81.奇跡妃の終焉(中)
ダイアル視点です。
最初は報告書をダイアルが読んでいるという形です。判りにくいかな?
彼女はまず自分のせいで不幸になった者たちの身内の者に懺悔をしにいく。
まずは自殺してしまった恋人たちの家へ。
最初は門前払いであったが、門の前で雨の日も風の日も雪の日まで立っている彼女に折れる。
そして彼女は娘、息子を亡くした夫婦に土下座をする。
最初は自分の子供たちの死の原因である彼女を糾弾した。それを彼女は何一つ反論をせずに頭を下げる。
彼女がしたことは婚約していた男性にすこし気をもたす発言をしただけなのだ。その咎で愛の女神ビュアスから天罰を受けている。
それを癒しの力を持っているにも関わらず治そうとしない。
だから娘を亡くした父親は彼女に最後にこう告げた。
「貴女は本当に些細ないたずらをしただけなのは分かっている。でも娘は戻らない。だから、我らだけは許すことはできない」
さらにこう続ける。
「貴女は反省していることは十分わかった。だからこれからはその罪を背負いながら生きてほしい。癒しの加護を持っているなら、1人でも多くの者の命を救いなさい」
その言葉を受けて深く頭をさげて家を後にした。
次に服を切られて、40歳も歳の離れた貴族の後家として嫁入りした女性の許へ向かう。
女性は2歳ぐらいの女の子を抱きかかえて彼女を出迎えた。
彼女が謝罪の言葉を述べようとする前に女性が口を開く。
「その醜い傷を残しているのであれば、わたくしがあれこれ言う権利はございませんわね」
それに・・・と話を続ける。
「人から見たら不幸な結婚だと言われるでしょうけど、そのおかげでこの子を産むことができました。幸い、亡くなった主人も年は父より上でしたが、愛情を持って接してくださりました。身楽な未亡人の生活を送っているのでもう恨んでいませんわ。だから詫びは必要ありません」
そう言うと彼女に家の中へと誘う。だが、彼女は屋敷入ろうとしなかった。深く頭を下げていらないと言われた謝罪をする。女性は彼女の真摯な言葉聞いて、その謝罪を受け入れた。さらに会うまでいい気味だとすら思っていた傷を治すように助言する。
だが、彼女は小さく頭を振りその好意を断った。
「フウカさまの癒しの力を自分の為に使用しないことをわたくしは誓ったのです。この傷はわたくしへの戒めでございます」
これだけを言うと彼女は頭を下げながら門から出ていった。
過去の自分の過ちを理解しそれに向き合ったか。
ダイアルはこの時、初めて彼女ともう一度会いたいと強く切望した。
そしてようやく会うことが叶った時、一目で自分の横に座らせるのは彼女以外あり得ないと感じる。
直感に素直に従って求婚をする。
だが、彼女の返答はいつも同じような内容である。
「ありがとうございます。このような分不相応な申し出を頂きまして、身に余る光栄でございます。ですが、わたくしはこのような顔でございますし、なにより罪状がないとはいえただの罪深いものでございます。どうぞお見捨てくださいまし」
そう言っては眼の前から消える。だから卑怯にも癒しの加護者なのだから、国が管理しなければいけないことと告げた。だが、彼女の反応は思い通りにいかなかった。
「わかりました。王都に帰りましょう。ですが、何も妃とならなくても臣下の1人としてお仕えすると示せばよろしいかと思われます」
その言葉通り、呼ばないかぎり王宮に近寄ろうとしない。
どうしようかと思案しているうちに父が亡くなりダイアルが王冠を引き継ぐことになった。その時も今まで以上に熱心に求婚するが、妃であることすら拒んだ彼女が王妃になることに素直に頷かない。
頑なな彼女を外堀から埋めてなんとか口説き落とし、彼女の頭に王妃の冠を載せることができるまで2年の年月を要した。
彼女自身が、王都に戻ってからも癒しの力を分け隔てもなく民に与え、自分の実家のお金や寄付などで様々な救護所や孤児院を作ったために、『癒しさま』の名称で絶大な人気を誇っていたことも王妃に据えることができた一因だ。
王妃になってからは今まで以上に忙しく勉学にも励み、貴族の不正を暴くことすら始めた。
だが、彼女は目立ちすぎた。
少しでも後ろめたいところがある貴族にとっては脅威でしかなかった。
民に絶大な人気のある王妃を自分たちの手で消すことはもちろん、降ろすことはできない。非難と言う刃がブーメランのように返ってくるのが分かりきっている。
ではどうすればいいか?
