第九話 王都
景虎とヴァイデンの三人の姫との旅は、順調すぎるほど順調だった――
ある日の事、いつものようにお付きの騎士兼料理人が食事の支度をし、景虎を含む四人で食事をしていた時の事だった。
「景虎何やってるの?」
「あ? 何かチマチマ食うの面倒臭くてな、バーガーにでもしようと思ってよ」
そう言うと景虎はパンの間に肉やら野菜やらを無造作に挟んでいた。姫という立場上、食事などのマナーをきっちり教え込まれていた為、初めて見る景虎の作っている食べ物に興味津々のクリスタ。そして歪ながらも完成した肉を挟んだパン、それを美味しそうに食べる景虎にクリスタが声をかける。
「私もそれ食べたい」
「ん? 作りゃいいだろ」
「作り方わからない」
「わからねーって、おめー」
こんな簡単なモノをと言い掛けたが、まぁ姫だししょうがないとクリスタの分を作り始める景虎。姫ともあろうものがと止めようとする者もいたが、ヴィルヘルミナが面白そうだと言う理由でそれを制止する。しばらくして出来た肉サンドを受け取ると、景虎と同じように大口を開けて食べるクリスタ。
「これ、おいひー」
「そりゃ良かった」
そんな感じで親睦を深める景虎とクリスタ、それを温かい目で見るヴィルヘルミナ、トラブルメーカーのヴィルヘルミナとクリスタを景虎が抑えている事で、珍しく大きなトラブルもなく順調に旅が出来ていた。シャルロッテは、両親以外でここまで他人の言う事を聞くクリスタを見るのは初めてだった。
一方シャルロッテ自身も、景虎の話す話を興味深く聞いていた――。
「はあ、空を飛ぶ乗り物ですか」
「おう、飛行機って言ってな、すげぇ高く飛んで外国行くんだわ、あっちの世界にいる間に乗っておきたかったぜ」
景虎はどこか不思議で、普通の人間とは違う感じだった。
アースドラゴンを倒した話もそうだが、見知らぬ知識を語ったり、こちらの問いに結構な頻度で答えてくれていた。
最初は武力だけの猪武者のような人物だと思っていたが、その実博識な面もある人物だと考えを改めていた。さらに一見脅しをかけたり暴力的な事を言うものの、他人への気遣いもできる人物だとも。
「一体この人は何なんだろう」
ヴァイデンの中でも百年に一人の天才とまで言われるシャルロッテでさえ、景虎の本質を掴みきれてはいなかった。
そうこうしているうちに二週間が経ち、景虎達は無事王都に辿り着く。
目の前に広がる王都はさすが大陸一の大国の首都というものだった。三重の堅固な城壁に綺麗に仕分けられた町並み、城の周りには緑が広がり、城砦の白と森の緑が美しいコントラストをかもし出していた。
「へえ、ここが王都か、すげぇな」
「ふふん、どうよ!」
「何でお前が偉そうなんだよ」
景虎の感想に何故か得意気なクリスタ。道中景虎に一度も勝つことができなかったので、こういった事でもいいので勝った気になりたのかったのかもしれない。そうこうしているうちに王都の入り口まで来た一行、クリスタ達に気づいた門兵達が急いで伝令を走らせ、三人の姫に深々と頭を下げるとクリスタ達を王都の中へと誘導する。
「改めて思ったがよ、お前らってほんとにお姫様だったんだな」
「どう! 恐れ入った!」
「いや恐れ入ったってより、何でだろうなって疑問の方が強いわ」
「何でよ!」
そんなやりとりを微笑ましく見るヴィルヘルミナとシャルロッテ、しかしシャルロッテはある事が気がかりだった。そしてそれを言ってしまえばどうなってしまうのだろうかと、それでも言わなければならないと考え言葉にする。
「あの、景虎さんは王都までの警護という話でしたが、この後はどうなされるおつもりなのでしょうか?」
その言葉にクリスタは言葉を失う。確かにそういう契約ではあったのだが、この関係があまりにも当然のようになっていた為、忘れ去っていたのだ。
「そだな、とりあえずここの冒険者ギルドに行ってみるわ、まぁこんだけでかい街なら仕事とかあると思うし、銀髪クソ野郎の情報もあるかもしれねーしな」
「そんなの駄目よ!」
景虎の言葉に異を唱えたのはクリスタだった。
「私はまだ景虎に勝ってないんだから! こんな所で勝ち逃げなんてさせないわ! そ、それにま、まだ私は……」
言葉を詰まらせるクリスタ。彼女は旅をしたこの二週間で景虎が傍にいるのが当然のようになっていた。初めて打ち負かかされた事で彼女の中に芽生えた何か、それが彼女自身には何かわからなかったが、とても大切なものだと思っていた。
