21の話~憧れ~
「今日もお忙しい中、ありがとうございました。とても分かりやすかったです」
エミーリオは、にこやかに礼を言った。
「いや、私も気分転換になって、逆に仕事がはかどるようになってきた。こちらこそありがとう」
と、ステラは生真面目に返す。
二人は、王宮の図書室の一番大きな机を占領し、大量の本を前に今日も勉学に励んでいる。
冬も深まり、日が落ちるのも早くなった。
聖誕祭まであと少しであったが、エミーリオはお祭返上覚悟の冬である。
エミーリオは来年から、貴族や王族の子弟が通うアカデミアに入学する予定であったが、飛び級試験が年明けに実施されるので、それに備え、連日遅くまで勉強していた。
ロッカは、休憩時間を潰して試験勉強に没頭するエミーリオを見て、ステラに個人教師を頼んでみたらどうか、と提案した。ロッカと同級生であったステラは、アカデミアを首席で卒業したという。
ランベルトも二人の同級生であるが、彼の場合留年しているので、三人の中で一番年上はランベルトであり、飛び級しているロッカが、一番年下である。
ちなみに、エミーリオの初対面の印象では、三人の中では、ロッカが一番年上に見えた。
ステラは、親切すぎる程丁寧に教え、説明してくれる。そのせいで、騎士団の詰所にいる時間が短くなってしまっているのだが、騎士団の面々は、細かすぎる副団長が、毎日席を数時間外してくれて、正直ほっとしていた。
ステラの居ない間に、彼女に一方的に禁止されたカードで遊んだり、ダラダラしたりしているのである。
***
分厚い歴史の本を閉じると、エミーリオはほんの少しため息を漏らしてしまった。
「どうした、不安か。お前はよくやっていると思う。私は、飛び級など考えた事もなかったが、その点、お前は偉いな。そんなに早く大人になってどうするんだ」
ステラはからかうように、エミーリオの額にかかった前髪を撫で付けた。
「いえ…そうじゃなくて、というか、その逆というか…。本当は僕自身、そんな力もないのに、いいのかなって。どう考えても、ロッカ様みたくなれないって分かっているんですけど…気持ちは、追いつきたくて」
「お前はお前だ。ロッカは規格外なんだから、気にしても仕方あるまい。ついでに言うと、私も規格外らしいが」
自虐的に、ステラが鼻をふん、と鳴らした。
「ステラ様は、ご立派です!それに、僕の周りは素敵な人ばかりで、皆さんに会えて毎日楽しいし嬉しいし、幸せです」
ロッカはエミーリオの飛び級試験に、正直あまり賛同してはいなかったが、「試験が終わったら、自分の誕生日と合せてお祝いしよう」と言ってくれた。
単純に、あの人のようになりたかった。
子供の頃から、天才児と名をはせていたロッカの側に置いてもらえるようになって、益々その気持ちは強くなっていった。
そのロッカで、思い出した。
「そう言えばロッカ様が、古オルドの文献を読みたいと言ってらしたんです。祭事用の本があればとおっしゃっていました。お分かりになります?」
「…アカデミアでも、一応授業はあったが、正直意味不明だった。何故今更?お前の試験でだって出ないだろう」
ステラは、露骨に嫌そうな顔をしたが、思い当たる書架までエミーリオを連れて行き、目ぼしい物を一緒に探してくれた。
「お仕事で必要なんでしょうか」
「確かにオルド地方は、近年きな臭い噂が流れているがな。事前調査か」
エミーリオが生まれる数年前に、オルド教国は、現在のオルド・レンギア王国に併合された。
その過程では、妄信的な大主教を国家元首とした宗教国であったオルドと、激しい戦争があった。
今ではそのような歴史の傷跡も見受けられない程、沿岸に位置するオルド地方は、主要貿易港の町へと変貌している。
だが、回顧主義的な人々が、再びオルドで宗教的な意識を高めつつある、という噂はエミーリオも耳にしていた。
***
「で、将来はどうしたいんだ。文官か、武官か。騎士団も悪くないぞ。まあ、今だって宰相付きの肩書き持ちだからな、全部すっ飛ばして次期宰相候補でもいいかもしれないが」
ステラは、まんざらでもない顔をして言った。
「ご冗談を。…僕は、異国を旅したいんです。いろんな国を見て回って、もっと見聞を深めたい、そうしたらヴィンス様やロッカ様のお役に立てるでしょう。だから、諜報員なんてどうです?」
王宮騎士団の副長は、子供相手にも容赦なく、明け透けと言う。
「無理だな。お前は素直過ぎる。騙すより、騙されそうな顔をしているぞ」




