表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

しゅきしゅき先輩を追いかけて文芸部に転部したら、私の恋心が処女作でバレました

作者: 雨咲 しゆみ
掲載日:2026/05/21

 初夏、日曜日。バレーボール部は、夏の大会に向けた練習中。

 公立高校の設備は古い。エアコンはない。だから、体育館の中は暑い。

 でも、私がこんなに汗をかいている理由は別にある。

 まずはサーブ。これは言葉の真剣試合(バレーボール)

「コーチ、ちょっとお時間いいですか!」

「なんだ牧谷(まきたに)ィ!! レシーブか!? レシーブについて聞きたいのか!!」

 熱血コーチの谷町(たにまち)女史は、バレーボール一筋二十五年。

 頭の中は……いや、頭がバレーボールだ。

「いいえ! 私、バレー部辞めます!!」

 速攻、谷町の用意していない角度からの。でも、さすがは谷町。しっかりと反応してくる。

「なんでだ!!」

 ブロック。当然、想定内。私もまさか、ここで決まるなんて思ってない。だから、しっかりとレシーブ。

「好きな人ができました!!」

「それとなんの関係がある!!」

 今度は谷町の速攻。でも、ここは喰らいつく。

「それが大ありです!! その人が、転部しました!!」

 ブロック。そのままネット際にボールをはたき落とす。

「ぐ……ほ、堀北のことか!!」

 しかし谷町は拾う。プレーは続行。

「そうです! もうバレー部にいないので!」

 私はネット際に上がったボールを構わず打ち込んだ。

「堀北がいなくても、バレーは続いてるぞ!」

 ブロック。その通り。バレーは一人でやるもんじゃない。

「知ってます! でも、拾いたいと思えるボールが減ったんです!」

 レシーブからの速攻。しかし、さすがは公立高校を県大会ベスト4まで導いた女。

 そのしぶとさは伊達じゃない。

「だが牧谷! お前は中学からずっとバレーボールをやってきたんだろ!」

 事実確認。これはレシーブせざるを得ない。そういうルールだから。

「そうです!」

 だけど、事実以上を言う必要もない。さあ、どうくる?

「バレーへの愛はないのか!」

 来た。谷町のアタック。

「あります!!」

 即答。敢えての甘いレシーブ。

 高く浮き上がった球は、谷町にはさぞチャンスに見えたに違いない。

「それなら……!!」

 谷町は、その見え見えの隙に飛び込んだ。

 私のフェイントだとも知らず。

「でも私には、恋のアタックの方が大事!!」

 強烈なスパイク。バレーボールに一生を捧げてきた谷町に、このボールは拾えない。

 ズドン。谷町の分厚い胸から、そんな音が聞こえた気がした。

「牧谷……」

 小さく震える谷町。そして……。

「なら、決めてこい! お前の……恋のスパイクを!!」

 ピピ〜〜!! ホイッスル!!

「コーチ!! ……いいえ、谷町先生!! ありがとう!!」

 いい試合だった。

 谷町は泣いていた。でも、悔し涙じゃないと思う。

 帰り道、コンビニでゼクシーを立ち読みしていたから。


 ***


「失礼します! 牧谷 希(まきたに のぞみ)! 文芸部に入部希望です! よろしくお願いします!」

 月曜日。放課後の文化棟は静かだった。

 それこそ、私の声が二・三回反響するくらいには。

 あれ、ここって音楽室だっけ? あ、大丈夫そう。壁に『文芸はいいぞ(鳴き声)』って書いてある。

 部室には五、六人の部員がいたけれど、全員沈黙。

 え。これは……まずったかな?

