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女神の憂鬱  作者: 灯星
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74.奇跡妃

 久々の更新ですみません。


「あれ・・・?」


 私の頭の中でなにかが響く。それがなにかと説明することは難しいが、しいて言えば直感のようなものだ。女神として1年近く生活していくようになってから、時々そのようなものを感じるようになっていた。

 この前にレイヤに指導してもらったので、それが何かわかる。

 地上界の人間が癒しのちからを強く望んでいるのだ。

 その呼び声に意識を強く向けると、一人の女性が泣き叫びながら私の名前を呼んでいた。


『慈悲深き癒しの女神フウカ様!!どうか!どうか!このわたくしの顔の傷を治してください!』


 誰なのだろう。もっとその呼び声の女性を知りたくて意識を向ける。

 すると、いきなり頭の中に映像が浮かんできた。

 豪華な屋敷の中の部屋。そこに一人の女性がベッドで苦しみながら泣き叫んでいる。長い金色の髪を振り乱している。そしてその隙間から見える彼女の顔を見てはっと息を呑んだ。

 美しい切れ長のブルーの左の瞳。しかし、右の眼の輝きは皆無だった。

 右眼の上にかなりひどい痣があった。

 いや、痣ではない。


「やけど・・・」


 熱々の熱湯をかけたようなひどいやけどの跡。やけどを負って間がないのか、まだその皮膚は乾燥もしていない。

 見るからに痛そうである。


「可哀想に」


 よくみるとまだ若い少女である。18歳前後と言った所か。それにそのやけどの跡がなければ、かなり容姿の整った令嬢であったのは容易に想像できた。 

 声が聞えるってことはそれだけの意思があったわけだから、治してしまっていいのかしら。

 私はすこし思案する。しかし次の瞬間、目の前の空間がゆがみ訪問者を報せていた。


「やっぱり、あの愚かな女はフウカちゃんに縋っていたのね」

「え?ビュアスさん?」


 意外な訪問者の声に思わずびっくりして名前を呼ぶ。

 そこには妖艶な金髪の美女が立っていた。しかし、この前とちがって美しい顔の眉間にしわを寄せていてかなり不機嫌そうだ。


「フウカちゃん。その馬鹿な女に癒しは必要ないからね」


 愛の女神はかなり辛らつな口調でそういい捨てる。


「え?彼女を知っているのですか?」

「その顔の傷は私からの天罰だからね。傲慢な容姿自慢の彼女にはお似合いだわ」

「で、でも。さすがにこの傷は可愛そうですよ・・・」


 思わず目の前の美女に反論してしまった。ビュアスは私のその言葉を聞いてより一層険しい表情を向けてくる。


「さすがに癒しの女神だけあってお優しいこと。でもね。そんな女のやけどをフウカちゃんがいくら治しても、私は必ず同じように天罰をくだすわ。これは愛の女神として譲れないところなの」


 ビュアスは形の整った口元を少し吊り上げながら、私に向かって皮肉を言う。この前あったときの楽しげで優しい口調とはまったく異なっていた。


「フウカちゃん。すべての者に力の恩恵を与えるのが神の使命ではないのよ。私が口出すことではないけど、こんな女に施しを与える前に、もっともっと与えるべき者はいるでしょう。声が聞えたら全ての者に恩恵をに与えるの?その者の性質もわからずに?」

「・・・・」


 そう言われて私は口ごもる。確かに私のは偽善だ。もっとひどい怪我をしている人は一杯いるのだから。彼女は自業自得なのだから確かに今治してしまうのはいけないと思う。


「これでも与えるって言うの?」


 黙っている私にビュアスはそう言うと、彼女のこれまでの行動をかいつまんで見せてくれた。

 彼女を一言で言うと世間知らずな貴族のお嬢様である。

 その身体つきから18ぐらいかと思ったが、16歳であった。

 それなりに地位のある両親の元にうまれた一人娘。両親も兄もひたすら可愛がり甘やかし放題。

 容姿もかなり整っていた為に親族だけでなく異性も彼女をちやほやしていた。

 そしてかなり我がままで傲慢な性格になる。

 社交界でも中心的な存在になり、自分に従わないような令嬢を自分の周りの者に制裁を加えさせていた。

 その手段はひどく幼稚で残酷なものである。

 見ていて私は思わず気分が悪くなってしまった。

 根も葉もないうわさを広めて社交界に出れないようにするのは序の口である。

 ある者は服に傷をつけて大勢の前で肌を見せられた。さらには仲妻じい婚約関係にある二人の間に、遊び半分で入って仲をこじれさせたりもした。

 たまたまその様子をビュアスが見ていた。それは愛の女神であるビュアスには到底許しがたい行為だったのだ。 

 そしてビュアスが力を使ってやけどを負わせたのだ。

 婚約者もいたが、それで一変に白紙に戻る。

 なるほど。そう言う事情なのか。

 ビュアスが怒るのも無理ないとは思う。もし自分が彼女の身の回りにいる一人だったら絶対に近寄りたくない人種である。

 だが、彼女の行いを通しで見ていて、本質は良くも悪くも透明なのだと感じた。あまりにも無知すぎる。頭はかなり切れそうなのに周りの者全てが彼女を甘やかし、何一つ思い通りにならないことがない環境を作り出している。

