第二十二話 歓迎会
――首都デルフロス・憩いの魚亭――
その夜景虎はステラ、マリカ、シモンの行きつけの店でもある店でパーティ結成の食事会に招かれていた。
司会を務めるのはパーティ最年長のマリカ、杯になみなみと注がれたエールを持ち、こぼれるような笑顔を見せて乾杯の音頭を取る。
「でわでわ新しい仲間出雲景虎君のパーティ参加を祝して、かんぱーい!」
「かんぱーい」
ノリノリのマリカに対してそんな姉を恥ずかしがっている弟のシモン、どうすりゃいいのか反応に困っているステラ、そして何気に楽しそうな景虎という温度差のある面々の食事会は始められた。
出された揚げ物やソーセージなどをつまみながら、マリカは最初の杯を飲み干すと景虎に質問を投げかける。
「で、さっそく本題だけど、景虎君が探しているものって何かな?」
「ああ、詳しい事は話せねーけどフルヒトっていう銀髪のクソ野郎だ、年は見た目十二、三歳って感じだな、そいつを探してる」
「迷子か何か? 見つけてどうするの?」
マリカの問いに持っていた杯をテーブルに置くと、静かに、しかし重々しい声で景虎はきっぱりと答える。
「殺すんだよ」
景虎のその一言に場が凍りつく、シモンに至っては飲んでいた飲み物を噴出す有様だ。
「な、なななな、あんた何考えてんのよ! そんな小さな子を殺すだなんてどんだけ凶悪犯なのよ!」
「お、おちおちおちつきなさいよステラ、き、きっと何か訳があるんでしょ」
激昂するステラと必死で平静を保とうとするマリカ、しかし景虎はその反応を予測していたのか、改めてフルヒトへの怒りを静かに伝える。
「あいつのせいでどれだけの人間が死んだかわからねえ、姿がどうだろうが関係ねえ、俺はあの野郎を殺す、これは絶対だ!」
しっかりと答えた景虎の決意に、その場が静寂に包まれる。
困惑するマリカ達のその様子を見た景虎は頭を掻き、溜息を漏らすと。
「やっぱやめとくか……、 まぁ無理に引き込む様な事でもねーしな。どっかでフルヒトの話でも聞いたらギルドの方にでも連絡しといてくれ」
そう言うと席を立とうとする景虎をステラが止める。
「ま、待ちなさいよ! 別にやめるなんて言ってないでしょ!」
「そーか? マリカとシモンはやめたがってるように見えっけどな」
見ると確かにマリカとシモンは青い顔をして、無言で飲み物を飲んでいた。
「マリカ、あんたが景虎を引き込んだんでしょうが」
「い、いやわかってるよそらもう、け、けどやっぱ何かさ、こ、子供を殺す為って言われるとなんていうかさ……」
「フルヒトは人間じゃねえらしい、正体ってのはわからんがかなりイッちゃってる奴だ。まぁ信じられねーとは思うけどよ……」
「信じるに決まってるでしょ!」
景虎が仕方なしという感じで諦めようとするのを、ステラが一蹴する。
「仲間の言う事を信じない訳ないでしょ! そのフルヒトってのが子供だか何だか知らないけど景虎の大切な人を殺した悪党って事なら、私はそいつを探すのを手伝うわ!」
ステラの言葉に景虎は言葉を失う、まだ会ったばかりなのに何故ステラはここまで自分を信じてくれるのだろうかと、しかしその答えはさっき聞いた。
ステラは”仲間”の言う事を信じてくれたのだと。
「マリカはどうするの!」
「ちょ、ちょっと待って、も、もう少しだけ考えたいかなー、とか」
一方のマリカはまだ戸惑っていた、景虎としてはこちらの方が正しい反応ではないかと思っていたのだが、ステラはそんなマリカに必死に問いかけていた。
と、ステラが景虎の方を向くと近くに寄ってきて、小声で話しかけてくる。
「ねえ、景虎って今お金どのくらいあるの?」
「あ? 何だよ急に」
「マリカってお金の亡者なのよ、だからお金を見せればホイホイ乗ってくると思うんだけど」
「……さっきおめー格好良く仲間をどうとか言ってなかったか?」
「それはそれ、これはこれよ」
ステラの言葉に苦笑しながらも景虎はステラの言われた通り、鞄から金貨の入った袋を机の上にドンと置く、金の音に目ざといマリカはすぐさまその音を聞きつけ、テーブルの上に置かれた袋に釘付けとなる。
「お、おおおおお、こ、これ、も、もしかして中身はみんなき、金貨?」
「おう、リンディッヒにいた時に領主さんに貰ったもんだ」
「お、おおおおお、こ、これよ、四百枚はあ、あるんじゃないのおおお」
「まぁ貰いはしたけどあんま使わなかったしな、ギルドでいくつか任務こなしてたら金はそこそこ貰えたし」
冷静に答える景虎に、マリカはゴクリと生唾を飲むと震える手で金貨の入った袋を指差し質問する。
「か、確認してもいいかな、も、もし私が景虎君の探しているそのフルヒトって奴の情報見つけたら、い、いくらくらいくれる予定、かなあ」
