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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第二部
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39の話~カプラの男2~

 ヴィンチェンツォの執務室に無理やり連れてこられ、ロメオはぶすけた顔をしている。

 自分の椅子に座り込むと、膝の上で両手を組み、ヴィンチェンツォは静かに言った。 

「イザベラとはどういった知り合いなんだ。付き合いがあるとは聞いていなかったが」

「カプラで知り合ったんだよ。王宮勤めだったなんて知らなかったな。カプラではあんまり見かけない、いい所のお姫様って感じはしてたけど」

 涼しい顔をしてロメオが言う。


 カプラで、との言葉にヴィンチェンツォは険しい顔をした。

「それはいつのことだ」

「二月以上前だけど。聖誕祭より、もっと前だったな。…何、まさか恋人とかじゃないよね」

 そんなわけないだろ、と嫌そうに首を横に振るヴィンチェンツォを見て、ロメオは安心したように、じゃあいいじゃないの、とにやりとした。


「カプラで知り合ったとおっしゃってますが、彼女は何故そんなところにいたのか、聞いておりませんか」

「恋人のところに行くって言ってたんだよな。でもまあ、僕の魅力には抗えなかったんだろうなあ。まあ、そういう関係?」

 のん気に一人頷き続けているロメオの姿に、ヴィンチェンツォは苛立ちを通り越し、肩から抜けるような疲労感に襲われた。


「俺は頭が痛くなってきた。この馬鹿にどこから説明すればいいんだ」

「そうですね、私も少々面食らっております。ですが、お話しないわけにもいかないのでは」

 面食らったようには見えないが、ロッカが静かに吐息をつく。

「なんだよ。何か問題あるの。言っとくけど、同意だからね。僕だけ一方的に変な責められ方してる気がするけど」


 ロメオは、一同の反応が妙に重苦しいのが気になった。

「だからなんであんたはそうやって見境なくがっつくんだよ。馬鹿じゃねえの」

 ランベルトにまで馬鹿、と言われ、ロメオは不機嫌そうにしている。意を決したようにヴィンチェンツォがロメオに近づき耳元で、悪魔のような声色を出した。

「お前が手を出した女は、陛下の三番目のお妃なんだが」

  

 嘘でしょ、とロメオは呟いた。あまりの衝撃に、目の前が急に暗くなったような気がする。全身から血の気が引いていく感覚に、ロメオは思わずふらつき、椅子の背に手をかけた。

「こんな不愉快極まりない嘘をついてどうするんだ。そもそも今動いてる案件は、イザベラが深く関わっているんだぞ」

 全くもって馬鹿だ、ともう一度ヴィンチェンツォはごみを投げ捨てるかのように、言い捨てた。


「ていうか、僕どうなるの」

「残念だが、打ち首だろうなぁ…陛下のお耳に入るのも遠からず」

 その声は、残念の響きはひとかけらも無い。

 打ち首、の言葉にロメオは真っ青になり、ぶるぶると身震いした。

「お前が黙ってくれれば済むことだろ!だいたい、今回だって僕の迅速な行動でダルトワ商会の逃亡を未然に防げたわけだし」


 ヴィンチェンツォは悲しげに、ゆっくりと首を横に振る。

「それとこれとは話が別だ。哀れなものだ…日頃の行いを清算する時が来たようだな」

「法に関しては、あなたの方がよくご存知のはず。姦通罪は鞭打ちが一般的ですが、相手が特殊ゆえ、それでは済まされないでしょうね」

「こえーなー。間男の末路って悲惨だな」

 ロッカとランベルトが、ヴィンチェンツォに続き、次々と容赦ない言葉を浴びせる。

 いつもの威勢のよさは消えうせ、ロメオはがっくりと椅子に座り込んでしまった。


「イザベラと話をさせてくれ。この件が表沙汰になったら、彼女も無事では済まないんだろう」

 うなだれたまま、ぼそぼそとロメオが口を開いた。

「無理だな。だいたい、今何処にいるのか俺達もわからん。もうカプラには居ないんだろう」

「だから、さっき会ったばかりじゃない」

 いっそう声をひそめ、ヴィンチェンツォは落ち着き払った声で言った。

「あれは別人だ。…極秘だからな。お妃が逃亡したなど、公にできることではない」

 少しずつ、状況を飲み込み始めたのか、ロメオの顔つきが真面目なものに変わっていく。


「で、ダルトワ商会の件はどうなった。おとなしく全部吐いたのか」

「そんないきなり話題を変えないでくれる。僕はどうなるんだよ」

 いまいましい表情をヴィンチェンツォに向け、ロメオが唸るように言う。

「お前の働き次第かもしれんな。禁制品の密輸もイザベラの逃亡も、ダルトワ家が関わりすぎるほどに裏で糸を引いている。アルマンドがぺらぺらと喋ってくれた」

 アルマンド・カンパネッラはダルトワ商会と結託し、さまざまな裏取引を行っていた。ヴィンチェンツォの気迫に怯え、思っていたよりも素直にアルマンドは自分の罪を認めた。


「なんか分かってきたかも。もともと、サビーネ・ダルトワはフォーレ子爵のところで奉公してたんだよ。それが何年かして、イザベラ様のお付きとして王都に上がったって話は聞いた。そうか…おんなじイザベラだったのか。今やっと気付いた」

