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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第一部 修正版
26/136

23の話~雑踏~

「ところで」

 と、メイフェアはお茶を入替えながら言った。

「バーリ様達はあれからどうなのかしら。何か聞いている?」

「特に何も。もう聖誕祭まで日が無いせいか、お忙しいみたいだし、俺も顔を合わせてないんだ。…当然、俺の行動も含めて、こちらの動きは把握されてると思うけど」

 メイフェアはふーんと呟くと立ったまま、ランベルトの差し入れの胡桃の砂糖菓子を口に入れた。


「むしろ、静かにしすぎて監視するのも、張り合いが無いと思われてるかもね。そうやって油断させておいて…」

 よく考えてみたら、イザベラではないので、何かするわけでもない。あちこちからお見舞いやカードやお茶会のお誘いが来ていたが、今の所は全て断っていた。

 程ほどに、お付き合いを重ねておかねばならないとは思うが、ビアンカは「無理」と怯えている。


 早くイザベラ様がお戻りになってくれれば、とメイフェアは思う。会いたくない相手だが、戻ってこないことには、ビアンカもメイフェアも、普通の生活に戻れないのだ。

 何か、気分転換でもしたい気分だ。

 と、メイフェアはふと思い立って言ってみた。


「気分転換に、城下に買い物に行くのはどうでしょう。いくら監視の目があるとはいえ、外出するなとは言われていないし。聖誕祭の出店を見に行きたいわ」

 どうやら、最後の言葉が本音らしかった。

 うーん、とランベルトはうなり、程なくして「じゃあ俺が付いて行くと言っておけば、ヴィンス様も怪しまないと思う」と明るく言った。


 二人のやりとりを、黙って見ていたビアンカだったが、乗り気ではないように見えた。

「行ってみましょうよ。きっと楽しいですよ」

 メイフェアは、すっかり行く気らしい。気を遣われている、とビアンカは思い、この所苦労を掛けっぱなしのメイフェアの為にも、気晴らしした方がいいのかもしれない、と考え直した。



 明くる日、昼を過ぎた頃、簡素な馬車を用意して貰って、三人は出発した。イザベラは、これ見よがしに豪華な馬車で外出していたが、今日は市井の人々に紛れ込むのだから、目立たぬ方がよかった。

 久しぶりに、自分らしい服装に戻れた、とビアンカは喜んでいた。何処から見ても、町の娘だった。もう少し、貴族っぽい服装でもよろしいかも、とメイフェアは提案したが、くすんだ苔色のドレスを纏い、ビアンカは満足そうだった。



***



 王都プレイシアは、一年で一番の賑わいを見せていた。人ごみに紛れて迷子にならないように、とメイフェアはビアンカに母親のように言い聞かせた。

 通りでは、温かい薬草入りの葡萄酒が振舞われていた。少し貰って、体を温める。

 数々の出店が立ち並び、あちらこちらから売り子が威勢のよい声をかけてくる。

 ビアンカは、特に何か欲しいというわけでもなかったのだが、珍しそうに一つ一つ、店先を覗いている。


「以前に比べて、異国の商人が増えたな。これもウルバーノ様のおかげかな。いい意味でね」

 ランベルトが、物珍しそうに辺りを見回しているビアンカに向かって言った。が、女性二人はすっかり買い物に夢中で、ランベルトの話を全く聞いていないようだった。

 ランベルトは笑顔を交わす二人の横顔を後ろから眺め、今日は護衛に徹した方がよさそうだ、と思った。


 ふと、遠くを眺めていたビアンカが、何かに気付いたような顔をした。二人から離れ、違う方向に歩いていく。慌てて、ランベルトとメイフェアが見失わないように追いかけた。

 ビアンカが見つけたのは、可愛らしい一人の幼い少女であった。

 どうやら迷子らしかった。仕立てのよい外套を羽織っていて、単なる町の子供のようではない。べそをかいて、きょろきょろと辺りを見回していた。


「どうなさったの」

 ビアンカが優しく微笑みかけた。

「お父様と、はぐれたの。ここで待ってたら、会えるかしら」

 今にも泣き出しそうな顔で、少女は答えた。 


 ようやく追いついたランベルトは、少女の顔を見ると途端に、まずいという顔をしたが、諦めたように少女に声をかけた。

「アンジェラ。迷子になったのか」

 少女は顔を上げ、ランベルトだ、と嬉しそうに言った。

「よかった、知ってる人に会えた。お父様を見なかった?今困っていたら、このお姉様が声をかけてくれて」

 かなり大柄なバスカーレは、人ごみに居ても一目で分かるものだが、その姿はまだ見ていない。心配せずともそのうち、大声でアンジェラの名を叫びながら現れるだろう、とランベルトは思った。


