第十三話 叛乱
――フリートラント王国にて叛乱――
その急報にヴァイデン王都は騒然となる、何故ならフリートラントにはヴァイデンの元第一王女ディアーナが嫁いでいたからだ。
旧姓ディアーナ=リュトヴィッツ、結婚前はヴァイデンの不敗の戦乙女として、各地の戦場でその武を如何なく発揮していた。
彼女の扱う神弓シュトゥルムは、魔力を帯びたいわゆる魔弓である、風を自在に操り放たれる矢は音速を超える。
しかしディアーナは弓だけに特化した訳でなく、剣や槍を使わせても敵う者はいない程の腕前であり、まさに戦の申し子と呼ぶにふさわしかった。
そんな彼女が戦場の中、フリートラント王国の王子レオポルトに一目惚れしてしまう。
ヴァイデン王国とフリートラント王国は、それまで決して仲の良い関係という訳ではなかったが、この婚姻を契機に同盟関係が結ばれる事となる。
それから七年間両国は交友を深め信頼関係を着実に築いていった。
だがらこそこのフリートラントでの叛乱という報に、ヴァイデン王国は混乱せずにはいられなかった。
「ディアーナは無事なのか! ディアーナの娘達は!」
ヴァイデンの国王アダム=リュトヴィッツは、叛乱によって混乱するであろうフリートラント王国の内情は気にはなってはいたが、それ以上に可愛い愛娘とその孫達の安否が気が気でならなかった。
「そ、それがまだ情報が錯綜しておりましてまだなんとも」
「ならば早く収集をせよ! そもそもどこの誰が叛乱を起こしたと言うのだ!」
情報がままならぬまま続いていたフリートラント王国叛乱の報告であったが、時間が経つにつれその詳細が明らかになっていく。
叛乱が発生したのは今から二週間前、時間的にはディアーナが王都ヴァイデンを出立して丁度フリートラントに着いた頃であった。
そして叛乱を起こした首謀者は、フリートラントの現国王レオポルドの伯父のラザファムだと判明する。
フリートラントの南方を治めていたラザファムは、常日頃から自身の立場に不平不満を口にしていたと言う、そして兵三百をもって挙兵するとそのままフリートラント王都まで進撃した。
しかし王都にはあのディアーナがおり、さらに堅固な城壁に千ものフリートラント王国軍が待ち構えている、どう考えても無謀な戦いと思われたが、なんと現国王レオポルドはラザファムに無血降伏し、王位を譲ったのだというのだった。
「一体……、何が起こったの……」
報告を見ていたシャルロッテが信じられないといった感想を漏らす、どう考えても成功する叛乱ではなかった。
フリートラントの国王レオポルトは民からも愛され味方も多かった、逆にラザファムに関しては良い噂を聞かないほどだ。
さらにディアーナの存在、もしディアーナが本気で戦うなら、彼女一人で千人の騎士を倒すことすら可能なはずなのだ。
「なのに無血での簒奪だなんて……」
天才と呼ばれたシャルロッテにしても、この叛乱の内情がわからなかった。
一方ヴィルヘルミナとクリスタの二人は、姉のディアーナの安否が心配でならなかった。
あの姉は決して簡単に屈するような人間ではないのだ、しかも愛すべき夫が王位を簒奪されるような真似を黙ってみているはずがない、なのにその姉は報告では一切抵抗をしなかったというのだ。
「ディアーナ姉様……」
今はただ姉の無事を信じるしかない、一ヶ月前までここにいた姉は元気そうで何か問題を抱えてるようには見えなかった。
帰る途上で何かあったのか、それとも国に帰りついた時に何かあったのか、三人の姫が様々な憶測を考え苦悩していると――。
「んじゃ、俺がそのフリなんとかって国に行って、あのねーちゃんに会ってきて色々聞いてきてやるよ。んで力になれる事があったら助けてきてやっから」
そう言うと紅い斧を持った景虎が、先程から何か旅支度っぽいものをしていたものを持って、外に向かって歩き出していた。
「ま、待ってください! まだ状況がわからないのにフリートラントに行くのは危険です! ディアーナ姉様の事もわからないしもう少し情報を……」
「あ? 馬鹿かおめぇ? ここでグダグダやってる間にもあのねーちゃん苦しんでるかもしんねーだろが」
「!」
「俺はよ、あのねーちゃんは戦わずに負けを認めるなんて事絶対しねーと思うんよ、だとすりゃあそうしなきゃならねーめんどくせー何か理由があったに違いねーはずだ」
