36の話~カプラの男~
交易商のアルマンド・カンパネッラは、イザベラに呼び出され、王宮を訪れていた。いつものイザベラの部屋ではなく宰相府の一室に通され、アルマンドは一瞬、警戒したようであったが、すぐさま元の営業用の笑顔に戻った。ヴィンチェンツォの姿を見つけたアルマンドの目が泳ぐのを、若き宰相は見逃さなかった。
「相変わらずいい男達が勢ぞろいね。それにしても随分珍しい取り合わせじゃないの。あなた達も、何かご所望かしら」
首の周りの、幾重にも重ねられたレースの襟を指先でいじりながら、アルマンドはしなを作っている。メイフェアは思わず、引きつったような笑みを見せた。何度会ってもこの男だけは慣れない、とランベルトは恐る恐る遠くからアルマンドを眺めている。
「いえ、頼んでおいた靴を数点お願い致します。最近、イザベラ様がお痩せになられたせいか、少々靴が合わなくなってしまったようなので」
メイフェアが気を取り直して、その場を仕切る。
「それならドレスもお持ちしましたのに。新作が入ってきたばかりなのよ」
「いえ、前回たくさん注文したばかりですから、今日は結構です」
メイフェアの取り付くしまもない答えに、アルマンドは残念だわ、とがっかりしていた。
身に染み付いた貧乏性だな、とのヴィンチェンツォの声は、しっかりメイフェアの耳に届いている。
ランベルトはいつものように、怒り放出寸前になっているメイフェアをまあまあ、となだめすかした。
ビアンカは、いくつかの履きやすそうな靴を足に合わせてみた。あっという間に買い物は終了である。
「もう終わりですか」
ヴィンチェンツォは予想以上に欲のないビアンカを、半ば呆れ顔で眺めていた。
「ええ、何か」
「もっと、見栄えのするものも必要なのではないのか。宴でも、イザベラ様はいろんな意味で常に注目を浴びている事を忘れるな」
ヴィンチェンツォが、ごく自然にビアンカに肩を寄せてささやいた。ビアンカはにっこり微笑んだまま、周りに見えないように、じりじりと体を遠くにずらしている。
二人の攻防戦は、もはや恒例行事のようであった。
「近頃、あまり王宮に姿を見せないが」
椅子に深く腰掛けたまま、ヴィンチェンツォは何気なく問いかける。
「あなた、普段あたしに会えば逃げ出すくせに、会えなくなるとやっぱり寂しくなるのかしら?」
商品を片付けながら、アルマンドは軽口を叩いた。
「輸入専門のカンパネッラが、聖誕祭前にカプラに荷物を送りつけているが、あれはなんだ」
「返品よ」
ほう、とヴィンチェンツォは優雅に足を組み、アルマンドを直視した。
「二級品以下は、いつも城下の小売に卸しているだろう。何故そんな手間を」
返答に詰まるアルマンドに、ヴィンチェンツォは容赦なくたたみかける。
「輸送した中身は何だ。送り先はダルトワ商会だな。イザベラ様の侍女の実家だ」
「あたしはただ、頼まれただけで、何も知らないわよ」
「何も知らないとはどういう意味でしょうね」
ロッカの抑揚のない声はいつもどおりであったが、安易に無視できない響きがあった。
「い、意味なんてないわよ。ロッカ様まで酷いわ、あたしを疑ってるのね?」
「ですから、そもそも疑うとは何のことでしょう」
回りくどいロッカを遮り、ヴィンチェンツォは時間の無駄、とばかりに次々と切り込んでいった。
「臭い芝居はやめろ。無理やり体に聞いてもいいんだぞ。鞭打ちでも水責めでも、好きなのを選べ」
ヴィンチェンツォの目は笑っていなかった。
アルマンドはとっさに自分の体を両手で抱きしめ、怯えた顔でヴィンチェンツォを見た。
「あたし勘違いされるけど、そっちの趣味はないのよ!気色悪い事言うのやめてちょうだい」
「ふざけて言っているつもりはありません。早く教えてくださらないと、ヴィンスが本気出しますよ」
ロッカの静かな声は、死刑宣告の一歩手前のように聞こえた。
「か弱い乙女に酷いじゃないの!変態!」
