表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異邦人〝フリグナー〟  作者: 空丘套
異邦討攬事件(A.D.2025/04/--/--)
6/7

#05 ignition

 ――――神髄、顛末、結実。

 ――――同胞を止めるべく、蹶起総攬の画策を謀り、鬼祕神は奔走(はし)()る。

 ――――鬼祕神の殺気は裡に(かく)し、鋭利な切っ先は霞へ忍ばせ、靜寂に期を衒う。

 ――――優美な銀を靡かせ、科うる黄昏の(あか)で見通し、精練された劫火なりて灰燼とす。

 お昼過ぎ頃、廃墟ビルディング街にある、廃ビルの牢獄。

 そこには閉じ込められているのは少女が一人だけ収容されている。

 この少女はシフタの中で唯一、鬼祕神(アクト3)へと至った〝taneli(テンリ)〟と呼称されている成功例(たいげんしゃ)だ。

 その四肢には拘束具の錠を掛けられており、その錠に施されている鎖が捲き付けられ、身動きを絶たれているが、テンリにとってこれはただの見せかけに過ぎない。建物の外からは活気という名の騒がしさは感じ取れない、だからこそ、その周辺の音が良く耳朶に響く。意識を向かせて集中さえさせれば、超音波さえも聞き取れそうだ。

 実際その一角にはシフタを無意識下で、能力を極限まで抑える超音波を流し続けている。

 これで先述した拘束具を踏まえ、完全に抵抗力を殺ぎにきているのだ。だからと言ってそれを流し続けることはあまりお薦めできない。何故なら対象者へ慣れを与え、次第に効力は薄れてしまい、最終的に効力は失われかねないからである。

 結論から言ってしまえば、テンリにこの超音波はもう効かないのだ。

「そうノンビリとしていられる時間は、ない」

 少しばかり表情を顰め、テンリは腕の錠を引き千切って外し、絞め付けられていた部分の痕が痛々しく思えるが、実際に感じている痛みは無い。

 その工程をもう片腕と両脚に繰り返し、鎖は自然に解けていく。よほどこの超音波に自信を持っていたのだろう。そんな物でテンリを拘束することなど出来ようはずも無いのだ。超音波の送受信機となっていたホライザーを破壊し、投げ棄てる。

 計画当初の計画内容はテンリも少しは知っている、異邦犯の取締についての対抗策だった。最終的にテンリや他数名の被験者は生き残った為、他の被験者よりは内容を知っているが、そのプロジェクトはもう凍結されて久しい。それからの動向は福祉施設でカウンセリングを受けながらテンリ達は能力開発に着手することとなり、計画も次の段階へ移行し始めていた。その頃にテンリは計画から抜けたので詳しくは知らないが、あの時の計画を今も継続しているのだとすれば、彼の狂気染みた計画を手伝っているのだろう。計画はもう本腰に入る頃のはず、故にテンリが暢気に油を売っている時間はもう残り僅かなのだ。

 扉の付近まで行くとセンサーが反応し、遅蒔きながら警報がけたたましく鳴り響く。持っている錠をセンサーへと投げつけ破壊し、響いていた警報は止む。

 武器として鎖を持って行くと前々から決めていたので、仮想(イメージ)鍛錬(トレーニング)には支障がない。

 あまりにもうまく行き過ぎることには、物足りなさを感じなくもないが、ここでまた捕まっていては元も子もないのだ。衣服の類はここで拝借して行くことにしていたのだけれど、衣服を置いている場所に見当がつかない。

 一先ずは更衣室を目指しているのだが、ここには地図すら無いのである。そこら辺りの部屋に片っ端から入って行くことも出来ない……訳ではないのだが正直それはしない方が良い。

 それは鎖で拘束できる相手が四組までだからだ。という訳なので更衣室へ向かうのは止め、テンリは購買部へと向かうことにした。まあ片っ端から部屋へ突入し、相手が交戦して来たとして、それでもテンリは組手だけでも相手に負ける気は毛頭しない。