景虎とは離れたくないという想い、だがそれを言葉にできないクリスタを思いやってか、ヴィルヘルミナが景虎に提案をする。
「別にすぐ別れる必要もないのではなくて? もう少し私達と一緒にいればいいじゃないのかしら」
「いや、そういう訳にもいかんだろ、なんだかんだ言ったってお前らこの国のお姫様だし、やる事色々あるだろ?」
「そんなものないわ!」
「いえ、ありますから……」
きっぱり言い放ったクリスタを、完全否定するシャルロッテ。
「お姉さま方は一軍を率いる将軍でもあるんですよ、北壁での戦いの報告をしていただかれないと困りますし、それに王都に帰ったからにはお父様……、国王に拝謁して色々と国事にも参加せねばなりませんし」
丁寧に説明するシャルロッテを睨むクリスタ。しかしシャルロッテの言う事の方が正しいのは誰もがわかっていた。姫として生まれた以上は、それに見合う事をしなければならないのだと、だがシャルロッテはある提案をする。
「景虎さんに提案があるのですがよろしいでしょうか?」
「ん? 何よ?」
「はい、一応私達が王都に着いた事でここまでの警護のお仕事は終了という事にはなりましたが、景虎さんの探しているフルヒトなる人物の情報の収集はまだできていません、各地に伝達させた報告はまだしばらくかかると思いますし、その報告が届くまではここにお留まりする、というのは如何でしょうか?」
シャルロッテの提案はしばらく景虎がこの王都にいてはどうか、というものだった。
「んー、まぁ確かに一番の目的はそれだし、ここじゃ冒険者ギルドとかで情報集めるつもりだけだったけど」
「報告は届き次第景虎さんにお渡しいたします、空振りに終わる可能性もあるかもしれませんが、一人でお探しするより私達を利用した方が目的に早く辿り着けるのではと思うのですが」
「んだな、じゃあしばらくここで情報収集すっか、当てにしてるぜ」
景虎の言葉に満面の笑みをこぼすクリスタと、横でほっとするシャルロッテ。もしここで景虎と別れるような事になれば、クリスタが大暴れするのは目に見えていたからだ。そしてヴィルヘルミナもきっと一緒になって暴れるだろうと。それを何とか回避できたと胸を撫で下ろすシャルロッテは、さすが天才と呼ばれた神童だった。
「んじゃ俺は適当にその辺で宿取ってギルドの仕事やってっから、何かあったら適当に連絡してくれや」
「何言ってるのよ! そんな面倒くさい事しなくても私達と一緒に王城に来ればいいでしょ!」
「いや、さすがにそりゃ無理だろ」
「別に問題ないんじゃないかしら? 私たちがちゃんと面倒見てあげればよろしいのですし、ね、シャルロッテ」
「まぁそう言うんじゃないかとは思ってました……」
溜息をつくシャルロッテは二人の姉の事をよく知っていた。景虎が別れると言ってもきっと駄々をこねて引き止めるものだろうと。ただシャルロッテ自身も景虎に興味を持ち始めており、もうしばらく一緒にいたいとは思っていた。
王城に入る三人の姫、当然問題なく入っていくがその後に続く紅い斧を背中に背負った少年を見て、門番が止めようとする。
「止まれ! この先は限られた者しか入れぬ場所! 素性のわからぬ者は……」
「このお方は我らの客人の出雲景虎殿です、その身分は私達三人の姫が保障致しますので心配無用です」
シャルロッテの言葉にヴィルヘルミナとクリスタの二人も頷く。
大きな紅い大斧を持つ人間などそうそういるものではなく、どう見ても怪しいと思うのは当然ではあるのだが、三人の姫が身分を保証するというのであれば、門番もそれ以上追求する事はできなくなる。訝しげな眼で見られながら景虎は王城へと入っていく。
「いいのかよほんとに」
「何を心配しているのよ、私達が良いと言えば良いの!」
ご機嫌なクリスタはこんなもの何でもないわよという感じだった。
『ほお、ここが王城の中か、装飾も中々のものだ、作った者は芸術というものを理解しておるな』
「てめーは相変わらず気楽だな」
『ああ、楽しくてしょうがないわい、おお! 向こうの像も中々のものだ』
「段々ウザくなってきた」
元ドラゴンで今は紅い斧に変じているフライハイトが、楽しげに話してるのに正直イライラする景虎、そしてシャルロッテに提案する。
