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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第二部
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50の話~それぞれの恋愛事情~

 それから二日ほど、雪は降ったり止んだりを繰り返し、王宮は白い綿帽子に多い尽くされた。朝から毎日、王宮中の人間が総出で、王宮中の至る所で雪かきが行われた。ようやく三日目になり、眩しい太陽が顔を出す。

 これ以上は無理、と体中が筋肉痛になってしまったメイフェアは、もう今日は雪かきをせずに済む、と喜んだ。


 バスカーレと一緒に登城したアンジェラが、早速ビアンカの所にやってきて「遊ぼう」とはしゃいでいる。

「今日はロッカ、どこにもいないね」

「ロッカは、お仕事で留守なんです」

 一緒についてきたステラが、アンジェラをなだめた。アンジェラは落胆したが、すぐに立ち直り、「じゃあ雪だるま作る」とビアンカの手を引いた。どことなく乗り気でないビアンカに、無理やり暖かいコートを着せ、メイフェアも後に続いた。


 誰にも踏み荒らされていない場所を見つけ、アンジェラが嬉々として人型をつける。「天使だよ」と言いながら、仰向けに寝転がり、手足をばたばたさせた。メイフェアも一緒になって、隣に大きい天使を作り、二人は笑い転げている。

 ステラはそんな二人の微笑ましい様子に思わず笑顔がこぼれるが、上の空でいるビアンカに気付き、静かに声をかける。


「あまり顔色がすぐれないようですが」

「いえ、大丈夫です」

 そう返すビアンカの顔は、化粧でごまかされてはいたものの、目の下に深いくまを作っているのがステラにはわかる。無理も無い、とステラは心の中で呟く。

 それもこれも全部あの方達のせい、と思うと、ステラは自然にショベルを握り締める手に、力が入るのであった。だいたい、ロッカがついていながら、どうしてこんな事になる、とステラにはいまだに信じられない部分もあった。


 遠くから、ステラと同じ騎士団の備品のショベルを肩に担ぎ、ランベルトが歩いてくるのが目に入る。王宮の三馬鹿の一人だ、とステラは心の中で毒づく。

「ランベルトだ。ランベルト、雪だるま作るの手伝って」

 アンジェラは大きな声で、近づいてくるランベルトに声をかけた。


「ああ、うん、ごめん。ちょっとメイフェアと話があるんだ。後で手伝うから、代わりにステラにやってもらって」

 緊張の為か表情を消して、メイフェアに近づいていくランベルトを、無言でステラが眺めている。なけなしの勇気を総動員して、ようやく動く気になったようだ、とステラは不甲斐無い同僚の健闘を祈った。



***



「話って、何」

「元気だった?」

「元気よ。そうじゃなきゃ、ビアンカを守れないわ」

 そうだね、と言いながら、石造りのベンチを勧め、メイフェアが座ると自分も隣に腰掛けた。

「なんだか、すごい事になってるよね。ビアンカは大丈夫なのかな」

「ぼうっとしてるわ。あまり寝てないみたいだし」

 そうか、とヴィンチェンツォのように相づちを打ち、ランベルトはおもむろに、ショベルを雪山に突き立てた。


「お兄様にお会いしたわよ。わざわざ、私を訪ねてきたの」

「知ってる」

 そう、とメイフェアは言い、そのまま前を向いていた。どことなくぎこちない空気が、二人の間を漂っていた。

「あなたが、そんなに期待されてる人だったなんて意外だったわ。というか、すごく大事にされてるわよね。お兄様は、あなたが可愛くて仕方が無いんだと思う」


 正直なところメイフェアには、ランベルトがどれだけ騎士として優秀であるかわからなかった。いつも裏表のない笑顔で、周りを和ませているランベルトしか知らなかった。

「剣しか取り柄がないって言われ続けてるからね。昔からそうだ。いつだって、ヴィンス様は真っ先に俺を行かせて、大丈夫だとわかったら、自分は後から来るんだ。でもそれが俺の役目みたいなものだし」

 穏やかな眼差しで、ランベルトは頭に雪を乗せた天使の彫像を見つめていた。

「それは、あなたを信用してるからじゃないの」

 メイフェアの意外な言葉に、ランベルトは少しだけ気持ちがほぐれていくのを感じた。

「そうかな」

「そうよ」

 


