々な手続きをする為並んでいた。
そして時間にして十分ほどでマリカの番になる、受付には五十歳くらいの眼鏡をかけた、いかにも事務員といった感じの中年のおじさんが座っていた。
「はーい、ボンザおじさんこんにちわー」
「お、マリカじゃねぇか、壊した荷物の賠償金の目処はついたのか?」
「それを返済する為に仕事を貰いに来たのよ」
「そりゃ殊勝なこった。けどお前らの実力でやれそうな仕事ってなると限られてくんだがなあ」
「私達、ダンガスト島に行く船の護衛をやりたいの、あるよね?」
「はぁ? 護衛だあ?」
マリカの言葉に素っ頓狂な声を上げるボンザ、本来護衛の仕事というのは腕の立つ者しかさせてもらえないものなのだ。
ボンザと呼ばれたそのおじさんは呆れた感じに溜息をつくと。
「やめとけやめとけ、お前らにゃ無理だよ、失敗なんぞしてみろ、斡旋するこっちにも苦情やら賠償やらがくるんだぞ」
「大丈夫よ、うちに凄い強い子が入ったから。だからね、お・ね・が・い」
豊かな胸を強調し、しなを作ってウインクするマリカだったが、ボンザは慣れていたのか首を横に振り。
「だめだだめだ、とにかくお前らにゃ護衛の仕事はやれん、他のにしとけ」
「うふふ、そーんな事言っていいのかなー、おじさん」
「あ? な、なんだよ……」
そして、マリカは周りの目を気にしながら、ボンザの顔に迫り、小さな声で何事かを囁く、するとボンザの顔がみるみる青ざめ、声にならない声が出そうになる。
その後笑顔のマリカは頭を抱えるボンザさんと何事か話すと、書類のようなものを作成して景虎達の下に戻ってくる。
「OKだって! 昼から出るダンガストまでの貨物船に護衛として乗れるようになったわよ!」
「あんた何かやっただろ」
「やだなあ、何も悪い事なんてしてないわよお。ただちょぉっとあの受付のおじさんが奥さんに内緒で踊り子の女の子の家に入り浸っている、っていう話をしただけだしい」
「脅迫じゃねーか」
マリカが結構な事情通だというのは、紹介の時にステラから聞いてはいたが、こういった事に使うんだなと呆れる景虎、ステラもシモンも頭を抱えてるような感じだった。
しかし結果としてダンガストへの船に乗れる事になったので、この話をあえて蒸し返すような事はすまいと決める面々だった。
港に着いた景虎達は、「月の明かり号」という大型の貨物船の前に来ていた。
間近で見る貨物船は大きく、全長は40メートル近くあった。大きなマストが三本備え付けられており、乗員は50人はいるだろう。
大きな荷物をいくつも積み込んでおり、その度に大きな掛け声がかけられ賑やかな雰囲気だった。
「おお、すげえ、間近で見るとこんなでけぇのか」
「もしかして景虎君は貨物船見るの初めて?」
「おお、今まで海とかにもほとんど来た事なかったしな、TVとかで見た事はあったけどリアルで見るとやっぱ迫力が違うわな」
「テレビ? 何かわかんないけど、とりあえず乗船に際して色々決め事があるから一応説明しておくね」
そう言った後マリカは景虎達に貨物船での決め事をいくつか説明する。
基本的には自分達はギルドからの護衛であるという事、もし海賊や魔獣の類が出たら船員と積荷を護る為に戦う事。
もし襲撃がなかった場合でも報酬は受け取るがその際の額は半減する事。
船の中では船のルールに従う事、これは掃除や食事の当番などを手伝うというものである。
食事や飲み物などは持ち込み可、船でも支給はできるが割高での販売になるという事などだ。
部屋は基本四人で一部屋、男女兼用となる事。
最後の事案を聞いた後、ステラが景虎を見て凄く嫌そうな顔をする。
「変な事したら絶対に許さないからね! 絶対によ!」
「するかよボケ、ってかそーゆーのはもうちっと発育してから言えよ」
とっさにお世辞にもふくよかな、とは言えない胸を隠すステラ。
「ふ、ふふふ、あんた、寝てる間は気をつけなさいよ、さもないと髪の毛ハゲあがってるかもしれないからね」
「ほんと仲が良くてマリカさん嬉しいわ」
