表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漂う白花  作者: 渡部ひのり
第三部
79/136

76の話~決断~

 ほどなくして、エドアルドが後宮へとやってきた。

 廊下でひそひそと会話をする女官達にいまいましげな視線を向け、全員広間に集まりなさい、と固い口調で言った。

 未だに鼻をすすり上げるカタリナを連れて、フィオナもやってきた。

 今にも倒れそうな顔をしたビアンカの後ろには、ロッカが見守るように控えている。


 いったい誰が、そのような話をカタリナの耳に入れたのか、メイフェアは怒りを覚えながらも、同時に言い様の無い不安に襲われた。

 後宮で、ビアンカが替え玉だった事を知る人物は、女官長のマルタとフィオナしかいないはずだった。

 二人から話が漏れたという事は考え難かった。

 顔色の悪いビアンカに気を配りつつ、メイフェアは嫌な予感がしていた。


 ビアンカ殿、こちらへ、とエドアルドが声をかける。

 静かに歩み寄るビアンカに、エドアルドは優しく微笑みかける。

 エドアルドを見上げるビアンカの儚げな姿は、ロッカの心を締付けた。


「聞け。今まで不審に思う事もあったやもしれぬが、こちらにおわす方は、正統なオルドの巫女である。ビアンカ・フロース殿は、今まで幾度もオルド教徒に狙われ、我らの保護下にあった。いずれ正教会より、正式な布告があると思うが、それまでこの件は、一切外部に漏らしてはならぬ。万が一そのような事態があれば、その時は、命はないと思え」


 エドアルドの堂々とした声が広間に響き渡る。口調は穏やかであったが、その瞳はいつになく鋭さを増し、ざわつく人々を無条件で威圧する。

 ロッカは無言で下を向き、拳を握り締めていた。

 話が飲み込めないカタリナは思わず泣き止み、ぽかんとして、エドアルドの顔を見つめている。


 フィオナやマルタに釣られるように、女官達が一斉にひざまずき、平伏した。

 その様子をしばらく無言で眺め、ややあってエドアルドも、ビアンカに対してひざまずき、その気高き頭を垂れた。

 そんな主君の姿には逆らえず、ロッカもうやうやしく、広間の床に膝をついた。


 長い沈黙の中、メイフェアは一人顔を上げ、ビアンカの虚ろな顔を見つめていた。



***



「あなたの了承を得ずに、話を進めてしまって申し訳なかった」

「いえ、ほんの少しだけ、時期が早まっただけの事です。覚悟は出来ておりました」


「カタリナ様の爆弾発言はともかく、あれで収まったとは思えませんけど。いきなりこの子が巫女です、なんて出てきて、人々が納得するとは到底思えませんわ」

「納得してもらうしかない。巫女の存在は絶大な効果をもたらす。オルド教徒達にとっては、尚更の事」


 エドアルドと入れ替わるように、カタリナが恐る恐る、たった一人で部屋へとやってきた。

 フィオナ達から、珍しく叱責を受け、カタリナはビアンカに謝罪しにやってきたのであった。

 

「わ、私、先程はビアンカ様に大変失礼な事を…。何とお詫びしてよいかわかりません」

「こちらこそ、カタリナ様に不快な思いをさせてしまって、申し訳ありませんでした」

 エドアルドとフィオナは、ビアンカは自分の身を守るために、敢えてお針子に身をやつしていた、と無理やりこじつけたような説明をしたが、幸いな事に、カタリナはその話を鵜呑みにしてくれたようだった。

「あなたのような、尊い方に、あのような無礼を働いて、深く反省しております」

 もうお気になさらないでください、とビアンカは言い、少女をいたわるような微笑を送る。


「ご苦労なさったのですね。私などには到底想像も出来ないような。何と言っても、イザベラ様があなたの弱みにつけこんで、身代わりをさせていたなど、なんて罰当たりな方なんでしょう。天罰が下ればいいのですわ」

 カタリナの中では既にビアンカが、物語の主人公のように、薄幸の女性として出来上がっていた。

「あの、ですから、話を蒸し返すようで申し訳ありませんが、宰相様とは何もないのです。事実を知って、私の立場を気遣ってくださっていただけなのです。誤解させてしまったのは、私の落ち度でした」

