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漂う白花  作者: 渡部ひのり
第一部 修正版
15/136

12の話~流星~

 それから慌しく数週間が過ぎていき、その日は、ヴィンチェンツォの宰相任命の日であった。

 儀典の間に重臣達が集まり、式は滞りなく進行していた。

 その場に列席していた王宮騎士団長、バスカーレ・ブルーノは、憮然とした表情で、終始無言であった。時折、射殺すような目でヴィンチェンツォに意味ありげな視線を送る。人々は明らかに機嫌の悪いバスカーレに恐れおののき、目を合わせないようにしていた。

 ヴィンチェンツォは、何食わぬ顔で、バスカーレを無視し続けた。

 ヴィンチェンツォの顎には、真新しい湿布が張られている。ヴィンチェンツォの顔を見るなり、人々はぎょっとしたが、すぐさまこちらも見ないふりをする。


 バスカーレの隣には、若い女騎士の姿があった。黒絹のような美しい髪を高い位置で結んで垂れ流している。緊張の為か口を引き結び、にこりともしなかったが、その大層凛々しく、美しい姿は、出席者の視線を集めていた。

「ステラ・クレメンティ」

 名を呼ばれ、ステラは国王の前に進み出て、優雅に膝を折った。

「汝、ステラ・クレメンティを王宮騎士団副長に任命する」

「拝命致します」

 凛とした、張りのある声もまた美しかった。



***



 数日前、バスカーレは「副団長に、適任者を見つけました。クロトーネ閣下の推薦状もいただいております」との書簡を、ヴィンチェンツォから受け取った。国境のカプラの町の、交易管理局支部付きの警備隊長を推薦する、との内容だった。ロッカとアカデミアの同期であり、当時から大変優秀であったと書かれていた。

 引継ぎが終わり次第、すぐさま王都プレイシアへ帰還するだろうと最後に結ばれていた。

 期限内にどうにかなりそうだ、とバスカーレは安堵したが、挨拶に訪れた新しい副団長を見て言葉を失った。

 

 クロトーネの孫娘である、ステラ・クレメンティ嬢が、まさか自分の部下になるとは予想もしていなかった。

 動揺する心を隠し、よろしく頼むと丁寧に言ったバスカーレであったが、ステラを帰すと、すぐさまヴィンチェンツォの執務室へ向かった。


 ヴィンチェンツォ以下、役人達の引越し作業で、宰相府はごった返していた。

「ヴィンチェンツォは何処にいる!」

 雷鳴のごとく鳴り響く声に、その場にいたヴィンチェンツォの部下達は一様に凍りついた。

「何です、外まで聞こえましたよ」

 ややあって、廊下からヴィンチェンツォが顔を覗かせた。

「お前、どういうことだ。なんでステラ・クレメンティが副団長なんだよ!」

 興奮を隠せず、バスカーレは、思わず次期宰相の胸ぐらを掴んで揺さぶる。ヴィンチェンツォは、思わず「ぐっ…」と苦しげな声を漏らした。

「乱暴はやめてください」と怯えながらも、小姓のエミーリオが止めに入ろうとする。が、バスカーレのただ事ではない怒り具合に気圧され、近寄りたくても近寄れなかった。

「危ないから、あっちへ行っていなさい」

 危機感の無い声で、ロッカはエミーリオに言った。梱包作業中であったロッカは、若干十四歳の小柄な少年を、乱闘からかばうように廊下へ押しやった。

 すっかり涙目になったエミーリオは、二人を避けるようにして、廊下へ逃げる。

 こうなったら誰にも止められないだろうな、とロッカは手を休め、エミーリオの後を追った。


 ヴィンチェンツォとバスカーレ以外、誰も居なくなった旧執務室に、バスカーレの太い声が響き渡る。

「誰が女をよこせと言った。もう明日なんだぞ!みんなグルなのか!俺が逃げられないように、ギリギリによこしやがって…」

 命の危険を感じつつも、ヴィンチェンツォは冷静に語りかける。

「貴方が、そんな事にこだわるとは思ってもいませんでした。前にも言ったでしょう。優秀であれば、身分も年齢も、性別も関係ない。俺が宰相になるからには、それを貫き通させてもらいます」

 時折、役人達がちらちらと開け放たれた扉の向こうから、二人の様子を遠巻きにうかがっている。家具を運搬するため、扉を蝶番ごと外しておいたのだが、失敗だった、とヴィンチェンツォは思った。


 正論すぎて、バスカーレは、反論の余地もなかった。諦めて、ヴィンチェンツォの胸元から手を離すと、まだ運び出されていない簡易ベッドに座り込んだ。

「…わかっている。確かに、ステラ・クレメンティは、副長たる資格を持っている。だけどな…」

「総合的に見ても、彼女が今回適任だと思ったまでです。だいたい、ステラを金獅子騎士団員に任命したのは貴方ですよ」

 バスカーレの隣に腰掛けたヴィンチェンツォは、甘い声でささやいた。バスカーレは、声にならない声をあげ、頭を抱えた。

「お前…知ってたけど、本当に腹黒いな。殴ってもよいか」



***



「今日はずいぶん騒がしいのね」

 ビアンカは、北の隅にある古い庭園で、草刈りに励んでいた。ここには、実益を兼ねたような野草が生い茂っており、ビアンカの密かな楽しみになっていた。

 何代か前には、きちんとした庭園だったのだろうが、今は伸びるがままに放置されていて、夜などは恐ろしくて近寄れないほど、鬱蒼とした場所であった。当然、誰も足を踏み入れることがなく、あまり人に顔を見せるな、と命じられているビアンカにとっては、素敵な秘密の花園であった。


 ここには、石鹸草、とビアンカが呼んでいる、石鹸の材料になる野草が大量に生えていて、季節的にもう終わりということもあり、残っている石鹸草を全部刈り入れることにしていた。

 数日前から、暇を持て余しているメイフェアも付き合って、彼女は香料になる別の野草を摘んでいた。

「なんと、あのバーリ様が宰相になられるんですって。今日はその式典があるとか…なんだかいつもよりも人の出入りが激しいわよね」

「すごい方なのね…」

 ビアンカは、素朴な感想をもらした。

「それでね、なんだか顎を怪我したらしくて、顔に湿布を張ってらっしゃるとか」 

 人の悪い顔で、メイフェアは、にやりとほくそえんだ。

「あれだけ根性悪かったら、王宮中の恨みを買っているに違いないわよ。いい気味だわ!」

 高らかに笑うメイフェアのドレスの裾を、ビアンカはしゃがみこんだままの姿勢で、声が大きすぎるわ、と慌てて引っ張った。





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