66.三人の神との初対面
オリセントは神妙な顔つきで彼を見ているハヤトに、小さく笑いかけながら片手を差し出した。
「戦を司っているオリセントだ。いろいろと思うこともあるだろうが、まずは歓迎させてくれ」
それに対してハヤトは慎重に手を伸ばしてオリセントと握手する。
「えっと・・ハヤトです。正直どう言ったらいいか分からないですけど、よろしくおねがいします」
ハヤトはかなり戸惑いを見せていた。どう接すればいいのか迷っているようだ。
「あ、あと。あね・・・じゃあなかったフウカがお世話になっています」
ハヤトはそう言って日本人らしく軽く頭をさげた。それに対して手を握ったままオリセントは優しい笑みを口元に浮かべる。
「いや。お世話になっているのはこちらだよ」
そう言ってお互いに握手を解く。オリセントは続けて笑みを浮かべながらハヤトに提案する。
「オリセントと呼んでくれ。ハヤトにしてみればいきなり俺を父と呼ぶことに抵抗があるだろう。だから、同じ神の仲間として接してくれたらいい」
さすがにオリセントもハヤトのとまどいがわかったようで、彼のほうからそう言ってくれる。
「すみません。気を使わせてしまって。そう言ってもらえると助かります。フウカも姉だったので今更、母と思うことはできないんですよ」
ハヤトもオリセントからそう言ってもらって安心したようだ。本音を伝えてくる。
「仲間なんだからできれば敬語は止めてくれるとうれしいが?これから俺たち3人は接することも多くなるだろうしな」
緊張の趣でオリセントのほうをみているハヤトに対して、オリセントは片手をそのハヤトの頭にぽんっと手を置いて、すこし前かがみになりながら視線を合わせる。そんな戦神の行動に対してハヤトはどうしたらいいか、こっちに振り向きながら目で助けを求めていた。
「それはそうね。ハヤト。そんなに緊張しないで普通にしゃべって大丈夫よ?」
気にしなくてもいいといっても、オリセントにしたらハヤトは自分の娘なのだ。敬語使われていたら悲しいだろう。それに守護神として戦神とは深い関わりを持つようになるのだから、普通に接したほうがいい。
「そ、そうは言うけど、姉貴。いきなり会ったばかりの人に敬語なしでしゃべれるかよ」
オリセントは大柄だし、軍人のような威圧感もあるのでハヤトが戸惑うのはよくわかる。
「ん~。気の持ちよう?私も最初は敬語なしにするのに、意識しないとだめだったけど今はまったく普通にしゃべれているよ?」
自分もそうだったことを思い出した。同志と言ってくれてうれしかったから出来るだけ意識して普通に話すようにしたものだ。
そう言えば出会いは庭園の噴水に跳んだところを助けてもらったのよね。
と、思わずオリセントとの最初に出会った時のことを思い出した。
「フウカも最初は敬語だったな。それより前にいきなり空から飛んできてびっくりしたが・・・」
どうやらオリセントも同じだったようでおかしそうに口元を上げながら、それを言ってくる。
「そ、それは言わないで。あの時は恥ずかしかったんだから」
服が濡れてしまって肌がみえてしまうぐらいになったことを思い出して恥ずかしくなる。思い出したことを消すように私は手をおおげさに振った。
と、ここでハヤトを話の置いてきぼりにしてしまっていたことに気が付く。案の定、ハヤトはすこし呆れた表情でこちらを見ている。
「あー。オリセント。フウカみたいにノーテンキでないんですぐには無理だけど、徐々に普通に話できるようにします・・・じゃあなかった。普通にはなすよ」
ハヤトはあえて突っ込まずに、オリセントになんとか敬語なしで話すようにしてくれた。
私がノーテンキってえらい言われようだ。でも、頭のなかに一つの声が響いてきたために、反論しようと口を開いたが言葉として出ることはなかった。
『フウカ。生まれたと聞いたが、どんな感じだ?もし会うことができるようになれば、俺とゼノンがそちらに行くようにするからいつでも声をかけてくれ』
それは光神のレイヤの声だ。ハヤトが目を覚ましたことも感じ取ったのだろう。でもオリセントから事情を聞いているためにこちらの様子を聞いてから会うようにしようと思ってくれているようだ。
「ねえ。ハヤト。ここの責任者であるレイヤとゼノンがハヤトの気持ちが落ち着いたら、ここに来たいと連絡があったんだけどどう?」
とりあえず、ハヤトに聞いてみる。いきなり絶世の美男子の双子が現れたらびっくりするだろうと思ったからだ。それに対してハヤトはため息交じりに言いながらうなずいた。
「どうせいつかは会わないといけないんだろ?だったら会うよ」
ハヤトは私に分かる程度にわずかに顔を強張らせる。責任者と聞いて緊張したのだろう。
「それほど緊張しなくてもいい人たちだから安心して。じゃあ呼ぶよ?」
ハヤトがしっかりとうなずくのを確認してから私はレイヤとゼノン両方に声をかけた。
すぐさまに部屋の空間が歪んで、金と黒の色違いの青年二人が姿を現す。
「これはこれは・・・。俺はレイヤだ。光を司っている。で、こっちが闇の神のゼノンだ。一応ここで一番古株ってことで責任者のようなもんだ」