アルマンドは、半狂乱になり、ランベルトにすがりつく。濃いひげを頬に擦り付けられ、ランベルトも、ひい、と思わず情けない声を上げる。
「本物の乙女に失礼だし、なにより変態はお前だ」
なよなよしているわりには、意外と力のあるアルマンドを、どうにかして無理やり引っぺがすと、ランベルトが肩で息をしている。
「サビーネ様に頼まれたのよ。それしか知らないわ。本当よ」
言葉を選びながら、アルマンドはゆっくりと答えた。
「サビーネは何処にいる」
「だから、知らないって言ってるじゃない!」
「やはり手始めに鞭打ちからいくか」
ヴィンチェンツォは部屋の用意を、と冷たく言い捨てた。
ビアンカは、これ以上無いほどの軽蔑した顔で、ヴィンチェンツォを眺めていた。できることなら、この国の暗部には触れるべきではない、とビアンカは一つ賢くなったような気がした。
アルマンドは、金切り声を上げつつ、怯えきった目でヴィンチェンツォに懇願した。
「わかったわ、知っている事は全部話すから、それだけは勘弁して!」
「とっくに、サビーネ様が、王宮にいらっしゃらないことをご存知なのでしょう。そのご主人の、イザベラ様も。イザベラ様がいらっしゃらない王宮に、御用はありませんよね」
ロッカの核心をついた言葉に、アルマンドは凍り付いた。
「どこにいるかは、本当に知らない。知りたいなら、サビーネ様のご両親に聞いたらいいじゃない」
「そうさせてもらう。それまでは、しばらく地下牢にご滞在していただくことにしようか」
ヴィンチェンツォは外で待機していた司法官吏を呼び寄せ、アルマンドはたちまち数人の男達に包囲された。
「ちょっと、冗談じゃないわよ。全部話したじゃない!」
ヴィンチェンツォの瞳は、アルマンドが今までに見たことのない、残虐で活気溢れる美しさをたたえていた。
「それだけではない。お前にはさまざまな違法行為の疑惑がかかっている。後でじっくり話は聞かせてもらう」
ひい、とアルマンドは断末魔の悲鳴を上げた。
気色悪いな、とランベルトはメイフェアに同意を求めた。
***
国境の町カプラは、今日も行き交う旅人達で賑わっていた。カプラ駐在の司法局員、ロメオ・ミネルヴィーノは昼食を取る為に、司法局の建物から出てきたばかりであった。
今日はいつになく風が強いな、と長めのゆるい癖毛をなでつけ、ロメオはお気に入りの食堂へ向かう。
カプラは、山岳地帯といってもよかったが、主に乾燥した岩山に囲まれていた。それでも、冬になると雪は降る。初雪はまだであったが、そろそろくるな、とロメオは豪奢な毛皮の外套を胸の前でかき合せた。
時折、顔見知りの娼婦達が意味ありげな視線を投げかけてくる。ロメオは適当に微笑み返すのを何度か繰り返した。
砂埃を巻き上げ、こちらに段々と近づいてくる馬の姿が目に入った。どうかあれが自分に関係ない馬でありますように、とロメオは知らんぷりして、すたすたと歩いていった。
「ロメオ様!お待ち下さい」
馬から降りるのももどかしく、一人の男が息を切らしながらロメオを呼び止めた。
「今は勤務時間外なんだけど。食事が終わるまで待ってくれる」
足を止めず、先程の娼婦達に振りまいた笑顔とは正反対の、憮然とした表情でロメオは答えた。
「ヴィンチェンツォ様からの伝言でございます」
ふうん、とつまらなそうにロメオが呟いた。
「あいつが僕にお願いだって?珍しい事もあるもんだな。帰ったら、別途手当てだって伝えておいてよ」
「了承いたしました。必ずお伝えします。ですがあまりお時間がないとのことで、至急の伝言でございますれば」
ロメオは男に聞こえるように、二度も舌打ちした。うるさい警備隊長のステラ・クレメンティがいなくなってせいせいしていたのに、今度はあの生意気な公爵家の息子が介入してくるのか。
せいぜい、高く自分を売りつけて、嫌がらせするしかなさそうだ、とロメオは思った。




