第十四話 悪魔
――フリートラント王城――
一月ほど前までこの城は活気があり、王も騎士達も皆フリートラント王国の事を想い国政に従事していた。
しかし件の叛乱により、王はラザファムに代わり、忠実だった臣下や騎士達は全てこの城から追い出され、ラザファムの息のかかった者達だけが住む事を許される場所となっていた。
前国王レオポルドと、王妃ディアーナ、そしてその娘のアンナとカルラもこの城にいる事はいるのだが、今は軟禁という状態だった。
闇に包まれ星明りもあまり見えない夜空、暗く閉ざされた王城のその一室で、元フリートラント王国の王妃ディアーナは、二人の子供の寝顔を見つめていた。
ここは王城の端にある場所で、本来客人用に用意された部屋、さらにその部屋の隣には元国王レオポルトが軟禁されていた。
助けようと思えばいつでもできる、だがディアーナはそれをする事ができなかった。
「皆は無事でしょうか」
ディアーナが心配するのは王城で働いていた臣下や騎士達、そしてフリートラントの国民だった。
王位を簒奪したラザファムは性格に難がある、今はまだディアーナの脅しが効いてるおかげで粛清のようなものは行われてないようだが、刻が経てばいずれ非道な事をしかねなかった。
「小心者とはいえ権力を持てば気を大きく持ってしまうものですしね」
深い溜息をつくディアーナ、窓へ向かい外を見る、王城を見れば明かりの点いている場所がちらほら見て取れる、ラザファムとその一派は今日もまた朝まで飲み明かしてるのだろう。
ラザファムが王位に着いてからというもの、フリートラント王国の国費を大量に浪費しているのは誰の目にも明らかだった。
この国は少しは蓄えはあるものの、毎日馬鹿騒ぎや金をバラまいていればいずれそれも底をつく、そうなれば重税を課したりするのは間違いないだろう、まさに暗君、しかしそれでもディアーナはラザファムに手を出せないでいた。
「本当に……どうしてこんな事に」
心の底から悔やむディアーナ、何故こうなる前に手を打てなかったのかと自分を責める、と、その時王城の裏口で何かが動くのを見つける。
「誰かしら?」
人らしいというのは確認できた、しかし兵士にしては身なりが軽すぎる、ならば盗賊の類なのかもしれないとは思った。
普通なら王城は堅固な守りでそうそう入れるものでもないが、ラザファムが王になってからというもの警備は自分の周りに置いているだけで、その他はザルも良い所だった。
恥ずべき事だわ、そう思いディアーナはその盗賊を捕らえるべく窓を開ける、と、向こうも自分の事を見つけたらしく逃げ……る事無く逆に近づいてくる。
そしてかすかな光りでその人物の顔が見えてくると、驚くディアーナ。
「景虎! まさか、どうして!」
驚愕するディアーナに景虎は周りを警戒しつつ近づいてくる。
警備がほとんどいないのが幸いしたのか、景虎は他の誰にも見つからずディアーナの足元までやってこれる。
ディアーナの居る部屋は三階にあり、普通の人間ならば上がってくるのは不可能であろう、だが景虎は助走をつけて走ってくると大きくジャンプする。
「せいあっ!」
そして見事に三階のこの部屋の手すりに辿り着く。
「よっ! 中入っていいか?」
そう聞く景虎に中に子供がいるのを思い出し。
「中で子供が寝ているから静かにお願いね」
「おう、わかった」
そう答えると景虎はディアーナと共に中に入っていく、ディアーナは子供の寝ているベッドの傍の椅子に座り、子供達の髪を撫でてやる、年は二歳と三歳、二人とも母親似で可愛かった。
起きないのを確認したディアーナは景虎に向き合い、小声で話をし始める。
「よくここがわかったわね」
「シャルロッテがこの辺りにいるんだろうって教えてくれてな、何とかって奴はねーちゃんを殺すのは無理だろうから、離しておくんじゃないかとかどーとか言ってたわ」
「なるほどね」
「ってか案外元気そうで安心したぜ」
そう笑顔で答える景虎にディアーナは、寂しく微笑む事しかできなかった。