 そう思いつつビルのフロアを探索していると、同年代の女性が部屋から出てきたのだ。

「ごめんなさい、今すぐ着替えを用意して貰えませんか?」

「あ、アナタ、閉じ込められ……てるはず、じゃ……?」

「本当にごめんなさい。事情は話せないんです、ですが協力してください。このままだと貴女の御氏族、御友人に至るまで殺される危険性が有ります。もう既に殺害されているかも知れません。この狂瀾を止めるには、今ここで私が出るしかないんです……他ならぬ、この私が」

「ちょ、それどういうこと!? でも困った状態になることだけは理解したわ、ちと(あたし)に時間をくれないかしら、悪いようにはしないわ、約束する」

 すぐにさっきまでいた部屋へ戻り、数分後に出てきたその女性、筆保(ふでやす)絃巴(いとは)は先程までの研究員の白衣はなく、スポーティーな服装へと着替えられていた。きっと私服なのだろうが、率直な感想として言えば、似合ってない――のではなく、ただ単に印象(イメージ)になかっただけなのだ。

 少しばかり困惑して、固まっていたテンリの表情を見て、絃巴は溜息を吐く。

「はあ、やっぱりその反応なのね、アナタも。似合ってないんでしょ? でも気に入ってるんだけどな、なんで私には似合わないかな……なんてね。そう言うのは想わせとけ、言わせておけって私は思ってんだよねー、だからアナタの考えてることも判らなくもないけど、私は気にしないから。それだけは初めに言っとく」

「は、はぁ……」

「あ、そうそうコレ貸しとくね。私が着ていた研究員の衣服。ちゃっちゃと着替えてね、バレたら洒落にないから。本当にどうしたんだろうなー、私。こんなのバレたらせっかくの就職が水の泡だよ、アハハ」

 そう言うと絃巴はテンリに自分の研究員服を着替えさせていく。

「あ、そう言えばアナタ名前は? まだ聞いて無かったはず。私は筆保絃巴ね」

「私の名前はテンリです。どうして私の肩を持つんですか、貴女はここの研究員のはずです」

「アナタがそれを訊くのは反則じゃない、テンリちゃん。それにコードネームの方を聞きたかった訳じゃないんだけどね、私は……っと。はい、出来たわね」

 テンリに着替えさせた絃巴は周囲を確認し、テンリの手を掴んで廃墟ビルを後にした。

 その後、テンリを連れて絃巴はファッションショップへと赴く。

 店内には所狭しと衣服や装飾品、それから靴が並べられている。その中から絃巴は淡々と可愛い服などを端的に選んでゆく。買い与えた衣服等をテンリが着替えたことを確認し、絃巴はそそくさと、あの牢獄のある廃墟ビルへ戻っていった。

 艶やかな銀髪、紅い光沢のある(あか)色の双眸。身の丈が一五〇センチ弱、少々深みのある薄茶のベレー帽で目立つ頭髪を極力隠しており、通行人は一瞥して立ち去って行く。蜂蜜色のティアードチュニックにフリルの付いた淡黄色のミニスカートと水色のデニムジャケット。先程述べたベレー帽に黒のニーハイソックス、それから茶系のロングスニーカー、これが現在のテンリがしている格好だ。

 個人的に言えば、もっと目立たない質素な服の方が良かったようにテンリは思う。これでは人目につき易く、憶えられ易いだろう。まあ憶えられていたところで、テンリの支障になることは少ないだろうが。

 テンリはホライザーのウィンドウを開き、GPSで現在地を確認。

 すると現在地は〝鏡埜町〟とナビゲーションウィンドウに標示されている。その町並みは複合施設やビル街を設計した様相になってはいるが、町興計画に失敗し、どこも廃施設だらけで廃ビル街になっている。総額の問題で保険が利かなかったらしく、今後は目立った町興しは当分の間できないと思われる。

 まずはショップの試着室から出て、人口の多い津岾市へとテンリは向かうことにした。


 *

 

 午後二時半ば頃、テンリは津岾市イーストランドの付近にいた。

 まだ彼らの表立っての行動はない。ということは、まだ死傷者は出ていないだけ? いや、そんなことはないはず。だとしたら恐らく、私が脱獄したことに気付き、今は動くべきではないと悟った、あるいは異状(イレギュラー)にでも陥ったのか。そしたら今日中はまだ動けない? と、あれこれ推測しながら、テンリは街並みを闊歩してゆく。

