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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第一部 修正版
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19の話~花の命~

 エドアルドからイザベラ宛に、聖誕祭用の狩りの誘いがあった。と言っても、フィオナやカタリナも一緒の、ご機嫌取りのような催し物であるのは明白であった。マルタはすぐさま、「お断りなさればよろしいかと」と即決し、ビアンカは『まだ体調が優れぬ為、折角のお誘いではあるがご遠慮させていただく』と手紙にしたため、エドアルドに送り返した。

 

 本当は、エドアルドに会えると喜んでいたのだが、ビアンカは実際、本物のイザベラとして振舞う自信もなかった。またいつか、機会があれば会えるかもしれない…と前向きに考える事に決めた。


***



 狩りが予定されていた日は、朝から後宮は各々の主人の支度で慌しかった。イザベラを除いて。ビアンカは、念の為、一日夜着のまま過ごす事にしていた。

 イザベラの代わりになってから、ただでさえ食の細かったビアンカは一層やせ細り、確かに病気がちである、と周囲を納得させるに足る様相を呈していたのである。


 王宮の図書室から持ってこさせたオルド・レンギアの歴史の本が、サイドテーブルの上に数冊積んであった。今日はこれの続きを読んで勉強しよう、と朝食を終えてから、豪華な寝椅子に横たわり、ビアンカは本を紐解いた。


 ややあって、扉の外側に、妙なざわめきが聞こえるのを感じた。ビアンカは本を開いたまま、だんだんと近づいてくる不吉な足音に耳を傾けた。…自分に向かってきているのだろうか。

 

 ヴィンチェンツォ・バーリが、ロッカを連れ、挨拶もせずに部屋に入ってくるのが見えた。数秒遅れて、マルタやメイフェアが、彼らの後を追うように慌てて部屋へ入ってくる。


「お寛ぎの所、失礼致す」

 ヴィンチェンツォが不躾な言い方をして、寝椅子の近くまで歩み寄った。

 ビアンカは息を止め、ビンチェンツォを凝視した。もうばれたのだろうか。それにしては、ちょっと様子が違う気がしないでもないが…。

 ヴィンチェンツォは後ろを振り返ることなく、マルタやメイフェアに向けてであろうか、

「申し訳ないが、席を外していただけるだろうか」

と、あくまで優美ではあったが、有無を言わせぬ迫力で言った。


 二人が避難がましい目でヴィンチェンツォを睨んだが、ヴィンチェンツォは二人を無視するように話を始めた。


「このところ、イザベラ様がご病気のようだとお話を聞き、陛下も大層お心を痛めておられるようです」

 こんな冷たい言い方をされては、心を痛めているようには通じない、とビアンカは思った。所詮、ヴィンチェンツォとイザベラの関係だ。自分も、ヴィンチェンツォのいつもの物言いは好きではなかったが、改めて、この二人は仲が悪すぎるのだ、とビアンカは他人事のように分析していた。


「それほど、大した事はありませんのよ。ですけれど、急に寒くなったりしましたでしょう?風邪を引いてしまったようで、聖誕祭の前でございますから、大事を取ってお休みさせていただいてますの」

 若干混乱しながらも、どうにかイザベラのような口調でビアンカは返してみた。

 そんなビアンカを見ながら、ヴィンチェンツォはにやり、と嫌な笑い方をしたように見えた。

「…あなたの体調不良の理由を、口さがない者共が申しておりますのはご存知か」

「何がおっしゃりたいの」

 売り言葉に買い言葉、でビアンカが負けじと言い返した。

 そんな彼女の鼻先に、音も立てずに剣の切っ先が突きつけられ、しばらくビアンカは事態が飲み込めず、呆然としていた。


 マルタや、メイフェアが、声にならない声を上げた。

「お静かに」

 ロッカが、初めて口を開いた。その表情は、何も語らない。

 「あなたが、どうやら陛下以外の相手のお子を身ごもったのではないか、と噂されているのはとっくにご存知なのでは」

 ヴィンチェンツォは、ビアンカに剣を向けたまま、静かに言った。

「…そのような馬鹿げた話は、自分にも、身に覚えの無い事です。そんな根も葉もない噂を、よもや陛下やあなたまで信じていらっしゃるのかしら」

 ビアンカは、震える声を抑えて、きっぱりと言った。


「陛下には、あなたの処分を一任されております。と言えばさすがにおわかりかな」

 ビアンカはかすかに、ごくりと喉を鳴らし、ヴィンチェンツォを正面から見据えた。

 とんでもないことになった。ばれてはいないらしいが、話が違う方向に進んでいる。

 今日この後、自分の命は果たしてあるのだろうか…。


 

「私は、信じません。陛下がそのような事をおっしゃるなどと…。証拠も無しに、このような狼藉を働くなど、恥を知りなさい」

 ありったけの力を振り絞り、ビアンカは一喝した。

 ヴィンチェンツォは、微動だにせず、ビアンカをじっと見つめている。

 その睨みあいの時間は、その場に居た者にとっては、とても長く感じられた。


 静かに、自分の鼻先に向けられた先端を両手で捕らえると、ビアンカは目線をヴィンチェンツォから逸らさずに静かに言った。

「あなたのような者の手にかかる位ならば、自分で自分の後始末はつけます。…後はいくらでも、私の腹をさばいて存分に検分されるがよい」

 ビアンカの両手に、一層力が入る。指の間から、赤い血が滲んでくるのが目に入り、今度こそメイフェアは絶叫した。


「おやめ下さいまし!誰かお止めして下さい!!」

 目を真っ赤にして、メイフェアはビアンカに駆け寄った。それでも、ビアンカは手を離そうとしなかった。

「さあ、まずは腹からゆきますか。私はむしろ安堵しております。この鳥籠から自由になる手助けを、貴方がして下さるなんて。なんと皮肉な事か」






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