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異邦人〝フリグナー〟  作者: 空丘套
異邦討攬事件(A.D.2025/04/--/--)
4/7

#03 development,aggravation

「ねぇ知ってる? 今話題になってる連続失踪事件の噂」

「えー、何それ。神隠しってオチじゃないわよね?」

「それが違うの、ネットに転がってたヤツなんだけど、鬼祕神が殺したんだって。そのHPサイトがヒメアリングって名前なんだよ」

「それってただの酔狂じゃないの? もしくは対象を攪乱させるためとか」

 現実味の欠けた友人の発言にげんなりするが、隣で一〇〇メートル走の順番待ちしている。

「オカルト好きも大概に留めときなさいよ、アンタ」

「でもでも、私……これは信憑性かなりあると思うんだよねー。だってさ、何かこう……ビビッと来たもん」

「じゃあその、オニヒメガミ……だっけ? それは何なのよ」

 眼鏡を掛けた女子生徒は(ども)り気味に問うてくると、順番が二つ前へ進む。

 すると隣にいる女子生徒は自慢気な態度でフフーン、と上機嫌に効果音を口に出し「それはね……」と勿体振り、人差指を立てて頬辺りまでその指を持っていくと答える。

「鬼祕神は人間にして人に(あらず)、人を喰う者なりや、汝に対するは侵された女性なり。鬼を裡に秘めし者は人を喰い、快感と狂鬼性を強めてゆく……だったかな、長くて憶えてないや」

「そんなの絶対に嘘だから真に受けない方が良いわよ」

「えー、良いじゃん。全くもう夢がないなぁ……シビア過ぎるよ、この現実主義者メッ!」

「いや……私にだって夢くらいあるし、それと別にシビアではないと思う」

 そう言うと眼鏡を掛けている短髪の女子生徒は立ち上がり、走るために白線の前まで歩く。

「あ、待ってよ」と慌てて言いながら、肩のラインより少し伸びていて少々ウェーブの掛かっている頭髪の女子生徒はその女子生徒を追いかけていった。

 

 *

 

 午前中の廃墟ビル、いつも通りボロボロ感のあるビルに美黎と雛備達はいた。

 指令が発令されるまでここを出ることは少ない、外出するとしても備品調達くらいだ。

 もっともこれは美黎に限ってのことで、他の者達はそんなことはない。現に眼前で床に鎮座してワイヤレスイヤフォンで耳を塞いでいる少女、日笠真穗はいつも外出しており、何をしているのかと思えば歌の練習をしているのだ。皆には内緒にしているのだろうが、美黎だけは買出しの時にその光景をたまたま拝見していたので憶えている。

 音楽にはさほど興味の無い美黎であったとしても、流行の歌謡曲などは知っている。

「何を聴いているの?」

「――――――」

 数テンポ遅れて真穗は疑問符を浮かべた表情になって片方のイヤフォンを外し、プレイヤーの一時停止ボタンを押す。

 すると真穗は首を傾げながら「何?」と訊き返してくる。

「何を聴いているの、って訊いただけだから」

「――セルギグのイミテーション」

「へぇ、好きなの? ちょっと聴いてみたいなぁ~……」

「それはダメ、これから出掛けるから」

「そうなの? ……じゃあ頑張ってね、真穗」

 美黎の言葉を聞いて真穗は一瞬眉をビクッと動かしたが、そのまま何も無かったかのように去っていく。

 現在、美黎を含めて総勢九人の中で単独行動の可能なのは真穗だけ。それでもまだ、主は鬼祕神にはなっていないと言う。殺人衝動を抑えることが出来るのは立派なことだ、と美黎は思うのだけれど、そうではないのかも知れない。

 それとも何時か襤褸が出る、という意味なのだろうか。

「そうだ、ネットに転がってないかな……セルギグのイミテーション。後で調べとこう」

 廃ビルの何時も通りの変わらない光景、こんな時間に珍しく主からの電子メールが届いた。

 何時もなら執行する一時間前くらいに送ってくるのに、そうじゃないということは、このお遊びみたいなことはもう終わりなのだろうか。

 恐る恐る、だけどしっかりとした手付きで美黎は受信したメールを開く。

 美黎は内容を流し読むとやっぱりね、と言いたそうな表情をする。

「雛備、アナタには良い報告が有るわよ。本日午後三時に主から話があるの、ようやく事態を進展させる段階まで来たってことね。これからはアナタの扱いが、少しは楽になってくれると私としては嬉しいし、助かるのだけれど」