「あいつを倒せたらこれ全部やるよ、とにかくあの野郎を殺せれば後はどうなっても構わねぇしな」
その言葉にマリカの目が光り輝き、さっきまでの鬱々とした表情が一変する。
「任せて景虎君! そのフルヒトとかいう凶悪犯はきっと私が見つけてあげるから! 待ってなさいよ金貨四百枚!」
「いいのかよこれで……」
「結果オーライよ」
そんな感じでマリカも景虎に協力する事を約束する。
残るはシモンだったが、やはりまだ考えあぐねているようだった。
姉とは違い金に卑しいという訳でもなさそうだ、と、ステラがまた小声で景虎に話しかけてくる。
「ねぇ、あんたの紅い斧をあの子にみせてあげてくれない?」
「は? 何でよ」
「いいから」
景虎は訳がわからなかったが、とりあえずステラの言われるままに、袋にくるんだ紅い斧のフライハイトを取り出す。
「そ、それ!」
それを見たシモンの顔が驚きの表情となる。
「も、もしかして景虎さんが本物のドラゴン殺し……な、なんですか!」
「ああ? 何か近づく野郎共がんな事言ってたな、ったくめんどくせーったらありゃしねぇ、おかげで外に出る度に一々こいつを袋にくるまねぇと、まともに街も歩けねぇんだぜ」
「僕も探索に協力します! よろしくお願いします!」
シモンが元気よく返事したのに少し驚く景虎、しかもその後シモンの目が姉同様キラキラと輝き、景虎を尊敬の表情で見つめはじめていた。
「お、おいあいつどうしたんだよ?」
「シモンはドラゴン殺しにずっと憧れてたのよ、伝説のドラゴンを唯一倒した人間をね、一応あんたがそうなんでしょ?」
「あ、まぁ、多分な」
ようやくステラの言った事を理解した景虎、ステラはともかくマリカとシモンは下心満々な感じではあるが、とりあえず信頼のようなものは勝ち取った事に安堵する。
その後和気藹々と食事会を楽しんだ後、フルヒト探しの為の打ち合わせをする事になった。
ヴァイデンで貰った地図を広げ、景虎はフリートラント王国で起こった事や、その時別れ際にフルヒトが言った言葉などを話した。
「そのフルヒトってのはこのクローナハにいるって言ったのね」
「ああ、けどクローナハのどことは言わなくてな、どこ探しゃいいのか皆目見当がつかなくてな」
「手掛かりになるのはドラゴンか」
マリカの発したドラゴンという言葉にシモンが何かを思い出し、それを皆に伝える。
「姉さん、このクローナハにもドラゴンがいた所があったじゃないか」
「あ! そういえば!」
二人の会話にステラも何かを思い出したらしく、景虎に説明する。
「このクローナハにもドラゴンが出たのよ、といってもこの前出たのは二十年も前だけどね、話に聞いただけだけどそのドラゴンが暴れたせいで港は壊滅、船が根こそぎ破壊されて凄い被害が出たんだって」
ステラの説明に、景虎は改めてドラゴンの迷惑っぷりに呆れる。
「ドラゴンってのはどこにいても厄介事しかやんねーな」
『他にやる事がないのであろう、かくゆう私もしばしば破壊に興じておった』
「やっぱてめー結構な悪党じゃねぇか!」
そんな会話をした後、景虎はそのドラゴンがどこにいたのかを聞く。
「ドラゴンはクローナハを南に船で一週間ほどいった所にある、ダンガスト島の海域にいるって話、今はもうドラゴンが出ないから交易の中継地とか、バカンスで楽しむための保養地のようになってるけど」
「んじゃさっそくそこに行ってみっか」
ステラの説明を聞いて行く気満々だった景虎ではあったが、マリカがそれを止める。
「あ、実はそこ今ちょっと厄介な事になってるのよ」
「ん? ドラゴンが出るのか? なら尚更都合がいいんだが」
「ううん、出るのはドラゴンじゃないのよ、まぁある意味ドラゴンより厄介かもしれない」
「何が出るのよ?」
景虎の問いに一呼吸おいたマリカは搾り出すように言葉を継いだ。
「海賊よ」
マリカの言葉に景虎は一瞬止まる、しかしすぐに頭を整理し、海賊と言う言葉の意味を手繰り寄せると、満面の笑みを見せて楽しげに話し出す。
「か、海賊ってマジか! うおすげぇ、見てぇ! マジチョー見てぇぞ!」
「何でそんなにテンション高いのよ」
「馬っ鹿おめぇ海賊だぞ、男のロマンじゃねぇか! そっかあ、この世界には海賊いんだなあ、うあ、チョー見てぇ」
珍しくハイテンションな景虎に引くステラ、しかしマリカはそんな景虎に溜息を付きながらも丁寧に説明をし始める。
「えっと、景虎君の言う海賊ってのがどういうのか知らないけど、そこに出る海賊ってのは結構ヤバいのよ。通りかかる船は誰彼構わず襲ってくるし、だから最近は自衛の為に傭兵とか冒険者を雇ってるの」
