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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第三部
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58の話~男と女~

 ロメオからの、理不尽な内容を記した手紙を受け取り、またもや不機嫌になるヴィンチェンツォだった。自分はビアンカに、ロメオ以外の人間を護衛として個人的に付けた覚えはなかった。

 そうなると、別の者が身辺調査でもしているのかもしれない、と疑わしい人物を数人候補に挙げる。

 エドアルドという事もないだろうし、まさかピアがどこからか情報を仕入れて、人を送り込んでいるのでは、と一瞬不安になるが、その線も薄かった。

 いったい誰が、と不安を拭えぬまま、ヴィンチェンツォは悶々としていた。


 ロッカの見解が正しいのなら、ビアンカを目の届くところに置いておくべきだ、とわかっているものの、勝手に自分の知らぬ間に逃げられてしまい、何とも動きづらい状況にある。

 八方塞だ、と少しだけ伸びた髪を、ヴィンチェンツォは苛立ったようにかき上げた。


「そろそろお時間です。出られそうですか」

 一人でなにやら考え込んでいるヴィンチェンツォに、ロッカが遠慮がちに声をかけた。これから、騎士団詰所の工事の進行状況を確認する予定になっていた。

 ヴィンチェンツォはロメオの手紙を引き出しにしまい、執務室を後にした。



***



 工事現場には、先客がいた。エドアルドが、なぜかカタリナを連れて視察と言いつつ、暇つぶしに来ているようだった。カタリナの、ストロベリー・ブロンドの髪を見つけ、ヴィンチェンツォは心の中で動揺するが、表面上は歓迎するような態度をとった。



 自分は正直、無理強いはしない。だが諦めて欲しかったら、直接カタリナに言いなさい、とエドアルドは酷な事を言う。そんな事できるわけないだろう、とヴィンチェンツォはエドアルドを恨んだ。本人に直接申し込まれてないから、知らないふりをしよう、とヴィンチェンツォは固く心に誓っていた。


「だいたい、自分のどこが好きなのか理解できません」

 お決まりの、遠まわしな拒絶をするヴィンチェンツォを、エドアルドは意地悪い目で見た。

「そうだよな、私もそう思う。ありがちな恋物語に影響されてる可能性はあるだろう。そういう年齢なのかもしれないが、実際のところは酷い男だからな。でも本当の事を教えたら、あの子がとても傷ついてしまいそうだから、私はお前の過去の悪行の数々は黙っておく事にしたよ」

「人を悪人みたく言わないで下さい。合わない女性と、ずるずる関係するのが面倒なだけです」


 若かりし頃は、数年深い仲だった女性もいたが、結局彼女は、ヴィンチェンツォを捨てて違う男と結婚してしまった。それからしばらくは、えり好みせず遊んでいたが、近年ではそれすらも面倒になっていた。

 自分はもう若くないのかも、と絶望的になる時もある。だからといって、ここで妥協はとにかく駄目、とひたすら自分に言い聞かせる。


 それでもことあるごとに、カタリナの期待を含んだ純粋な眼差しを向けられると、冷たい態度も取れず、なんとなく逃げ回るしかなかった。

 あまり宴席にも顔を出さなくなったヴィンチェンツォに、「『イザベラがいなくなった途端に宰相も来なくなった』と言い出す奴がいるとかいないとか」と、ある時エドアルドはすました顔で言った。

 もういやだ、とまたもや弱気になりつつある宰相閣下であった。



 そして今日も、ヴィンチェンツォは遠方のカタリナからきらきらした瞳を向けられ、居心地の悪さに耐え切れず、早く帰ろう、とだけ思った。ロッカは気付いていながらも、知らんぷりを決め込んで、ステラ達と打ち合わせをしている。