レイヤはハヤトの姿を見てながら簡単に挨拶をする。そのすぐそばでゼノンも黙ってハヤトを見つめていた。
「ハヤトです。よろしくおねがいします」
ハヤトは日本人らしく軽く頭を下げながら二人にそれだけを言う。それぐらいしか言う言葉が見つからないのだろう。
「やはりフウカと一緒で名前あるんだな。そのままの名前でいいのか?」
「あ、はい。変えないでください」
レイヤが名前について聞いてくるのに対してハヤトは即答した。さっきも言っていたけれどやはり変えられたくないのだろう。
「うーん。フウカよりは安定している神気だな。だが、まだまだ不安定ではあるようだ。守護の神であることは自覚あるか?」
そう言われてハヤトは考えるというより、伝える言葉を選ぶためにしばらく考え込んでいるようだ。
「すいませんが、さっきも言われたけれど守護の神とか言われてもまったくわかりません」
やがてレイヤにはっきりとそう告げる。それはそうだろう。私も同じ状態だった。癒しの力とかいろいろなことができて初めて人外になったと自覚したのだから。まだまだ神としては自覚が足らないぐらいだ。
「それについては私と同じで、いろいろと力の勉強とかしていけば自然に分かってくると思う。と言っても私もまだまだ自覚少ないんだけど」
私はレイヤとゼノンにそう言うと、二人とも大きくうなずいてくれた。
「そうですね。しばらくはフウカと一緒に力やこの世界について学んでいけばなんとかなるでしょう」
ゼノンが私とハヤトを二人とも見ながらそう言ってくれたことにほっと息を吐く。私もそれができればと願っていたからだ。
レイヤは居心地わるそうに突っ立っているハヤトにすっと手を差し出して、握手を求めながらこう言った。
「ハヤト。いきなりこんなことになってとまどいはあると思う。だが、俺たちは君がこうしてきてくれたのを心から喜んでいることをわかってくれ。守護の神としてよく誕生してくれた」
続いてゼノンも歓迎を口にしながら同じように手を伸ばしてくる。
「私としては守護の神としてももちろんとても嬉しいですけど、人間の記憶を持ったまま神として過ごしているフウカのためにも、あなたがそばに来てくれたことを心強く思っています」
ハヤトは二人から手を伸ばされて順番に軽く握手していった。すこし戸惑いも見せているが歓迎されていることは充分わかったようだ。
「ありがとうございます。フウカは俺としても大切な姉だし、ここで幸せに暮らしているのはあなた方のおかげでしょう。俺はまだ正直実味ないし、守護の神と言われてもなにもできないですけど、別に日本に未練はないですし、こちらでお世話になるのもありかなって思っています」
ハヤトはゆっくりとそう言うのを、私は嬉しい気持ちとせつない気持ちで聞いていた。
嬉しいのは私のことを大切だと気にかけてくれたこと。そしてせつないのは日本に未練がないと言うこと。おそらく、私がいなくなったときに周りの人の記憶や痕跡が無くなったことを、ハヤトは一番実感しているから、今更戻れないことを分かっているのだろう。だから前向きにここでの生活を考えるしかないと、思おうとしているのだ。
「ただ、この姿は正直勘弁してほしいんですけど」
じっと見つめていた私に気が付いたようで、ハヤトは苦笑いを私に返しながらあえて軽い口調でそう言う。それに対してゼノンが魅惑的な微笑みを浮かべながらハヤトに返答した。
「あなたにはその姿は不本意でしょうが、そうなった理由も必ずあるのだと思いますよ。フウカとあなたが人間の記憶を持ったままここの神に転生したのにもね」
言葉よりも目の前の美形な青年の微笑みに、ハヤトはしどろもどろになってしまっている。よく見るとわずかに頬が赤い。最近ではだいぶ耐久力がついてきたけれど、私も最初はゼノンのこの笑みには固まっていた記憶がある。
しかし、やはりゼノンの微笑みって女男問わずに絶大な効力があるのだなって、しみじみと思ってしまった。
「悪いな。さすがに性別とか外見は俺たちにもどうすることもできないんだ。ゼノンのいうようにそういう運命だったと思って諦めてくれ」
ゼノンの隣でレイヤがわずかに片方の口元を上げ、苦笑しながらハヤトに慰めになっているか微妙な慰めの言葉をかけた。同じ顔なのに笑い方が本当にちがう双子である。
「分かってますよ。受け入れたくないですけど、受け入れるしかないのでしょ?」
ハヤトは本当に不本意という口調でぶつぶつつぶやく。
「そうですね。とりあえずはフウカと一緒にここの事などを学んでいってください」
ゼノンの言葉でこの場はお開きになり、レイヤとゼノンはすぐに来たときとおなじように姿を消していった。
「じゃあしばらくは二人で色々と話ししたいだろうし、俺も部屋にもどるぞ。今日はずっと神殿内にいるから用があればいつでも呼んでくれ」
オリセントもそう言い残して部屋からいなくなり、ようやくハヤトと二人っきりになった。
その途端に目の前の少女は緊張の糸が切れたかのようにベッドに倒れこむ。
よほど、気を張っていたようだ。
私は少女が寝そべっている身体の横に腰掛けてしばらくの間、ハヤトを労うように頭を撫でていた。