 事実である、と何度も心の中で言い聞かせ、ビアンカは落ち着いた口調で言った。


 ビアンカは、ヴィンチェンツォの話題をするのは気が進まなかったが、カタリナにはっきりと説明しておくように、とエドアルドに言われていた。

 あなたのせいではないが、巫女の立場で、男性と噂があるのは無視できない、とエドアルドは言い、ビアンカは「申し訳ありません」と頭を下げた。


「そうですよね、巫女様がそのような関係に陥るはずもありませんもの。私ったら、なんて愚かな」

 先程自分に向けられた、嫉妬や敵意は、すっかり消え去ったようだった。

 カタリナが納得してくれたようで、ビアンカは少しだけ気持ちが軽くなった気がした。


 そんな二人を、ロッカとメイフェアは無言で見つめていた。



***



「申し訳ありませんが、自分も戻ります。代わりにステラをよこしますから」

 カタリナがようやく退室すると、ロッカがいつもどおりの口調で言った。


 ロッカは、知っていたのだろうか。エドアルドの急な決定に、彼は沈黙したままだった。

 何より、当のビアンカが、さして驚くふうもなく、淡々と受け止めているのは、彼女自身が、エドアルドの意向を汲み取っていたからなのだろうか。

 そして、今はここにいない宰相閣下も、何食わぬ顔をして、実はこの為にビアンカをそばに置いていたのか。

 だとしたら、あまりにも酷い、とメイフェアは怒りに燃える気持ちを持て余し、無言で窓の外を眺め続けるビアンカに、言った。


「知らなかったのは、私だけなのかしら。それに傷ついてるわけじゃないわ。ただ、皆酷すぎるわ。なんであんたがそこまで利用されなきゃならないのよ」

「私も、よくわからないの。陛下にお願いされただけで。もちろん、強制じゃないのよ。こんなふうになるかもしれないけど、どうだろうかって」

「強制にも等しいじゃない。あの場を収める為とはいえ、いきなり皆に発表してしまったら、もう引き返せないじゃないの」


 今の生活の何十倍と、ビアンカに重圧がかかるのは目に見えている。

 そうね、とビアンカは呟き、窓辺の鉢植えに、そっと手を触れた。

「宰相様は、この件には何とおっしゃっていたの」

 メイフェアは、憮然とした表情で言った。

「特に何も」


「あの方が、知らないはずないわよね。陛下には絶対的服従、って事かしら。なんだかんだで、あの人、陛下には逆らえないもの。だからカタリナ様だって、妙に期待して、しまいにはあんたに嫉妬して暴走する始末よ。あんた思いっきり宰相様に振り回されただけじゃない。昔からあんたの扱いが酷いとは思ってたけど、…それでも最近は少し、見直したりもしてたのに、こんな事になるなんて、裏切られた気分だわ。所詮、身勝手で冷たい人なのよ」