「なあ、さすがにこいつ持ってウロウロすんのやべーと思うんだが、どっかに置いとけないか?」
「そうですね、ではあちらの部屋に置いておいてください」
『! おい待て景虎、私はまだ王城の中を見たい、もう少し持っていてくれ!』
「却下だ」
フライハイトの懇願を一蹴する景虎は、斧を置いて三人の姫についていく。
「つーか俺行かなくてもよくね?」
「あら、急におじけづいたのかしら?」
「いや、だって王様に会おうってんだろ? 言ってみりゃ親子水入らずの再会ってやつじゃねーか、そんなんに俺いたら普通に邪魔だろ?」
「そんなに畏まる事はなくてよ、まぁ私達もそんなに会いたいって訳でもないんですの」
「なんで?」
「まあ、色々とありまして……」
ヴィルヘルミナとの会話の中、入ってきたシャルロッテの言葉に何か不安を覚えたものの、景虎は三人の姫について王のいる部屋へと入っていく。
荘厳な装飾が施されたその部屋は大きく、サッカーくらいならやれそうな広さだった。その部屋の中央の奥に二人の人物がこれまた荘厳な装飾が施された椅子に腰掛けていた。白い髭を蓄え、割腹の良いその初老の男性こそが、この大陸一の国家ヴァイデンの現国王アダム=リュトヴィッツ。
そしてその横の椅子に座っている気品ある優しげな顔をした女性、この国の王妃ヴィクトリア=リュトヴィッツだった。景虎は入り口で待つように言われその場に残り、三人の姫は紅い絨毯の上を進み国王と王妃の前に静かに進む。
「よく帰ってきましたわね、ヴィルヘルミナ、クリスタ、シャルロッテ」
「お母様もお元気そうで」
優しい声が三人の帰還を迎え入れる。王族とは言ってもやはり母と子の関係だなと景虎は思った。一方の国王の方は未だ声すらかけず無言を貫いていた。
ヴィルヘルミナが先ほどあまり会いたくないと言った言葉を思い出した景虎、もしや三人はあまり良く思われていないのではと考えてしまう。
それに少し心が痛む景虎、自身も親の愛情というものをまったく知らず生きてきた。あの三人もそんな思いをしていたのだろうかと。しばらく三人の姫が王妃と談笑をしていると、国王が静かに立ち上がる。
そしてゆっくりと三人の元まで近づく。その瞬間、三人の姫が怯えるような仕草をしたのを見逃さなかった景虎、脳裏に浮かぶのは親に虐待を受けた時の記憶。
景虎が一歩踏み出そうとした次の瞬間――
「成長したのおおおおおおおおおおおお」
いかにも頭の悪そうな声を発したのは国王様、そしてそのまま三人の姫を纏めて抱きしめる。それぞれの顔に自分の顔を近づけ頬ずりしまくるその光景に、景虎はしばし呆然として動けなくなる。さらに国王様は三人の姫を撫でまくり、触りまくりと、他人であれば警察にしょっぴかれるような行為をしまくっていた。三人の姫は最初は耐えていたものの、さすがに堪忍袋の尾が切れたのか。
「父上、そろそろ離してはくださいませんでしょうか?」
「………」
「ひっく、ひっく」
ヴィルヘルミナは笑顔で怒りながら、クリスタは無言で怒りながら、シャルロッテは泣きながらそれぞれ国王を引き離す。
「ひ、久々の再会だというのにそれはないであろう! そなたらに会えぬのがどれほど寂しかったと思うのだ!」
「父上のご情愛はよくわかっておりますわ、ですので離れてください、できれば玉座までお戻り頂けないでしょうか」
「ヴィ、ヴィルヘルミナ~」
「アナタ、その辺にしておきませんと私も怒りますわよ」
父と子のじゃれ合いをその場の全てを凍てつかせるかのような、絶対零度の言葉が王妃から発せられる。その瞬間国王は娘達を放し、静かに回れ右して玉座へ戻る。その顔は真っ青で、横にいる笑顔の王妃との対照的な姿を景虎は一生忘れないほどのインパクトだった。
父に乱された服を直し、再び姿勢を正した三人の姫は粛々と仕事をこなす。まず北壁での戦いに無事大勝した事、さらに今後の対策、話を聞いているのか聞いていないのか、国王はただじっと三人の姫を見て笑顔だった。
「ああ……、さっきのヴィルヘルミナとシャルロッテの言葉がわかったわ、あの王様あいつらの事が好きすぎるんだな……」
げんなりする景虎はをよそに、報告は終え一礼をした後ヴィルヘルミナは景虎を呼ぶ。正直あんなものを見せられた後、国王と会うのが心の底から嫌だった景虎ではあったが、無視する訳にもいかず三人の下へと進む。景虎は感じていた、国王が見る見る不機嫌になっていくのを。