「――な、わけないか。第一ありえない、この程度で音を上げるくらいなら、端からこんな計画は辞めるだろうし」

 あっさりと口にしながら即座にそれは有り得ない、と一抹の余念なくテンリは思い直す。

 彼らを捜し出すにしても、何処かに立ち寄らないと始まらない。

 田舎にしては大規模ショッピングモールの〝AEIONE(イオン)〟が、テンリの視界に映る。

 屋上含め三階建のイオンモール。端的に言えば複合施設で出来ている。二階にはゲーセンがあり、老人と若人の割合が半々だ。一時は老人がゲーセンに屯し、老人ムーヴメントなんてことも言われていたが、見るからに老人の割合は着実に減少を辿っている。

 そんなことを言っても、ゲームならホライズでも簡単に出来るため、ゲーセンはじり貧的に消えゆくことだろう。ここへ来る客足は、せいぜい月に二十人も居たら盛況だと思われる。――と、これは十年前と五年前の比較である。

 仕方なく立ち寄ったショッピングモールだが、内装からして、田舎にしてはトピックスに富んでおり、客足も上々だと思われる。それでも尚、利用人口の総量が少ないのは片田舎の性とも言うべきだろう。

 二階は一通り回り終えたので、テンリは一階へと戻る。ここへは武器調達のためにも立ち寄っているので、まださほど回ってない一階を二階と同様に散策する。

 所持金は以前に彼らの主から報酬を貰っているので、テンリはそこいらの学生とは比較にならないぐらいの額を持っているだろう。バイトや職業ではないので、使えば減る一方なのは変わらないので、資金の浪費は避けたい所だ。

 歩いているとセール中なのか、男女含む数人で声掛けなどをしている。よく見るとアウトドア関連の特設ブースが拵えられていた、店名は〝JalIceta(ジェリスタ)〟と筆記体みたく続き字で標示されている。入店を少し躊躇うが、テンリは開閉式吹抜型ブースへと足を延ばす。店内には店員が一人で、作業をしているだけ。スペース的にはギリギリ収まっている、といった所だろう。

 店内の商品を品定めして行っていると、折畳式サバイバルナイフが立て掛けられていた。

 その刀身は刃渡り十四・八センチ。重厚なフォルムのやや肉厚、抉り狩るような曲線の軌跡が描かれ、刀背には角張った凹凸があった。現在の流行なのだろうサバイバル用品は、大々的にとは行かないまでも、それなりに採り上げられている。しからば、銃器系のものも欲しくなるというものだとか、サバゲーマニアとかは言いそうだ。当然ながら、こんな場所に銃器系なんて大層なものはあるはずも無く、もしあるとしたとしたら、それはそれで驚きだが。

 さほど迷いなく、テンリはそのサバイバルナイフを手に取り、個数を六まで引き上げて怪しまれない為に食糧等も物色し、レジカウンターへ行くと四十過ぎの男性店員が対応する。

 そして勘定を済ませ、テンリはこのアウトドアショップを後にした。

「これだけじゃ少し弱い、かな……」

 出来るだけ死者は出したくはない。私がこのサバイバルナイフを揮い、争えば、間違いなく死者が出るだろう。それは他でもなくこの自分が他の誰よりも知っている、それは紛れもないテンリの本心だ。

 程なくしてイオンモールの外へ出ると、テンリは外に設けられた長椅子へ腰を掛ける。

 まずは先程のジェリスタで購入した、サバイバルナイフを全て袋から取り出し、梱包しているケースを剥ぎ取る。すると一本だけを残し、ジャケットの内ポケットへ左右一本ずつ、スカートには左へ二本と右に一本しまう。次は手に持っているナイフの柄から、刃を抜き出して歯止めを掛け、椅子から立ち上がる。

 そして構えたナイフを思い切り上段から中段まで右斜角に振り下ろし、そこから左斜角へ軌道を変え、やや垂直気味の右斜角に上段まで振り上げ、左斜角の中段へ振り下ろす。今度は右斜角へ――少し角度を上げて左斜角へと切り返す。最後に水平、垂直を左右共に試して刃を収めてスカートの右ポケットへしまう。

 そして空ケースをゴミ箱へ捨て、食糧のカロリーメイドが入ったレジ袋を持ち、カロリーメイドを食べながら、テンリはイオンモールを後にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