65.着替え
「とりあえず、服どうにかしないとね・・・」
私はハヤトの姿を見てどうしたらいいか考える。スカートなんか履かせるわけにもいくまい。男性の物を着せるべきだろう。
セレーナなら用意してくれるかな?
そう思って心声でセレーナに声をかける。ノアに声かけずにセレーナにしたのは、ハヤトにとって落ち着きのある彼女のほうがいいだろうと判断したからだ。ノアだといきなりハヤトに質問責めしてしまうかもしれないし。
『セレーナ。すこしお願いがあるんだけど、手があいてたら来てくれないかな?』
すると返事することもなくすぐに空間がゆがみ、闇の精霊であるセレーナが姿を現す。となりでハヤトがびっくりしている。確かにこんな美女がいきなり姿を現したらびっくりするよね。
「フウカ様。もしかしてそちらの御方は・・・」
セレーナもハヤトの存在がやはり気になるようで、二人ともお互いを見つめあっている。
「うん。守護の神よ。とりあえず説明は後にして、ゼノンたちに会わせるのにこのかっこだとどうかと思うので、服を用意してもらえないかしら?」
やはり今か今かと待っているであろうオリセントとレイヤ、ゼノンにできるだけ早く会わせないとだめだろう。だからセレーナには説明を省いてさきにお願いする。
「おめでとうございます!フウカ様、守護の女神様。分かりました。さっそくご用意させてもらいますわ」
セレーナも状況が分からないなりにお祝いを軽く言うだけにとどまって、私のお願いを聞いてくる。さすがに優秀な侍女だ。
セレーナにして正解ね。
と、私はここで重要な注文を言う必要があることを思い出して、さらに注文をつける。
「あのね。難しいかもしれないけど、男性の服にしてもらえるかな?なければせめてズボンのものでお願い」
それに対して、セレーナは一瞬とまどいを見せたけれどすぐに分かりましたと手を空に振る。
それと同時に彼女の手の中に白と黒の布のような物が舞い降りる。
「すげぇ~。魔法のランプだ」
隣でハヤトがそうつぶやいている。やはり姉弟だ。思いつくことが一緒である。
セレーナが私にいきなり現れた服を差し出してくれる。
すこし丈の長い詰襟の白の上着と黒いズボンだ。これならハヤトも着る気になるだろう。
「このようなものでいかがでしょうか?もし丈など長ければ調整いたしますので、着替えて頂けますか?」
セレーナが今度はハヤトに向かってそう言う。
「う、うん。わかったから君も姉・・・フウカも出て行ってくれる?着替えたら呼ぶから」
そう言われてセレーナは驚きを隠せない表情で私のほうを見る。ハヤトの気持ちもよくわかる。いくら女の身体になったからといって、こんな美女の前で着替えたくないだろう。それに、着替えるためには自分の身体をみなければいけない。一人で落ち着いてやるつもりなんだと思う。
「わかったわ。廊下に出ておくから。時間かかってもいいからね。わからないことあったら呼んでちょうだい」
私はハヤトに服を渡すと、どうするべきか迷っているセレーナの背中を押しながら扉の向こうに行くことにした。
「セレーナ。あの子、私の弟なんだ」
ハヤトが服を着ている間時間ができてしまったので、セレーナに軽く説明することにした。セレーナはあえて疑問を口にしなかったけれど、頭の中ではわからないことだらけだろう。さすがにこのまま放置は可哀そうだ。
私がそう言うとより一層驚きを顔中に出す。こんなに表情豊かなセレーナは初めて見る。それほど衝撃があったのだろう。
「フウカ様のお・・おとうとぎみですか?ですが・・・あのお姿はどうみても・・・」
おそるおそるという感じで私に聞いてくる。たしかにあの姿だと女にしか見えないだろう。事実女の身体なんだし。
「うん。なぜか身体が女として誕生しちゃったみたい」
「そ・・・それは・・・」
私が事実を告げるとセレーナは困惑した表情のまま、どう返事したらいいか言葉を必死にさがしているようだ。
「とりあえず、オリセントとレイヤとゼノンには会わせるわ。でね。もしセレーナさえよければ、あの子を私にしてくれたみたいに支えてくれないかな?私はだいぶ慣れてきたから。あ、もちろん、セレーナがいいって言ってくれたらゼノンには私から頼むから」
ここで思いついたことをお願いする。だいぶ一人で色々とできるようになったと思うし、すぐにセレーナもノアもいなくなったら困るけれどノア一人でも大丈夫だろう。まだまだ色々と戸惑っているだろうハヤトには、彼女のように落ち着きがあってしっかりとした人が付いていてくれたら私もうれしい。
