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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第二部
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40の話~潜入~

 用意周到に変装をした者もいれば、ほぼ素顔といった者もいた。カードに興じている貴族達は、邪魔な仮面を放り出して真剣な顔つきをしている。彼らに混ざり、ビアンカもカード遊びに加わる。ヴィンチェンツォの指導のおかげか、素人丸出しのゲームにはならずに済んでいた。時折、真っ先に上がることもあり、「しばらくお会いせぬ間に、ずいぶんとお強くなられたようだ」と感心されていた。


 隣に座っていた某伯爵夫人らしき女性が、ビアンカから離れた所でひっそりと佇む、異国の衣装に身を包んだヴィンチェンツォをちらりと振り返り、ビアンカにそっと囁く。

「素敵な方をお連れね。あまりお見かけしないけど。どちらで見つけたのかしら」

「新しい従者ですわ」

 ビアンカの濃い目に塗られた紅が、妖しく光る。ヴィンチェンツォは、いつもと違うビアンカの姿に、少々の戸惑いを覚えながらも、冷静さは忘れなかった。

 いつのまにか、ロメオはどこかへ行ってしまったらしく、この部屋では姿を見かけない。客間はいくつもあり、他の部屋に偵察に行っているようだった。


 カード以外の世間話を期待して、ヴィンチェンツォは客の様子をうかがっていたが、目ぼしい話を盗み聞きできずにいた。そろそろ、移動した方がいいかもしれない、と周りに気付かれぬよう、少し帽子の先に手を触れ、ビアンカに合図を送る。

 ビアンカは「少しくたびれたわ」と言いながら立ち上がる。「あら、久しぶりで待ちきれなかったのかしら。私も後から混ぜていただくから、お先にどうぞ。今日は『古代の小部屋』だそうよ」

 では後でね、とビアンカはけだるそうに扇で口元を隠した。その後を、ヴィンチェンツォが静かに付いて来た。

「『古代の小部屋』で何があるんでしょう。先程伯爵夫人が、後でそちらで会おうとおっしゃっていました」



 少し考えてから、ヴィンチェンツォはこちらだ、と奥の部屋を指した。ヴィンチェンツォは、今日の主催者であるコルレアーニ男爵邸の見取り図を、アルマンドから事前にもらっていた。

 ヴィンチェンツォに協力するのと引き換えに釈放されたアルマンドは「これからは、心を込めてヴィンチェンツォ様にお仕えするわ」ときらきらした目で語るのであった。

 今日の宴でも、いくつか商談があるのよ、と言っていたので、後ほど顔を合わせることになっていた。

「それにしても、ついこの間まで貧乏貴族だった者が、ずいぶんと偉くなったものだな。どこからこんな金が入り込んできたのか、なかなかの羽振りのよさではないか」

 そうなのですか、とビアンカが呟く。時折、仮面で顔を隠した人々とすれ違う。

 扉の外に、使用人らしき者が立っている部屋があった。おそらくここだ、とヴィンチェンツォはささやいた。


 無言で使用人が扉を開け、二人を招きいれた。古代、と言われるだけあって、部屋は古い遺跡から掘り出したような彫像が何体も威圧的に佇んでいる。部屋の中は、薄暗かった。時折、明かりに照らされ、古代の戦士の白い顔が、明かりの影でゆらめいている。

 中に足を踏み入れた途端、ヴィンチェンツォは仮面の下で眉をひそめた。ビアンカも、ヴィンチェンツォの様子に気付き、思わず足を止め、ゆっくりと中を見回した。

 人々は、ビアンカ達に気を留める様子もなく、それぞれにぼんやりとしていた。ここだけ、妙に退廃的な雰囲気に支配されている。所々に置かれた、香炉のようなものから、薄煙が妖しく漂っているのが見えた。強めの甘い香りが漂い、一瞬、ビアンカは異空間に放り出されたような気がした。