 この程度で司法局員とは、我が国は末期的なまでに人材が枯渇しているようだ、とヴィンチェンツォは辛辣に評価した。


「うるさい。僕は、騎士団なんてあんな汗臭い男所帯は似合わないんだよ。脳みそまで筋肉みたいな奴等ばっかりじゃないか」

 わるかったな、とランベルトがぼそりと呟く。

「ですが、今とても重要な話をお教えいただいたのでは。サビーネ・ダルトワの件は、私も知りませんでした。となると、表向きは大使でありましたが、フォーレ子爵も密輸の件でも中核で関わっている可能性が高いですね」

 ロッカが、鋭い瞳をヴィンチェンツォに投げかけた。


「サビーネは、イザベラと行動を共にしているはずだ。今、どこにいるか聞き出したか」

「知らないって。もう娘とは関わりたくないとか逃げてたな」

 詰めが甘い、とヴィンチェンツォは吐き捨てる。サビーネの両親は、司法局に拘束されたままとなっている。さしあたって、もう一度詳しく尋問する必要がありそうだった。

 お前よりは多少役に立つ人物に、中心的に動いてもらう、とヴィンチェンツォは言った。



***



 下弦の月を眺めつつ、そろそろ明日に備えて寝た方がいい、と思っていたビアンカを、滅多にない夜の訪問者が訪れた。テーブルの上では、今日摘んだばかりの淡いピンク色のバラの花が一輪、飾られている。


 バラ園で会った、エドアルドとは違った、軽薄な華やかさを振りまきながら、薄い金の髪を持つ青年がヴィンチェンツォと共に入ってきた。ヴィンチェンツォは眉間に皺を寄せている。

 メイフェアは、こんな時間に迷惑、と言わんばかりの顔で二人を出迎えた。

「お休み前で、失礼する。これはロメオ・ミネルヴィーノだ、カプラの司法局員だ」

 ヴィンチェンツォの言葉を無視して、ロメオは穴の開くほどビアンカを眺めている。

「本当に、イザベラじゃないの。…化粧してないから、わからないな」

「だから違うと言ってるだろう。しつこいな」


 ふーん、と呟くと、しばらくしてから、明るい口調でロメオは言った。

「そうみたいだね。よく見ると、随分体系も違うような。こんな色気のない体じゃないもん」

 は?と眼を丸くしてメイフェアがロメオを凝視した。

「本人が気にするゆえ、俺もそこには触れてないのだが。これでも精一杯、イザベラの代わりを務めている」

 珍しく、ヴィンチェンツォがロメオに同意した。


 みるみる顔を真っ赤にして、ビアンカが毛織のガウンの前をかき合わせた。

 「なんですか、いきなり失礼な!宰相様、あなたもです。毎度の事とはいえ、本当に失礼です」

 メイフェアが軽蔑したように二人を睨んでいる。女の子がそんな顔しちゃ駄目じゃないか、とロメオが寒々しい空気の中、場違いな笑みを見せた。

 

 用がないなら、とっととお帰り下さい、と冷たくメイフェアが言う。ヴィンチェンツォはメイフェアのいつもの態度を鼻で笑うと、真面目な顔つきになる。

「明日の件だ。護衛として、こいつが侍女に扮して同行する。多少、腕に覚えのある者の方がより安心だからな」

 侍女、の言葉に、一瞬ロメオが暗い顔をするが、また元の華やかな笑顔に戻り、ビアンカの手を握った。

「そういうわけなので、改めてよろしく。大丈夫、何かあったら僕が付いてるし」

 違った意味で大丈夫じゃないわ、とメイフェアがロメオを品定めするように見ている。ぶんぶんと手を振り回されながら、ビアンカは上辺だけの笑みを浮かべ、困惑したようにヴィンチェンツォを見上げた。

 

「ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 おずおずと、ビアンカが口を開く。

「なんだ」

「何の為に、今回の夜会に出席するのでしょうか」

 ヴィンチェンツォは長椅子に身を投げ出し、首に巻いたスカーフを緩めた。

「イザベラが懇意にしている貴族や役人共が、コーラーと禁制品の取引をしている疑いがある。夜会と称しているが、公に出来ない集まりということは、何かあるはずだ。現場を見れる、いい機会だ」

 そこでようやく、ビアンカは夜会の重要さに気付いたようだった。憂いを帯びたような瞳を伏せて、何事か考えているようだった。

「あなたは、心配せずとも、カードで遊んでいればいい」

 

「…ですが、当然その、タラント卿のような関係のあった方々もサロンにいらっしゃるんですよね。…何度も拒絶していると、不審に思われるというか、その」

 言いにくいが言わねばならぬ、というビアンカの葛藤が手に取るようにわかる。ヴィンチェンツォは面白くて仕方が無かったが、真面目なふりをして、子どもを諭す親のような口調になった。


「男のあしらい方もろくに知らぬあなたには無理だろう。とにかく、ロメオと離れるな。いいな」

 肝心なところでイザベラになり切れない、とビアンカは少し落ち込む。大丈夫、とロメオが馴れ馴れしく、ビアンカの肩に手をかけた。

「僕がびったり張り付いて、危険な目に合わないようにするから」

 先程、あなたがそのような振る舞いをしていたのですけど、との言葉を飲み込み、ビアンカはわかりました、とだけ答えた。





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