「怠けはんたーい。私の扱いの尊厳をここに――っ!」

「尊厳……って、アナタはただ構って欲しいだけでしょ」

「そうとも言う」「いや、アナタの場合そうとしか言わないから」

 すぐに美黎は指摘し、雛備に二挺拳銃を渡す。

「えー、私も刀が良いですよー、美黎さぁ~ん」と雛備が駄々を捏ねて言ってくるが、美黎はそれを無視して「行くわよ、雛備」と言って雛備の腕を掴み、ドアを開けて雛備を無理矢理押し出すようにして個室の外へ出る。

 少々涙目になった雛備はそのままにして真穗にメールを送り、美黎は雛備の方を向いて「派手に行くわよ」と腰にある刀に手を当てながら簡潔に言う。

 雛備は腕を思いっ切り振り上げて「あいあいさー!」と快活な声で言う。

 その光景を尻目に見ていた美黎は、深い溜息を吐きそうになるのをグッと堪え、そのあと呆れた表情になった。

「雛備、アナタはこれから今まで以上に暴走しないよう気を付けなさい。じゃないと真っ先にアナタが死ぬわよ」

「何を誰に言ってるんですか? 私が死ぬわけ無いじゃないですか、美黎さん」

「殺人衝動を抑えなくて良い分、その確率が高いから言っているのよ。絶対に殺人衝動は抑えなさい、それがアナタの生き残る唯一の方法よ」

「大丈夫ですよ、私はギリギリで止めますから――うふふ」

 そう言うと美黎の眼には雛備の顔が少しばかり紅潮している様に見える、見間違いではなく本当に紅潮しているようだ。

 今度ばかりは美黎もさすがに呆れの混じった溜息を吐き、この調子ではもうダメね、と思い雛備の頭をそっと撫でる。それを雛備がどう取ったのかは美黎の考慮する所ではないが、ただ間違いなくこの反応は誤解をしているようだった。

「うへへ~、何かくすぐったいですよ~……美黎さん」

 雛備は先程よりも頬を紅潮させ、嬉しそうに喜んでいる風だ。

 これは雛備がほぼ間違いなく、誤解をしていることが美黎からは窺える。

 すぐさま美黎は撫でるのを止め、呆れた視線を雛備へ添わす。誤解を解こうか、とも一瞬過ったが、雛備には誤解させたままでも良いか、と美黎は思い直して正面玄関の扉を開け、珍しく気分転換を兼ねて廃ビルを後にした。

 

 *

 

 昼休みを報せるチャイムが鳴り少し経った頃。

 陰音は四人で食べることになって、もう諦めの域にまで達している。机を合わせて弁当を広げる、ということはこの場合出来ないので、速やかにダイニングルームへ行く。

 食事はこのダイニングルームで食べることが義務的に課せられている。

「でさでさ、女装と男装を当てるコーナーがあって、これがまたけっこ難しんだよね」

 陰音達は適当に空いている席へ腰を掛け座る。

「そうなの? 私は見てないからわからないわね」

「俺も見てないな、特にバラエティー番組を見ようとは思わないし」

「えー、これは見といて損は無い番組だよ、二人とも」

 そう言うと行藤自由は学食の呼び出しが流れ、学食を受け取りに行く。

 ――――と、その時だ。陰音の隣の方から気になる話し声が聞こえて来る。

「このヒメアリングって犯罪予備軍の掲示板、一応通報した方が良いかも知れないよ。鬼祕神なんて世迷言だろうけど、通報するに越したことは無いと思う……ことがことだけにね」

「そうかなぁ、私は想像だけで実際にはやってないと思うけど?」

「私もアンタから初めに聞いた時はそう思ったけどね。でもこれを見てたら、もしもってことが有り得ると思えて来たから」

「えー、そうかなあ」

 女子生徒は暢気に片手でポリポリと頭を掻き、隣席の眼鏡を掛けている女子生徒に言う。

 陰音は鬼祕神やヒメアリングと聞こえた時点で、クリプトフォンで検索に掛けていた。検索結果の三ページ目に目的のサイトだろうサイトのリンクが表示される。リンクにタッチしてサイトへ飛ぶと、でかでかと〝ヒメアリング〟の文字が現れ、その下にはホームページの内容が簡素に短く記されていた。

 チャットが盛んに行われている様で、内容は食事時には向かない方向性の会話文(レス)が綴られており、写真や動画なども同様だ。その中でも一際目立っているものは動画だろうと考慮し、陰音はブクマを付け、ウィンドウを閉じた。