そして狡猾な貴族どもは他国と手を組んで王妃暗殺を企てたのだ。
ダイアルが王妃の訃報を聞いたのは、王都から辺境の地へ慰問の旅の最中だった。
報せの者を蹴飛ばす勢いで馬を翻し、力強く鞭で馬の尻をたたく。
幸い、ここからなら最速で数刻で帰ることができるはずだ。
ダイアルは後ろから慌てて追いかけてくる側近の者たちにかまわずに、必死になって馬を走らせた。
休憩もせずに走らせたおかげで、その日のうちに王宮に戻ることができた。
馬を放置し、一目散に王妃の部屋がある最上階を目指す。
すれ違った者たちがいきなりの王の帰還に、慌てふためいている。
だが、ダイアルが階段を上っている最中に頭に響いてきた美しく厳かな声が鳴り響く。
『我が加護者の命を奪ったことを悔いるがいい』
ダイアルは思わず身震いをしてしまう。
今まで幾度となく戦場に足を運び、命のやり取りをしてきた。そんな彼ですらその声に畏怖を感じてしまう。
その不思議な声が誰のモノなのか、口にするまでもなくわかっていた。
ダイアルは自分が出せる最速の早さで走って、目的の部屋の扉をぶち破る勢いで開く。部下が開閉するのを待つ暇も惜しいからだ。
そして信じられないモノを目にする。
侍女の1人が大きな声をあげて泣き叫んでいるのだ。
「いやぁ!お許しください!」
侍女は蹲りながら顔を両手で押さえている。
その手のひらの隙間からは、まるで生きているかのような勢いで痣が広がっている。
だが、すぐに悲鳴は止み、荒い呼吸にかわる。
ここでダイアルはハッと思いだし、王妃を探す。
ベッドの上でまるで眠っているように横たわっていた。その傍でダイアルとキャシーの息子がベッドに縋りついたままこちらを見ている。
「おとうさま・・・」
手を伸ばして息子を抱きかかえる。ひどく怯えて身体中が震えていた。
息子になんと声をかけていいかわからずに、ただ震えを止まらせるべく抱きしめる。
そうしているうちに、痣が広がった侍女が気を失ってその場に倒れこんだ。
「その者を牢にいれろ。それから、この国であざが浮き出た者を徹底的に調査するんだ。今日中に報告書をあげろ」
ついてきた部下たちにそう命令した。
「数分でいい。この場から離れてくれ」
息子の乳母に息子を預けて、その場にいる侍女たちを下がらす。
ダイアルは閉じられた美しい形の唇にそっと自分のそれを触れさす。
いつもと違って触れた唇はひどく渇いていた。
硬く閉じられた左の瞼の上にも口付けを残す。
もうこの瞼が開くことはない。あのブルーの生き生きとした輝きを見ることはできないのだ。
「せめて俺が全面に立っていればこうならなかった」
彼女がそれを拒んだのだが、なぜもっと強くそれを主張しなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。
『王が自ら嫌われ役を買って出ることはございません。わたくしには癒しの加護がございますから大丈夫ですわ。お任せください』
そう言われるがまま、その言葉に甘えていた。
「お前の敵にはフウカさまが目印を付けてくださった。必ず罪を明らかにして裁いて見せる。お前の死を無駄にしない」
ダイアルは歯を食いしばりすぎて唇から血が流れるのも構わず、彼女の身体を抱きしめて声を殺して泣いた。