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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第二部
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41の話~すれ違い~

 王宮の馬屋では、いつものようにエミーリオがヴィンチェンツォの帰りを待っていた。今夜はメイフェアも一緒だった。

「思ったよりお早いお帰りで、何よりです」

 風のように馬車から飛び降りるヴィンチェンツォに、ほっとした顔でエミーリオ達が駆け寄ってきた。彼らを突き飛ばすかのように、馬車から転げ落ちつつもビアンカが這い出し、早歩きで遠ざかっていくヴィンチェンツォを、必死で追いかける。


「閣下。お待ちください」

 今までに聞いたことのない、ビアンカの叫び声であった。

「そのような大声では、王宮中に筒抜けだ」

 ビアンカとは対象的に、落ち着き払ったヴィンチェンツォの声が低く響く。

「ウルバーノ様はどうなるのです」

「この後拘束する」

 素っ気無く言い捨て、そのままヴィンチェンツォは騎士団の詰所に向かって足を進めた。

「どうして」


 ここまで俺を苛立たせる女も珍しい、とヴィンチェンツォは後ろのビアンカを振り返り、思い切り自分の顔をビアンカの顔に正面から近づけた。

「あいつは邪魔だ。このまま野放しにしては、この国が食い潰される。あなたには詳しい話をしていなかったが、全ての元凶はあの男だ。加えて、イザベラが居なくなったと知りながら隠蔽するなど、反逆者と見なされて当然のこと」


 立ち尽くすビアンカを、一度だけヴィンチェンツォは振り返り、足を進めた。ビアンカは再び足をもつれさせながらもヴィンチェンツォを追いかけ、外套の裾にしがみつく。

「お待ちください。私の話を聞いていただけませんか。ウルバーノ様は、私の事を本当に考えてくださっておりました。誤解があるのではありませんか」


「申し訳ないが、私も時間が無い。明日にして頂けないか」

 ビアンカは嫌です、と言いながら、外套を引きちぎらんばかりの力で、無理やりヴィンチェンツォを引き止め続ける。

「そんなに、ウルバーノが心配か。私が知る限りでは、そこまであなたがウルバーノにこだわる理由がわからない。王宮に来てからも、大してあなたを気にかける様子もなかったではないか。何故それほどまで庇う」


「ウルバーノ様は、もういいとおっしゃいました。それだけで、今までの辛い出来事も忘れることができました。あの時のウルバーノ様を私は信じております」

 その言葉が引き金になるかのように、ヴィンチェンツォはふいに乱暴な仕草で、ビアンカの両手を捕らえた。

「あなたは、簡単に人を信用しすぎる。その優しさは、あなたの魅力でもあるが、時には足枷にもなることを、少しは学んだ方がよい。そのままでは、他人に利用されるだけの人生だ」

「その他人とは、あなたのことでしょうか」

 ぴくりと眉を動かし、ヴィンチェンツォはビアンカを睨みつけた。ビアンカの両手を離すと、被っていた帽子を脱ぎ、髪を無造作にかきあげる。


「先ほどから、あなたのおっしゃることは支離滅裂というか、話が飛びすぎて私には理解しかねる。あなたの言う他人の定義に対してお答えすると、そうだとしか言い用がない」

「あなただって、おっしゃることが無茶苦茶です。単に、ウルバーノ様がお嫌いなのではありませんか」

 皮肉な笑みを浮かべる余裕もないのか、ヴィンチェンツォは美しい顔を一層歪めた。

「あなたの話で、もっと嫌いになった。綺麗ごとを並べて、世間知らずの女性をたらし込む類の男だと知って、更にだ」

「そんなお方ではありません。それが誤解だと私は申し上げているではありませんか」

 エミーリオとメイフェアは、二人の舌戦に割り込むこともできず、固唾を飲んで見守るしかなかった。


「ウルバーノがいかにあなたの前で善人であったとしても、奴の数々の背任行為は捨て置けぬ。陛下の治世で、それだけは俺は許せない」 

 瞳をうるませながらも、泣くまいと唇をかみ締めるビアンカに、ヴィンチェンツォは心が締付けられる思いがするが、極めて冷酷に言い渡した。

「あなたの話はわかった。だが、あなたの従兄弟は有り余る罪を犯した。あなたの個人的感情などどうでもよい。それもわからぬのか」

 ビアンカを振り払うように走り出すヴィンチェンツォを、エミーリオがためらいながらも追いかけて行った。


 メイフェアが、その場に座り込んでしまったビアンカに走り寄る。声を殺して嗚咽するビアンカを、メイフェアがそっと抱きしめた。のそのそと、ロメオがスカートの裾につまずきながら二人に近づいてきた。