止めるシャルロッテを制止して話す景虎に聞き入る三人に。
「俺ぁ馬鹿だからその叛乱だの国王がどうとか難しい事はよくわかんねー、けどよ、あのねーちゃんが困ってんなら助けてやりてーって思う訳、んで問題なきゃそのままでいいし、困ってんなら力になってやろーって思ってんだわ」
そして頭をボリボリと掻いて最後に。
「俺ぁもう一度元気なあのねーちゃんに会いてぇんだよ」
その言葉にクリスタが笑みをこぼし、景虎の元に走ってきて元気よく。
「私も行く!」
「てめぇは留守番だ!」
思いっきり頭をはたかれるクリスタ、あまりの痛さに頭を抱えて文句を言おうとすると。
「てめーはこの国のお姫様だろーが! 見つかったらめんどくせー事になんだろ! こーゆーのは俺みてーなどこの馬の骨かわからん奴がやってりゃいいんだよ!」
「そ、そんなのズルい!」
「ズルくねーよ、いいからお前らお姫様は大人しく留守番してろ! もし来るってんなら本気でてめーらを叩きのめすからな」
「お待ちなさい!」
ヴィルヘルミナが声色を上げて景虎に詰め寄る。
「散々好き勝手言ってくれましたわね、私達がまるでディアーナ姉様の為に何もするなと言ってるような物言いでしてよ」
「からむんじゃねーよ、お姫様にゃお姫様のお仕事があんだから大人しくやっとけって話だ」
「私達がお飾りのお姫様だとでも言いたいのかしら?」
「お飾りの人形のがマシだ」
その言葉に、いつも冷静なヴィルヘルミナが怒りを露にし、景虎の頬をひっぱたく。
「気ぃ済んだなら俺は行くぞ、それとももう二、三発やっとくか?」
「……いえ、もう結構ですわ」
そう言うとヴィルヘルミナは後ろを向き、景虎に言葉をかける。
「ディアーナ姉様の事、頼みましたわよ」
「おう」
その言葉に景虎が部屋から出て行こうとするのを、シャルロッテが何かを色々かき集めてくる。
「ま、待ってください! こ、これフリートラント王国の地図です、あとこれは王都の地図と資料、時間がないのでこれだけしかありませんが使ってください」
「おお、助かるわ、実は全然知らねー場所だったんでな」
シャルロッテから資料を渡された景虎は、それを鞄に詰め込み、紅い斧を背中に背負って王都を旅立っていく。
それを見つめる三人の姫は何も言えず立ち尽くしていた。
王都ヴァイデンからフリートラントの国境までは、馬を走らせて一週間ほど、そこからフリートラントの王都までは四日ほどの距離だった。
ヴァイデン領内はともかく、フリートラント領内に入れば何が起こるかはわからなかった。
半日ほど馬を走らせた景虎は近くの村へと立ち寄ると、金を払って一晩の宿を得る、その部屋の中で景虎は。
「啖呵切って出てきたはいいがどうすりゃいいんだろな実際」
『そう思うのであればあの姫達と共に来れば良かったではないか』
「ボケ、そういう訳にはいかねーだろうが」
『何故だ?』
フライハイトの質問に景虎は嘆息すると。
「もしクリスタらを引き連れて向こうに行って、ディアーナのねーちゃんに会ったりしたら、姉妹同士で戦うなんて事になりかねねーだろうが」
『何故そうなるのだ?』
「出る前も言ったがよ、ディアーナのねーちゃんはそう簡単に負けるような奴じゃねーと思うんよ、だとすりゃ何かしらの弱みとか握られて無理矢理言う事聞かされる可能性があんだろ」
『ふむ、人間のやる権謀術数という奴か、中々に醜い』
「あいつらにゃそーゆー骨肉の争い、みたいのはさせたくねーんだよ」
そう言うと景虎は言葉を噤む、肉親同士の争いがどれほど醜いものかというのは嫌と言うほど知っていた、しかも殺し合いなどとなったらどちらにとっても後悔しか残らないだろうと。
『だが、そうなるとお前があのディアーナという人間と、戦う事になりはしないのか?』
「そうなりゃ好都合だ、半殺しにでもしてクリスタ達の元に連れてってやるつもりだ、まぁそう簡単にゃいかねーのはわかってるがよ」
『なるほどな、いつも通り考えずに行動したかと思っておったが、中々に考えて行動しておるのだな』
「うっせぇよボケ! まぁとにかく色々考えるのはフリなんとかって国に入ってからだな、それまでは果報は寝て待てだ」
そう言って景虎は深い眠りにつく、そして翌朝、景虎が目を覚ますとそこには信じられない光景があった。
