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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第一部 修正版
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27の話~聖誕祭~

 人々が、待ちに待った聖誕祭の日がやってきた。ビアンカも、式典に出席する為に、朝から念入りに浴室で身を清め、つい最近できあがったばかりの、真珠のドレスを身に着けた。

 今日は神聖な日である。派手な装いはいくらイザベラといえども、返ってひんしゅくを買うであろうし、これくらいの装いで丁度よかった、とビアンカは素朴に嬉しかった。

 

 王宮内の礼拝堂には、主だった重臣が勢ぞろいしており、ビアンカはその威厳ある人々に気圧されて、膝が震えそうになった。大丈夫、と心の中で呪文のように何度も繰り返し、妃達の列の末席に立つ。

 笑顔こそ見せなかったが、ビアンカは敬意を込めてフィオナやカタリナに挨拶をした。フィオナは軽く頷き、カタリナもそれに習って会釈を返した。

 礼拝堂は、人々の控えめな話し声でざわめいていたが、国王が現れると、みな一斉にこうべを垂れ、エドアルドが司祭のいる祭壇まで歩いてゆくのを見守った。

 ヴィンチェンツォは、祭壇のすぐ近くで、場内を観察している。今日までは長かった。宴を早めに切り上げ、自宅でゆっくり休みたかったが、それまではもう少し時間がかかりそうであった。

 向かい側に並んでいる妃達を眺め、一番端にたたずむイザベラに目を留めた。その彼女の視線は祭壇に向けられ、無表情であったが、何を思い、ここに列席しているのだろうか。 小さな白い花のかんざしが、時折虹色にきらめいた。

 ヴィンチェンツォは目線を祭壇に戻し、司祭の祈りを捧げる言葉に耳をかたむけた。


 退屈な司祭の説教が終わり、人々は宴の間で遅い昼食を取っていた。このまま、宴席は日が暮れるまで賑わうのが常である。

 楽団の演奏に耳を傾けつつ、ビアンカは少しだけ飲み物に口をつける。

 誰とも話をせず、黙々と食事をするのもいたたまれないが、どのようにすべきかビアンカは迷っていた。隣にはカタリナが座っていたが、下手に声をかけるのもためらわれた。

「イザベラ様の今日の装いは、いつもにも増して素敵ですね。そのお花も、珍しいです」

 と、カタリナが遠慮がちに声をかけてきて、ビアンカは驚いた。イザベラは好かれていない、とわかっていた分、カタリナに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「本当に、象牙とはまた違った趣きがありますね。神秘的ですわ」

 フィオナが会話に混ざってきた。高貴な方々に、安物のかんざしを褒められ、気を遣われて面食らってしまう。

「ええ、港町の方では、貝を使った工芸品がさかんに作られていて、私も大変気に入っておりますの。家の戸口なども、磨いた貝を埋め込んで装飾したり、それはとても美しいんですのよ」

 とビアンカは返答してから、これでよかったのだろうか、と自問した。


「まあ、おいでになったことがありますの。私は王都しか知らないので、そのような所に行かれるなんて羨ましいです」

 カタリナは、目を輝かせて微笑んだ。緊張した顔が、いくらかほぐれたように見える。

「数年前に、兄と一緒に旅をしたのです。今となっては、楽しい思い出ですわ」

 ビアンカは、初めてイザベラやウルバーノに、スロの修道院で出会った時の事を思い出しながら、慎重に答えたつもりだった。


「そうですね、遠出といっても、せいぜい郊外の離宮くらいしかありませんから、カタリナ様もいつか海を見に行けるとよいですね」

 フィオナが優しく相づちを打つ。

「海辺に離宮を造れと、遠まわしに妃達が申しているようだな」

 と、更にフィオナの奥にいたエドアルドが、いつの間にか会話に入っていた。

「そのように聞こえましたか」

 すましてフィオナがエドアルドに返した。

「ああ、そのように聞こえた」

 フィオナに微笑み返すエドアルドの顔は穏やかで、ビアンカはお似合いの二人だな、とうっとり眺めていた。


 それからは、若干緊張を残しつつもお妃達と会話を続け、ビアンカは楽しかった。あまりイザベラらしくない態度では不審がられるかもしれない、と思ったが、この人達を目の前にして、嫌味を連発するのも失礼である。それに、何をどう言えば嫌味たらしくなるかもわからなかったので、聖誕祭くらいは、感じのよいイザベラであってもよいだろう、とビアンカは思った。



***



 宴はいっそう賑やかになり、人々は酔った顔を赤らめて、笑いあっている。ビアンカは久しぶりにイザベラの取り巻きに囲まれ、そろそろ帰った方がよさそうな気がしていた。近くにいる侍従に声をかけ、メイフェアを呼ぶべきか迷っていた。

「よろしかったら、一曲いかがでしょうか」

 目の前で、自分を真っ直ぐに見ているヴィンチェンツォの姿に、ビアンカは胃が締め付けられるような気がした。固まっているビアンカの手を取り、ヴィンチェンツォが踊っている人々の群れへと移動した。

 踊りなど、子供の頃に父親に相手をしてもらって練習したきりのような気がする。ひやひやしながら、どうにかヴィンチェンツォに合わせ、必死でステップを踏む。

 

 人々は珍しい取り合わせに、何があったのかと不安げに見守っていたが、今日はそろそろ初雪が降るかもしれない、と思った。


 ヴィンチェンツォが何を考えているのかわからず、ビアンカはいたたまれない気持ちでいっぱいだった。また脅されたりするのだろうか、と不安になるが、固い表情を崩さずにいる。

「そんな恐い顔をされては、みなが不安に思いますよ。せめて普通にしていただけませんか」

 とヴィンチェンツォは耳元で囁いた。

 「あなたと関わると、ろくな事がないので警戒しているのです。当然でしょう」

 ビアンカの本音であった。ヴィンチェンツォはいつもの薄い笑みを浮かべた。

「今日はただ、ほんの少し謝罪を受け入れてもらえればと思ったまでです」

 意外な言葉に、ビアンカはぽかんとしていた。

「あのような事になってしまって、申し訳なく思っております。許していただけたらよいのですが」

 ビアンカの手を握る長い指に、少し力が入ったような気がした。


 しばらく間があり、やがてビアンカは感情を押し殺した声で言った。

「私は忘れる事にします。それでよいかしら」

 どうでもいいから、早くダンスを終わりにしたかった。さっさとこの話を終わらせて、解放してもらおう、とビアンカは「過ぎたことです」と続けて言い、足を止めた。

 ヴィンチェンツォも足を止め、正面からビアンカを見据えた。

 ゆっくりと離れていくビアンカの手のひらの傷を、ヴィンチェンツォは誰からも見えないように、指先でかすめるようになぞる。

 ビアンカは、息を飲んでヴィンチェンツォを思わず見上げた。


「今日もよくお似合いだ、あなたの為にあるような、白い花です」

 ヴィンチェンツォは獲物を狩る鷹のような目をしたまま笑みを浮かべ、ビアンカを見下ろした。





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