80.奇跡妃の終焉(上)
奇跡妃の相手役である王視点です。
ものすごく長くなったので3部に分けます。
フウカがほとんど出ずに糖度は皆無ですが、それを期待の方、しばらく待ってください(笑)
本当は『癒しの女神の怒り』というサブタイトルにしたかったのですが、思ったより奇跡妃よりの話になってしまったので、こういうタイトルになっちゃいました。
「キャシー」
妻である女性がベッドの上で眼を閉じている。まるで寝ているかのような様子であったが、その瞼が二度と開かないことを理解していた。
そっと彼女の頬に手を当てる。
まだ温かい体温があると感じるのは自分の望みからか?
「俺がお前を強引に欲しがったからこんなことになってしまったのか?」
ダイアルが彼女と会ってお話した時の第一印象は『選民意識全開の傲慢な貴族の娘』であり、あまり近寄りたくない人種であった。だから自分の素性は誤魔化した。ばれると自分に対して色目を使ってくる可能性が十分にあったからだ。
彼女の事情を突っ込みたいところ満載であったが一通り聞いて、
「それはすべてそなたの咎であるな」
とだけ切り捨てた。
いままで彼女にそれほど冷たい言葉を投げかける者はいなかったのだろう。何を聞いたか信じられないとばかりに目を見開いてこちらを凝視している。
その表情があまりにも滑稽だった。甘ったるい考えを恥ずかしくもなく口にする彼女に嫌悪感があふれる。
「そなたは醜い。姿形ではなく、心がな」
その言葉を残して彼女の前から姿を消した。この時、まさか自分がそんな彼女に心を奪われることになるなど、微塵にも思うことができなかった。
彼女を連れて王宮に戻ることになった。どうせ同じ方向に行くのだ。べつに送るのは手間ではない。
あれほど冷たいことを言った自分に頼むのが心底から嫌なのか、くやしそうな表情でお願いしてきたが、ダイアルはもともとその予定だったことはあえて言わなかった。
だが、道中で予定外のことが起きる。
立ち寄るはずだった村が崩れ落ちているのだ。
小さな村であったが、ほとんどの家が焼かれてただの廃墟と化している。そこら中に村人の死体が転がっている。
生き残りの者に事情をきくと盗賊が領地を荒らしたと言う。さらに数多くの若い女性たちが連れ去られたと。
見過ごすことなどできないので、盗賊を討伐することにした。
連れてきた彼女には村に残って医者に従うように指示をする。最初は拒否していたが強く言い聞かすとしぶしぶという感じで従うようになった。
どうせ、自分が見ている時だけだろうがな。
ダイアルは確信に近い予想をしていながらも、時間が惜しいので彼女は放置して討伐に出向いた。
部下を呼び、指示をだして討伐する。
さすがに人数も多くて容易ではなかったがこちらは厳しい訓練を乗り越えた精鋭部隊であり、数日の間に頭首に縄をかけられた。
連れられた女性たちも大半を救い出すことができた。
その者たちを連れて帰って、そう言えばここに彼女を置き去りにしたことを思い出す。そのことを村人に聞くとすこし興奮したように手を結んで身に覚えのないことを感謝される。
「殿下は、本当にすばらしい方を私たちに寄こしてくださりました。本当にありがとうございます」
なんのことか分からない。くわしく彼女の様子を聞き、別人ではないかと思わず疑ってしまった。
あんな自分の身の上しか憐れることのできない頭がからっぽな女が、寝る暇も惜しんでみんなの看護に努める?
1人1人に励ましの声をかけて痛いといえばそこをさすったりしている?
ありえない。
思わず小さくそうつぶやいて彼女の姿を探した。
すぐに見つかる。小さな小部屋だった。
1人の男性がベッドに寝かされており、その前で彼女が腰をおって布で顔を拭いている。
邪魔にならないように質素な服のそでを布で縛っていた。同様に今は髪を後ろにきつく縛ってやけどの跡をさらけ出している。今までやけどの跡をはずかしがって顔を髪で隠すようにしていたのにである。
「おい」
声をかけると、彼女はびくっと身体を震わせてからこちらを振り返った。
その表情にまた驚いてしまう。
一つになったブルーの瞳が真っ赤に染まり、涙がこぼれおちているのだ。
だが、その眼の輝きは見たこともないほど強いものになっていた。
「その者は亡くなったのか?」
「はい。さきほど息を引き取りました」
その声も本人であることを疑うほど悲しみがあふれたものであった。
「辛い目に合わせたな」
「いえ。わたくしなどよりこの村の者たちのほうが、よほど辛い目にあっております」
その言葉を聞いて、彼女が生まれ変わったことを実感した。だからこそ自分の素性を話してもいいと思った。
「そうか。今まで御苦労だった。これより王宮に帰って事態を父上に説明するつもりだ。ついでにお前も送ってやるから準備しなさい」
「まさか、ダイアル殿下でございますか?」
思った以上に彼女の頭の回転は速く、父上と言っただけでダイアルの身分を感知してきた。
肯定という意味で頷くと、彼女の態度は思ってもいなかった方向に豹変した。
「お願いでございます。わたくしはこのままここで1人でも多く救いたいのです。救うことはできなくても救う手助けをしたいのです。だから、ここに捨て置きください。僭越なことをもうしますが、殿下は一刻もはやく王都にお戻りになり、1人でも多く医師を派遣してください。お願いでございます」
ダイアルは信じられなくて彼女の顔を凝視した。
美しい輝きをしたブルーの瞳に吸い込まれそうになる。別荘にいたときは濁ったような輝きしか見せてなかった。それが今は混じり気のないものに変化している。
ダイアルにはそれが彼女の魂の色に見えた。
顔のやけどの跡の醜さなどその輝きを前にまったく気にならない。
結局彼女の言葉を受け入れて、彼女を残して王都に向かった。
王である父に許可をもらい医師団を率いて村を目指す。
その道中でまた信じられないうわさ話を聞く羽目になる。
癒しの女神フウカの加護者が現れる。
その加護者の力によって盗賊に荒らされた村が癒されたと。
ここまで聞いて、それが彼女であるとまったくもって思わなかった。
医師団には無駄足になるかもしれないと忠告しながら村へと向かう。
そして、近づくにつれて加護者が彼女であることを耳にした。
顔にやけどの跡がある女性で、懸命にけが人たちの看病に携わっているらしいと。
ダイアルはいてもたってもいられなくなり、部下に指示した後一足さきに村へと馬を走らせた。
そして、そのうわさが現実であることを目にする。
あれほど教会中に広がったけが人、病人の絨毯が広いホールから消えている。
その代わりに明るい声がそこら中から聞こえてきていた。
「フウカ様の加護者様のおかげだ」
「ありがたい、ありがたい」
「自分の顔の傷より我らの傷を選んでくださったのだ」
村人に彼女の居場所を聞くが、数人の村人を連れてどこかに行ってしまったと言う。さらに一通の手紙を差し出してきた。
美しい教養豊かな令嬢の字が並んでいる。
ここに連れてきたダイアルへの感謝とここでの出来事、そして親元に戻らずに旅に出ると淡々と書き綴られていた。
貴族の女性が旅に出るなど、あり得ない話だ。それに癒しの加護者だ。他の国に誘拐される危険は十分にある。
ダイアルは連れ戻すために公務の合間に彼女を探すことにした。
精鋭の内偵を使って彼女を内密に護衛させる。
ダイアルはその報告書に眼を通した。