「心配かけちゃったかしら」
「ああ、皆心配してるぜ、特におめーの親父さんはな」
「そう……」
「さて、時間もねーし手短に頼むわ、何でこんな事になってんだ?」
直球で聞いてきた景虎に噴出しそうになるのを抑え、ディアーナはこの国に帰ってきた時の事から話す。
「あれは、私がヴァイデンから戻って少し経った時だったわ、ラザファム……、今この国の王になってる奴ね、あいつが今すぐ王位を私に寄越せなんて言ってきたのよ」
「そいつすげーな、けど、何ではいどーぞってやっちゃったんだ?」
「そんな簡単に言う事聞く訳ないじゃない、言った瞬間そいつの首飛ばしちゃおうかとも思ったけどあんなでも一応夫の伯父だしね、夫に話を任せてみたの、そしたらあいつ何て言ったと思う?」
「ねーちゃんを嫁によこせとか?」
「ふふっ、そんな事言ったらその場で殺してたかもね。けどあいつが言ったのはそんな生易しいものじゃなかったの、あいつは王位を渡さないなら暴れさすぞって脅してきたのよ」
「何を?」
景虎の疑問にディアーナは唇をかみ締め悔しさを滲ませる、そして一呼吸置くとそのモノの名前を伝える。
「ドラゴンよ」
「!」
景虎もさすがにその言葉には驚きを隠せなかった、一方ディアーナの方も手を握り締めてその時の事を改めて思い出す。
「言われた時は誰も信じなかったわ、そもそもドラゴンなんてそうそう出てくるもんじゃないし何より人の言う事なんて聞く訳ないもの」
「そ、そっすかね」
景虎はフライハイトの事を思い出し、結構そーゆーのもあるんじゃないかと考えてはいた。
そんな景虎の頭の中にその元ドラゴンのフライハイトの言葉が響く。
『まぁ戯れに人に力を貸す事は私もあったがな、だがまあ言いなりにはなった事はないぞ』
「今なってんじゃん」
そんな会話があったなどとは気づかないディアーナは話を続ける。
「けどね、ラザファムはなら証拠をみせてやる、って言ってきたのよ、ドラゴンを見せてやるって。私と夫、それに臣下の何人かがあいつに着いていったわ、もちろん謀殺の可能性もあったから武器の所持は認めさせたけどね、百人くらい襲ってきても守りきる自信はあったし」
「さすがやね」
呆れる言動だったが、ディアーナなら余裕だなと思う景虎だった。
「でね、行ってみたら本当にいたのよドラゴンが、青い身体の翼の生えたのが」
『ブルードラゴンか!』
「そのまんまだな」
「そしてラザファムは私達の目の前で確かにドラゴンを自在に操ったわ、まるで飼い犬のようにね、戦慄したわ、まさかほんとにそんな事ができるなんて思わなかったから」
その時子供の声が聞こえ、起きたのかと確認すると寝言のようだった、ディアーナはまた優しく子供の髪を撫でながら話を続ける。
「もしドラゴンが暴れたら誰にも止められない、そうなったらこの国の人々は誰も生き残る事ができない、私だって赤子のようにただ蹂躙されるだけよ、だから私達は決断したのよ、王位を明け渡す事を」
「よくねーちゃん達殺されなかったな」
「まぁ結構脅したしね、もし私達を殺すなら道連れにお前も殺してやるわよってね、それに向こうも私達、というか私を利用するつもりのようだったし」
「利用って?」
「いずれヴァイデンや近隣諸国を攻める尖兵にするつもりなんでしょうね、ドラゴンという隠し玉があれば容易いかもしれないし」
そのラザファムって奴はとことん屑だなと思う景虎、と同時にディアーナが殺されなくてよかったと改めて安心していた。
「今はまだ王様になった喜びの方が大きくてしばらくそういう事はするつもりはないだろうけど、いずれ欲望の趣くままに戦争をし始めるでしょうね、そう遠くないうちに……」
「ロクでもねぇな」
「何とかしたいとは思ってはいるんだけどね、けどドラゴンが暴れたらと思うとさすがに手が出せない……」
そしてひと呼吸置き、悔しさを滲ませ声を絞り出す。
「完全に、手詰まりよ……」
絶望するディアーナに対し景虎はうーんと伸びをすると。