 彼女が無邪気にやっている悪戯がその後、どのような後遺症を残しているのかまったく知ろうともしてない。

 服を切られた令嬢はそのために良縁を結ぶことができずに、40歳も歳の離れた貴族の後家として嫁入りすることとなった。

 婚約関係にあった二人は見捨てられた令嬢が自害してしまい、それを知った男性も後を追う形となった。

 それすら彼女の耳に入っていない。

 無知は罪だと思うけど、ここまでの状況だと逆に彼女に同情を覚えた。

 自分がどれほど世間知らずなのかわかっていないのだわ。

 そんなことを考えていると、愛の女神は呆れたように私を見ながら提案をしてきた。


「納得いかないようね。いいわ。一つ賭けをしましょう。今から彼女に声をかけるわ。一番遠い私の神殿まで彼女自身の足で訪れることができれば天罰を解いてあげる。で、フウカちゃんが治してあげて。どう?これならいいでしょ」


 そう言うエメラルドの瞳は先ほどと違ってひどく楽しそうである。おもしろい玩具をみつけた子供のようだ。

 たしかに彼女にはそう言う試練が必要なのかもしれない。

 その試練によって自分の罪になるほどの無知を自覚できるだろう。

 こうして私は彼女の人生を見守ることになった。






 彼女はビュアスの言葉を聞いて喜びながら旅を決意する。

 そして、数人の騎士を連れて自分は裕福な馬車に乗って旅立った。その馬車に施しを受けようと町の浮浪者たちが近寄る。しかし、彼女は旅の邪魔をする目障りな者として騎士に棒で追い払うよう命じた。

 しかし、その裕福な旅は1週間も持たなかった。

 山越えの時に盗賊に襲われたのだ。

 騎士は見る見るうちに倒されて、付けていた貴金属だけでなく身ぐるみも剥がされて彼女は放り出される。

 助けたかったが私はビュアスとの約束で手出しを禁じられていた。それでも、貞操だけはあまりにも可哀想なのでハヤトにお願いして守ってもらった。

 そんな自分の境遇を彼女は恨んだ。

 ビュアスのせいで自分の人生を狂わされたと愛の女神を呪う言葉も吐く。

 しかし、吐いてもどうにもならないことをここで悟った彼女はついに行動を起す。そばで亡くなった騎士のマントを身にまとって壊された馬車やその場に落ちているものをかき集めて、自分の足で歩き始めた。

 歩きなれないために足には数多くの靴擦れができる。それでも歩き続けた。

 そして3日不眠不休で山道を歩き続けて、その場に崩れ落ちた。

 そこに一人の男性が通りかかる。

 倒れて意識のない彼女を自分の馬に乗せ自分の家に連れて帰った。

 彼女は眼を覚まして、男性にこれまでの事情を思いのままに話続ける。

 すべての話を終えたとき、男性はこう言った。


「それはすべてそなたの咎であるな」


 てっきり同情してくれるであろうと思っていたのに、彼の言葉は今まで聞いたこともないほど辛らつなものであった。

 ひどいと泣きながら睨みつけると、男性はもっと鋭い言葉をぶつけてくる。


「そなたの行動が女神を怒らせたのに、そんなそなたを守って死ななければいけなかった騎士たちにそなたが叱咤するなど、人として許せるものではない。身体が回復するまではここで療養すればいいが、さっさと出て行くがよい」


 あまりにも冷たい態度に彼女は何も言葉が浮かばない。そんな彼女に興味をなくしたかのように男性は背を向ける。


「そなたは醜い。姿形ではなく、心がな」


 その言葉を残して彼女の前から姿を消した。

 彼女は最初は男性の言葉をただの暴言と受け止めて、彼のことをひどく罵った。

 しかし、この家から出て行くことはできない。自分を守る騎士も馬車もない状態で旅を続けることは不可能だからだ。それにここは家と言うよりかなり大きなお屋敷である。数日住んでいて、ここがそれなりに身分のある者が住む別荘であるとわかった。

