68.再び戦場へ
「本当によかったのか?」
オリセントを目指して跳ぶとまだ部屋にいた。私が着た途端に心配そうに聞いてくる。おそらくハヤトのことと私が戦場にいくこと両方を気にしているのだろう。
「うん。ハヤトはエダが喜んで引き受けてくれたよ。ハヤトもここに慣れるためにも、いつまでも私といるより色々な神と話とかしたほうがいいと思うから」
「そうか。だが、それだけでなく今から行くのは、お前が2回みた戦場以上に激戦区になるが大丈夫か?」
やはりそうなのか。オリセントが急いで行こうとするのだから、そうなんだろうと予想がついた。
「ねえ。オリセント」
私は名前を呼んで大きく深呼吸をひとつついてから、気持ちを伝える。
「だからこそ、私は来たの。いつまでもみんなのお荷物になるつもりはないから。それに、守護神が生まれたらオリセントが行く全ての戦場に、私も一緒に行くって決めていたのよ」
それが私の使命だから。いや、それだけが理由ではない。オリセントが1人で傷ついているのを知らない顔していられないからだ。
「そうか。ありがとう。だが無理はしてくれるなよ?」
「うん。大丈夫。あ、そうだ。これもらってくれる?」
手に持っていたペンダントの存在を思い出してオリセントに差し出す。無言で受け取り石をじっくりと見ている。
「わざわざ癒しの神気をこめてくれたのか?」
「うん。赤の石のほうだけだけどね」
実は両方の石に込めることも可能なんだけど、一つだけにしておいた。内緒だがハヤトが力を身につけたら、もう一方に守護をこめてもらおうとひそかに思っているからだ。やはり戦に一番に出ている彼には癒しと守護両方あったほうがいいだろう。
彼は紐を首にまわしてさっそく身につけてくれる。
「ありがとう。じゃあ時間ないから行くぞ!」
オリセントがそう言いながら私の手を取ると周りの景色が一転した。
「ひぃ!」
目の前の壮絶な状況に思わず息を飲み込む。
もうすでに多くの者が屍と化し大地は赤く染まっている。
ここはもうすでに戦場後だった。
その様子を見て自分の甘さを痛感してしまった。
どこが大丈夫なのか。2回ほど経験しただけで知っているつもりになっていた。こんなのに慣れる日が来るのだろうか。
ここから逃げ出したい気持ちを消し去ることはできない。無意識にその地獄に近づこうとするオリセントの腕から、逃げ出そうとして手を突っ張っていた。
「フウカ。大丈夫か?」
頭の上から心配そうにオリセントから声をかけられて、自分の身体がひどく震えているのに気がつく。
だめだ。こんな情けないことだったら人間界の乱世を終わらすことも、目の前の大切な人の助けをすることもできない。
目を閉じて大きく一呼吸する。自分の気持ちを落ち着かせてからゆっくりと目をあける。
当たり前だが、現状は変わらず見渡す限りの大地は血と屍で埋め尽くされている。だが、今度は冷静にそれを見ることができた。
「もう大丈夫よ。この戦いはなぜ起こったの?」
「民族間の小さな小競り合いから、大国間の大きな戦争まで発展してしまったんだ」
もともと2つの国が合併したために2つの民族が一つの国に住んでいた。だがその民族間の溝は埋まらずに常に小競り合いが続いていた。その隙をねらって隣国が攻めてきたのだ。小競り合いをする一方の民族とルートが一緒だから手助けという名目を付けてだ。
「もうすこし早く来れたらよかったのに・・・。ごめん、私が引き止めちゃったから」
神の国では僅かな時間だったが人間界では数日は経っていただろう。それならオリセントはもうすこし早くここに来ることができたはずだ。
後悔で一杯になるが、オリセントは大きく頭を振る。
「ちがうぞ、フウカ。俺が一人でやってきてもこの戦争については静観するしかないんだ」
オリセントをみると苦しそう眉間に皺を寄せている。
「これは魔法によるものだ。おそらくレイヤが加護を与えている者だろう」
そう言われて周りをみるとどう見ても武器による傷でなく、焼かれた跡が目立つ屍が多いことに気がつく。
「それに、この戦いは必然なんだよ。止めるわけにはいかない。戦いには無意味なものと意味のあるものがある」
人と人が殺しあうのが必然?どう言うことなんだろう?私には到底理解しがたい。
「人間には生きていくためにどうしても必要なものがある。何か分かるか?」
