26の話~ダブル~
「何故、アンジェラに『イザベラ』と名乗らなかったのか。あの気位の高い方が、いくらお忍び中とはいえ、わざわざ侍女だと言う理由がわかりません。何より、アンジェラはイザベラ様に以前お会いした事がありますし、その時は『意地悪でだいっ嫌い』と言っていました。アンジェラは、今日出会った女性とは面識がなかったのではありませんか」
それに、と続ける。
「イザベラ様らしくない反応がこの所多いような気がするのも、私は違和感を感じていました」
あからさまに外出を避け、兄のウルバーノですら体調不良と言って遠ざけている。
「替え玉か」
ヴィンチェンツォの声は、意外と落ち着いていた。
はい、とロッカは頷いた。
「では今日の女は誰なのだ」
「衣装係の、ビアンカでしょう」
ロッカは、知らず知らずのうちに、唇をかみ締めた。
「…手に、傷跡が残っていたが」
「ですから、それもビアンカなのではありませんか」
そもそも、ビアンカとは誰なのだ。と、ヴィンチェンツォは思った。
「私は数える程ですが、衣装係の女性と顔を合わせております。おそらく、あなたが捻ったであろう手首を、痛そうにしていましたよ」
ヴィンチェンツォは無言だった。
「こういった事が、日常的に行われていたのではないかと思われます。…報告が遅くなって申し訳ありませんでした」
馬から降りると、深々と頭を下げ、ロッカはヴィンチェンツォの言葉を待っていた。
「阿呆だな」
と、ロッカを叱責するでもなく、自嘲的にヴィンチェンツォは言った。
「…ランベルトは知っているのではないでしょうか。色ぼけしたふりをして、実際は赤毛の女官に協力して、事実隠蔽の加担をしていた可能性さえあります。…彼は、私を避けていましたから」
長年の友人を、疑いたくはなかったが、ランベルトは嘘をつくのが下手だった。
何もかもが繋ぎ合わさり、ロッカが結論づけたのは「偽者のお妃」であった。
「聖誕祭が終わったら、ランベルトを呼べ。それまでは、きっちり監視しておけ」
ヴィンチェンツォは、馬に鞭を入れると、走り出した。
怒っていらっしゃる、とロッカは思った。
***
ヴィンチェンツォは、久しぶりに実家の公爵家へ戻った。
聖誕祭も、おそらく王宮に詰めたままであろうし、その前に一度、家族に顔を見せておくつもりだった。
姉のピアが実家に出戻ってきてから、居心地が一気に悪くなり、そのせいもあって仕事と称して家に帰らなくなってしまった。
姉が嫌いなわけではないが、年長者を気取って、あれこれと指図するのがうっとおしかった。
明日の朝食の席で、嫁はいつ貰うのか、とお決まりの質問をしてくるだろう。
気は重いが、年に一度の聖誕祭だ。大人にならねばならぬ、とヴィンチェンツォはため息をついて、寝台に寝転がる。
それにしても、本物のイザベラはどうしているのか。
ウルバーノも加担しているのであれば、これを機会に叩き潰すこともできたが、どうやらそうでもないらしい。これでは、せいぜい降格処分か、左遷して田舎に飛ばすくらいの事しかできそうになかった。
あの女は野の花の香りがした。いつものイザベラとは違う、清々しさを身に纏っていた。
今日だけではなかった、とロッカは言っていた。
そう思うと、自分が疲れ気味だったとはいえ、注意力が足りなさ過ぎた、と苦い思いが心の中に広がっていく。
ロッカの話では、赤毛の女官と共に、遠く離れた北東の港町にある、スロの修道院からわざわざ出仕してきた元見習い修道女、ということであった。
化粧でごまかしていたとしても、うまくイザベラに化けていた。
似ているという事は、イザベラの縁者なのだろうか。しかし、イザベラと同年代の女性が親族にいるという事実はない。
イザベラの父の弟、すなわち叔父に当たるデメトリ・マレットは、イザベラが生まれた頃に、独身のままオルド戦役で戦死しており、他に該当するような親類の女性も記録にない。
だが修道院に、イザベラの亡父オネストが、多額の寄付を行っていたという話は知っていた。オネストが認知していない、イザベラの異母姉妹ということもありうる。
スロまで誰かを行かせるべきかもしれない…
聖誕祭まで、あと二日であった。




