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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第二部
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51の話~解放~

 不機嫌そうな顔をして、ステラがヴィンチェンツォ達の元を訪れた。

「急ぎの書類が溜まっておりまして、こちらに署名をお願いします」

 乱暴な手つきで、書類の束をヴィンチェンツォに突きつける。

「そんなの、陛下がやればいいだろう。俺は休暇中だ」

「あなたの署名も必要なんですよ。議会に回す分だけでもお願いします」

 舌打ちすると、ヴィンチェンツォはステラからペンを受け取った。

 持って行け、と書類を突き返され、ステラは無言で書類を胸に抱えた。

 では、とそのまま去っていこうとするステラを、ヴィンチェンツォは焦りを含んだ声で呼び止める。


「ちょっと待て。それだけか」

「そうですが何か。ついでに、二人が生きているか確認してこいとも団長に言われましたが」

 ステラの口調は、相変わらず冷たかった。

「出してくれるんじゃないのか」

「何故私がそのような事を。陛下がお決めになる事です」

 もういい、行け、とくたびれた顔で、ヴィンチェンツォは片手をふり、ステラを追い払った。

 壁に向かっていたロッカが、おもむろに振り返る。

「すみませんが、チョークが足りなくなりそうなので、新しいものをお願いできますか」

 二人に山ほど文句を言いたかったが、ステラは唇をかみ締め、了解した、とだけ答えた。



「お前、いつまでここにいるつもりだ」

 呆れ声で、ヴィンチェンツォが声をかけた。

「私に聞かれても困ります。あなた次第なのでしょう、ですからあなたが心を決めた時ではないでしょうか」

 ロッカは相変わらず、壁を向いたままである。

「最初は反対したくせに」

 恨めしそうにヴィンチェンツォがぼそりと言うが、それを撥ね付けるように、ロッカがきっぱりと言った。

「もうどうでもいいです。やはり陛下の提案を飲むのが、自然なのかもしれませんね」

 どうやら、唯一の味方も失いつつあるようだった。ヴィンチェンツォは信じられない、とロッカの後姿を見つめた。



***



「そんなに気にする事ないって。いくらなんでも一生あのままってわけにもいかないだろうし、そんな暗い顔しないでよ。ね?なんなら、何処か遊びに行こうか?」

 へらへらと笑うロメオを蹴飛ばし、ランベルトが椅子を引き寄せて、前後逆さに腰掛けた。


「陛下にお願いしてくれないかな。ビアンカなら出来るって。にこーって天使のような微笑を浮かべてお願いしてみれば、どうにかなるかもよ」

「私ごときの意見など、陛下がお聞き入れくださるとも思えません」

 ビアンカは浮かない顔をしている。乗り気でないのはいつもの事、とランベルトはそんなビアンカの態度を気に留めず、続けた。

「そんなことないよ。陛下は、ビアンカが気に入ってるから、考えてくれるかもよ。試しにやってみようよ」

 いい加減にして、とメイフェアがランベルトの耳を引っ張る。痛い、と悲鳴を上げたランベルトを睨みつけた。


「無駄無駄。陛下のご機嫌が直るまで放っておきましょう」

 そうだよ、とロメオが横から口を挟む。

「だいたいね、酒の力を借りないと会いに来れないような奴、同情なんてしなくていいんだからね?」

 ビアンカは、もはや誰の話も聞いていないようだった。窓の外を見つめ、物思いにふけっているのが見て取れた。


「メイフェア、支度を手伝って下さい」

 ふいに後ろの三人を振り返り、ビアンカは思い切って言った。

「まさか、陛下のところですか」

 ビアンカがランベルトの話に乗るとは予想していなかったので、メイフェアは大層驚いていた。

「個人的に、お話があるんです。宰相閣下は関係ありません」

 ランベルトとメイフェアは、怪訝そうに顔を見合わせる。ビアンカの琥珀色の瞳からは、いつになく強い光を放っているように見えた。



***


 

 ビアンカはランベルトに連れられ、ヴィンチェンツォの執務室へと向かう。エドアルドはいつもそこにいる、と聞かされていた。

 ランベルトとメイフェアを外で待たせ、一人執務室に入る。

 中には、エドアルドと、フィオナがいた。

「前触れもなく、突然お邪魔して申し訳ありません。陛下にお話があって参りました」

 

 エドアルドに椅子を勧められるが、ビアンカは結構です、と珍しく強い口調で言い切った。

「何かな。そんな恐い顔をするあなたも珍しいね」

 穏やかに問いかけるエドアルドを目の前にして、ビアンカは一瞬言葉に詰まるが、一呼吸置いて言った。


「私は王宮を出ます。離縁してください」

 なぜ、と笑わない顔でエドアルドが静かに言った。フィオナが黙って、ビアンカの顔を見つめている。

「これ以上、皆様にご迷惑をおかけすることは出来ません。ここはもはや、私の居るべき場所ではありません。今更、何を言っても取り返しのつかない事ばかりで、皆様に不快な思いをさせ、不道徳な振る舞いをした事、お詫び申し上げます」