ステラと景虎が一触即発な中、マリカだけが呑気だった。
その後食料などの買出しをした後景虎達一行は貨物船に乗船し、まず船長に挨拶をする。
「君らが護衛か? また何というか若い者達ばかりだが、大丈夫なのか?」
「まぁ基本私達はサポート組なので、力仕事はこの景虎君が一人で四人分働いてくださいますからご安心ください」
マリカ達を見て不安を覚える船長にマリカが笑顔で営業をこなす。
一応ギルドからの正式な依頼書もあり、多少不安ではあったものの船長は乗船を許可して船員に部屋へと案内させる。
「お前ら遊び気分で来てないだろうなあ、言っとくが海賊とか出てきたら命の保障はできないんだからな」
「わかっておりますわ、けどご安心ください、こちらにはとても強いのが一人おりますので、おほほほほ」
船員の忠告を怪しげな貴婦人言葉で返すマリカ、船長同様船員もまたマリカ達を懐疑的に見てはいたが、仕方ないという感じで溜息をつく。
部屋についた景虎達はその狭さに驚く、確かに客船という訳ではないので仕方ないのだが、二畳ほどの大きさの部屋に二段ベッドが二つ置かれただけの部屋だった。
「じゃあ私とマリカが上のベッドでシモンと荷物が下ね」
「おいコラ、俺はどこだよ」
「外に決まってるでしょ」
「てめーとはほんときっちり話つけねーといけねーよなコラ」
相変わらず火花を散らす景虎とステラの間にマリカが入って仲裁する。
結局景虎も下のベッドに寝ると言う事に落ち着き、それ以降この問題で揉めるような事はなかった。
船が出港したのはそれから間もなくの事だった、もっと騒々しいかと思っていた景虎ではあったが予想に反し船は静かに出港する。
荷物を部屋に置くと景虎達は甲板に出ていく、波風が心地よく吹きすさび、少しづつ遠くなる港を眺めていると、マストの下にあきらかに船員とは違ういかつい集団が目に止まる、それに気付いたマリカが頭を抱える。
「あちゃー、ラドミラ達も乗ってたのかー」
「知り合いか?」
「デルフロスのギルドの奴、まぁ商売仲間ね。結構腕の立つ奴等が揃ってて名の知れたパーティなんだけど、性格がね……」
「ああ、確かに性格悪そうだ」
マリカがあえて言葉を選んで言わなかった事をあっさり言う景虎。
と、どうやら向こうもマリカ達を見つけたらしくこちらに近づいてくる。
先頭で来たのはマリカと同じくらいの年齢の褐色の女性、抜群のボディを強調するかのような黒の際どいレザーの服を着、フェロモンを全身から巻き散らかしていた。
その後ろにには屈強ないかにも戦士という男達が五人、下卑た表情でこちらを威嚇するように睨んでいた。
「マリカじゃないの、何やってるのよこんな所で」
「うちらもこの船の護衛の仕事を任されたのよ、ラドミラ達もそうでしょ?」
「あんたらが護衛? まともに戦えもしないのに?」
蔑んだような言葉でマリカに話しかけてくるラドミラと呼ばれた女性、その態度が気に障った景虎が、文句を言おうとするのをマリカが笑顔で止める。
「ははは、まぁうちらもちょっと今金欠でね、色々と仕事をこなさないといけないのよ、まあ同じ船に乗ったからには色々協力してやっていきましょうよ」
「は? 勘弁してよ、あんたらに手伝われたら上手くいく仕事も失敗しちゃうわよ。何もしなくていいからせいぜい邪魔だけはしないでよね」
ラドミラの言葉に後ろの戦士達は大笑いする、一方馬鹿にされたマリカはそれでも笑顔を崩さす愛想笑いをして話を続ける。
「じゃあまあ邪魔しないように頑張るわね、じゃあねラドミラ」
「ほんとに邪魔だけはしないでよ、あんたら落ちこぼれなんだし」
そう言って元いた場所へ戻って行くラドミラ、景虎はそいつらを睨みつつマリカに小声で話しかける。
「おい、言われっぱなしかよ」
「いいのよ、実力がないのは本当だし言われ慣れてるしね、それに私達は雇われの身なのよ、問題起こしたら船から放り出されちゃうわ」
「ちっ、いけすかねぇな」
