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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第二部
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38の話~追憶~

 ランベルトは美味い、と言いながら料理長のおやつをほおばっている。今日は木の実をふんだんに使ったタルトであった。

「何か収穫はあったか」

 ヴィンチェンツォの鋭い問いに対して、ランベルトはいたってのんびりとしている。代わって、ロッカが重々しく答えた。

「知らないとおっしゃるばかりで、特に。ただ、北の庭園の話をすると、触らない方がよいと言われました」

 ロッカは言い終えてから、ビアンカにもらったお茶を一口飲んだ。

「だよなあ。だって俺絶対、幽霊見たって言ってるのに、誰も気にしないし。あそこはまずいですよ」

 口の中が自由になり数秒遅れて、ランベルトが追いすがるように口を開いた。

 

「私は、あのままの方が便利でよいのですが。薬草もたくさん生えてますし」

「ご入用なら、薬草園を使えばよい」

 ビアンカとヴィンチェンツォは、ランベルトの言葉を気に留めていないようであった。 

「最近、お邪魔させていただいたのですが、北の庭園にしかない薬草もたくさんあるんです」

 ビアンカは遠慮がちであったが、これは譲れないようであった。

「ビアンカは医者並みに詳しいよな。かえって、医者の薬より効くやついっぱい知ってるし。なんか、文化が違うっていうか、いろんな場所で暮らしてたせいかな」

 二つ目のタルトを口にしつつ、ランベルトが頷きながら言った。

「ほとんどは母の受け売りなんです。私などまだまだです」


「目下のところ、夜会の潜入が優先事項だな。あの女が山ほど証拠を残してくれたおかげで、あらかた参加者の目星は付いている。あとはどれだけ釣れるか楽しみだ」

 ヴィンチェンツォは、庭園の話から話題を変えた。残されたイザベラ宛の、取り巻き達からの手紙を大量に入手して、宰相は随分仕事がはかどったようである。

「少人数ですから、あくまでも偵察程度にしておいて下さい。まずは、どなたがサロンに出入りしているかの顔確認ですよ」

 ロッカが、難しい顔をしてヴィンチェンツォを見た。

「むろん、お前が全部覚えてくれるんだろう」

 ロッカの返答をまたず、にやりといつもの人の悪い笑みを浮かべ、ヴィンチェンツォはよく通る声で言う。

「では仕上げに、カードのおさらいといこうか。最終テストは私を負かすことだ、イザベラ様」



「これも、お仕事の一部なんですよね」

「負けてるからって文句言うな」

「そうではありません。明るいうちからカード遊びなど、実はお暇なんでしょ」

 恨みがましさ全開になり、メイフェアがヴィンチェンツォを横目で見た。

「これも非常に大事な仕事だ。イザベラ様に教え込むのに、どれだけ時間を費やしたことか」

 あ、俺もう駄目だ、とランベルトが真っ先に討ち死にする。数枚の持ち札の、異なる数を合わせて、点数を競うゲームである。その他にも数種類のゲームを仕込まれるが、ビアンカが賭博師の才能を持ち合わせていたのか、飲み込みが早かった。それでも、ヴィンチェンツォを負かした事は、まだ一度もない。


「俺に勝てないと、夕食にありつけないぞ」 

「なんで勝手にそんなこと決めるんですか!もう私は付き合っていられません」

 ぷりぷりと怒りながら、メイフェアが立ち上がる。メイフェアと入れ替わりに、エミーリオが浮かない顔をして入室してきた。

「エミーリオ、丁度よいところに来た。人が足りないから、お前も入れ」

 いえ、とエミーリオはためらいながらも言う。

「陛下がお呼びなんです。早く、とおっしゃってました」

 ヴィンチェンツォはそうか、と呟くと、手持ちのカードをテーブルに放り出す。ロッカも続いてカードをそっと置き、椅子から立ち上がった。そのカードを、ビアンカが目を丸くして見ていた。