 とにかくホームページ全体の内容は政府に喧嘩を売っている様な内容なので、女子中学生が昼食時に語るような話題ではないと言えよう。

「これは確かに……本当だとするならほっとけないレベルだな」

 冒頭が既に無能な政府共に告ぐ、なんて煽り文句だからだ。

 とは言っても実際政府へ通報したとして、国はこんな物を取り合うこともないだろうことは明白だ。それに陰音が前に所属していた、レイヴンが動くとも思えない。現に陰音は表立ったレイヴンの動向を耳にしていない。

 陰音は弁当に手を付けながらチャットのレスを読んでいく。

「何のことですか?」

 そう言いながら高梁夜宵がディスプレイを覗き込もうとして来るので、陰音は急いでクリプトフォンをスリープモードにして、スカートのポケットへしまう。

「いや、何でも……こっちの話」

「おまたー……て、みんな待ってくれてない。特にイン君に関してはもう食べ終えそうだし」

 追求されかねない雰囲気をぶった切るように、行藤自由が学食を持って戻ってくる。

 この時ばかりは自由への謝辞を心裡で済ませて助かった、と陰音は安堵の息を漏らす。それに引き続けて残りの御菜(おかず)を咀嚼する。

「それはゴメン。あと俺はちょっと用が出来たから早退するよ」

 弁当を平らげると弁当箱を片付け、陰音は教室へ戻り、鞄を持って学校を後にする。

 

 *

 

 その頃、廃墟ビルディングの一室、そこには二人のシフタがいた。

 青光りする黒髪の少女、真庭(まにわ)(ひろ)がしまった、と思ってしまったのはサテライトスキャンをした時のことだった。このままでは自分たちの居場所が見つかってしまう恐れがあるのだ、予想と少しだけ早く発見されては元も子もない。

 ホライズを素早く操作しながらスキャナーで捉えた監視カメラの位置をメールに付与して送信する。まずはここから一番遠くの監視カメラから狙うように、とメールの本文に記入して置くことも彼女は忘れない。

「――――っ、思ったより早かったな。さすがは警察というとこか、でも……」

 この設置範囲はまだこちらを特定出来てないと見た、とモニター越しに紘は思う。

「これをどう思う、キセキ?」とモニターから目を離し、隣で甘味物を絶えることなく摂取している、キセキと呼んだ少女の方へ紘は目を向ける。

 その少女、栢野(かやの)希汐(きせき)は何ホール目かわからないケーキを口に含んでいる所だった。

「ふぇ?」

「いつも思うんだが、その体型でよく太らないよね、感心するよ。それに良くもまあこれだけ甘いものを食えるものだね、僕には正直信じ難いよ」

 口に含んだケーキをそのまま飲み込む。すると喉と胸の中間辺りを叩きながら、希汐は横にあるティーカップに入っている紅茶を四分の一ばかり飲み込む。

「これくらいそんなこと無いって。それで、何がこれをどう思う? なのかしら。もしかしてケーキの美味しさがわからないから、経費削減のために仕入れを減らすって言うんじゃないわよね?」

「それも重々考慮して欲しい所だけれど、今はそんなことは訊いてないよ、キセキ。監視カメラがこの辺全域に張り巡らされそうなんだ、これをどう思うかって訊いてんだけど」

「ふう、それなら良いわ。でもそれは妙ね、今はまだ国は動いてないはずよ、今はまだ関連性は薄いで通っているはずなのに……」

「そうなんだ、問題はそこなんだ。では誰がこれを仕掛けたのか、に行き当たってしまう。仮説なんかは幾らでも立てられるけど、この場合一番しっくり来るのはやはり警察か……。でもそれだと監視カメラの理由が見当も付かない」

「じゃあ仕掛けたのは第三者ってことになるの? もしくは、あのプロジェクト元の誰かに雇われちゃった……とかね。一応データの搾取はしている訳だし、もしそうだとしたら、そんな相手に私達が負けるわけがないわよ?」

「十中八九そうだと思う、プロジェクト元の件もあり得るわけだから、一概には言えないけど……何れにしろ、計画に支障を来たすかも知れない。――キセキ、今回は僕らも動くぞ」