レイヤたちならほかの精霊たちを付けてくれたりするんだろうけど、どうせならよく知っているセレーナに任せたい。
「もちろん、それは光栄です。守護の神様もしばらくはフウカさまと一緒に過ごされるのでしょうし」
セレーナはすぐに了承してくれる。あとはゼノンにお願いするだけだ。
彼女が言うようにしばらくはハヤトとできるだけ一緒にいたほうがいいだろう。
幸い、この部屋の続きに小さな部屋があるがほとんど使っていない。20畳ぐらいあるこの部屋でも十分ベッドを置けるのだが、さすがに元姉といっしょに寝たくはないだろう。だから、しばらくは隣の小部屋に簡易ベッドを運んでもらって、私がそちらに寝るようにしよう。
セレーナにそう告げるとそのことも了承してくれた。ほんとうに助けられているなと思う。彼女なら自分がいない間ハヤトを任せていても大丈夫だろう。
「あ、ハヤトって言うのよ。名前変更する気がないって言ってたから、そのままになると思うからそう呼んであげてね」
「ハヤト様ですね。わかりました。できるかぎりハヤト様のお力になれるように努めます」
私がセレーナに名前も告げてなかったことを思い出してそう言うと、セレーナは力強く頷きながら頼もしい返事をくれた。
ここで、待っていた扉の内側から少女の声が聞こえる。
「あね・・・フウカ。ちょっと入ってきて」
今までは外見ばかり気にしてたけれど声だけを聞くと、声もしっかりと少女の声になってしまったんだなって感じてしまう。話口調は男のモノだけど。
セレーナにはそこで待機してもらってそっと扉の中に入ると、ハヤトはきちんと服を着替えていた。大きさはちょうどよかったみたいだ。男性の服装をしてて中性的な顔立ちだからボーイッシュな感じになっていた。
ハヤトの表情は一仕事したみたいに疲れ切っていた。自分の身体を向き合うのに気力を使い果たしたのであろう。
「うん。いい感じになったね。ハヤト大丈夫?」
大丈夫ならオリセントやレイヤ、ゼノンに会わせなければいけないと思うが、気が乗らないのであれば強制しないほうがいいだろうと思って私は聞く。するとハヤトは目の前で大きく深呼吸をひとつしてから答えてくれる。
「ああ。着替えるだけで本当に疲れたぜ。でも一番上の神とかに会わないといけないんだろ?それぐらいはやるよ」
覚悟を決めてくれたようだ。我が弟ながら本当に潔いなぁ。昔から私より優秀で意外と気くばりのできる弟の変わらないところに、私はうれしく感じていた。
「その前にオリセント呼んでもいい?やっぱ彼が一番あなたと会って話するのを楽しみにしているから」
やはり一番守護の神を欲していた彼にきちんと会わせてあげたい。オリセントは気を使って遠慮してくれたけれど、本音は一緒にハヤトと接したいと思っているのは分かっていた。それにレイヤたちのところに行くのに彼もいたほうがいいだろう。
「ああ。でも、あの人を父親として接しろって無茶な注文はやめてくれよ」
ハヤトは自分の頭を無造作に掻く。しかし、いつもと違って髪が長いので指に絡まってしまって、それをすーと腕をのばしながら自分の髪をひっぱっていた。その表情はお世辞にも楽しそうではない。自分の髪の毛に八つ当たりをしている感じだ。
「オリセントはそんなこと要求しないと思うわ。詳しくは後できちんと話するけれど彼は、ハヤトが生まれてくるのを100年以上待ち望んでいたからね」
私はオリセントがハヤトに父と呼ぶことを強制することはないだろうと、確信持って言える。事情を知っている以上、守護神として接するはずだ。だからこそ二人を会わせたい。
「なんで?」
隼人は当然の質問をしてくる。親だから子供に会いたいという話ではないことは100年と言われてすぐわかったのだろう。
「あなたが守護の神だから。自覚はまだないだろうけどね」
「な~るほどね。と言ってもよくわからないけど」
ハヤトが乾いた笑いをしながら頷くのを見て、まずはセレーナに心声で、服の直しが不必要なこととオリセントを今から呼ぶことを伝える。いつまでも扉の向こうで待機してもらっているのは悪いからだ。とりあえずベッドの手配に動いてもらうことにした。
それからオリセントを心声で呼ぶ。
ほとんど待つこともなく部屋の空間がゆがみ、黒髪の大柄な戦神が姿を現わした。