「大体わかった、んじゃクリスタ達と合流して作戦練るからねーちゃん達も手伝ってくれな、んじゃ」
「! 待ちなさい、クリスタ達って、もしかしてヴィルヘルミナ達もここに来ているの!」
「勝手についてきたんだよ! ほんとどーしようもねーよなあんたら姉妹はよ」
「まぁね、ってそうじゃないわ作戦て何する気? まさかドラゴンを倒そうとか思ってないでしょうね!」
「そのつもりだけど?」
「馬鹿な事はしないで!」
即答した景虎にさすがのディアーナも言葉を荒げる、と、すぐに子供を見て起きてないかを確認する。
幸い起きていなかった事に胸を撫で下ろすと景虎に詰め寄り。
「馬鹿な事は考えちゃ駄目よ! 確かに景虎は強いけど相手はドラゴンなのよ! 剣も魔法も通用しない、だからこそ私達人間はドラゴンが出ても戦わずただ逃げるしかなかったのよ」
「知ってる、何度も聞いたし」
「だったら!」
「けど俺とこいつは一回ドラゴン殺したし、その青いのもなんとかなるって」
その言葉に絶句するディアーナ、今この少年は何を言った? ドラゴンを殺した? ありえない! そう頭の中で何度も繰り返すディアーナは初めて怒りを露にし。
「ふざけないで! まさか景虎がそんなデタラメを言うような子だとは思わなかったわ!」
「ナメんなよねーちゃん、俺ぁ馬鹿だけどこんな所でねーちゃん騙すような事は死んでも言わねーぞ」
まっすぐ見つめる景虎の目をじっと見つめるディアーナ。
「俺を信じとけ、ドラゴンは俺が絶対なんとかしてやるからよ」
「………」
ディアーナは言葉をかけられなかった、景虎が嘘をついてるようには見えなかった、だがドラゴンを倒す事など人間に出来る訳がないのも間違いない。
景虎が窓から出て行こうとするのをディアーナが止める、そして何かを皮紙に書くとそれを景虎に渡す。
「ドラゴンの居た場所よ、今もいるかはわからないけど」
「おう、助かるわ、んじゃな!」
「景虎」
「ん?」
「………無茶はしちゃ駄目よ」
「無茶しなきゃできねー事だろーが、心配すんな、必ずなんとかしてみせっからよ」
そう言うと窓から降り立って闇に消えていく景虎、その姿を見つめるディアーナは、不安と同時に景虎ならやってくれるかもしれないという希望も持ち始めていた。
景虎は王城を出るとクリスタ達の下へと向かう。
「やれんな相棒」
『任せておけ!』
「よっしゃ、ドラゴン退治だ!」
――フリートラント王城から少し離れた民家の一室――
ヴィルヘルミナ、クリスタ、シャルロッテのヴァイデン王国の三人の姫は、冒険者という仮の姿で民家の一室を借りて拠点としていた。
ここに先程王城に潜り込みヴァイデンの元第一王女にしてフリートラント王国の元王妃ディアーナに会ってきた景虎が合流し、フリートラント王城で成された会話を三人に説明する。
「ドラゴンを使い脅して国を奪ったという訳ですか、俄かには信じられませんが」
「けどそれなら合点がいきますわね、あのディアーナ姉様が何もせずにみすみすラザファムのような俗物に屈するなどありえませんもの」
「卑怯者め!」
景虎の語った話に三人の姫は各々の感想を漏らす。
「つー訳で、とりあえずそのドラゴンをぶち殺しちまえばねーちゃんは助けられると思うんだがどーよ?」
景虎が口にした言葉は、この世界の人間からしたら誰もが頭がおかしいと言われる言葉だった。
しかし景虎が一度アースドラゴンを倒しているというのを知ってる三人からすれば、それは驚くに値しない。
だがやはりドラゴンを倒すという事など、人間にできるのだろうかという疑問の方が強かった。
その疑問をシャルロッテが恐る恐る聞いてみる事にする。
「あ、あの景虎さん、どうやってブルードラゴンを倒すのですか?」
「ん? この斧でズバーッって感じだけど」
「…………え? それだけですか?」
「おう!」
シャルロッテは唖然としてしまう、具体的なドラゴンとの戦い方というか戦略戦術といったものを聞きたかったのだが、どうも景虎にはそういったものが何もなさそうだったからだ。