 気の利かない部下の背後に近づき、背中を軽くつねると、珍しくロッカが軽い悲鳴を上げた。



***



 顔を見せなければそれなりに不満そうで、だからといって会いに来ても、従順な犬のように全身で喜びをあらわすわけでもなく、実にヴィオレッタの心は掴みづらかった。

 しかも、それを計算ずくでしているようでもなく、だからこそ人気があるんだろうな、とロメオは率直に感心した。

 今日も週末だけあって、町で一軒しかない娼館は賑わっていたが、わざわざヴィオレッタが自分の為に時間を空けてくれていたのは、素直に嬉しかった。

 

 ここまで自分が気を遣う女性は滅多にいない、とロメオは思うが、頼みもしないのにいろいろ情報を流してくれる彼女に、頭が上がらない部分もある。

 おそらく、自分がスロに派遣された理由も、ヴィオレッタは薄々理解しているのだろう、と思った。


 ヴィオレッタは鎧戸を開け放ち、青みを帯びてきた空を眺めていた。ロメオはベッドから起き上がり、肌触りの良い肌かけをすっぽりと肩から羽織ると、長椅子の上で膝を抱えて暗い海を眺めているヴィオレッタに近づいた。

「いつも飽きずに見てるよね。僕は正直、そろそろ飽きてきたけど」

「王都にはいつ帰るの」


 さあね、とロメオは呟き、ヴィオレッタの隣に座った。肌かけごと、彼女の肩に腕を回し、自分の頭を空いている方に預ける。

 一つの布切れに二人でくるまって寄り添い、波の音に耳を傾ける。

 

 ヴィオレッタの冷めた横顔は、暗い海に向けられたままであった。

「わかってたけど、あんたって結構寂しがりだよね」

 ヴィオレッタはそっとロメオの柔らかい髪を撫で、頬を寄せる。

「それは君もでしょ。強がりが可愛いなあと思って」

 空いている彼女の手に、そっと自分の手を重ね合せた。

「仕方ないだろ、流れ者は大概人恋しいんだよ」


 ヴィオレッタが、遠いスロの町まで来た理由は、ロメオは聞こうともしなかった。

 女性一人、それなりの事情があるのだろうが、ふとした仕草に気品を感じ、始めは単なる好奇心であったはずが、いつのまにか彼女のそばが、居心地のよい場所に変わっていた。

 だが、あまりのめり込むのも危険、と会いたくても会わずにやり過ごす日が幾度かあったのは事実である。


「僕もだ。帰るところがどこにあるのか、たまにわからなくなる」

濃い空が、だんだんと色を無くしていくのを何故か悲しく思いながら、ロメオはヴィオレッタと一緒に、空を見上げていた。


「そうやって甘えて、女の子いっぱい騙して、心の中じゃ何とも思ってないんじゃない?どうせそれも仕事のうち、なんだろ」

 言葉はきつかったが、どことなく諦めたような言い方をするヴィオレッタだった。

 なんで騙してるなんて言われるのかな、とロメオは過去を見られているような気がして、思わずぎくりとした。


 それでも、こうして二人で過ごす時間に嘘があるなど、自分自身でも思った事は一度もない。

「そんな風に思わせてるならごめんね」

 でも違うんだ、とロメオは言いかけ、重ねている彼女の指の間に自分の指を滑り込ませ、柔らかく握り締めた。


「明るくなる前に、眠りたいな。眩しすぎるのも、本当は好きじゃないんだ」

「おてんと様に愛されたスロが好きじゃないって言ってるようなもんだよ。陰気なカプラの方が性に合ってるのかもね」

 口調は辛辣であったが、優しくロメオの額に唇を寄せて慈しむ姿は、何の駆け引きもないように見えた。


 相変わらず、波音しか聞こえない。普段であれば、出航する漁師達の怒鳴り声などが聞こえてくるはずだが、明日、というか、今日は安息日であり、港に人の気配は無かった。

「礼拝に行かなくていいの。あたしは遠慮するけど。疲れちゃったし」

「僕もだ。運動不足で、腰が痛いし」

 寝ようか、とロメオは優しく言うと、今度は自分の胸にヴィオレッタを抱き寄せた。





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