 しばらくの沈黙の後、ランベルトは静かに目を閉じ、口を開いた。

「頼みがあるんだ。ビアンカを説得して、陛下にヴィンス様を解放するようにお願いして欲しい」

 メイフェアは、黙ってランベルトの話を聞いていた。時々、重い音を立てて、あちこちから溶けかかった雪の塊が落ちてくるのが目に入った。

「頼む、たぶん、ビアンカなら出来ると思う。メイフェアは嫌かもしれないけど、俺達はあの人が必要なんだ。三日経つけど、もう既に宰相府が機能しなくなってきてる」

 例のごとく、代理でエドアルドが宰相府へ通ってきてはいるものの、ヴィンチェンツォにしかわからない事が多々あり、その度にエドアルドは苛立っているようであった。


「私はね、ビアンカに同情するなって言ったのよ。あの子ったら、宰相様の事を可哀相だと思ってるみたい。私だったら、永遠に牢屋に入ってろと思うけど。あんなに酷い目に合わされて、それでもそんな事思ってるなんて、ほんとお人好しよね」

 だったら、と言うランベルトを遮り、メイフェアは続けた。

「久しぶりに会えて、嬉しそうだったわ。どうしてなのかしら。私は宰相様を許せないわ。今はまた、酷く落ち込みすぎて見てられないくらいよ」

 

「それって、嫉妬してるみたいだよ」

「そうね」

 メイフェアにとって自分よりも、ビアンカが何より大事なのはわかっていた。それは自分も同じ事だと、最近ランベルトは気付かされたのであったが。


「俺達はたぶん、やり方は違うのかもしれないけど、同じ方向を向いているんだと思ってる。メイフェアがビアンカを大切に思うのと同じで、俺達もヴィンス様が一番なんだ」

 メイフェアは静かに手を伸ばし、ランベルトの手に自分の手のひらを重ね合せた。

「ランベルト、こっち見て」

 ためらいながらも、ようやく自分と目を合せたランベルトに、メイフェアは今日の日差しのような、ありったけの笑顔を向けた。

 迷いの無い流れるような動作で、ランベルトはメイフェアの唇に、自分の唇を寄せた。

 


***



「どうだ、少しは反省したか」

 不敵な笑みを浮かべ、エドアルドが鉄格子の向こう側から声をかけた。

「そうですね、というか、一週間前から深く反省しておりますが」

 投げやりな口調のヴィンチェンツォをあざ笑うかのように、エドアルドが鼻で笑う。

「わかってるなら話は早い。そろそろ出たいんじゃないのかな」

 二人の会話を聞きながらも、ロッカは黒い石壁をキャンバスに、一心不乱にカリカリと作業を続けている。


「もちろん出たいですよ。何より、暖かい部屋で心ゆくまで眠りたいです。毛布が薄くてあまりよく眠れません。もう二、三日たったら、私達のどちらかが凍死していると思いますね」

「ただでは出せないな。そうだな、私を『義父上』と呼んだら今すぐ出してやってもよい」

 整った唇をわななかせ、上目遣いでヴィンチェンツォはエドアルドを思い切り睨む。

「どうした、一言でいいんだぞ。『お義父さん』って言ってごらん」

 完全に遊ばれている、と壁にチョークを走らせながら、ロッカは聞いていないふりをした。


「私は心が広いから、婿殿の少々のやんちゃも、目を瞑るつもりだ。何より、カタリナが悲しむ顔を、私はこれ以上見たくない」

「そう思っていらっしゃるなら、私のような者など、それこそ不適格かと思われますが。カタリナ様のお耳に入っているのであれば、深く失望された事でしょう」

 春待ちの宴以来、ヴィンチェンツォは特にカタリナと接触する機会もなく、カタリナの真意も理解しかねていた。直接、愛の告白をされたわけでもないので、エドアルドの話は誇張めいて聞こえたのである。


 

「以前から腑に落ちなかった。自分の都合でイザベラとビアンカを使い分けるお前にな。イザベラとして必要だと言うわりには、妃としての立場を軽視しすぎだ。一応、私の妻でもあるからな。それが嫌なら、こんな不自然な事を彼女に強要するのはやめろ。自分の都合で側に置いているだけではないのか。前にも釘を差しておいたはずだが、浅かったようだな」