 彼女らはそこかしこにて眼鏡をかちゃかちゃ掛け直すなどし、その内心ぞ如何にあらんやなどと思ふ我をばしげしげと……いや、文芸ってなんだっけ? わからない。

「声、大きいね。って、あれ? 牧谷……?」

 その時、隣から声。振り向けば、長身、切れ長の黒目、群青色のショートヘア。

 一月前より少しだけ柔らかい雰囲気の、堀北 恵(ほりきた めぐみ)先輩がそこにいた。

「はい! あなたの牧谷です! 堀北先輩を追いかけて、体育館からはるばる参上しました!」

「ちょ……え、バレーは?」

 堀北先輩は眉を寄せて、焦ったように私に尋ねた。

「辞めてきました!」

 即答。笑顔で。

「なんで……? 牧谷は、上手いじゃん」

 でも堀北先輩は嬉しそうじゃない。視線を足元に落として、目も合わせてくれない。

 その耳は真っ赤だった。

「そうです。でも、先輩だって上手でした。それに、先輩がいないと楽しくありませんでした」

 顔が見たくて、何度も回りこむ。でも、堀北先輩は後ろに下がる。

「私がいたら……楽しかったの?」

 小さな声。バレー部で聞いた、堀北先輩の声からは想像もつかないくらいに。でも、聞こえた。

「はい!」

 だからそう答えた。しばらくして、堀北先輩は顔を背けたまま部屋を出て行った。

「あ……先輩」

 私は追いかけようとしたけれど、柔らかな声に呼び止められる。

「待って」

 振り返れば、落ち着いた風貌の眼鏡美人がそこにいた。

「文芸部部長の、椎名桔花(しいな きっか)、三年よ。よろしく牧谷さん」

 差し出された手を握る。柔らかい。私のごつい手とは全然違う。

「あの……私」

「いいのよ。静かな人が多いけれど、入部は大歓迎」

「そうじゃなくって……あの」

「堀北さんのこと? 大丈夫、嬉しいとは思ってるはずよ。でも……」

 そこまで言って、椎名先輩は一瞬だけ言葉を選んだ。

「そうね……なんて言えばいいんだろう。たぶん、少しだけ……不安なんじゃないかな」

「えっと……何がですか?」

 わからない。何を言われているのか。

「そうね。期待……って言うのかな? 牧谷さんの中にある。理想の自分を、壊しちゃうこと?」

 そう言って、困ったように笑った。

「え。でも、私は堀北先輩がアタッカーじゃなくなっても追いかけてきたんですけど……?」

 そりゃそうだ。だって私は、先輩がバレーボールをやってたから好きになったわけじゃない。

 その答えに、椎名先輩はくすりと笑った。

「ええ。だから、不安なんじゃないかしら? たぶん、堀北さんは怖いのよ。牧谷さんが見ている“堀北恵”と、今ここにいる自分が、同じじゃなかったらどうしようって」

 やっぱり少し、意味がわからなかった。

 でも少しだけわかったのは、堀北先輩はもう、ネットの向こうにいた強い人じゃないってことだ。

 文芸部の人たちって、みんなこうなのかな? 私の想像力じゃ、目に見えるものを追いかけるので精一杯。

「なんとなく、わかった気がします。ありがとうございます。椎名先輩」

 お礼を言うと、椎名先輩は指を一本立ててウインクする。

「椎名部長、でしょ?」

 なぜだろう。心の中が暖かくなった。

「はい! 椎名部長!」


 ***


「牧谷さん、じゃあ入部希望者には一作書いてもらうのが決まりなの」

 椎名部長はそう言って、原稿用紙の束を私に差し出した。

「え……。書くんですか? 読むんじゃなくて?」

「何を言ってるの? 当然でしょ。読書は文芸の一部だけれど、本当の楽しさは創作にあるの」

 椎名部長がそう言えば、周りの部員さんたちもふふふと微笑む。

「出ました。文芸部名物、椎名節!」

「あ〜。うちも最初書くの恥ずかしかったなぁ。懐かしい」

「桔花は一年の頃からずっとこれ言ってたからね。逃げらんないよ、牧谷さん」

 次々にそんなことを言ってくる。

「あの、私これまで読書感想文くらいしか書いたことがないんですけど……」

「ふ〜〜ん。じゃあ、自分の素直な気持ちなら書けるってことね?」

「ええ。まあ、たぶんですけど」

 そう答えれば、文芸部一同の顔がなぜか、全員同じ顔に見えた。

「え。な……なんですか?」

 私の声に、誰が音頭を取るでもなく、全員で一つの答えが返ってくる。

「「「「文芸はいいぞ〜〜」」」」(鳴き声)


 ***


 二週間後の月曜日。あれから私は、なんとか一作、短編を書いてみた。

 たった5000文字。文庫本って、なんと一冊で10万文字くらい書くんだって!

 だったら私のこの作品は、20本も書かないと本にならない。

 そんな文字の山が、文芸部の本棚には収まりきらないほどある。

 私は、たったこの一本の作品を書くのに何度も何度も言葉を探したっていうのに。

 椎名部長には、作品ができたってメッセージアプリで伝えた。

「楽しみ。じゃあ放課後、部室で」

 スマホ画面に、短い答えが浮かんでいる。

 めちゃくちゃ緊張する。だってこの一作は、誰の助けも借りちゃダメって言うんだもん。

 先週の月曜日から、文芸部の部室には顔を出していない。


 放課後、部室に入る。

 部屋には一人だけ。堀北先輩だった。

「あ……」

 堀北先輩が、私の顔を見て小さく声を出す。

「先輩。この前は、変なこと言ってしまってすみませんでした」

 咄嗟に謝った。だって、椎名先輩は困ってたから。

「ううん。いいの、ごめんね。あたしこそ、びっくりしちゃって。あれからバレーは?」

「行ってないです。もう、楽しくないんで」

「そっか……」

 また、変な空気になる。でも、私にはこれがある。

「書いてきたんです。初めての作品を」

 そう言って、表紙を見せた。

 タイトルは、『北極星』。

「へえ、綺麗な名前。処女作にしては、なんだか大人びてるね。それに、5000文字? 短編にしては大作じゃん」

 処女……え? なんて?

