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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第一部 修正版
33/136

30の話~逃亡者~

「うるさいわね、イザベラ様をどうする気よ。何かあったらあんた達、絶対に許さないんだから」

 メイフェアの怒鳴り声が聞こえる。ランベルトは騎士達の稽古をつけていたが、それもひと段落し、メイフェアの顔を見に行くところであった。

「お静かに願います」「ですから、ほら、剣もこうしてお預かりしておりますし、無体な事はなさらないかと」

 苦虫を噛み潰したような顔で、ヴィンチェンツォの部下が、憤りを隠せずにいるメイフェアをなだめているのが見えた。


「…何があったのだ」

 ランベルトの姿を見つけると、部下の一人が言った。

「ランベルト様をお呼びするようにと宰相閣下から承っております。ご同行願いたい」

 引きずられるように、メイフェアが部下達に連れられて行くのを、ランベルトは呆然として眺めていた。

 書記官の一人が、ランベルトを促した。

「この人は関係ないだろう。離してくれ」

 ランベルトは、その強引なさまに驚いて、とっさにメイフェアの腕を掴む。

「閣下からこの者も呼び出されておりますゆえ、それは無理かと」

 ランベルトは、大きな目をいっそう見開いた。ひとつの答えが、彼の頭をよぎった。深く考える頭も、暇もランベルトは持ち合わせていなかった。


 ランベルトは無言で、メイフェアの腕を掴む書記官の横顔に一発お見舞いした。信じられない、と驚く彼等を残し、メイフェアの手を引いて全速力で走り出す。

「ちょっとどうすんのよ!何がどうなってるの」

「ばれたんだ。…メイフェア、逃げろ」

「逃げるって、何処へ!宰相様が、ビアンカと二人きりで部屋にいるのよ。一人でなんて逃げられないわ」

「…ああぁ、俺、どうしたらいいんだ!」

 ランベルトは浅はかな自分を、久しぶりに呪った。

「だから戻ってごめんなさいって謝るとか、逃げるなんて犯罪者みたいじゃないのよ!」

 メイフェアはそう叫びながらも、逃げる足を止めようとしない。


「逃げたぞ!追え!」

 たかだか、文官でさしたる体力もない者など、ランベルトには敵ではなかった。

 逃げようと思えばどうにかなる。けれども、ビアンカを助け出して三人で逃げ出すのは、どう考えても無理な話だ。ひとまず、どこか隠れる場所を探すか、とランベルトはもう一度、メイフェアの手を強く握り締めた。



***



 馬屋では、いまかいまかとロッカの帰りを待つ、エミーリオの姿があった。よろめきながら、馬を進めてくるロッカを見つけ、エミーリオは駆け寄った。よろよろと、ロッカが馬から降りるが、顔面蒼白であった。

「わざわざ出迎えてくれたのか。すまない、今ちょっと、まだ船に揺られているような気分で、もう自分は限界なのだ。ヴィンスには、午後に時間を空けてもらってゆっくりと…」

 エミーリオは、ロッカの顔を見るなり泣き出した。

「それどころじゃないんです!大変な事になりました。何故かランベルト様が、恋人の女官の方と逃げたとかなんとか…見つけ次第連行しろと騎士団に要請がありまして。いったい、何が起こっているんでしょう。ランベルト様はどうなってしまうんです」

 言葉に詰まりながらも、なんとか言い終わると、エミーリオはしゃくりあげながら人目も憚らず、いっそう盛大に泣き声を上げた。

 馬の背に頭を乗せ、激しく息をしていたロッカが、ゆっくりと顔を上げた。


 こちらには来ていないぞと言い合う、見知った顔の騎士達が数名、馬屋の方へやってきた。ステラが、険しい顔をしている。

「ランベルトを探している。まだ王宮の外には出ていないはずだ。…あいつ、何を血迷ったのか、宰相府の書記官を殴って、逃亡したそうだ」

 ステラの苛立ちは、もはや頂点に達していた。仕事もせずに恋人と遊びほうけ、あげくの果てには暴行騒ぎとは、絶対にただでは済まさぬ、とステラは血走った目をぎらつかせて息巻いていた。

 

 ロッカは吐き気をこらえ、ステラの方を見やった。自分の帰りを待たずに、ヴィンチェンツォが行動を起こしたのだろうか。だから自分を待てとあれほど言ったにも関わらず…と、ロッカは倒れそうになったが、緊急事態である。最悪の結果は免れたい。どうにか二人を見つけ出し、事件を最小限に抑えたかった。

「私も探します。エミーリオは、執務室で待っていなさい」



***


 半時もせず、ランベルト達は、幽霊庭園の前で、バスカーレ達に挟み撃ちされた。果敢にも逃げようとするが、あっけなく捕まり、投げ飛ばされる。ふいの衝撃に、ランベルトの息が一瞬止まる。

 すかさず、バスカーレの部下達がランベルトを捕縛しようとぐるりと囲むが、バスカーレが無言で、彼らを片手で制した。


「ランベルト、どうしてこんなことになった。…駆け落ちはよくない。よくないぞ。残された者の気持ちを考えろ。ご両親が反対されているなら、俺も説得してやるから、考え直せ」

 ランベルトは背中を激しくうち、起き上がれずにいた。メイフェアが駆け寄り、ランベルトを助け起こす。

 どこで情報が間違ったのか、バスカーレの認識がだいぶ違うものになっている。

 バスカーレは涙目になり、目をかけていた部下の暴走に心を痛めていた。


「だから違うって!駆け落ちでもないし、ちょっと彼女が、ならず者にかどわかされそうになってると思って、慌てて助けただけだってば!」

 ランベルトは走りながら考えた、苦し紛れの言い訳をし、必死で訴える。

「いいえ、確信犯です。ランベルト様も、明らかに逃げようとなさってましたよね。私は宰相閣下の伝言をお伝えしましたよね」

 バスカーレの後ろで、顔を腫らした書記官が怯えたように顔を覗かせた。ええ、とうろたえてバスカーレが後ろの書記官に向き直る。

「だから違うって!殴ったのはすみませんでした。つい手が出ちゃっただけで、本当にすみませんでした!」

 ランベルトは観念したように、天を仰いで絶叫する。


 土の上に、放心状態で座り込むランベルトとメイフェアを見つけ、ロッカはバスカーレの方にゆっくりと歩み寄った。

「…ならば、俺と一緒に来てくれるか。メイフェア殿も。ヴィンスは、ご存知だぞ」

 ランベルトは黙り込んでいた。

「俺は数日、スロに行っていた。…意味はわかるな」

 気持ち悪い、とロッカはとうとうその場で、力尽きたようにしゃがみこんだ。

 大勢の騎士に包囲され、今度こそ逃げ場もなく、ランベルトはうなだれた。



 



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