「陛下に助けられたな。そろそろすごい手を披露してもらえるかと、期待していたが」

 言い返す言葉を探しているビアンカの姿に、思わず笑みをもらしてしまうヴィンチェンツォであった。 



***



「こちらが、イザベラ様宛の書簡から洗い出したリストです」

 ロッカが差し出した紙切れには、イザベラの取り巻きの貴族や役人達の名前が書き連ねてあった。

「とある方の夜会にお招きされているようで、出席なさることになりました。当然、お忍びですが」

「女性にそのような危険を犯させるなど、気が進まないが大丈夫なんだろうな」

 エドアルドの口調は穏やかであったが、その内に隠された真意を読み取るのは、彼らにとって難解ではない。

「数名、潜り込ませる予定です。私とロッカも行きます」

 ヴィンチェンツォが、生真面目に答えるが、エドアルドは納得しがたい顔を宰相に向けた。

「お前達じゃ顔が知られすぎて、無理なんじゃないのか。ビアンカ殿より、お前達の方が心配だ」

「表向きは仮面舞踏会となっているそうですから、なんとかなるかと」

 そうか、とエドアルドは言うと、ヴィンチェンツォに向き直った。

「それから、もうひとつ」

「目立たぬようにしているようだが、あまり頻繁にイザベラの部屋に出入りすると、よからぬ噂が立つ。行くなとは申さぬが、よく周りに気を配るように。お前が思うより、女共は噂好きで、ささいな事でも勘繰るからな」

 憮然とした様子でまばたきを繰り返している宰相を、面白そうに眺めている国王の姿があった。



***



「すごい綺麗。本当に、好きなもの持って帰っていいの?」

「ええ、どれでも好きなだけ、いいのよ」

 歓声をあげて、アンジェラがバラ園の花々に見入っている。お父様のご用事終わるまで暇なの、と待ちくたびれているアンジェラが、ステラに伴われてビアンカの部屋へやってきた。今日は来客が多いな、とビアンカは思うが、賑やかさもまた心地よかった。

 なら、おみやげにお花を選びに行きましょう、とバラ園へやって来た女性陣であった。

 バラ園は、開花が一段落したのか、色とりどりの大輪が冬の庭園を彩っていた。 

 比較的温暖なオルド・レンギア王国であるが、北部に位置する王都プレイシアは、南のオルド地方よりも寒く、時には雪が降ることもある。


「ねえねえ、どうしてビアンカは、ビアンカじゃないの」

 真紅の花びらの手触りを楽しんでいたアンジェラが、少し考えながらビアンカに問う。この子は、年のわりには妙に悟っているのか、聞いていい事と悪い事の境目がわかるようだ、とビアンカは思った。

「そうね、イザベラ様の代わりにお留守番してるのよ、でも、内緒ね。お父様も、ステラ様も知っているけど、それは秘密なの。だから、ほとんどの人がイザベラ様って言うのよ」

 ふうん、とアンジェラは呟き、今度はいまだ固く閉じた蕾をそっと撫でた。

「似てるよね。全然違うけど。私、イザベラ様嫌い。意地悪なんだよ。でもビアンカは違うね。じゃあ、秘密ね。いいよ、私も秘密あるし。聞きたい?」

 子どもの言う「秘密」は、話したくてうずうずしているのが相場だ、とビアンカは孤児院の子ども達を思い出していた。


「秘密の交換こね。何かしら」

 ビアンカは声をひそめ、アンジェラと同じ高さにしゃがみこんだ。

「あのね、私のお母様は、私がいらなくなって、居なくなっちゃったんだよ。でもお父様がいるからいいんだ。お城に来れば、みんな遊んでくれるし。お父様がお仕事で居ない夜も、くまちゃんがいるから、寂しくないよ。お父様ほど大きくないけど」

 明るく秘密を打ち明けるアンジェラに意表を突かれ、ビアンカは何と返していいのかわからなかった。そう、と一言返すと、ビアンカは飄々としているアンジェラを静かに見つめた。


「私も、お母様に置いていかれたの。ひとりぼっちで寂しくて、どうして迎えに来てくれないのかしらってずっと思ってた。でも、お母様は絶対戻ってくるって信じてるの。きっとアンジェラのお母様だって…」

