76.加護の代償
永らくお待たせしました、お久しぶりです。公爵令嬢が一段落したのでこちらに帰ってきました。しばらくはこちらメインにします。
私はレイヤに呼ばれてたので光の執務室に来た。しかし生憎レイヤはまだ仕事中であった。出直そうか聞くと、じきに終わるからと執務室にある長椅子に座って待つこととなった。そしてじっくりと彼の仕事ぶりを拝見することとなった。
「フウカ様。せっかく来て下さったのにお待たせしてすみませんね」
そう私に話かけてきたのは金色の髪、朱金の眼の身体つきの大きな男の精霊。レイヤの側近であるライだ。
執務室に座って書類に目を通しているレイヤ。その傍でライが書類の仕分けをしながらいろいろな説明をしていた。
「こら、ライ。俺が話しかけるのを我慢してとっとと仕事を終わらそうとしているのに、お前が抜け駆けするのはずるいぞ」
「そんなことを言われましても。レイヤ様は仕事を終わったらフウカ様と過ごされるわけだし、すこしぐらい俺が話かけてもいいでしょう。心の狭い男は嫌われますよ」
「大丈夫よ。こうやってレイヤが仕事をしているところを見るのも楽しいから」
つまらない言い争いをしている二人に小さく微笑みながらそう応える。実際、他の神の仕事ぶりをあまり知らないのでいい勉強になる。特にレイヤのもとには光の領域以外の仕事も多く入ってきているようだ。
真剣な表情で書類に向かっているレイヤの姿は私に向ける表情とまったく違っているのでひどく新鮮だ。
あれから数々の魅力的な神と交流を深めていったが、その中でもレイヤとゼノンの容姿は随一の秀麗さだ。
絶妙に計算されたような顔のパーツ。だれがみても彼らの顔を美しいと思わずにいられないだろう。だが、その美しさはけっして女性的なものではない。身体付きも均整のとれた筋肉質なものだ。
同じ顔なのに、レイヤとゼノンって本当に雰囲気がちがうのよね。ゼノンはいつもすこし意地悪そうな笑みを浮かべているけど、レイヤはその時の感情を隠すことなく顔に出しているのよね。
笑い方もちがうし。ゼノンの誘惑されそうな妖しげな笑みに比べて、レイヤは本当に無邪気な心からの笑み。
どっちにしても威力がすごいので、向けられると心臓がバクバクしてしまうんだけどね。
私は真剣なレイヤの横顔をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えていた。
こうやってみるとやはりこの神の国の最高神として君臨しているのだなと、改めて実感してしまった。
それにしても・・・と眼の前のレイヤを見ながらふと昔に言われたことを思い出す。
『俺はお前の夫かせめて恋人になりたいと思っている』
あれから1年半。といってもここは1年が500日なので私の感覚的には約2年が経った。
オリセントとの使命がなければ、レイヤのあの言葉を受け入れようとしてたんだよね。
それを思い出すと頬に熱がたまってくるのを感じて、思わずレイヤから視線を外してしまった。
幸い、二人ともが眼の前の書類に夢中だったのでこちらの様子がばれることはなかった。
そうしているうちにレイヤが持っていた書類をライに渡すと勢いよく立ちあがった。
「よし。これで大丈夫だ。ライ、後は頼んだ。ダリヤとカーディーにこれらを配っといてくれ。フウカ。おまたせ」
そう言いながらレイヤが私に近づいてきた。
「分かりましたよ。どうぞ、どうぞ。デートでもどこでも行ってきてください」
ライは受け取った書類を整理しながら、そう茶化してくる。
あれ?この誘いはデートだったの?てっきり新しく加護者になった娘についての話だと思っていた。
かといって断る必要もないので、あえてそんな疑問を口に出したりしないけど。
「うるさい奴はほっといて、さっさと行こう」
レイヤがそう言って私を手を差し伸べてきた時、突如頭に小さな声が聞こえてくる。
『フ・・フ・・・ヵ・・・さ・・ま・・・』
え!なに?