「あの……しょ、処女さく?」

「あ、ごめん。最初に書く作品のことを、処女作っていうんだ。真っ白な、まだ何ものでもない。初めてを捧げた作品のことをね」

 そっか、これが私の処女作。

「読んでみても、いいかな?」

 堀北先輩が言う。当然、先輩に読んで欲しくて書いた。だから答えは、もう決まってる。

「はい! 読んでください!」

 差し出した原稿用紙を、先輩の指がなぞる。

 窓から、夏の風。黒のカーテンを下ろした暑い体育館と違って、文化棟は涼しい。

 化学部が薬品を使うからってゴネて、エアコンを設置させたそうだ。だから寒いくらい。

 そんな寒い部屋に、湿った暖かい風が吹く。なんだかあべこべな、不思議な気持ち。

 先輩が、一枚一枚ページを捲る。

 その度、ちょっとむせたり。頭を掻いたり。何? ダメだった?

「おもしろく……ないですか?」

 不安だった。だから一応聞いておく。嫌だったら、最後まで読んで欲しくない。

 だって、嫌いになって欲しくないから。私を。

「いや、そんなことない。すごく素直で……綺麗な文章。それに、面白い」

 少し顔を赤らめて、先輩は言った。

「嬉しい! じゃあ、続けてください」

「……うん」

 また先輩が、文字を追いかけていく。私が書いた文字を。

 指で丁寧に、一文字ずつ。

「あの、文字……汚く、ないですか?」

 不安になって、また話しかけちゃう。

「いや、なんで? すごく、綺麗だよ」

 先輩は顔を真っ赤にして、慌てて窓を閉めた。暑いのかな?

 そしてまた、原稿用紙に視線を戻す。

 次が、最後の一ページ。

「あの、牧谷……さん」

 今度は先輩の方から、私に声をかけてくる。

「はい」

「これ……あたしのことだよね?」

 目を合わせないで、少しだけ、息を荒くして。先輩がそう尋ねる。

 私も息を呑んで、でも、視線はまっすぐ。いつだって、追いかけてきた。

「……はい」

 私はいつだって、先輩を。堀北恵を見てきた。

 私の北極星。迷った私に、いつも進むべき方向を教えてくれたのは、先輩だった。

「あの、あたし……あたしはさ」

 堀北先輩が、やっと私を見る。星のような瞳に、輝く光。先輩は泣いていた。

「こんな……すごい。やつじゃ……それに、途中でみんなを……」

「違います」

 先輩の言葉を、私は遮った。この高校で、初めて。

「最後のページを、読んで」

 先輩がこの作品の主人公に自分を重ねてくれたなら。私に言えることは、それだけ。


 北極星は、誰よりも輝いてる星じゃない。

 でも、誰よりも優しい星。ずっと誰かの導きになって、どこかへ行ってしまう星たちを見つめて。

 ただ静かに、ずっと。動けずにいる。

 そんなあなたを、私はずっと。ずっと見てきたから。

 だから今度は、私があなたの星になりたい。私から、ずっとあなたが見えてたように。

 あなたからもずっと、私だけは見えていたって。私はそう、信じてます。


「私が、あなたの北極星になる。それじゃ、ダメですか?」

 私は静かに、まっすぐに堀北先輩を見つめて言った。


 堀北先輩の頬に、ひとすじの流れ星。

「嬉しい」

 堀北先輩は、涙を拭わないまま笑った。


「じゃあ私も、牧谷を見ててもいい?」

 当然、その答えは決まってる。

 でも私が答えるより先に、部屋の端から、声。


「「「「百合もいいな」」」」

 いつもは静寂に満ちた文化棟。

 ただ、今日の放課後は違う。

 怒る声。揶揄う声。笑い声。そして、鳴き声?


 まだ、私の文芸部での創作活動は始まったばかりだ。

 これから、どんな作品に出会えるのか、どんな作品を書くのか。

 堀北先輩と、どんな風になるのか。それはまだ、わからない。


 でもこの作品に、そう。私の処女作に、もっと俗っぽいタイトルをつけるなら。

「しゅきしゅき先輩を追いかけて文芸部に転部したら、私の恋心が処女作でバレました」

 そんなのがいいと思う。私らしくって。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