今までは考えも付かなかったが、実際にこうして生々しい戦場を見ることでそれが何か思いつくことができた。
「食べ物?」
愛情や財宝でもない。強いて言うなら食べ物を耕すための土地だ。
「そうだ。国を治めるものは飢饉などで、国の者すべてに与える食糧が足らなくならないようする義務がある。だが、それを怠っていた国の統治者が一方の民族のみを優遇したために、もう一方が家族に食べ物を与えるために立ち上がったのが発端だ。ここまで大事にならないようしたかったが、それでもこれが無ければここで命を無くした何倍もの人が餓死していただろう」
犠牲をまったくなしで生きていくことは限りなく不可能である。オリセントの言葉は私にはひどく重く感じた。
「・・・ねえ。せめてまだ息のある者だけでも癒しを与えてもいいかな?」
わずかにしかいないだろうけど、できることはしたい。
「ああ。俺からも頼む」
その返事を聞いて私は息を吐きながら神気を身体の中心に集めてようとする。だが、すこし集中力が足らないのか上手くいかない。
「前に渡した弓を使うがいい」
そう言われてもらった弓の存在を思い出す。たしかに集中力を高めるには一番いいかもしれない。
その姿を思いおこすとすぐに手のひらの中にそれは現れる。
私はこれをどう扱えばいいかすぐに理解していた。神としての本能のようなものだ。
集めた気は光の矢に変貌をとげる。
それを弓にかけてゆっくりと引く。不思議なものでほとんど重みを感じない。放つ前の姿でしばらく矢先に神気を集める。
よし!今だ。
私は両腕をのばして壮絶な状態の大地に向かってそれを放った。
真っ赤に染まった大地をそれ以上の大きさで光が広がる。
癒しの力を送れたことを感じ取っていた。
しかし、前に与えたほど脱力感はない。最初など気を失ってしまったぐらいに大変だったし、2回目は人数が少なかったがそれなりに疲労感が漂っていた。今回は初回より広範囲の力を要したはずなのにそれほどしんどくない。
この弓のおかげかな?
力が安定してきたのもあるだろうけど、やはり集中できたという点では弓に乗せることができたことも大きいだろう。
「さすがだな。すぐに扱えるようになるとは」
オリセントが頭を撫でながら褒めてくれる。自分でもここまでできるとは思わなかった。
礼を言いながら大地を見る。
やはり大半の者はもうすでに息絶えていたが、4人に1人ぐらいの割合でおそるおそる立ち上がる。
え?どうして?
起き上がった者たちは一瞬何が起こったか分からないようにその場に立ちすくんでいたが、目の前の敵を見るとふたたび武器を構え始めた。
『やめなさい!!!』
気が付いたら私は大きな声で叫んでいた。それもみんなに聞こえる声で。
再び争うために癒したわけではない。だが、そんな彼らにどう説得すればいいか戸惑ってしまう。オリセントも必要な戦いであったと言っていたではないか。やはり安易に癒しを施してはいけなかったのだろうか?
困惑している私の頭を一回軽く撫でてからオリセントが任せろとばかりに前に進み出た。
『我が名はオリセント。もうすでに勝敗はついたのにお前たちはまだ戦うと言うのか?癒しの女神からの施しによって永らえた命を、そのようなことの為に使っていいものではない』
オリセントの声が天空からその場にいる全ての者に届く。姿は見せずに声だけだ。姿を見せると彼らの闘争心に火が付いてしまうからだろう。
地上に居る兵士たちはその言葉で戦意を完全に失ったようで、次々と武器を地に落としていった。数多くの者が涙を流している。
『自分の地に戻り、武器を鍬に変えて大地を耕せ。それがここで命拾いした者の使命である』
オリセントはそれだけ言うと私のほうに向きなおす。その表情はひどく優しげだ。
「フウカ。そんなに一々、自分がした行動に後悔しなくてもいい。お前は十分やってくれている」
そう言われて私がその言葉を一番欲していたことに気が付いた。どうしてオリセントはここまで私に対して優しくできるのだろう。
嬉しくてあふれそうな涙を抑えながらオリセントに抱きついた。オリセントも私の身体に優しく腕をまわしてくれる。
今までは私がなぜ癒しの女神なのだろうと言う気持ちでいっぱいだったが、彼が戦神であり私が癒しを司ることができたことに心の中で感謝した。