「奥様も、いかがでしょうか。今日はお客様が多いので、早い者勝ちですよ」

 一人の商人風の男がビアンカに声をかけた。

「いえ、連れの者を探しているのですが、こちらにはいないようですわね。また出直しますわ」

 艶然と微笑み、ビアンカはゆっくりと向きを変え、部屋を出ることにした。ヴィンチェンツォが、無言でビアンカの後に続き、二人はその部屋を離れた。

 人々のざわめきが聞こえてくる、大広間に向かいながら、ヴィンチェンツォはそっとビアンカの耳元でささやく。

「あれが何かわかったのか」

「ええ…」


 多くは語らず、ビアンカは足をゆっくりと進める。両親と旅をしていた頃、時折裏街などで、あの部屋に居た人々と、同じように退廃的な顔をした人間を何度か見た事がある。彼らも、甘い匂いを漂わせて路地に座り込んでいた。

 けしの一種ですね、とビアンカは答えた。母は、搾った果実を他の薬草と混ぜて使うことが多かったが、あれは使い方によって、人の精神を破壊するものだ、とビアンカに言っていた。


「あれが今日確認したかった、禁制品だ。俺に隠れて密輸など、喧嘩を売られたも同然だ」

 真っ黒だな、とヴィンチェンツォは呟く。ここでいっそ全員捕縛すればすっきりするが、まだ行動段階ではなく、多少歯がゆさは感じていた。

「確認する間もなく、すぐに部屋を出てしまいましたが」

 ビアンカは、申し訳なさそうな顔をしている。

「いや、あの場にいた者の顔を、確認できただけでも収穫だ。あんな所に長居してはよくない」



 大広間では、仮面の男女が踊っている。誰かに誘われたら、とりあえず踊っておけ、とヴィンチェンツォに言われていた。使用人に飲み物を勧められ、手に取るビアンカ達に、艶やかな美しい女性が歩み寄ってきた。その女性に、男達からの熱い視線が、時折投げかけられるのをビアンカは黙って見ていた。

