82.奇跡妃の終焉(下)
国内で顔にあざが浮き出た者は4名。実行犯である侍女に最近急に力を付けてきた伯爵とその腰ぎんちゃくの子爵、さらに伯爵とは無関係にあったはずの公爵である。
王妃の部屋から伯爵と子爵の不正の調査書が次から次へと出てくる。かなりの額の着服を示していた。もしこれが事実であればかれらの領民は、かなりの額の税金を強いられていることとなる。
まだ調査段階であったが、癒しの加護者である彼女ですら消そうとするのだから黒だと言っているようなものだろう。
侍女は子爵の推薦であがった者だ。詳しく調査していくと子爵と愛人関係にあったのだと言うことが判明した。
ここまでは数日の間に調査が終わる。
もしあざが浮き出なければ、ここで調査は終了していただろう。
だが、王族と縁続きの公爵までにあざが浮き出ていた。必死に隠しているが間違いなく侍女と同じようになっている。
伯爵と子爵の勢力とは、どちらかと言えば相反する勢力にある公爵。王であるダイアルにとっては大叔父にあたる。
『癒しの女神の怒り』を口実に徹底的に調査をした。
そして、信じられない事実が浮き彫りに出てきた。
それは大叔父である公爵による人身売買。この国では禁止されていたために、隣の国に密輸していたのだ。
さらに同盟を結んでいたはずの隣の国が、公爵と密通していた。
もともと王族でありながら配下に下ることが公爵には屈辱だったようだ。そんな彼の耳元で隣の国の王族の1人が甘言を吐く。
『あなた様が王にならないのはおかしい。私どもが協力します。ですがあの王妃によって、あなたの知られるわけにはいかないことまで暴かれてしまうかもしれません』
それなりに聡明であったが、もともと王妃が目障りで仕方なかった公爵は、欲にかられて乗せられるまま王妃暗殺を企てたのだ。
公爵とすれば捨て駒のごとく伯爵や子爵を使ったのだが、『女神の怒り』が公爵を見逃してくれなかったために罪が明るみに出る。
ダイアルが書面に署名をしたことで、侍女を含めて4名とも毒を服用し自害することとなった。
人気絶頂だった王妃の暗殺に対して、民衆の怒りは凄まじいものであった。
瞬く間に義勇兵が集まり、隣国との開戦を望む声が王宮にまで聞こえてきた。
最愛の妃を失ったダイアルとしても、隣国を許せるはずもない。気持ちは一緒だった。
だが、当の王妃の過去の言葉が遮る。
『もし、あなたが侵略のためにこの癒しの加護を利用されるのであれば、わたくしは離縁させていただきます。フウカ様から授かったこの力を自分の利の為には使わないと、わたくしは誓いました。たとえ命を落とす羽目になっても、それは覆すつもりはございません』
そう言われたときにダイアルは自分の代で、他国に攻め入ることはしないと彼女に誓ったのだ。
「誓いを破ることを許してくれ。キャシー」
ダイアルは悩みながらも、宣戦布告をする書面にサインするために筆をとる。
その時、ダイアルは気配を感じてゆっくりと息をのんだ。
侵入者か。
筆をゆっくりと下ろしながら、机の下にある逆の手で懐の短剣の鞘を握る。
逸る呼吸を意識して整え気配を探る。
その気配が動いた瞬間、短剣を窓の方向に投げる。
バリン!