 初めてヴィンチェンツォに出会った時の、彼の冷ややかな態度を思い出し、メイフェアはますます憤った。


「違うのよ、閣下は一度も、そんなふうに私に接した事はなかったわ。普通に毎日、私の作った料理を食べて、普通に…」

 違うの、悪くないの、とビアンカは震える声で呟き、その肩は何度も小刻みに波打っていた。

「何も、ご存じないの。だから、悪く言わないで。私と陛下が、勝手に決めた事なの」

 ビアンカの瞳から溢れる涙に息を飲み、メイフェアは親友を力の限り抱きしめた。


「ごめんなさい、言い過ぎたわ。そうよね、あんたの事、すごく大事にしてたから。だから腹が立って仕方が無くて」

 ビアンカの柔らかな栗色の髪を何度も撫で、メイフェアもこらえきれずに鼻をすする。

 違うの、全部、違うから。

 ビアンカが繰り返す言葉に、メイフェアは、何故か何も言えなくなってしまった。


 この子は、私にでさえ、自分の気持ちを否定している。

 宰相様の事をどう思っているのかなどと聞いても、本当の事は言わないだろう。


 どうしてここにいないの。

 ランベルトも、宰相様も、どうして助けに来てくれないの。

 メイフェアは、戻るはずのない彼らの姿を、ひたすら求めていた。

 二人は互いの肩に顔を埋め、いつまでもすすり泣いていた。 



***



「お前は反対だったろうが、こうするしかなかった」

「自分は意見する立場にありませんので。ここまで話が大きくなってしまっては、後戻りできません。むしろ、ヴィンスの了承を得ないままで、よろしかったのでしょうか」

 精一杯の、ロッカの反抗だった。

 エドアルドは答えず、机に肘をついていた。


「事後報告しかないだろう。私だって、迷いはあった。カタリナがとんでもない行動に出るから、残された選択肢にすがったまでだ。それに、こちらの手中に巫女があるとなれば、先手を打てる。悪い事じゃない」

「そのカタリナ様の件ですが、彼女は、どこからそんな情報を手に入れたのでしょうか」

 早急に調べるように、とエドアルドは言い、椅子に深く座りなおす。


 最近、あまり後宮内の人間に、自分の目が行き届いていなかったのは大失態だった、とロッカは深く反省する。

 人見知りの激しいカタリナに接触できる人物となると、限られていた。

 手始めに、カタリナ付きの女官周辺を調べてみよう、とロッカは思い、エドアルドに進言した。

「ご無礼は承知しております。カタリナ様に、直接お聞きしたいのです。怯えさせてしまうのも申し訳ないので、できれば陛下からお聞きしてくださると、ありがたいのですが」

 問題ない、とエドアルドは即答した。


「敵はさっさと排除するに限る」

 エドアルドはそう言うと、疲れた体を起こし、再び後宮へ向かう事にした。



***



「侍女のアメリアです。…皆さん、あまりご存知ないかと思いますが、アメリアは、ウルバーノ様と親しかったですし」

 カタリナは言いにくそうにしていたが、エドアルド達の笑わない顔を見て、ようやく心を決めたようだった。

 自分の侍女の情事を口軽しく誰かに話すほど、カタリナは世慣れていなかった。


「お前、知っていたか」

 感心したように、エドアルドがロッカに尋ねる。

「一応、知ってはおりましたが…申し訳ありません。自分はむしろ、伯爵とサビーネとの関係ばかり気にしておりましたので」

 自分が初めて、役に立たないと思い知らされ、ロッカは少なからず傷ついていた。


「あの方でしょ。やたらと私に嫌味を連発してきた、底意地悪そうな女。よーく存じておりますとも。そうですか、ウルバーノ様の愛人でしたか」

 メイフェアは鼻息荒く、まくしたてた。

 ビアンカがスロに帰ってしまってからは、その攻撃も収まったかのように見えたが、最近そういえばやけに、すれ違う時の態度が悪かったような気がする、とメイフェアは今更ながら気付く。


 ロッカはメイフェアを無視して、静かに言った。

「そうとわかれば、彼女を尋問しましょう。伯爵に入れ知恵されているのは、間違いないと思います」

「大丈夫か。女は、尽くすからな。ウルバーノをかばって口を割らない可能性は大きいと思うが」

「やるしかありません。どんな手立てを使っても。女性とて、容赦はしません」

 ヴィンチェンツォが乗り移ったかのように、ロッカが冷徹に言い放った。 



 次の行動に移るべく、アメリアを探しにカタリナの部屋を退室した。

 先程は随分大きく出てしまったが、実際、女性相手に無体な事はできそうもなかった。

 ヴィンスもランベルトもいない。自分一人でやるしかないのか、とロッカは途方にくれた。

 バスカーレなど、まるで役に立たないのはわかっていたし、ステラには、ビアンカについていて欲しかった。


「ロッカ様。お手伝いしますよ」

 メイフェアの力強い声に、ロッカは思わず振り返る。

「こういう事は、女同士の方がよろしいんじゃありません?ロメオ様ならともかく、あなたがまともに動けるとは思いませんけどね」

 さんざんな言われようだと思ったが、メイフェアがいるのは心強かった。

 申し訳ありません、とロッカは呟き、メイフェアは不敵な笑みを浮かべて、にんまりとした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