(ああ、これ俺死ぬかもしれん……)
フライハイトを置いてきた事を後悔しつつ、景虎は国王と王妃の前で一礼をして自己紹介をする。
「あ、えっと、出雲景虎ってと言い……申します」
ぎこちなく自己紹介する景虎をヴィルヘルミナとクリスタが楽しそうに見ており、それが気に障った王様は睨みならが景虎に声をかける。
「何だ貴様は」
先ほどクリスタ達にかけた甘えた声とはまったく正反対の、低く重厚で威圧的な声が浴びせかけられる。景虎はここに入る前、シャルロッテに教えられた通りの台詞をぎこちなく話す。
「俺……、私はこのお、お三方の護衛をしてきた者でご、ございまふ」
噛み噛みの景虎を見て、再び笑い出しそうなヴィルヘルミナに怒りを覚えつつ、景虎は自分が三人の護衛だという事を話す。
「護衛風情が何故ここにいる、もうよい下がれ!」
まるで虫けらを見るような眼で国王は景虎の退席を求める。景虎も何でこんな事をしないといけないんだと思いながらも、ようやくこの場から去れる事に安堵し、すぐさま回れ右しようとした時シャルロッテが発言する。
「お待ちくださいお父様、この景虎殿は先日リンディッヒ領に現れた|アースドラゴンを倒した者にございます!」
「何!」
その言葉にさすがの国王も驚く、アースドラゴン出現の報は王都にも届いていた。ヴァイデンの端に位置する場所に現れたので、王都にまでは来るまいという意見が大半だったものの、人間にできるドラゴンに対する対抗策が何一つないという中で、もし王都にきたらという不安もあった。
その為アースドラゴンが倒されたという報が伝えられらた時は、誰もが信じられないというものだった。しかし実際にリンディッヒにはアースドラゴンの死骸があり、王都よりの騎士達によって確認されると今度はどうやって倒されたのだという話で持ちきりとなった。
報告で紅い斧を持った少年が、ただ一人で倒したという伝えられたものの、それを信じる者は誰一人としていなかった。
シャルロッテから報告を受けた王は、ゴクリと生唾を飲み景虎に確認をする。
「景虎と申したか、そなたがあのアースドラゴンを倒したと言うのはまことか」
「まぁ、一応」
国王の言葉にしょうがないという感じで答える景虎に、三人の姫はまるで自分の事のように誇らしげる。三人の姫が嘘をつくなどとはまったく考えない娘馬鹿の国王は、溜息を漏らし景虎を見つめる。しかしその眼差しは先ほどまでの見下したものではなく、畏怖の念を込めたものだった。
「如何様にして倒した、というのは話しては貰えるのだろうか?」
「結構それ聞かれるんすけど、正直自分でもどうやって倒したってのはわからないっつーか、ほんと無我夢中だったんすよ、ヴィクトールのおっさんやロニーや騎士団の連中が殺されて怒りでただ斧を振るっただけっつーか、そんな感じで」
景虎の言葉には嘘はなかった。国王もそれは感じはしたが、やはりまだ信じられないという顔をしていた。ドラゴンは剣も魔法も効かぬ身体、その為ドラゴンが現れても人間はそれが過ぎ去るのを待つしかないのだから。
「やはりまだ信じられぬ」
「そんな事はないわ! だって景虎は私を何度も投げ飛ばしたのよ! とっても強いんだから!」
クリスタの発した言葉にその場の空気が一変する。先ほどまでの張り詰めた空気とは別の意味で張り詰め、国王の顔が見る見る赤らめ再び憤怒の表情に変化していく。
「クリスタを……何度も投げ飛ばした……だと」
「ええ!」
再確認の言葉にしっかりと答えたクリスタを見て、景虎は自身の最後を予期する。すでにアースドラゴンをどう倒したといった話は完全に忘れ去られていた。
「てめーは……ほんとによう……」
景虎の初めて発したとも思える情けない言葉に、クリスタは何が起こっているかまったく気づいていない。一方ヴィルヘルミナは必死で笑いを堪え、シャルロッテは頭を抱え座り込んでいた。唯一助けてくれそうだと思った王妃様は――。
(わくわく)
ワクワクしていた。
「そこになおれええええええええええ!!」
剣を抜き景虎に斬りかかってくるヴァイデン王国国王様、景虎はその剣をかわし逃げる、ただひたすら逃げる。
「父上! 景虎に何をするのっ!」
「てめーのせいなんだよ!」
クリスタの言葉にツッコむ景虎が、さらに国王に追い回されたのは言うまでもない。
平時の王様は親馬鹿なイメージ