「お、なら好都合じゃね? 俺らも護衛の仕事貰えば目的地にも行けるし金も貰えるで一挙両得って奴じゃねーのか?」
金という言葉にピクリと反応するマリカ。
「そうか、船の護衛は報酬も高いし上手く賞金付きの海賊を倒せばそれも貰えるし! どどどうしよう、何か急にお金が入ってくる!うぇへへへへ」
「落ち着きなさいマリカ! あんたわかってんの、海賊よ海賊! 下手したらこっちが殺されかねないんだからね!」
「大丈夫よ、こっちにはとーっても強いドラゴン殺しさんがいるんだし、ね、景虎君」
振られた景虎だったが、すでに出発の準備をしようとしていた。
「あ? 何か言ったか?」
「あんた少しは人の話を聞きなさいよ! 海賊相手は危険だって言ってんだから!」
「危険はわかってんよ、けど行かなきゃ何も始まんねーしな。お前らは待っててくれてもいいぞ、別に無理して危険に付き合う必要はねーし」
「だからそういう事を言うんじゃないっての! ったく、こいつは行く気満々だけどどうするの?」
ステラの呆れ顔で聞くものの、すでにマリカもシモンも行く気だった。
マリカは金の計算をし始め、シモンは景虎の近くでどうやって海賊を倒すのか聞いてたりしていた。
「ああ、嫌な予感しかしないわ……」
頭を抱えるステラは、こうなっては仕方が無いという感じでダンガスト島行きを決める。
「とりあえずさすがに今日は仕事とかを決めれないから、明日出発って事でいいよね」
「おう、よく考えたら今日は半分くらいは船の上だったしな、さすがにちっと疲れたし早く寝てーわ」
「じゃあ、ウチに来る? あまり大きな家じゃないけど一人くらいなら寝る場所作るし、いいよねシモン」
「もちろん!」」
「お、助かるわ」
そう言ってマリカとシモンが自然に景虎を自分の家に泊めようとするのを、ステラが慌てて止める。
「ちょ、ちょっとマリカ何考えてんのよ! こんな奴を家に連れ込むなんて!」
「連れ込むだなんて、ステラエローい」
「エロくないわよ! ってかこいつ絶対変な事するわよ!」
「するかい!」
ステラがまるで自分の事を変質者呼ばわりするので流石にキレる景虎。
しかしステラはそれでもマリカに忠告する。
「と、とにかくこいつは宿も取ってるだろうし、無理に家に連れ込む事もないでしょ!」
「んー、私はどっちでもいいんだけどなあ、父さんと母さんもそういうのは気にしないと思うし、景虎君はどう?」
「ああもう、なんかめんどくせーし宿で寝るよ。とりあえず時間だけ決めててくれればそこに行くから教えといてくれ」
「えー、まあ景虎君がそう言うならしょうがないか、んじゃ明日の昼ぐらいにここで集合って事でね」
とりあえずマリカの貞操が守られた事に安堵するステラ、一方変質者の如き扱いを受けた景虎は当然気分が悪く。
「おめーとは仲良くなれそうにねーわ」
「あらそう、私もあんたみたいな変態とは仲良くしたくはないわね、私が眠りこけてる時に何をしたのかわかったもんじゃないし」
「だから俺ぁ何もしてねーって言ってんだろうが!」
「べー」
二人は本気で喧嘩しているようではあるが、はたから見れば恋人同士の痴話喧嘩のようにしか見えなかった。
――古宿の一室――
宿に戻った景虎に元ドラゴンのフライハイトが声をかけてくる。
『景虎、何か機嫌が良いな』
「あ? てめいきなり何訳わかんねー事言ってんだよ」
『いや、先程から妙に楽しげだったのでどうしたのかと思ってな』
その言葉に荷物を片付けていた景虎は、それを一旦やめて考える。
確かに自分は今何かを楽しんでるように思えたと、リンディッヒやヴァイデンに居た時も似たような事を感じたのかもしれない、だが実感のようなものを感じられなかったのだろうと、そして思う。
この気持ちは、多分――。
「”仲間”って言えるんがようやくわかったからかもしんねーな」
『仲間?』
「馬鹿言いあえるような奴等のこった」
フライハイトは景虎の放ったその言葉に一瞬思考を停止させる。
一方、言った景虎も照れくさかったのか服を無造作に脱ぐと、そのままベッドに転がりこむ。
『景虎、今の言葉の意味がよくわからないのだが。馬鹿を言い合えば敵対関係を作ってしまうのではないか』
「いいからもう忘れろ、俺は疲れてんだよ!」
『しかしだな……』
「斧捨てっぞゴラ!」
その言葉にさすがに口をつむぐフライハイト、景虎は最初は寝づらかったのかベッドで悶えていたが、二分もすれば爆睡状態になっていた。
『やはり人間というのはよくわからんな』
そう呟いたフライハイトは人間について改めて考えるのだった。
出掛ける前に投稿