景虎がドラゴンを倒したというのは本当だろうとは思ってはいたが、こんな行き辺りばっかりであのアースドラゴンをどうやって倒したのだろうと思わずにはいられなかった。
シャルロッテは深呼吸を何度かして、再度ブルードラゴンの倒し方を景虎に聞いてみる。
「あの、ですね、私が今まで色々読んできた文献などによればディアーナ姉様の言っているブルードラゴンというのは、羽が生え、空を高速で飛ぶドラゴンだと読んだ記憶があるのですが……」
「ああ、ねーちゃんもそう言ってたな、羽の生えた青いドラゴンだってよ」
「その、空を飛んでいるドラゴンにどうやって斧でズバーッってやるんでしょうか?」
「あ? ……空?」
「はい」
今度は景虎が唖然とする番だった、頭の中で青いドラゴンが空を飛んでいるのを思い浮かべ、それに自分が下からぴょんぴょん飛び跳ねている間抜けな絵図らが想像出来ると、嫌な汗が出てくる。
そして紅い斧になった元ドラゴンのフライハイトに、その辺を尋ねてみる事にする。
「おい、おめー俺を空に飛ばせて戦わせたりする事はできるか?」
『我が能力で景虎を人間五十人ほど立たせた距離までは上げてやる事はできはするが飛ばすのは無理だな』
その答えを聞いて景虎は項垂れてしまう、よく考えれば誰もがまず考える事ではあったのだが、どうもその辺がスポーンと抜け落ちていたようだった。
しかし景虎はすぐに前を向き一言。
「まぁ、なんとかなるだろ!」
とりあえず、作戦をもう一度練り直す事を提案するシャルロッテだった。
――翌日、再びフリートラント城――
城の中では相変わらず王位簒奪を果たしたラザファム現国王が、国費を使い贅の限りを尽くしていた。
宴は昼夜にわたって行われ、国政など完全に放り出しているというお粗末さ、換言を行う者は牢にに入れられ、ラザファムに付き従ってきた騎士達以外の騎士は王城へ入る事さえ禁止されていた。
その様子を苦々しく思っているのはディアーナ、その力ゆえに城の中で自由を許されてはいるものの、国政への発言権などあろうはずもない、それでもここにいるのはこの国の民の事を思っての事、今の所粛清や民への暴力というものはディアーナの力で抑えているもののいつ暴発するともわからなかった。
ドラゴンさえなんとかできれば、すぐにでも鎮圧してやろうと考えているものの、そのドラゴンが一番の厄介事だった。
”俺を信じとけ、ドラゴンは俺が絶対なんとかしてやるからよ”
昨夜聞いた景虎の言葉が思い出される、景虎はドラゴンを殺した事があると言っていた。
とても信じられない話であるが、あの少年ならばやってのけるかもしれないという考えも思い始めていた。
「もし、ほんとに景虎がドラゴンを何とかしてくれたら……」
ディアーナがそんな事を考えていた時だった、城内のあちらこちらで人々がざわめく声がする、酒で酔っ払ったフラフラの騎士を呼びとめその理由を聞いてみると。
「へ、へへ、ラザファム様がドラゴンを城に呼び寄せたんですよ! いや、ほ、ほんと、すげぇんです」
「なんですって!」
驚愕の言葉だった、ラザファムはブルードラゴンを自在に操る事ができるので呼び寄せる事は可能かもしれない、だがドラゴンという存在は普通の人間にとっては恐怖の対象でしかないのだ。
そんなものがもし人の多い場所に現れればどうなるか、誰でもわかろうというものだ。
近くの窓から外を見てみる、すると騎士の行った通り、確かに城の上に青いドラゴンが飛んでいるのが見て取れた。
「何を考えているのよ!」
ディアーナはすぐにラザファムを探す、すると二階の大広間のベランダに酔っ払った騎士や臣下と共に酒を飲みながらドラゴンに命令している姿を見つける。 ディアーナは憤怒の表情でベランダまで来ると、ラザファムに詰め寄りドラゴンについての事を糾弾する。
「何故ドラゴンを呼んだの!」
「ああん、ああディアーヌではないか、何を怒っておるのだ……」