 物凄く不満で厭そうな顔をして「えー、何時もみたいに任せとけば良いじゃない」と切れ端の最後のケーキをフォークで突き刺した後、そのフォークを紘に向けて上下に振る。

「はあ。今回はそう言うわけにもいかないだろう、これに失敗したら今までして来たことが全ておじゃんになるんだからな。キセキが恥ずかしい目にあったあの出来事さえ、だ」

「うっ……それだけは勘弁ね。何ボサッとしてるの? 早く行くわよ、ヒロ」

「じゃあ僕たちの目的は、ずばり敵が誰なのかを知ること。それでこの監視カメラを壊していく方向で行こうと思う。リスクは高いけど、僕達になら出来る範囲だと思ってる」

 紘がそう言うと、希汐の顔がなぁ~んだ……まだ先なの、と言った表情になる。

 心中ではならもう少しケーキを食べさせてよ、と言いたげな顔を希汐はしていた。

 それを横目で眺め、どれだけ食べれば気が済むんだ、と紘は思うことしか出来なかった。

「じゃあ私はまだそのまま待機ってことね。でも気になるんだけど、そんなにリスクを冒してまでするようなことなの? 私にはわからないけど……」

「それはないと言えばないかもね、でもこれは宣伝にもなるわけさ。それで警察や国が動くことになれば、こっちは願ったり叶ったりってわけだから、一概に悪いってわけでもないんだ」

「ふーん。良くわからないけどそれなら安心ね、多少退屈しなくて済むわ。絶対に安全! ……って、作戦は絶対に何処かで間違っているし、楽しくないから好きじゃないわ」

「ま、そう言ってくれると助かるけど、僕の作戦に乗った限り、失敗は赦されないよ」

 紘は希汐に軽く忠告をするとホライズのホロウィンドウに向き直り、何らかの作業をもくもくと始める。すると希汐は小言で「わかっているわよー、そんなこと」と呟いて、これからの準備するため、二階の元事務所の部屋から退室する。

 

 同時刻、津岾市の商店街には美黎と雛備の姿があった。

 規定された長さと周波数のバイブレーションが末梢神経へ到達し、美黎に着信を知らせる。

 メールの着信音を設定するほど美黎は凝っていない、そもそも着信設定自体がバイブレーションで初期既定に推奨されているので、何ら問題ないだろう。

 幾つかある初期設定(サンプル)バイブレーションでも着信を報せるには充分である、美黎もサンプルの中から選んでいる。ホライザーのバイブレーションは電気信号により、振動が――正しくはその感覚が、脳へ伝達されるので楽曲など無くとも着信が来たことが判るのだ。それと同時にダイアログボックスが美黎の眼前に真庭紘という名前を数秒表示された。

 トップメニューにあるメーラータブのアイコンには光が点り、右端上部の上境界線上を少しばかりはみ出す〝Rcp〟の文字が小さく添えられ、新着受信があることを報せている。そのアイコンをタップして受信メールを開き、確認すると美黎はウィンドウを消す。

「雛備、ここからは気を引締めて」

「ふぁかふぃまふぃた、気を引き締めまふ」

「――って何食べているのよ、雛備。まったく、アナタは緊張感って物を少しは持ちなさい」

 小さな口の中いっぱいに雛備は肉まんを口に含んでいた。

 その光景を見た美黎は額に掌を当てると髪を掻き、握り拳を作ると手の甲で雛備の後頭部を軽めに叩く。すると雛備は美黎の方に眼を合わせ、肉まんを飲込むと咽喉に詰りはしていないがそれなりに苦しかったのか、雛備は少し咽いで溜息を漏らす。

「あのね、今回は今までよりも大切なミッションなの、そのことを忘れてないわよね?」

 傍から見ると仲の良い姉妹のようにも見えるが、二人の会話は物凄く殺伐としている。

「そんなこと、改めて言われなくても解ってますよ、美黎さん。それよりもですね、今はこのピザまんも個人的には食べたいなぁ、なんて……ダメですか?」

 雛備は眼前にある屋台の饅頭屋に立て掛けてあるメニュー板のピザまん、と表記されている処へ指す。ピザまんの税込百九十八円也。というよりここで肉まんを食べていた、ということは合計三百円強の出費をしたということになるのだが、当の本人である雛備は当然そんなことはお構いなしである。

 迷いも何もなく美黎は当たり前でしょ、と態度で示して肉まんの分だけ会計を済ませる。

「さ、行くわよ……雛備」

 そう言って美黎と雛備の二人は街の大通りへと向かった。

 

 *

 

 まず陰音はイクシルの本社へ向かい、椛の所へ行く。

 ラボへ入ると椛は不健康そうな身体を駆使して作業をしている。

「イン君、君は中学校に通う気は無いのかな? 何で来たの。時間の目安は憶えてるよね」

 悪戯っぽい笑みで椛が言って来る。

「そんなことより、今はこっちが先だ。ターゲットのホムペを発見した……と思われる」

「へぇ……そんなに有力なの?」

「連続失踪事件、通り魔事件、データの奪取。これらが同一の犯人だと少し考えただけで判るだろう。連続失踪はデータ奪取で奪われた情報を基にして、作ったモノを投与させたことに拠るものと推測できるし、通り魔事件はその副作用とも言える殺人衝動が起こした物だ」