 自分の家督を告げて迎えにきてもらうようお願いしたが、迎えはこなかった。

 仕方がないので心を殺して男性にお願いをして、家まで送ってもらうことにした。

 しかし、その道中で悲惨な光景を眼にする。

 そこで見たものは崩れ落ちた村である。たくさんあったはずの家が焼かれて見るも無残な有様。そこら中に血溜まりができている。

 それをただただ見ることしか出来ない彼女に代わって、同行していた男性が生き残りの者に話を聞く。

 隣接する山から盗賊がやって来て領地中を荒らしていったと。

 半数以上の村人が命を奪われ、残りも大勢が怪我を負わされている。連れ去られた歳若い女性も数多くいた。

 男は彼女に怪我人の手当てを命じる。

 そんなことできるわけがない。した事もないし、自分がするべきことでもない。

 そう彼女は反論するが、男は威圧的な態度でそれを封じた。

 彼女がしぶしぶ医者に従うようになったのを見届けてから、男は連れ去られた者を救うためにその村から出て行った。 

 彼女は嫌々ながらも医者の指示に従う。

 心の中で貴族である自分がなぜこんなつらいことをしなければいけないのかと思いながら。

 それは今まで、ほとんど重いものを持ったりしたことない彼女にはあまりにもきつい仕事である。だが、目の前で亡くなって逝こうとしている者、大怪我を負って呻いている者、痛みに泣き叫んでいる者の前で弱音を吐いて仕事を投げ出すことはできない。

 できないなりに医者に一から十まで聞きながら一つ一つ雑用をこなしていった。水を汲んできたり、人の身体を拭いたり、包帯を巻いたり、男性の服を着替えさせたりもさせられた。

 そんな中、彼女の心の中で小さな革命が起こり始めていた。

 何かをするたびに、自分の顔を真正面から向き合ってお礼を言われるのだ。顔にやけどを負ってから自分のこの醜い顔をきちんと見てくれる者はいなかった。

 最初は嫌々させられていたが、徐々に自らの意思で看護に努める。

 思えば、自分から何かをしようと思ったことは何もなかった。

 看ている者が腰が痛いと言えば、さすってあげたりもした。

 関わっていた者がありがとうと言いながら息を引き取った瞬間、我も忘れたように大泣きをした。

 そんな彼女を見て、私は彼女が変わった事を感じ取った。

 その後も彼女の様子を時間がある限り見守り続ける。

 懸命に医師の助手を務めてると男性が戻ってくる。

 戻ってきた男性は彼女の行いを知り、自分の身の上を話す。

 彼は隣の国に留学中の王子で、国に帰る前に別荘に寄っていただけであった。

 それを知った彼女は彼に懇願した。

 一人でも多くここの人が助かるように医師を手配してほしいと。

 自分のことしか考えることが出来なかった彼女が、自分のことを後回しにして目の前の人たちを救うため力を尽くしていた。

 このとき、私は彼女に力を授けたいと言う思いが強くなった。

 たしかに今までは愚かな行動ばかりしていた。でもそれを自覚した彼女は身を削るような献身さで、名もない村人に接している。そしてその彼女の表情は醜い傷があっても美しかった。

 私は愛の女神のビュアスに彼女の状況を報せた。

 すると、ビュアスは彼女の目の前に姿を現す。


『そなたの顔を治すのと、そこにいる者の傷を治すのとどちらか選ばせてあげよう。どうする?』


 彼女は即答した。


『みんなを癒して!』


 それは旅をする前の彼女ではありえない回答であった。

 こうして私はビュアスに許可を貰って彼女に癒しの力を与えることにした。

 そして、彼女はそこで奇跡を起す。

 王子は彼女に求愛をするが、彼女は今までの自分の愚かさから彼を受け入れることはしなかった。

 彼女はそれから自分の親元に帰るのではなく、見聞を広げるために数人の村人を連れて旅に出る。

 王子は彼女を諦めることなく、長い間二人の追いかけっこが続いた。

 やがて熱心な王子に絆されるようにして彼女は求婚を受け入れた。  

 やがて二人は結婚することとなる。

 しかし彼女は生涯やけどを負った自分の顔を治すことはなかった。

 だが、そんな彼女を王となった彼は深く愛していた。さらに彼以上に民衆たちが彼女を受け入れていた。

 この村での出来事は『奇跡妃』または『癒しの王妃』として、後々に名を残すこととなる彼女の最初の行いである。

 フウカの話と言う感じではないですね。久々なのにごめんなさい。でも、今後のフウカに関わってくる予定ですので。私にしたら長い話になりましたw

 

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