「あら、もう起きましたの?」
「おはよう景虎!」
「あ、す、すみません、勝手に入ってきてしまって、ほんとにすみません……」
何故か民家の一室にヴィルヘルミナ、クリスタ、シャルロッテのヴァイデンの三人の姫がそこにいた。
「おいコラ、何でお前らがここにいる?」
「さて、何故でしょうかしらね」
「まさかとは思うがよ、てめーらついて来る気じゃねーだろうな」
「そのまさかですけど何かしら?」
しれっと答えるヴィルヘルミナに景虎がブチ切れる。
「オイ! てめー出る時ねーちゃんの事頼むとか言ったじゃねーかよ! ビンタまでくれやがって! あれは何だったんだよコラ!」
「特に意味はありませんわ、それがどうかしまして?」
あっけらかんと惚けるヴィルヘルミナにさすがの景虎もあきれ果てる。さらにオロオロしてるシャルロッテを見て。
「おいコラちんちくりん! おめーは天才とか言われてたよな! 行きゃどうなるかくらい考えなかったのかよ!」
「あ、そ、それはもちろん考えてはいますが……」
「なら何でこんな馬鹿に着いてきてんだよ!」
「わ、私もディアーナ姉様の事が心配なんです! 何でもお手伝いしますから私も連れて行ってください! お願いします!」
必死に頼むシャルロッテに再び溜息しか出ない景虎、さらに見ると怯えるクリスタが目に入り、睨む景虎。
「あ、か、景虎、あの……」
「帰れ!」
「や、やだ!」
涙ぐむクリスタに景虎は頭を抱える。
「あのなお前ら、行ってもしディアーナのねーちゃんと……」
「戦う事になる、かしら?」
「……わかってんなら何で来たんだよ、いいか、てめーらじゃあのねーちゃんにゃ絶対勝てねぇ、実力の差もあるだろうけど、お前らがあのねーちゃんを傷つけられるとは思えねーんだよ」
景虎の言葉をじっと聞く三人、そんな三人に景虎はさらに言葉を続ける。
「いいか、もう一度言うぞ、てめーらは帰れ! 俺は姉妹で殺しあうようなのは見たかねぇんだよ!」
「では私ももう一度言いますわよ、私達はフリートラントに行ってディアーナ姉様を助けますわ」
「てめぇ……」
「景虎、心配してくれてるのは有難いですけど、これは私達がやらなければならい事なのですわ、ディアーナ姉様に何があったかはわかりませんけど、姉様が苦しんでいるのなら助けるのが姉妹というものでしてよ!」
ヴィルヘルミナの言葉にクリスタとシャルロッテも頷く。
「例えここで景虎に叩きのめされようとも、私達は姉様を助けるまではヴァイデン王都に戻るつもりはなくてよ」
「私も戻らない!」
「私も、ディアーナ姉様を助けるまでは!」
三人の決意に景虎は深い溜息をつく、そして再びベッドに潜り込んだ。
「とりあえずこの先どうするか考えてくれ、俺ぁもう考えるのも馬鹿らしくなってきたわ」
その言葉に三人の姫は笑顔を見せる。
こうして景虎と、ヴァイデンの三人の姫の旅が再び始まる。
ちなみにディアーナの件に続いて、三人の姫までいなくなるという事態に国王アダム=リュトヴィッツは寝込んでしまっていた。
一応シャルロッテが旅に出る前に、母ヴィクトリアに話をしており許しを貰ってはいたのだが。
景虎とヴァイデンの三人の姫達はフリートラントへの道を進む――。
基本的な事はシャルロッテが全て決めてくれたおかげで、不自由する事無くフリートラント王国までの旅は続けられた。
しかし旅を始めて一週間、少し進むとフリートラントの国境を超えるという時になってシャルロッテが変装する事を提案する。
さすがにヴァイデンの姫という事もあってか、かもし出す雰囲気のようなものは隠せなかった為だ。
とりあえず一般人が着るような普通の服を買い、その上にマントと帽子のようなもので全身が覆い隠されるようにしてみる、傍目からは誰だかはわからないようにはなった。
「景虎は変装しないの?」
「俺ぁ別に良い所の出で何でもねーしな、わざわざ変装しなくても貧乏オーラ全開だ」
クリスタの問いに、威張ってるのか卑下してるのかわからない景虎だったが、確かに誰が見ても庶民にしか見えなかった。
変装した四人は夜を待ってフリートラント王国の領地へと入る準備をする、シャルロッテが事前に調べていた山道を使った為、フリートラントの人間に見つかる事なく無事に領地へと侵入する事に成功した。