正直納得はしてなかったが、問題を起こすなというマリカの言葉に渋々従うしかなかった、そして船倉の部屋に戻ろうとした時、乾いた音が響き渡る。
「取り消しなさいよ!」
音の出た方向を見るとステラがラドミラをひっぱたいた所だった。
おそらくマリカへの侮蔑が許せなかったのだろう、引き際に飛び出しラドミラに思いっきりビンタを食らわしたのだ。
「あの馬鹿!」
マリカが助けに行こうとするも時すでに遅し、ステラは戦士風の男に腕を捕まれて逃げられなくなってしまう。
「ったく、いきなり何するのよステラ」
「馬鹿にした事を取り消せって言ってるのよ! この馬鹿ラドミラ!」
「事実を言っただけでしょ、何もできないマリカとあんたらの事をさ」
反論しそうになったステラだったが、その顔が苦悶の表情に変わる、手を握ってる戦士風の男が力を入れたからだ。
「さてステラ、この落とし前をどうつけてくれるのかしら? 私の顔をひっぱたいた代償は高くつくわよ」
「痛っ! くっ、あんたが謝るのが先よ!」
ステラの握られた手がギリギリと締め上げられる、このままでは華奢なステラの腕は折れかねなかった。
周りを見れば船員達はどうなるかといった感じで見ている、基本大喧嘩でもしない限りは止めるつもりはないのだろう。
一向に謝る気配のないステラを見ていたラドミラは溜息をつくと。
「残念ねステラ、じゃあその腕一本で許してあげる、やっちゃって」
そうラドミラが命令すると腕を掴んでいた戦士風の男がさらに力を入れる、あまりの痛さに叫び声が出そうになった瞬間、腕の痛みが急に消え去る。
ステラはどうしたのかと掴まれている腕を方を見ると、いつの間にか景虎が戦士風の男の腕を掴んでいた。
「まぁ、お互いこの辺にしとこうや、ステラのボケにはちゃんと言っておくからよ、頼むわおっさん」
「て、てめ、ふざけ……がっ!」
「この辺にしとこーって言ってんだよ、これはてめーの為でもあんだぞコラ」
そう言うと景虎は戦士風の男の掴んでる腕にさらに力を入れる、景虎の二倍はあろうかという屈強な男が苦悶の表情を浮かべ膝を着いて崩れ落ちる。
ステラは男が崩れ落ちた事で握られてた腕を解放され座り込む、一方の戦士風の男は景虎の腕を振り払うべく、開いた方の手でその顔に殴りかかる。
よけると思われた景虎だったが、その拳を顔面で受け止める、鈍い音が鳴り響き、景虎の鼻から血が流れる。
「まぁ、これでおあいこって事にしてくれや、な、ねーちゃん」
「ふ、ふざけないで! こんな……」
「この辺にしとこーやって、”譲歩”してやってんだぜ、分れやコラ」
景虎の威圧感に怯えたラドミラはそれ以上言葉が出せなくなる、そこにさすがにこれ以上の騒ぎは困ると船長がやってきて両者を止める。
結局双方には甲板掃除という罰が与えられ、騒動は一件落着となった。
その後部屋に戻ったステラは、マリカにこっぴどく叱られる。
「あんたねえ、景虎君がいなきゃ腕折られてたわよ! 何でいつもそう身体が先に動いちゃうのよ!」
「だって……、許せなかったんだもん」
「だってもじゃない! ほんとにもう、二度とあんな事しちゃ駄目だからね!」
「わかった」
「よし」
項垂れるステラを優しく抱くマリカ、何だかんだ言ってこの二人は仲が良いなと思う景虎、その横では先程のやり取りを見て益々尊敬の眼差しを見せるシモンがいた。
「景虎君止めてくれてありがとうね、殴られた顔は大丈夫?」
「どうって事はねーよ、手ぇ握ってたしそんな強いパンチでもなかったしな」
「そっか、ほらステラ、あんたも景虎君にお礼しなさいよ」
マリカに促され景虎の方を向くステラ、言いにくそうにしながらもやっとという感じで景虎に言葉をかける。
「助けてくれて……ありがと」
「おう、まぁこれからは少しは考えて動くこった」
「その上からの物言い何かムカつく」
「全然反省してねーな、てめ」
そのやりとりにマリカが大笑いし、シモンもつられて笑う、そして景虎も笑いはじめるとステラも続いて笑い出した。
パーティを組んで初めて一つになった気がした面々だった。
褐色