「これから、新作のお披露目するんだってさ。コーラーの画商が出てくるよ」

 最初は、女性のふりをするなど屈辱的だ、と言っていたロメオであったが、今では何の違和感もなく成りきっているようで、ドレスの裾さばきも板についている。


「お前、あまりうろうろすると目を付けられるぞ」

「仕方ないじゃないか。ロッカがほとんど動けないんだから、代わりに僕がいろいろ探ってやってるんだろ。すごいね、思ったより客の数が多い」

 ロッカは、大勢の使用人に紛れているはずだったが、ロメオの話では馬屋の隣で雑用をしている、と言っていた。


「古代の小部屋には行ったか。あんなものをありがたがる、暇な奴等が群がっていた」

 うん、とロメオは頷いた。

「あれでどんだけ儲けてるんだか。僕が行った時は即売会やってた」

 ほう、とヴィンチェンツォが皮肉な笑みをもらす。

「そいつらの顔は確認しているか」

「大丈夫だよ。いかにも、な奴等ばっかりだった」

 ご苦労、とヴィンチェンツォは仮面の奥で、冷徹な笑みを浮かべる。


 ビアンカの姿を見つけ、この館の当主である、コルレアーニ男爵が近づいてきた。

「お久しぶりでございます。長い間お姿をお見かけしないので、私共も心配しておりました。今宵は楽しんでいただいておりますか」

「ええ、たまには私も、息抜きが必要ですもの。またお招きくださいな」

 ビアンカは仮面の顔を、更に扇で隠しながらささやいた。

「これから、兄上もいらっしゃるのでしたよね。いつも兄上様にもお目をかけていただいて、私も感謝してもし足りぬ程でございます。そろそろお着きではないでしょうか」

 ビアンカの耳元で、男爵が小声でささやく。

 画商が到着した、との知らせにコルレアーニ男爵は、いそいそと部屋を出て行った。


「ウルバーノも来るのか。願ってもない機会だ。適当に話を合わせて、うまく聞きだすんだ。奴が関わっている黒い取引が、山ほどあるからな」

 ヴィンチェンツォにとっては、今日一番の獲物であった。

「無理です。お会いする前に戻らねば」

 ビアンカの扇を持つ手が、こころなしか震えているように見えた。

「ウルバーノ様は、私がイザベラ様の代わりだと知っておいでです。どうして、ウルバーノ様が…」 


 今までの落ち着きは何処かへ消えてしまったかのように動揺するビアンカを、厳しい瞳でヴィンチェンツォは見下ろした。

「どういう事だ」

「ですから、ここに私が居ては、ウルバーノ様にとっては不自然に映るのではないでしょうか」

 「予定外というか、俺はそんな話は初耳だ。ウルバーノが知っているなど…」

 ヴィンチェンツォの瞳は、激しい炎をたたえていた。二人の緊迫した様子に驚きながらも、ロメオなりに話を分析する。

「とにかく、ここを離れるしかないだろ。見つかったら僕達も当然疑われる」

「当たり前だ、戻るぞ」

 おそらく、イザベラが来ていたことは、今晩中にもウルバーノに知らされるだろう。今日がリミットだ、とヴィンチェンツォは怒りを覚えながら馬屋へ向かった。



 三人の姿を見つけ、建物の影に重なるように隠れていたロッカが姿を現した。

「先程、マレット伯爵がいらっしゃいました。お会いしましたか」

「いや、見つからないように逃げてきた。予定変更だ。お前、騎士団に使いを飛ばせ。大至急だ。集合せよ、とな」

 はい、とロッカは頷いた。

「俺達は先に戻らねばならんが、お前はどうする」

「急にいなくなるのも不自然ですから、台所で適当に皿洗いなど」

 のんびりとした口調のロッカに、ヴィンチェンツォはいらいらするが、今はあまり説明している時間もなさそうだった。

「悪いが、お前の身を案じている暇もない。きりのよい所で、戻って来い」

 はい、ともう一度頷き、ロッカが暗闇に消えていった。



 馬車の中で、しばらくヴィンチェンツォは一言も口をきかなかった。ビアンカは怒りをあらわにしている宰相の姿に、黙ってうつむくしかなかった。馬車の中は、重々しい空気で満ち溢れている。扉を開けたら、黒い念が渦を巻いて外に飛び出ていきそうであった。

 膝の上で両手を握り締めるビアンカを見て、ヴィンチェンツォはようやく静かに口を開く。

「何故、黙っていた。ウルバーノが、イザベラの逃亡を知っていながら、そ知らぬ顔をしてあなたに身代わりをさせていたなどと、奴も確信犯ではないか」


「ですからその時に、里下がりしたいとお願いしたのは私です。ウルバーノ様はもうよい、と言ってくださいました。あの時は本当に、ウルバーノ様も親身になってくださって、私に伯爵領に来るといいとおっしゃいました」

 ビアンカの釈明に、ヴィンチェンツォは露骨に怒った顔を向ける。

「やたらとウルバーノの肩を持つ言い方をするな。では、嫌がるあなたを無理やり利用していたのは俺達だと」

 ビアンカは泣きたい気持ちをこらえ、反論の続きをする。

「そうは言っておりません。ですがウルバーノ様から、イザベラ様の代わりに何かしろとおっしゃられた事は一度もありません」


 もうやめようよ、とロメオが不機嫌に言う。

「ビアンカの話だと、ビアンカはそもそも、ウルバーノがいろいろ今回の件に関わってるなんて知らなかったんだろ。僕もさっき聞いたばかりだし、単に役人って言われてもわかんないよなあ」

 ビアンカは、今回の黒幕の一人がウルバーノだと聞かされ、それに衝撃を受けていた。ヴィンチェンツォが正義とはいえ、肉親には違いないウルバーノを陥れようと手を貸していた事も、心にしこりを残してしまった。

 ヴィンチェンツォは再び黙り込み、椅子に深くもたれかかった。


***



「本当に来た。古典的だが使える技だ」

 ステラが暗い空を見上げ、闇夜と同じ色をしたような小ぶりの鷹が、空から舞い降りてくるのを不思議そうに眺めている。

 騎士団の詰所の外で、ランベルトとステラがロッカからの連絡を待ち、定期的に笛を吹いていた。小さな笛を口にくわえたまま、ランベルトはにんまりと笑う。


「こいつは他の兄弟より、すごい頭いいんだぜ。出番があってよかったな、お前」

 ランベルトは、自分の腕に止まった鷹のくちばしを、よしよしと撫でてやる。ステラが、恐る恐る鷹に近づき、足に巻かれた紙切れを解く。

「集合せよ。…そうなったか。宰相閣下がお戻り次第、出撃だそうだ」

 ステラが急いで、詰所に戻っていった。

「了解。万事滞りなし」

 と用意してあった紙切れを足にくくりつけ、鷹を空へ放す。

「ちゃんとロッカのところに戻れよ」



 

 

 

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