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燃える

 自分の部屋に戻った私は、何をするより先にドアの鍵をしめた。

 この部屋の鍵はきちんと自分で持っている。犯人は静香かヨシさんのどちらかだ。静香にしろヨシさんにしろ、一人だけの力でドアを破ることは出来ないだろう。静香もヨシさんも、この部屋には入ることは出来ない。

 私はほっと一息つくと、ベッドに倒れこんだ。

 時計を見ると、八時四十分。いつもなら、のんびり本を読んだり慌てて宿題に取り掛かったりしている時刻だ。

 でも今は、何もしたくないほど疲れていた。

 たった一夜のうちに、二人もの仲間が殺されるなんて。それも、殺した犯人さえも仲間だなんて。悪趣味な冗談か、悪い夢にしか思えなかった。酷く現実感がない。いつもの私がふわふわと空中に浮かんでいて、抜け殻の私が惰性で動いているような感覚だ。

 一人きりで部屋にいるのは何となく寂しいけど、みんなでいるときのざらざらとした空気よりは大いにマシだった。ある意味、気が楽だった。あまりに私は疲れきっていたのだ。さっきまでは頭の中に貼り付いて離れなかった事件のことも、今はあまり考えられなかった。とにかく、このままとっとと時間が過ぎてしまえばいいと、そればかり思っていた。

 先ほど部屋に戻ったときは全く眠れなかったというのに、私は猛烈な睡魔に襲われていた。まぶたが重い。せめて部屋の電気ぐらい消してから眠ろうと思ったけど、全身が重くて動かない。今は目を開けているんだっけ、閉じているんだっけと、どうでもいいことを考える。しだいに現実と夢の境界が曖昧になっていく。どんどんうつつを離れていく自分を遠くからぼんやり眺めるもう一人の自分がいる。それが夢なのだと気付く自分も居る。そうしていくうちに、私は夢の世界にゆっくり浸かっていく。それを夢だと認識することが出来なくなっていく。

 気がつくと私は雪の上に立っていた。

 遠い先まで、ずっと雪景色だ。そこを私は歩いている。どこへ向かっているのだろうと他人事のように考えた。

 と、足首を何かに掴まれた。

 足元を見ると、細く白い腕が私の足首を掴んでいた。振り払うと、白い腕はあっさりと剥がれた。見ると、その腕の主は全裸だった。女の人のようだ。背が高く、スタイルが良い。大きな胸が印象的だ。そして見覚えがある。私は顔に目を向けようとした。しかし顔はなかった。というより、首から上がない。首が切られているのだ。

 首のない女はゆらりと立ち上がった。

 女の手には鉈が握られている。

 私は何故かそこから動けない。

 女が鉈を振り上げ、私に向かって……


 気がつくと、目の前には眩しい電気の光があった。背中が氷のように冷たい。

 酷い夢を見てしまった。やっぱり電気をつけたまま寝るのは良くないとつくづく思う。

 起き上がって時計を見ると、十時四十分。

 まだこんな時間なのか、とげんなりする。普段なら、こんな時間には布団に入ってさえいない。

 そういえば、と自分が尿意を催していることに気付いた。

 トイレに行ってから、もう一度眠ろう。そう思い、部屋の鍵を開けて廊下に出た。

 真っ暗で、静まり返っている。

 私は少し怖くなった。

 手探りで廊下の電気をつけて、階段を下りた。自分が階段を踏みしめる音が世界中に響いているような気がして、何だか胸がどきどきする。

 ……と。

 異臭が鼻をついた。

 何かが焦げるような、それでいて、どこか生臭いような……そんな臭いだった。

 一階の廊下まで来ると、その臭いはリビングからしているらしいことが分かった。

 何か嫌な予感がした。

 おそるおそるリビングへ足を踏み入れる。

 電気をつけると、黒い煙が暖炉から立ち昇っていた。

 暖炉で何かが燃やされている……?

 薪や新聞紙を燃やしただけでは、こうはならないはずだ。ましてや、鍵は燃えないし。

 私は暖炉に近付いた。中を見る。

 炎と煙にまみれて、黒いボールのようなものが二つ見えた。よく目を凝らすと、それは…………

 鳥肌が立った。

 無意識のうちに私は絶叫していた。息をするのも忘れて二階へ駆け上がっていた。

 私はドアを叩いた。浦川先輩の部屋のドアだ。こういうときに一番頼りになるのは浦川先輩なのだ。私は夢中でドアを叩いた。よく考えたら、浦川先輩を呼んだところで何かが変わるわけでもないのに。

 やがて眠そうに目を擦りながら、浦川先輩が出てきてくれた。

「どうしたんだ。そんなに慌てて」

「そ、それが……」私は震える唇を何とかまともに動かそうとした。「も、燃やされてたんです」

「燃やされてる? 何が?」浦川先輩は怪訝な顔をした。

 私はツバを飲み込み、言った。

「直子の首と……それから、磯前くんの首も。……暖炉で、燃やされてるんです!」


 *


 浦川先輩は暖炉の中で黒煙を上げる二つの生首を見て、驚愕に目を見開いている。

「確かにこれは……北森と、磯前の首だろうな」

 浦川先輩はそう言って、直子の部屋に向かった。取り残されるのが不安で、私も思わずついて行ってしまう。直子の部屋に入って、そうしたことを後悔した。

 磯前くんの死体も、直子のそれと同じように頸部が赤く潰されていたのだ。

 そして、死体を発見したときはあったはずの直子の生首は無くなっている。もちろん磯前くんの生首も無い。当然だ。二つの首は、暖炉で燃やされているのだから。

 私は廊下に出た。何分も直子の部屋に居たら神経が参ってしまう。

 狂ってる。仲間を殺して首を切るばかりか、その首を焼き払ってしまうなんて、頭がおかしいとしか思えない。私は犯人に対して言いようのない畏怖を覚えた。

 浦川先輩も出てきた。

「古坂は、どうして生首が燃やされてるのに気付いたんだ?」

 私はトイレに行こうとして臭いに気付いたことを説明した。

 浦川先輩は納得したようにうんうんと首を縦に振る。

 先輩は腕を組んで、しばらく難しい顔で俯いていた。

 私は尋ねた。

「何かまずいことでも……?」

 浦川先輩は顔を上げた。

 そして言った。

「……犯人が分かった」

問題篇はここまでです。

この期に及んでフェアプレーが徹底できているかは自信がないのですが、宜しければ推理を楽しんでみてはいかがでしょう。トリックは荒削りなものですが、私はそこまで難しくはないと思っています。むしろ、余裕すぎて退屈だったという人もいるかもしれないと心配しているぐらいです。

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