ここから馬で四日も行けば、フリートラントの王都に辿り着けるはずではあるのだが、できるだけ人に見つからない道を進もうと、夜に動く事になったので時間的には余計にかかる事になってしまった。
さらに立ち寄った村などで、今回の叛乱の情報の聞き込みなどをしたものの、ディアーナの事についての情報はほとんどなかった。
フリートラント王国に入って三日目――
その間、情報らしい情報を得られなかった景虎は、名案があるという事で三人の姫達に提案をしてみる。
「とりあえず兵士二~三人拉致ってねーちゃんの事脅して聞いてみようと思ってんだが、どうよ?」
「景虎さん、それ犯罪です」
本当にこの人はと呆れるシャルロッテ、たまにロクでもない事を言い出すので困り果てていた。
しかしこのまま進んでも、まったく情報のないまま事を起こすことになってしまうとなると、不安が残るのも事実だった。
ちなみに景虎の提案には、ヴィウヘルミアとクリスタは賛同していた。
「とりあえずフリートラントの兵士にお金払って情報聞を聞いてみましょう、多分それが一番平和的だと思いますので」
それ買収じゃね? というツッコミはするのも面倒だったのでやめる景虎、 そしてシャルロッテは警備をさぼっている兵士を見つけ出し、金貨を数枚渡しディアーナの情報を聞き出す。
しかし下っ端という事もあって、詳しい場所まではわからなかったものの、現在も王城にいるという事はわかった。
情報や書物などからフリートラント王都の城壁は、ヴァイデンほどでないにしてもかなり高く、入り込むのは容易ではないと分析していた。
「意外と高そうですわね」
「登るのは大変かも」
「どこかに抜け穴でもあればいいのですけど」
三人の姫が各々の感想を述べ、どうやって中に入ろうかと考えていると、景虎が発言する。
「あ、俺ヨユーで中入れっから任せとけ、それより城のどこ行きゃいいかだけ割り出しといてくれねーか? あのねーちゃんの居そうなとこ」
「あの城へ余裕で入れるなんて、どうやって!」
「んー、なんかこうびゅーんって感じだ」
信じられないといった感じで驚くくシャルロッテに、ちゃんと伝えられない景虎、ちなみに景虎が言ってるのは、フライハイトの能力による瞬間移動の事であった。
フリートラントに入って六日目、一行はようやくフリートラント王都の見える場所に到達する。
さすがに今までとは違い、人の往来も増え、情報収集がしやすくなってくる。 そして叛乱後の話などを聞くと、王位を簒奪したラザファムの評判はやはり悪く、毎日国費で豪遊を繰り返し、治安も悪化の一途を辿っているという。
「ほんとに、何でそんなのにお姉様が……」
シャルロッテは悔しそうに語る、ディアーナがもし普通の状態であったなら、このような人物は問答無用に叩き伏せるはずだからだ。
そして夜になりフリートラントの王城の中に入る為、景虎は一人で人気のない城壁に向かう準備をする。
「気をつけなさい景虎」
「景虎……」
「ディアーナ姉様に会ったら、必ず私達が力になると伝えください」
三人の姫は景虎とディアーナの安否を心配する、そんな三人に景虎は。
「任せとけ! 必ずディアーナのねーちゃんと会って色々聞きだしてくっからよ、おめーらも色々準備しといてくれや」
笑顔で答え、城壁へと向かう。
本来なら警備も厳重で、パトロールのようなものもいるはずなのだが、ラザファムが即位してからというもの、そういった城の警備と言うものがかなり疎かになっているのが幸いし、景虎は難なく城壁に辿り着く。
「んじゃ頼むわ、できれば人のいねー所にな」
『任せておけ』
次の瞬間景虎はフライハイトの瞬間移動の能力によって、誰にも見られる事無くフリートラント王都の中に入っていた。
周りを見ればどうやらここは路地裏のようで、あちこちにゴミが散乱している場所だった。
王都の中は夜とはいえ不気味なほど静まり返っており、明かりもあまり点いてないようだった、ラザファムが何かを指示したのか、ラザファムの圧制を恐れて町を逃げ出したのか、いずれにせよ王都というには寂しすぎる光景だった。
景虎はそこから王城を見る、距離としては100メートルも行けば辿り着ける感じだった。
「さって、ディアーナのねーちゃん待ってろよ!」
景虎はディアーナに会うべく、闇夜のフリートラント王都を駆ける。
色々修正しました




