33の話~幕引きは王の手で~
ロッカとランベルトが、ヴィンチェンツォが立ち上がるのを手伝う。明らかにふらついて危なっかしいが、一人で歩ける、とヴィンチェンツォは二人を制した。
「具合が悪いなら大人しくしていればいいものを、こんな騒ぎを起こしてしまって…もしエミーリオが試験に落ちるようなことがあったら、あなたのせいですよ。今も動揺してるに違いありません」
耐えかねたように、珍しく、ロッカが恨みがましい言葉を吐く。
「お前、飛び級なんて反対してたくせに、今更何を言う。どう考えても俺じゃなくてランベルトのせいだろう。…駄目だったら裏金でも掴ませて合格にすればいいじゃないか。病人を労わる言葉も無く、罵るとは酷い奴だ」
「今日ほど、ヴィンス様が腹黒いと思ったことはない」
ぼそりとランベルトが言った。
メイフェアは呆れ顔で彼らのやりとりを見ていた。
「今ならとどめを刺せそうだけど。いいの?」
ヴィンチェンツォに聞こえるような声で、メイフェアはビアンカに向かって物騒な事を言う。ビアンカも、先程とは打って変わり、すっきりしたような口調で言った。
「今日はいいわ。次はないけど」
自分が弱っているのをいいことに、こちらの二人も言いたい放題である。思いがけない集中砲火を浴び、ああ、どうせ俺が悪者だ、とヴィンチェンツォは自虐的になった。
ではまたな、とビアンカに向かってヴィンチェンツォはそっけなく言う。ビアンカは、無言で頭を下げ、彼らを見送った。
***
それから数日、ヴィンチェンツォの熱は下がらなかった、世話を焼きすぎる姉や両親のせいで、治るものも治らない、と朦朧とする意識の中でヴィンチェンツォは思った。
この大事な時に、ヴィンスの世話をさせるなどとんでもない、とロッカはエミーリオを自宅に滞在させた。
早く出仕して、処理せねばならないことが山積みなのだが、エドアルドが「他の者に移ると困るので、治るまで王宮には出入り禁止」と言い渡し、代わりに自分が宰相府に通っているようであった。
それにしても、ヴィンチェンツォの執務室は、実に面白かった。あちこちの引き出しを開けたりして、何か日記や恋文など私的な物はないかと、エドアルドは家捜しを楽しんでいた。
エドアルドが、執務室を陣取っていると聞き、半ば予想していただけに、ヴィンチェンツォは今更驚きはしなかったが、何か嫌な予感がしていた。
久しぶりに出仕したヴィンチェンツォに会うなり、ヴィンチェンツォが書き散らしたメモをひらひらさせると、開口一番、エドアルドは言った。
「秘密主義は大概に、と言ったはずだが。私の知らないところで、随分みな楽しそうではないか。ところどころに出てくる、白い花とは何のことか」
ごみ箱の中まで漁ったのだろうか、とヴィンチェンツォはぼんやり思った。すぐに燃やして捨てておけばよかった、と後悔する。普段であれば、証拠を残すような事をしないはずなのだが、あの日の自分は注意力がなさすぎたし、限界値を超えていた。
ロッカはヴィンチェンツォと目を合わせず、何か忙しそうにしている。自分の不在時に、何かフォローしてくれればよいものを、敢えて放置していたに違いない。逃げられそうにないな、とヴィンチェンツォは苦々しく思った。
「楽しい話なら、私も混ぜてくれないか。それでなければ、お前は首だ」
「首でも結構ですが、今はまだ駄目です。その件が解決しないことには、王宮を去ることは出来ないのです。…ですが、陛下」
まだ本調子ではないのか、ヴィンチェンツォの言葉も歯切れが悪かった。
「ならば、俺を使えばいいだろう。利用できるものは、なんでも利用するのだろうから、お前は」
はあ、と気乗りしない様子で、ヴィンチェンツォが返答する。単純に、自分も仲間に入りたいだけなんだろうな、この方も暇そうだし、とヴィンチェンツォは思った。
それにしてもこんな形で、ビアンカの事を報告するのは、予定にはなかった。
今後の方針も変わらざるを得ないが、それも仕方の無いことかもしれない、とヴィンチェンツォは、にやにやしているエドアルドの顔を見て、諦めにも似た気持ちになった。
とりあえずお茶を淹れましょう、話は長くなりますから、とロッカが立ち上がり、急いで執務室を出て行った。
~第一部終了~
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