「戻ろう。ビアンカも、もう泣かないで」

 実際、泣いている女性をなだめた事など、皆無に等しいロメオであった。だが、他に気の利いた言葉も言えず、自分のふがいなさを心の中でなじるしかなかった。



***



 王宮騎士団の詰所では、制服に身を包んだ騎士達がヴィンチェンツォの到着を待っていた。バスカーレは、額に汗を浮かべたヴィンチェンツォの姿に安堵の吐息を漏らす。

「今夜、マレット伯爵を拘束する。コルレアーニ男爵邸の宴の帰り道を強襲する」

 息を弾ませながら駆け込んできた宰相に対し、無言で騎士達は頭を下げる。

「絶対に逃がすな。よいな」

 ヴィンチェンツォのいつも以上に固い表情に、バスカーレ達は身の引き締まる思いでいま一度、深く頭を垂れた。

 真っ先に、部屋を出て行くヴィンチェンツォの後姿を、エミーリオが黙って見送る。


 エミーリオは、先程のビアンカの取り乱した様子が気になって仕方が無かった。それに加えて、今日のヴィンチェンツォの余裕の無さは、前にも見たような気がする。ランベルトの事件の時も、いつもと様子が違っていた。あの日陛下に呼ばれて、戻ってきた時のヴィンチェンツォの思い詰めたような顔が蘇ってくる。あの時と似ている、とエミーリオは思った。


「ロッカ様が居ないんだ」

 エミーリオは驚いて叫んだ。

「ロッカは男爵邸だろう。そのうち戻ってくる」

 ランベルトが、ぽんぽんとエミーリオの頭を撫でる。

「そうではありません。前も、こんな事があったんです。ロッカ様が居ないとヴィンス様が…。何もなければよいのですが」

 肝心な時に、いつも居ない。皆気付いていないのだろうか、とエミーリオは不安になる。

「大丈夫だよ、この人数ならさすがに逃がしやしない」

 こっそりとランベルト達の耳元に口を寄せ、エミーリオが小声でささやく。

「ヴィンス様が、ものすごく怒ってらっしゃるんです。先程まで、すごい剣幕でビアンカ様と言い合いをされていました」


「つまり、機嫌が悪いと」

 ステラの的確な把握に、はい、と小さくエミーリオが頷く。弱ったような顔をして、がりがりとランベルトが頭を掻いた。

「いくらなんでも、作戦に支障が出るような真似はなさらないと思うけど。なんたって本丸だからな」

「そう信じたいのですが、あの、一人で突っ込んで行ったりしないように見張っていて下さいませんか。今日はお止めする人もいないようなので」

 エミーリオのような子どもにまで見透かされているというのに、自覚していないのは本人だけだろう、とランベルトは思った。ヴィンチェンツォの機嫌はビアンカ次第、なのである。確かにいつもなら、ほどよい所でロッカが意見するのだが、今日はその助けを得るのも難しそうだった。


「仕方あるまい。万が一の時は、私達が全力でお止めする。勢い余って、その場で伯爵の首が飛ぶのもいい気分ではない」

 ステラの不吉な例えが、エミーリオをますます不安にさせた。

「そうだよな、殺しちゃったら意味ないもんな」

 ランベルトは浮かない顔をしているエミーリオの頭を、もう一度ぽんぽんと撫でると、自分の首にかかっていた笛を外し、エミーリオの首にかけた。

「魔法の笛だよ。外に出て、吹いてごらん」



***

 


 馬が数騎、暗い街道を駆けている。ウルバーノは、自邸へ向かって馬を進めていた。

「今宵はちと長居し過ぎたようだ。強欲な者共のなんと多いことか。まとまる話も、ろくにまとまらなかった。あまりいい思いをさせるのも考え物だな」

 独り言のように言うウルバーノに、従者達は無言であった。伯爵邸まではそう遠くもなかった。


 時折、遠くで明かりのようなものが揺れているように見えた。気のせいか、とウルバーノはそのまま馬を進める。視界がおかしいのも、今日は飲み過ぎなのだろう、とウルバーノは思った。

 その明かりは、だんだんとこちらに近づいてくる。ウルバーノが、それが生きた人間と馬の集団だと気付いた頃には、自分達が囲まれていた。

「マレット伯爵ですね。我等にご同行いただけるか。そちらにおわす、宰相閣下のご命令である」

 バスカーレが静かに、美しく着飾った男に語りかけた。


「栄えある王宮騎士団が、宰相殿の私兵に成り下がったというのは本当のようだな。ちょこまかと何やら探っておったようだが、私が気付かなかったとでも」

 ウルバーノが怯む様子もなく、小馬鹿にしたように鼻で笑うのを見て、ランベルトは、かちんときた。

「あっさり俺らに捕まってて今更何言ってんだよ。そういうのを負け犬の遠吠えって言うんだ」

「貴様らこそ、宰相の犬だ」

 ウルバーノの形のよい唇から挑発的な言葉が発せられ、ランベルトがためらいなく剣を抜く。

「何だと。もう一度言ってみろ。この詐欺師が」

「よせ、ランベルト」

 バスカーレの叱責する鋭い声が、宵闇に響く。


「意外と、伯爵も低俗な争いがお好きなようだ。後で存分に楽しまれるとよいが、ご同行願おうか」

 ヴィンチェンツォの言葉に、ウルバーノが不快感を示したような顔をする。

「何の為に。私は罪人扱いか」

「そうではない。いろいろとお聞きしたい事が山ほどある。例えば、妹君の所在などお聞かせ願えるだろうか。陛下も知りたがっておられる」

 意外に落ち着いているヴィンチェンツォを、不思議そうにランベルトが眺めている。

 値踏みするようなランベルトと目が合い、ヴィンチェンツォは不機嫌さを隠さなかった。

「芝居が下手すぎて、こちらが恥ずかしくなる。心配せずとも、一応わきまえているつもりだ」

 





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