「俺達とそれまで一緒に買い物しよう。おなかは空いてない?」

 大丈夫、とアンジェラは頷いた。

 冬の日差しのような、柔らかな金色の髪をしていた。珍しい色だな、とビアンカは思い、そっとその頭を撫でた。

 目が合うと、アンジェラは照れたように笑い、ビアンカと手を繋いだ。その手も、子供らしくふくよかだった。

 メイフェアは、どこからか買ってきた焼き栗を、アンジェラやビアンカにおすそ分けしてくれた。

 建物の壁に寄りかかり、一同は行き交う人々を眺めて休憩する事にした。



「お姉様たちは、お城の人なの」

 器用な手つきで、アンジェラは栗を剥いていた。

「そうよ…お妃様の、侍女をしているわ」

 もぐもぐと、メイフェアは答えた。

「私も、女官になろうかな。騎士は駄目だって、最近お父様が言うし…前は騎士になってもいいって言ってたのに」

 ステラの事だな、とランベルトは思った。育て方次第で、女騎士であろうといろんな性格になるはずなのだが。

 大事な一人娘であるアンジェラを、バスカーレは溺愛している。女官だって、どうだかわからない。変な虫がついたら困る、と言いそうだった。


「今日は、ロッカは一緒じゃないの」

 アンジェラが、ランベルトに訊ねた。

「ごめんね、俺だけで。ロッカは最近忙しいからね」

 子ども相手に、露骨にむっとした顔でランベルトは答えた。

「いいよ、今度お城に遊びに行くし。…そうしたらお姉様達とも遊べるかな」

 ランベルトの大人気ない態度を気にする様子もなく、アンジェラは朗らかに言った。

 少しの間に、女性同士すっかり仲良しになったようである。

「是非来てね。おいしいお菓子をたくさん用意しておくから」

 ビアンカは優しく微笑んだ。


 遥か彼方から、唸る様な声がする。そらきた、とランベルトは思った。

「お父様じゃないかな。なんだか、熊みたいなのが遠くから近づいてくるよ」

 と、ランベルトはボソリと言った。

 人々が、うろたえて叫んでいる大男を見て、慌てて道を開けているのが目に入った。

 アンジェラは、「お父様!」とぴょんぴょん飛び跳ねて手を振った。

 ようやくアンジェラに気付き、バスカーレがこちらに向かってくる。

 本当に熊、とメイフェアは驚いている。ビアンカも、バスカーレを見るのは初めてだった。

「ビアンカ、ちょっと人に紛れていて」

 ランベルトが小声でささやいた。

 慌てて、ビアンカが露店の商品の前にしゃがみ込んで、品定めするふりをした。



「よかった、見つかって」

 バスカーレの息は荒い。荒々しい息のまま、アンジェラの隣にいるランベルトを、じろりと見た。

「何ですか、そのおっかない顔は。今日は、護衛ですよ」

 何食わぬ顔で、ランベルトはすまして言った。

 バスカーレは、ステラからランベルトに対する愚痴を事あるごとに聞かされていたので、公私混同だな、と一言嫌味のように言った。


 噂の赤毛の女官が隣にいる。護衛、という事はお妃もこの辺りにいるのだろう。

 珍しい、とバスカーレは思ったが、それ以上は深く考えず、手にしていた大きな熊のぬいぐるみをアンジェラに手渡した。くまちゃん、とアンジェラは喜んで、大きすぎる熊を抱きしめている。

「少し早いが、聖誕祭の贈り物だ。今日はお父様も悪かったな、ともかく無事でよかった。お嬢さんもありがとう」

 と、メイフェアに向かって礼を言う。

 騎士団長に頭を下げられ、とんでもありません、とメイフェアは慌てた。見た目はちょっと恐いが、優しい父親なのだろう、とメイフェアは思った。

 くまちゃんを抱えたアンジェラを、バスカーレは軽々と抱き上げた。

「それでは失礼致す。世話になった。ご主人にもよろしくお伝えしてくれ」

 またね、とバスカーレの肩のあたりで、アンジェラが手を振る。

 バスカーレはもう一度メイフェアに一礼し、アンジェラと共に人ごみに紛れていった。





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