 なんて偽善的な言葉しか言えないのか、とビアンカは自分が恥ずかしかった。きっと、いろいろな人にそう言われて、今までアンジェラは過ごしてきたのだろう、と思う。

 黙りこんでしまったビアンカを気遣い、ステラがそっと声をかけた。

「アンジェラも、そろそろ選び終わったかな。私が取るから、どの花がよいのか教えてくれ」

 いろんな色がいい、とアンジェラは数種類の色を選び、ステラがはさみを入れていく。すみません、となぜか頭を下げるビアンカに苦笑し、ステラは次々と花を手折っていった。


「私は思います。私達が生まれた頃、この国にはいろんな出来事があって、両親が健在な者もそう多くはありません。私も父がオルド戦役で亡くなっております。ですが、今は平和な世の中ですし、生きているうちはどんな波風が立とうとも、夫婦は添い遂げるに限ると思うのです。この子のように悲しむ子が、少なければ少ないほどよい、とただ漠然と思っております。私には何も出来ませんが」

 滅多に見せない柔らかい笑顔を見せ、ステラがビアンカを振り返る。

 メイフェアが、急に目頭をハンカチーフで押さえた。すみません、私も両親を思い出してしまいました、と時たま鼻をすすり上げた。


 しんみりとした空気が漂うバラ園であったが、遠くで、バラに勝るとも劣らない風貌を持った若者が佇んでいるのが、ビアンカの目に入った。その男は、ビアンカをみて驚いた顔をしている。

「イザベラ…?どうしてこんなところに。運命なのかな」

 ぼんやりしているビアンカに駆け寄り、その男は力強くビアンカを抱きしめた。ビアンカは数秒硬直するが、そういえばこんな事が以前もあった、と思い出す。

 またか、とメイフェアは眉を吊上げながら、早速二人を引き離しにかかった。

「申し訳ありませんが、人違いです。あなたなんて見たこともありませんから、人違いですよ。イザベラ様じゃありませんから」


「お前、何をしている。この御方がどなたか知っての狼藉か。イザベラ様から離れろ」

 ステラが、美しい動作で剣を抜き、あっという間に、男の喉元に切っ先を突きつけた。男はそこでようやくステラに気付き、あからさまに狼狽している。

「やあ、ステラ、久しぶり。…いきなりこれは無いんじゃないの」

「うるさい。イザベラ様から離れろと言っている」

 先程の可愛らしい笑顔は消えうせ、いつもの副団長の顔つきに戻っていた。

「いや、だから久しぶりに挨拶してただけなんだけど、ていうか、意味がわからない。イザベラじゃないとか、そうだとか、何なの」

 男はとにもかくにも両手を挙げ、ビアンカから少しずつ距離を置いた。男から解放され、ビアンカは急いでメイフェアに寄り添った。一連の流れを眺めていたアンジェラが、ぽかんとした顔で一言言った。

「ロメオ兄ちゃん。何してるの」

 そこでステラは、アンジェラの存在を思い出し、男の胸ぐらを掴んで揺さぶる。

「多感な子どもの前で、お前は何をしているんだ。死ね。一度死んで聖オルドゥに詫びろ」

「ちょっとやめてよ。僕だって寝ないで飛ばして来たんだから、もう限界なんだよ。いやいや王都に来たってのに、これはないんじゃないの!」

 男は、半分白目を剥きながら、必死で叫んでいる。

 かつかつと神経質な音を立て、石畳の上を歩く人物がいた。


「こんな人目につく場所で、お前らは何をやっているんだ」

 一番会いたくない男が、眼の前にいる。

 ロメオ・ミネルヴィーノは、複数の天敵の一人であるヴィンチェンツォ・バーリの姿を見つけ、思わず鼻を膨らました。ステラがロメオから手を離し、ひざまずく。ロメオは憮然とした表情をしつつも、ちらちらとビアンカを振り返る。

「嬉しくない援軍だなー。まあいいや、とりあえず、お前から先に片付けるよ。イザベラ、また後で会える?」

「その件は、俺から説明させてもらうが、まずは宰相府に来てもらおうか。…何故真っ直ぐに来ない」

「ワンクッションっていうの?ちょっと一休みしてからじゃないと、だいたいお前の顔なんか見たくないし」

 つらつらと、憎らしげな発言をするロメオに慣れているのか、ヴィンチェンツォは大して聞いていないようだった。

 ともかく、来い、とヴィンチェンツォに強引に袖を引かれ、ロメオはビアンカを振り返りつつ消えていった。





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