 フラットなホライザーの打鍵音の響きだけが室内を満たしている。

「今回もそれ程難しい方じゃない、ただ突き出すだけだ」

「ふーん、でも〝吸血狼狐(きゅうけつき)〟様の手に負えない仕事を、あたし達が出来るとは思わんけどね」

「……久しぶりに聞いたよ、その呼び名」

「本当の意味で君に一番近い表現だと思ってね」

 そう言うものか、と陰音は思いつつ素早く画面をスクロールし、内容を読破していく。

 チャットのコメントは殆どが事後報告的なものばかりで場所の特定は難しく、根城となる場所の情報は皆無だった。溜息を吐く陰音に椛はダメだったのか、と思い苦笑いをする。

「で、監視カメラの状況はどうなってるんだ?」

「今は六・七割ってとこじゃないかな、だってまだ一時になったばかりだしね」

「まあ、それもそうか。完了まではここで待機するとしよう」

「……へぇ。でもここで待機してくなら監視役の仔が来るから挨拶はしなよ、イン君」

「挨拶くらい出来るぞ、俺は」

 だと良いけどね……、と椛はニヤつきながら呟いた。

 

 その三十分後、イクシル本社前、今にも体力が尽きそうな幼女の姿がそこにはあった。

 実際は休日に出歩いている女子高生の姿があるだけで、その人物の名は山本(やまもと)雅禧(まさき)という。

 身長だけで言えば小学生と思えるほどに小さく、推定一三〇センチ程。人間と言うよりは小動物に近く、子供よりは仔○が良く似合うような外見だと想われる。その低身長は睡眠不足のせいで、成長ホルモンの分泌があまり行われていないからだ。

 そんな雅禧は現在イクシル社支部、勝秧(しょうおう)支店情報整理部部長の役職(かんむり)を担っている。

 とは言っても情報整理部の人員は四人なので、核となる雅禧が抜けるともなると、それはもう他の三人に地獄のタスクワークを強いることになるのは明白である。そんな危険を冒してもしなければならないのは、本社からのご通達があったからに他ならない。

「っぁー、やっぱり光はきっついわ」

 雅禧はそう呟き、イクシル本社の裏口ガラス扉へ背中を預け、瞼を瞑って気を入れ直す。

 社員用の裏口扉を開けて潜り、雅禧は受付を済ませて椛の待つ、開発部(ラボ)へと向かう。そして雅禧がラボに着くと、まだ椛は他愛のない話を陰音と興じていた。

 そこへ割って入る感じで雅禧はラボへ入室すると、椛は雅禧へ声を掛ける。

「お……来たね、雅禧。頼みたいのは監視カメラの監視なんだけど、残念ながらもう少し掛かるんだよね、その辺で時間潰してて」

「それはわかったけど、そこのコ誰?」

 椛は視線を陰音の方へ向けている雅禧に、そう言えば初対面だったね、と合点がいった。

「雅禧も機関名くらいは聞いたこと有ると思うけどね」

「え、そんなに有名人?」

「レイヴンさ、国の管理する特装課。出来たばかりの頃問題視されてたでしょ、まあ今もまだ完璧に認可されてる、って訳じゃないけどね……国のゴリ押し感があったから」

「あー、五年前くらいにネットでも相当騒がれてた奴ね、確かレムナント事件だっけ」

「まあそのレイヴンの――――」

 そこへ唐突に陰音が口を挿んだ。

 早く終わらせろ、という空気を放ちながら椛を睨んでいる。

「協力者だった。俺はイン……ちなみに男だ、よろしく」

「フッ、ただの変質者ね」

「これは利便性を重視しているだけに過ぎない」

「まあまあ二人とも、挨拶はそのくらいにしとこうか。少々状況が動いたみたいだからね、それも悪い方向に」

 工作員からのメールを読んだ椛は、苦笑を浮かべながら応える。

「どうかしたのか?」

「ちょっと監視カメに気付かれたっぽいね、何者かは未確定だけど恐らくターゲットがウチの工作員を狩ってるらしい。今から出ても間に合うかわからないけど、一応イン君に情報送るから向かった方が良いね」

「わかった」

 端的に言って陰音はラボから退室すると、椛はGPSを添付したデータを手早く送信する。

「雅禧、ゴメンけど来てもらった意味もう無いかも知れない」

「あっそ、でもココでちと休憩してくわ。久し振りに外に出たわけだし」

「そんなこと言ってたら雑用手伝わすよー。っても、今私らに出来ることないんだけどね」

 そう雅禧へ笑みを浮かべ、社長である白鴉に現状報告のメールを送信した。

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