 深く頭を下げるビアンカを、エドアルドは無表情で眺めている。



「カタリナ様と、お話なさったのですって。すみませんね、まだまだ不躾な子どもなので、何かお気に障るような事がなければよいのですが」

 ふいに、フィオナが口を開いた。

「いえ、私の方こそ、お心を乱すような振る舞いをして申し訳ありません」

 

 牽制するかのように、カタリナが宰相閣下のもとへ降嫁するらしい、との噂が後宮内で出始めていた。わざとビアンカの耳に入るように仕向けたのは誰か、メイフェアはだいたい察しがついていた。

 あまり、女同士のどろどろした戦いは好きではなかったが、いつでも受けてたつわよ、とカタリナの侍女達と顔を合わせる度に、メイフェアの鼻息は荒くなるのであった。 


 

「これからどうされるの。スロにでも戻られるつもりなのかしら」

 はっとしてビアンカは顔を上げ、フィオナの顔を見た。

「残念ね。陛下も、あなたのことをとても良い子だとおっしゃっていたので、寂しがるわ」

 どうして、とかすれ声になるビアンカに歩み寄り、フィオナはくすり、と笑った。

「ずっと前から知っていましたよ。陛下は、私には嘘がつけませんから」

 ばつの悪そうな顔をしているエドアルドに視線を送ると、すみませんでした、と頭を下げ続けるビアンカに、フィオナは優しく微笑みかけた。


「これで二度目だな。確かに、潮時というものがあるのかもしれない。早急に、手続きに入ろう。あなたにはお世話になった。わざわざスロまで戻らなくとも、いくらでも援助する気持ちはある。王都に留まるつもりがあるなら、それでも構わないよ」

 そうね、とフィオナもエドアルドの言葉を後押しする。

「あなたさえよければ、後宮にいても構わないのですよ、ビアンカとしてね」

 いえ、と静かにビアンカは首を横に振る。もうイザベラではないのですから、と一言だけ言った。



***



 メイフェアの部屋でランベルトは夕食を終え、満たされたお腹をさすってベッドに寝転がる。

「何を話してきたのか、全然教えてくれないのよ。一人にして欲しいと言われて、仕方ないからそうしてるけど」

 メイフェアは、ビアンカから報告がないのが、気になってはいたが、無理に聞き出すのも可哀相だ、とそっとしておくことにしていた。

 そうか、とランベルトは呟き、ベッドの上でごろごろとする。


「ああ、そろそろ交代の時間だ。行かないと」

 今日は、ランベルトが夜勤であった。むくりと起き上がると、脱いでいた靴を履きなおす。

 行ってくる、とメイフェアにキスをすると、ランベルトは上機嫌で部屋を出て行った。

 いずれにせよ、もうすぐヴィンス様達も解放されるに違いない、と確信があった。



 騎士団の詰所に行くと、何故かいつもより人が多く、ばたばたと落ち着かない様子である。

 今日はもしかして当番じゃないのかも、とランベルトは期待を込めて壁にかかった当番表を見るが、やはり今日は夜勤だった。

 落胆するランベルトのそばに、バスカーレとステラが近寄ってくる。


「今日は人が多いですね。何かあったのですか」

 口ごもるバスカーレに代わり、ステラが静かに答えた。

「これから、スロまで、ビアンカ殿をお送りする。騎士を数名連れて、ロメオが行ってくれる事になった」

 絶句するランベルトに、困惑した表情でバスカーレが決定的な言葉を口にした。

「そういうことだ。つまり、イザベラ妃は離縁されることになった」


「なんでそうなるんだよ」

 突然大声を上げたランベルトに驚き、騎士達がこちらに視線を向ける。

「ビアンカ殿の希望だ。最後まで手伝えなくてすまない、とおっしゃっていた」

 ステラは血走った目でランベルトを見た。泣いた後なのか、鼻もうっすら赤かった。ランベルトは頭を振り続け、二人に詰め寄った。

「メイフェアは全然そんな事聞いてないぞ」


 バスカーレは上を向き、必死に何かに耐えているようだった。

「メイフェア殿には、明日報告するつもりだ。そうでないと、自分も一緒に行くと言うから、とおっしゃっていた」

 そんなの駄目だ、とランベルトは首を振り続ける。

「メイフェア殿を頼むと申されていた。わかるな」

 バスカーレは耐えかねたように、天井に向かって嗚咽する。


 ビアンカは、皆に愛されていた。こんなにも別れを惜しんでくれる人達がいるというのに、どうしてそんな無情な別れ方ができるんだろう、とランベルトは唇を痛いほどにかみ締めていた。




 

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