「貴方は! 何をしたかわかっているの!」
「ええい五月蝿いぞ! 私に逆らうのならあのドラゴンの餌にしてくれるぞ!」
酒を飲み顔を赤らめたラザファムは、ゲラゲラと笑いながら臣下達に自分を称えるように要求する。
その要求に臣下達は拍手で答え馬鹿騒ぎを続ける、怒りに震えるディアーナ、今すぐにでもここにいる奴等を皆殺しにしたいという衝動に駆られる、だがそんな事をすればドラゴンが何をするかわからない。
ディアーナは歯を食い縛り、ラザファムに静かな声で改めて諭す。
「ラザファム殿、どうかドラゴンを帰らせてください、あのような姿を見せたら城下の民が不安を覚えます、何卒!」
「ええい黙れ! 大体だな、何故私が貴様如きの言葉に従わねばならんのだ! 私はこの国の国王だぞ! そしていずれはこのトライアを統べる大王となる者なのだぞ!」
「そこを枉げて! 何卒!」
すでに心ここにあらずといった風なラザファム、如何に自分が偉大かというのを語る、その間ディアーナは何度もドラゴンを帰すように願い出るもラザファムがその願いを聞き届ける事はなかった。
そして気分を悪くしたディアーナをここから追い出そうと騎士達が動き始めた時、異変が起こる。
異変に気づいたのは酔っ払った四十代の中年の騎士だった。
「んあ? 何だありゃ、なんかドラゴンがどんどん大きくなってきたなあー」
大きく? ディアーナはその言葉を聞き逃さなかった、そしてついで聞こえてくる轟音。
「逃げてっ!」
瞬時に危機を察したディアーナは大きな声で叫ぶ、しかしその声は巨大な爆発音にかき消される、壁が崩れ破片が舞い、土煙で覆われるた部屋で、ディアーナはその持ち前の身体能力で何とか被害から免れていた。
うっすらと土煙が晴れて見えたものは、ベランダのあった場所に大きく穴が開いた空間、先程まで宴会をしていた多くの騎士や臣下、そしてラザファムの姿が全てが消え去っていた。
そして、大きな羽ばたく音が響き、その穴から凶悪な姿をした青いドラゴンの姿が映し出される。
「なんて事……」
何故そうなったかはわからない、だが言いなりになっていたドラゴンがラザファムの命を奪ったのは確かだった。
つまりもう誰も、このドラゴンを制御する事ができないという恐怖に震えるディアーナ、そしてその恐怖は現実のものとなる。
ブルードラゴンはけたたましい叫び声を上げると、羽を大きく羽ばたかせ飛び上がっていき、フリートラント城に再び体当たりをしかけてくる。
再び響き渡る轟音と爆風、そして阿鼻叫喚の声が響き渡る。
走るディアーナ、彼女が目指すのは部屋に残した子供と隣の部屋に軟禁されている夫のレオポルド、逃げ惑う騎士達の中をすり抜けようやく部屋に辿り着き扉を開ける。
「アンナ! カルラ!」
二人の子供の名前を呼ぶ、二人はベッドの上で抱き合いながら震えていた。
ディアーナは駆け寄り二人の子供を抱いてすぐさま部屋を出る、そして隣の部屋を力ずくで開けると夫レオポルドの名を呼ぶ。
「レオポルド!」
「ディアーナ!」
すぐさま返って来た返事に安堵するディアーナ、しかしレオポルドは崩れた天井の破片に当たり額から血を流していた。
ディアーナとレオポルドは各々子供を担ぎ必死で崩れ落ちる城から逃げ出す、
フリーラント城は崩れた壁の下敷きになる者や、逃げ出す事ができずドラゴンの餌食になる者、逃げるため城壁から飛び降りる者達と阿鼻叫喚の地獄となった。
ブルードラゴンの雄叫び声が響き渡る、空を我が物顔で飛ぶその姿はまさに悪魔だった。
ディアーナは思う、何とかしなければと、だがドラゴンというのは人間の力でどうこうできる存在ではないのだ。
このままではこの国が滅びてしまう、多くの人々が殺されてしまう、絶望に打ちひしがれるそんな時、ディアーナは景虎の顔を思い浮かべる。
景虎は言った、俺がなんとかするからと――。
「助けて、景虎……」
祈るような想いでディアーナは景虎の名を呼んだ。
明日はちょっと休みます




