限りなく声は響き
「エリー・グレイス──被告人を国家転覆罪により、死刑に処す」
私は、法廷内にそう告げた。法廷内は、しんと静まり、傍聴席では涙ぐむ人々の姿もあった。
「エリー様が国家転覆罪なんて信じられない」
「あんなおとなしい顔をしてなんて物騒なことを⋯⋯」
人々は、口々に勝手なことを言い始める。
「静粛に、静粛に」
エリー・グレイスは、まっすぐ私を見つめたまま表情を変えない。
ふと、その時だ。私の頭の中に、古い思い出がよみがえる。
エリー・グレイス──この名前に最初、言いようのないものを感じた。
私が幼い頃、どこかで会っている気がするのだ。
──どこだ?
記憶が確かなら──私は、幼い頃、エリー・グレイスと野原で遊んでいた。
鮮明な映像がよみがえる。
そうか、あの時の少女だ。
町外れの野原でよく私とエリー・グレイスは、よく遊んだものだ。私は貧乏な靴屋で、彼女は貴族の令嬢。身分が違い過ぎたのに不思議と馬が合った。
そして、私はエリーにこんな約束した。
「いつか僕がエリーに見合うような人になって君を迎えに行くからね」
エリーは、頬を染め、小さくこう言った。
「──待ってるわ、ずっと」
それから十数年、私は猛勉強をして裁判官になった。
あの時の約束を忙しさのあまり忘れていた。
だが、この歳になるまで誰とも一緒になろうともしなかった。
それは、心のどこかにエリーとの約束があったからだと今は信じている。
急に、目の前が涙の膜で歪んだ。
私は、愛する人を死刑にするのか──。
エリーは、まっすぐ私を見つめこう言った。
「わたくし、エリー・グレイスは、そこにおられるロイド裁判官に恋をしております」
傍聴席では、人々がいっせいに話し始める。
エリーは、続けた。
「遠い昔、あなたに出会ったときからあなたが好きでした」
法廷内に凛とした佇まいのエリーの声は響く。
「あなたを愛してます──今でも。来世で会いましょう」
エリーの声は、法廷内に響き渡る。周囲はざわつき始めた。
私はうつむき、あふれる涙を隠す。
本当にエリーは国家転覆など、目論んでいたのだろうか?
私は、目の前にいるエリーがそんなことをする人間だとは思えない。
「待ってください!」
突然、法廷内のドアが蹴破られ、筋骨隆々とした髭面の男が入ってきた。
「あっしは、エリー様の御屋敷で働く庭師のブルです。エリー様は国家転覆など企んでおりません。企んでいたのはあっしが連れてきたエリー様のお目付け役ギルティです」
「は、離せ! 私に触れるな無礼者!」
縄で縛られた小男が叫んでいる。
「ロイド裁判官⋯⋯聞いてくだせぇ。ギルティは、お屋敷の地下にある秘密の書斎に国家転覆を目論む資料を山ほど隠してやがりますぜ。調べれば一発です。こいつは罪をエリー様にすべてなすりつけようとしてたんです」
傍聴席から、歓声が上がる。
「ロイド裁判官──わたくし、エリー・グレイスはこれからもあなたを愛し続けます」
涙を流すエリー。
こんな奇跡があるのか。
私は、涙を手の甲でおさえて、エリーを見つめた。
「私は、君に償いをしなくちゃいけない」
「わたくしに償いを?」
「私は、君に死刑を求刑した」
「気にしてませんわ、そんなこと。ロイド裁判官、あなたに死刑と言われても、それを受け入れようしてましたもの」
「エリー、君は強いな」
「ロイド、あなたは昔のまま。気が弱いわ」
私とエリーは、お互いに笑い合った。
「エリー、遠い昔──君とした約束を果たしに行くよ」
「ふふ。お忘れなく、待ってますわ」
「愛してるエリー」
「残念、わたくしのほうが愛してますわ」
また、幼い頃に見た気の強い眼差しを、私は受け止めた。
「わたくしのほうが愛してますわ⋯⋯わたくしのほうが⋯⋯。ずっとあなたを待っていたのだから──」
その声は、嗚咽に変わり、限りなく響く──いつまでも。




