りとくんと追いかけっこ
キーンコーンカーンコーン・・・・・
授業終了のチャイムが私にとってのスタートの合図。
「こらー!山田ー!終わりの挨拶が済んどらんぞー!」
「先生ーごめーん!こっちも必死なのー!」
教室の後ろのドアから一目散に走りだす。
目指すは特別棟の屋上。
私の教室からはかなり離れているところだから、ダッシュで行かなきゃならない。
しかも渡り廊下を通ったり、中庭から見えるとこを通るから気を引き締めて。
教室から一番近い階段を上って3階に行く。ここの廊下が中庭からバッチリ見えちゃうから少し屈んで通る。
渡り廊下を特別棟に行く時は一気に走り去る。隠れるところがないから。
更に特別棟の一番奥の階段を目指す。
ここまで来れば、後は屋上に行く階段を上るだけ。
私がこんな風に逃げる相手。
嫌いな人じゃない。キモイやつでもない。
むしろその逆で。
小笠原理人
私の元幼なじみで一つ下の一年生。
元っていうのは、こいつと幼なじみだといろいろあったから。
お近づきになりたいと無理矢理友達になりたがる女子や、なんで私みたいなのが幼なじみってだけで一緒にいるのかと言ってくる女子がいて、面倒くさかったから。
そんなに理人と話したりしたかったら直接行けばいいじゃんか。
私は小さい頃から人より小さくて女の子みたいだった理人の保護者代わりで世話してただけで。
あ、親はちゃんといるから、学校とかでね。
でもいつの間にか私よりだいぶ大きくなって、見た目も中性的ではあるけど、ちゃんとした男の子になってしまっていた。
だからもう、私は必要ないし、周りがうるさいから、あいつの保護者代わり、幼なじみを辞めた。
それに、私は物心ついた頃からあいつの事が好きだった。
可愛くて、私に懐いてる小さな理人。
でもあいつは、私の事は世話を焼いてくれるただの幼なじみとしてしか思ってないと思う。
何故かと聞かれたら難しいけど、あいつから好意を寄せられてる感じなんて全くしないから。
だから私も、あいつが好きな事は一切口にも態度にも出さず、幼なじみを辞めた時にその気持ちに鍵をかけた。
そしたら理人の方がこっちに来るようになって。
理人が来ると目立つし、また何か言われるから来るなって言うのにやってくる。
だから私が逃げなきゃいけなくなった。
最初は近くに逃げてたけど、すぐ見つかって教室に連行されるから、だんだん遠くに逃げるようになって、今は絶対見つからないこの特別棟の屋上に逃げるようになった。
今日も上手く逃げ切ったな。ここで昼休みをゆっくり過ごすとしよう。
今は気候もいいし、ご飯食べたら昼寝でもしよう。
階段を上りきり、屋上のドアに手をかけた。
キー・・・・
私が押す前に、ドアは開いた。
そこにいたのは、
「理人・・・」
「はい、残念でした。和ちゃん捕獲~」
ドアの取っ手を掴んでいた腕をとられ、そのまま理人の腕の中に引っ張られて、ドアは締められた。
「ちょ・・と、離してよ」
「離したらまた和ちゃん逃げるでしょ?だから離さない」
そりゃ逃げるけど。
「ここは誰も来ないよ。だからいつもここに逃げてたんでしょ?」
「わかったから。逃げないから離してよ」
「・・・いいよ」
そう言ったにもかかわらず、手を引いてドアの裏側まで連れて行く。
そこは一番日当たりが良くて私のお気に入りの場所だった。
そこに座らされて、理人は私の後ろにまわった。
私を抱くように座り、手を私のお腹辺りで組んだ。
「ちょっと、何、この体勢は」
「和ちゃん今からお昼ご飯でしょ?食べていいよ」
「理人は?」
「俺は後ででいいから」
「でもこんなんじゃ食べれない・・・」
「じゃあ俺が食べさせてあげる」
「・・遠慮します」
私は持ってきていたお弁当を広げて食べ始めた。
おかしい・・・。
何で理人がここにいるのかも、何でこんな体勢で食べなきゃいけないのかも。どうしてだ。
私が卵焼きを食べようと箸で取った。
「もーらいっ」
それは理人の口の中に消えた。
「これ、和ちゃんが作ったやつだね。甘くて美味しい」
確かにそうだけど。
お母さんが作るのはだし巻き卵だけど、今日は甘いのが食べたかったから自分で作った。
そして理人はこの甘い卵焼きが好きだった。
前はうちでご飯食べたりしていて、うちお母さんの料理が大好きだ。
たまに私が作ると、それも美味しそうに食べてくれてた。
私は無言で食べ続け、10分もしない内に食べ終わってしまった。
「・・・食べ終わったから離して」
「やだ。次は俺が食べる番」
「理人、お昼なんか持ってきてたんっ・・・」
突然、唇を塞がれた。
一瞬なんだかわからなかったけど、自分の唇にあったかい理人の唇が合わさった感触が脳で理解した途端、
「んーーー!!」
胸を叩いて抵抗を試みるも、ビクともせず。
ますます理人の腕に力が入り、苦しさを感じて少し唇を動かしてしまったのがまずかった。
「ふぁ・・んっ」
ちょっと開いた隙間から息を吸ったら、それとも同時に生暖かいものも一緒に口内に入りこんだ。
それは私の舌を探し出し、絡ませる。
ぎゅーんと何か頭の奥が痺れる感覚がする。
私、理人とキスしてる・・・
なんで?どうして?