 エドアルドはふいに真面目な顔つきになり、ヴィンチェンツォをじっと見つめる。


「そうですね、理由付けが無ければ、彼女を王宮に留めておけないので」

 ヴィンチェンツォも負けじと射るような目で、エドアルドに視線を向ける。

「それならば、はっきりとそう言えばよいのに、変なところで不器用な奴だな」

「自分の経験の中では、今までに無い展開だったもので」

 しれっとした顔で言うヴィンチェンツォに、エドアルドは何故か闘争心に火が付く。

「いずれにせよ、お前はカタリナと二人で話し合う必要がある。異論は受け付けない」

 エドアルドは踵を返し、再び二人を残して立ち去って行くのであった。


「あの場でとりあえず『お義父さん』って言っておけば、どうにでもなったのに。わかってはおりましたが、頑固なんですね。また出損ねたではないですか」

 ロッカが、珍しく声を荒げる。極限状態だと、ロッカのような人間ですら本質が見えるものなのだと、ヴィンチェンツォは感心しながら、

「エディを義父と呼ぶくらいなら、死んだ方がましだ」

 とふてぶてしく言い捨てるのであった。

  


***



 雪だるまや雪うさぎをいくつも作り終え、少し疲れたのかアンジェラが「お腹すいた」と言う。はいはい、とステラが答えながら、メイフェア達が一向に戻ってこない事を気にかけていた。

 すぐ側に、白い雪の中で艶やかな一行を見つけ、ステラは眩しげに彼女等を見つめた。


 ごきげんよう、と声をかけるカタリナの侍女に、ビアンカは気後れしながらもにっこりと微笑み返した。 

 カタリナが薄いグレーの毛皮のコートを身に纏い、女官達にかしずかれている。彼女の柔らかな雰囲気に、その姿はよく似合っていた。

「先日は、素敵なものを頂戴いたしまして、我が主も大層お気に召しているようでございます」

 侍女の言葉に、ビアンカは戸惑いながらも「わざわざありがとうございます」と無難な返事を返す。


 カタリナは何も語らず、足元に目を向けていたが、大きく息を吸うと、先程の侍女を見上げた。

「あの、イザベラ様とお話があるのです。よろしいでしょうか」

 侍女が無言のまま、ビアンカに冷たい視線を投げかける。ゆっくりと膝をかがめ、侍女は少し離れた所へ移動していった。



***



「先日は、本当にありがとうございました。いろいろな方に褒めていただきました」

 ビアンカが見立てたドレスのお礼を、カタリナはもう一度言うのであった。

 いえ、と恐縮して答えながら、ビアンカはカタリナの様子がいつもと違うのに気付いていた。

 しばらく前から、なんとなくではあったが、顔を合わせる機会も増え、お茶に呼ばれたり、図書室で偶然会って会話をしたり、交流が増えつつある二人であった。イザベラの悪い噂を気にする事もなく、分け隔ての無い清らかな笑顔を向けてくるカタリナを、ビアンカは可愛い方だと思っていた。


「イザベラ様にお聞きしたい事があるんです。ヴィンチェンツォ様の事です」

 ビアンカの胸が、何故かちくり、と痛んだ。

「あの晩の騒ぎの事は、私も耳にしておりますが、本当はどうなのでしょう。私には信じられません」

「とおっしゃいますと」

 平静を装いながら、ビアンカは静かに問いかける。

「ヴィンチェンツォ様とイザベラ様は恋人同士なのですか」

 少女の真剣な眼差しを受け、ビアンカは胸の奥が、苦しくなるのを感じた。


「いいえ。違います。いろいろ噂を聞かれているかもしれませんが、違いますよ。確かに宰相様は、酷くお酔いになられていましたが、最期は過労で死にそうだから寝かせろと大騒ぎでした」

 その時の事を思い出し、ビアンカは思わず吹き出した。

「本当に?」

「ええ、本当ですよ。そのくせ、次の日には何も覚えてらっしゃらないようで、いい迷惑でございました」


 そう弁明しながら、カタリナが多くを語らずとも、ビアンカには彼女の不安が伝わってきた。この方が恋をしているのは、宰相閣下なのだと。



***



 日が顔を覗かせたのもつかの間、再び夜には雪が降り始める。暖炉の前で一人ビアンカは座り込み、膝にそっと自分の頭を乗せた。


 あの日、眠りにつく前に、ヴィンチェンツォが言った言葉を思い出していた。子どものような微笑みを浮かべ、安心しきったように自分の手を握り締めながら「ずっと会いたかった」と言った言葉が何度も頭の中で繰り返されていた。




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