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女神の憂鬱  作者: 灯星
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77.神であるということ

 許せない!許せない!許せない!


 怒りで頭が一杯になる。

 その私の感情の高まりと共鳴するように、呻き声がより緊迫したものになっていった。


「いやぁ!お許しください!」


 その声にはっと我に返って彼女を見る。

 もう顔全体が真っ赤に染まっている。

 痣だったものは破れてやけどの跡のように盛り上がっている。

 だめだ。これ以上する必要はない。

 そう思うのに、力を制御することができない。


「とまってっ!」


 だが、そう願ったにもかかわらず彼女の傷はひどくなる一方だ。

 このままではむごいやり方で命まで奪ってしまう!

 自分のしたことを今さら自覚して身体が大きく震えだす。

 そんな身体を暖かいぬくもりが包み込んできた。


「おちつけ。大きく深呼吸して・・・。そう」


 耳元に囁かれた男性の声。それが誰なのか考えるより先に分かった。


「れ・・・レイヤ」


 抱きしめられ、彼の吐息を感じたことで一気に身体のこわばりが解ける。

 それにより、部屋中に響いていた悲鳴が止む。

 ゆっくりと彼女のほうを見ると、キャシーの顔についていたものと同じ程度のやけどが顔中に広がっている。

 抱きしめられたまま、私は自分が起こしてしまったことの残酷さに、体中の血の気が引くのを実感していた。


 な・・・なんてことを・・・・。


「フウカ。とりあえず、神殿に戻ろう」


 背後から抱きしめてくれているレイヤが、頭を撫でながらそう言ってくれる。


「で、でも」


 私は否定をしたが、有無を言わさずにレイヤが抱きかかえたまま瞬間移動をし、あっという間に私の居室に連れられる。





「彼女の傷を治さないと。私が傷つけた・・・。私は戻るわ」


 そう言って瞬間移動しようとするが、レイヤはより一層私を強く抱きしめる。

 それは行かせないとつよく主張しているように。事実、気持ちを込めるがいつもと違ってまったく景色が変わらない。レイヤによって力さえも封じられているのだ。


「レイヤ、放して!」

「落ち着け、フウカ。人間としての感情に惑わされるな」


 私が彼を振りほどこうとしても、放してくれない。そして彼にしては初めて聞くほど冷静な声で私に忠告してきた。


「なぜ傷を治さないといけないんだ?」


 そう訊ねられて彼の腕の中で抵抗するのをやめて、必死に答えを考える。


「だって・・・私は怒りのまま人を傷つけてしまった。いくらなんでもあれほどの傷を残す必要もなかったのに。だから治すの」

「フウカは人を傷つけるのが嫌か?」


 当たり前のことを聞いてくるレイヤに、逆に正直に応えられず言葉に詰まった。


 な、なんで、そんなことを聞いてくるの?


「お前は女神だぜ?時として天罰を人間に与える必要もある。女やその他の者が犯したことに対しての天罰として、あの程度のやけどを負うのは生易しすぎるぐらいだ。俺が同じ状況になれば、少なくてもその場で命を奪っているか、延々と続く苦しみを与えているね」


 そう言われて初めて、自分のしようとしていることをなぜ、レイヤが止めるのかを理解した。


 ああ。私は自分の身のかわいさのあまり傷を癒そうとしたのだ。人を傷つけたくないという自己満足のために。レイヤが人間としての感情と言うのは本当に的確だ。


 そのことについては冷静に考えるようになれたが、それと反して自分の加護者の死のことが頭によみがえってくる。


 どうして、キャシーが殺されなくてはいけないのか?


 私が癒しの力を与えたから?


 そもそもキャシーに加護を与えたことは本当によかったのか?


 加護さえ与えなければこんなに若くして死ぬ必要はなかったはずだ。


 もっともっと平穏な人生をおくれていただろう。


 キャシーが生まれ変わったきっかけを作ったのはビュアスだ。ビュアスに加護を任せていれば・・・。


 私の頭の中は疑問と後悔で一杯になる。


「フウカ。泣きたかったら泣いたらいいぜ」


 私を後ろから抱きしめていたレイヤが、前に回って私の顔を覗き込む。

 美しく輝かしい顔が私を心配して僅かに眉を顰めている。


「癒しの神のくせに、唇が切れるまで噛みしめて我慢するな」


 そう言うとレイヤはゆっくりと顔を近づけていき、私の唇に彼のそれを触れさせていく。

 濡れた感触が唇に触れる。その時にわずかに痛みを覚えて初めて彼が言うように唇が切れていることを知った。

 労わるようにひどくゆっくりと唇を舐められる。

 優しいその感触に、みるみるうちに私の眼頭が熱くなる。


「キャシーが・・・・。キャシーが・・・ 」


 何度も同じことを言う私に、レイヤは根気よく何度もうんうんと頷いてくれる。 


「私が加護したから。だから、殺されてしまった・・」


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。


 私は小さくそう繰り返す。もうその言葉しか出ないのだ。


「加護者には常にそうした危険があるんだ。俺の加護者でも同じさ。彼女は癒しの加護を望んでなかったのか?」


 レイヤにそう聞かれて、頭を左右に振る。彼女は会うたびに加護したことのお礼を言っていた。この力があるから今の自分が在ると。


「でも、こうなると分かっていてそれでも加護を望んだかわからない・・・」

「おいおい。何を馬鹿な事言うんだ。未来が予知できるわけがねえだろう。時の神のトキであってもできないことだぜ?」


 レイヤがちょっと呆れたようにそう言ってくる。

 たしかに、私が言ってることは無茶苦茶かもしれない。だれも未来がわかったらそれを回避するようにするだろうし、神の世界であっても未来がわかるような道具も存在しない。だからキャシーが加護を受けたことで殺される運命だったなんて誰も分かっていなかった。


「ごめん。なんでも自分のせいにしてた」


 少しずつ気持ちが落ち着いてくる。レイヤの胸に顔をあてる。どくどくとリズムよい鼓動が聞こえてくる。

 人間も神も一緒なんだと、レイヤの体温を感じながらそう思ったところで、遅まきながら自分がレイヤに抱きついている状態であることを自覚した。


「あ、ごめん」


 慌てて離れようとしたが、腰にまわされたレイヤの腕に阻まれる。


「せっかくの役得なんだ。もうしばらくこのままにいさせろ」


 そう言うとより一層抱きしめる力をこめてくる。それによってよりレイヤのぬくもりを感じる羽目になった。

 そのぬくもりを嬉しいと感じてしまう。特に今は。

 私は彼がおちゃらけたことを言いながらも、それが私を慰めるためにしているのだと分かって素直にその好意を受け止めることにした。

 しばらくの間、抱きしめられた状態でレイヤの服を濡らし続けた。

 ひさびさに早い更新

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