ただの幼なじみだったでしょ?
それだけだったでしょ?
私の事なんて、好きじゃないでしょ・・・・?
そう思うといたたまれなくて、思い切り胸を押して離れた。
目にいっぱい涙溜めて、息も乱して、口元には先程の名残の銀色の糸をキラキラさせてる私が理人の目に映ってた。
こんな顔して睨んでみたって、説得力なんてないかもしれないけど。
悔しかった。
情けなかった。
私が一生懸命我慢して、押し込めた恋心を抱いた人にこんな事されて。
嫌だと思えず喜んでる自分が嫌だ。
「・・・なんでこんな事するの」
振り絞って出した声は思ったより弱々しかった。
理人は口元を拭いながら、何故か怒っていた。
意味が分からない。
無理矢理キスされたのは私なんだから、怒るのは私の方だと思う。
なんだか泣けてきた。
「あのさぁ」
やはり不機嫌そうな声を出した。
「本当に覚えてないわけ?」
何を、だろう。全然分かんないよ。
いつの間にか横抱きにされてた私を下ろして、お互い向かい合った。
理人は胡座をかいて、頭を垂れた。
「俺、和ちゃんが小学校卒業する時言ったよね?」
「・・・何を?」
「俺が高校生になったら彼氏になるって。それまで誰とも付き合わないでって。覚えてないの?」
目が真剣で口調も少しきつくなった。
ていうか、そんな前の、しかも子供の口約束みたいな事なんて覚えてる方が・・・
待って。
それって・・・
「私が理人を好きだって言った日?」
「そうだよ。やっと思い出した?」
小学校を卒業する日に私は一度だけ自分の気持ちを伝えてたんだ。
当時からすごくモテてた理人と、中学に入ったら1年離れ離れになることに不安になって告白した。
それを、高校生になったら、なんて遠い先の事を言われたから、遠回しに付き合えないって言われたのかと思ってた。
中学は次の年には同じとこだから一緒だけど、高校はレベルが違うと同じとこに行けるとは限らない。
だからだんだん離れて行くんだと・・・
「あん時は和ちゃんより背は小さいし、細くて頼りなかったし。中学で背は伸びたけど、まだ和ちゃんに釣り合う男らしさはなかった」
そう言うと私の手を握って、俯いてた私を下から覗き込むように見てきた。
「もう、十分男でしょ?」
いくら中性的な顔してたって、背は高くなったし、私の手を握る節々が男らしい大きな手だって、体つきも細いながらも筋肉はついてる。
「そうだね・・・。でも、私の事なんて好きじゃないってずっと思ってたから・・・」
「和ちゃん、中学入ってからあんまり絡んでくれなくなったもんね」
「だって周りの子が・・・」
「そうだけど、最近みたいに逃げる事ないじゃん」
「・・・ごめん」
・・・やっぱり私が悪いのか?
なんか納得できんぞ。
「理人は・・私の事、好き、なの?」
握っていた手をぐいっと引かれてまた腕の中に抱かれた。
「生まれた時から、ずっと好きだよ」
頭の上から降ってきた言葉は、胸の奥まで響いた。
温かくて、優しい気持ちになった。
私も、ずっと好きだったんだから。
悔しいからすぐには教えてあげない。
だけど、自分から手を背中に回して、ぎゅっとしがみついてみた。
理人はぴくっとなって、抱きしめられてる腕に力が入った。
けれどすぐそれは解かれた。
「じゃあもう一回」
今度はそっと触れるくらいのキスをした。
***
キーンコーンカーンコーン・・・・
「こらぁ!また山田かぁ!まだHR終わっとらんぞー!」
「先生ごめ~ん」
「あ、和ちゃん!」
「きゃー!見つかった!」
あれから無事に付き合う事になった私たちだけど、まだ追いかけっこは続いている。
だってね。
「今日こそ俺んち来てよ~!」
「まだ無理だからー!」
やっと誤解が解けたばっかりだから、私としてはゆっくり進みたいのです。
男の子事情は分かりません。ごめんね。
今まで待てたんだから、もうちょっとくらい待てるでしょ?
・・・なんて。
「へびの生殺しだぁ~」
私たちがイチャイチャするのはまだちょっと先の話。