聞きおぼえがある女性の声。
「キャシー?」
最近、癒しの加護者になった女性の名前を呟く。
最近では『癒しの王妃』とまで言われるほど賢明ですばらしい王妃になった女性。
『ぁ・・りがとぅ・・・ご・・・』
その声はいつもと違って途切れ途切れで絞るような息苦しい声だった。
何かがあった?行かないと!
「ごめん!レイヤ。私行かないと。加護者が呼んでいるの!」
私は早口でそう言うと、彼の返事を聞くこともなくその場から瞬間移動をした。
!!
私は移動した瞬間に一足おそかったことを悟った。
豪華な一室の中、絶えることのない小さな嗚咽が聞こえてくる。
小さな男の子がベッドに縋りつきながら泣いている。その周りにも数人の女性が目にハンカチを当てている。
その部屋一体に悲しみが充満していた。
「おかぁさま・・・」
男の子が目を真っ赤にして、ベッドに横たわる女性の顔を覗き込む。
その女性の顔にはやけどの跡が広範囲で残っている。私がいくら治してもいいと言っても頑なに彼女はそれを拒んでいた。
『これはわたくしの咎でございます。傷を癒さないからこそ自分を律する事ができると思っておりますので、見苦しいかぎりではございますがこのままでいさせてください』
ここまで生まれ変わった彼女。私は彼女に加護を与えたことを誇りに思っていた。
そんな彼女が今、もうすでに事切れている。
いつかはそうなる運命であることはわかっていたが、それにしても突如で短すぎる別れ。
どうして?何があったの?
私が強く疑問を頭に浮かべると、いきなり映像がフィルムのように脳裏に浮かんできた。
『あの王妃がいるから、いくら攻めても無駄になる』
『癒しの力を持っているからな』
『こうなったら暗殺するしかあるまい』
『だが、相手も警戒して万全の警備をしているだろう』
『なに、王妃を敵視するものはいくらでもいる。そやつらを味方に引き入れれば・・・』
『昔はわがままで傲慢な女性だったくせに、今だと率先して質素な生活を送っているからな。それにいろいろな貴族の不正をあばいたりもしているし、少しでも叩けばほこりが出る者にとっては脅威だろう』
『癒しの力を使われないように、速攻性の毒がいいだろう』
『レイムなら無味無臭で死に至るまでの苦痛が少なく、証跡が残りにくい』
『1人、侍女を捕まえた。彼女にさせるんだ』
『お・・・王妃様。食前酒をお持ちしました』
『ありがとう。あれ?あなた、顔色が悪いわね。体調がすぐれないのではなくて?』
『い・・いえ。大丈夫です』
『そう。無理しないでね』
『きゃ~!!王妃様!』
『王妃様が!はやく侍医を!』
『しっかりしてください!』
『残念ながら・・・。ご臨終でございます』
『・・・何が原因だ?』
『おそらく、速攻性の毒でございます。レイムあたりが怪しいのですが、解毒する暇もないので手のつけようがありませんでした』
「キャシー・・・」
私は全てを知って、彼女の顔にそっと手をあてる。
だれも私の姿を見ていないしそのつぶやきも聞こえていないため、それを咎める者はいない。
こんなに早く失ってしまうの?
私は自分の加護者の死を受け止めることができない。
いやだ。私のキャシーの命を奪った者を許せない。
そう思った瞬間、その場にいた侍女の1人がいきなり大きなうめき声をあげた。
「ぎゃあああ!いたい!いたい!」
映像で出ていた侍女である。顔を両手で押さえて蹲っている。手の隙間から見える顔にはくっきりと赤紫の痣が浮かんでいた。
無意識にそれが私の力によって起こったものであることを悟った。
同時に遠く離れた場所で何人もの人が同じように悲鳴をあげているのが脳裏に浮かぶ。
「我が加護者の命を奪ったことを悔いるがいい」
私は気がつけば、その場だけでなく城中に聞こえる声でそう高々と宣告していた。