窓が割れるとともに、大きな影が下の方向へ落ちる。
「うわぁ~!」
呻き声が響いたのちに、ドスンと鈍く大きい音が聞こえた。
「最初からキャシーでなく俺を狙っていればいいものを」
ダイアルは割れた窓から地上を見る。息絶えた男の死体の周りに兵たちが集まってきているのを見届けながら、淡々とそうつぶやく。
「ちっ。まだいるのか」
気配を再び感じて、腰の剣の柄に手をかける。だが、こちらが気配のありかを見つける前に、小さな珠が飛び込んでくる。
それを悠々とよけたのだが転がったそれを見て、自分の失態に気がついた。
珠であったものが机にぶつかり、形をぐしゃりと崩している。
そして一気に甘ったるい匂いを放出させた。
「!!」
それを嗅いだ瞬間に身体にしびれが走る。
しびれ弾か。しまった!油断した。
腕で口と鼻を押さえて吸わないよう努める。だが、末端の指先から力が入らなくなってきているのが自分でも分かった。
廊下からは激しい足音が近づいてくる。臣下の者たちがこちらに向かっているのだろう。
だが、彼らが到着する前に破れた窓から1人の青年が飛び込んでくる。
しびれ弾の匂いを吸わないように大きな布を顔に巻いているので、彼の容姿はよくわからない。
「御命、頂戴いたします」
侵入者は静かにそう言いながら、こちらに刃を向けてきた。
しびれのある身体で必死によける。
こんなところで倒れるわけにいかない。王妃の・・・・キャシーの敵を討つまでは!
ダイアルは自分の左手で自分の剣を握り、勢いよくひこうとした。痛みでしびれを忘れさすためだ。
だが、次の瞬間、いきなり部屋の空間にまばゆいばかりの輝きが広がった。
その光がダイアルを包み込んだ瞬間に、身体中からしびれが消滅する。
光の正体が何なのか、ダイアルには不思議なことにすぐに分かった。
「お前にくれてやる命はない!」
剣を大きく一振りして眼の前の侵入者を切り払う。返り血を一身で浴びながらダイアルは光の中心に目をやった。
「キャシー?」
光の中心は人間の形をなしていなかったが、ダイアルはそれが自分の最愛の人であると確信していた。
『いいえ。わたくしはあなたの王妃であるキャシーではございません。癒しの女神フウカさまにお仕えする精霊でございます』
光から頭に直接響く声。その声はたしかにキャシーよりすこし高めの声であった。しかし、その口調は彼女のもの。
いくら顔の傷を治すように言っても頑なに拒んだ彼女。望みを聞くといつでも自分のドレスや宝石より孤児院や救護院への施しだった彼女。
たとえ否定する言葉であっても、再びそんな彼女の声を聞けただけで涙があふれてくる。
「精霊としてでもいい。姿を見せなくてもいい。どうかそばにいてくれ」
ダイアルは血と涙で顔をぐちゃぐちゃにさせながら、光に向かって頭を下げた。
キャシー・ハレ・ラインコヴァ享年25歳
第4代ラインコヴァ王ダイアル・セレデカ・ラインコヴァの王妃。
癒しの加護者であり、『癒しの王妃』、『奇跡妃』と一般的に伝えられている。
自分の美貌を鼻にかけた彼女に愛の女神ビュアスから天罰が下ったことで改心する。改心後の行動が認められて、癒しの女神フウカから加護を授かることとなる。ダイアル王と結婚し、後世まで称えられる偉業を残すほど聡慧な王妃となる。
だが貴族社会の革命を図ったために、隣国のアランダ王国の策略で貴族に毒殺される。
その際に癒しの女神フウカより数名に天罰が下ったと伝えられている。そのときの様子を鮮明に描かれた絵画『癒しの女神の怒り』は作者不明であるが、国宝の一つとなっている。
女神の怒りを恐れたアランダ王国から、異例の陳謝の表明とともに多額の賠償金をラインコヴァ国に差し出すことになる。
それでも開戦を望む声が広がったが、王自ら民に向かって演説を行い戦争に発展することはなかった。
王でなく王妃が精霊に転生しその場で演説をしたという逸話もながれているが、真偽のところはわかっていない。
ただ、ラインコヴァ王国が独立中立国となったのはこの時代からであり、のちに一番最古の王朝となる。そして、独立中立国という立場にいながら他の国に制圧されずに済んだのには、癒しの加護がその国に長年にわたって残されていた為だと言う見方が一番強い。
ようやく人間側おわりです。長かった。難産だった^^;
人間側を期待してくれた方、期待にお答えできたかすごく不安ですが・・・。
次からフウカに戻ります。ようやく糖度たっぷり話に・・・できたらいいな(笑)