62.生命の草原
それから3日ほどゼノンやレイヤ、オリセントとダリヤも加わって代わる代わるいろいろな事を教わり何事もなく過ぎ去った。
ゼノンにしてもレイヤにしても今まで通り普通に接してくれている。
オリセントはやはり忙しいようでそれほど時間を取れないが、一日一度は顔を見せてくれていた。
私の気は一段とマーブル状になり、金平糖のような色が強くなっていく。
もう6日目だ。1週間ぐらいってことはそろそろ産まれてもおかしくないんだよね。
今日はだれが来てくれるのかな?
そう思っていると脳裏に声がひびく。オリセントのものだ。その声のあと、すぐに部屋の空間がゆがんで大柄な戦神が姿を現す。
「おはよう」
私はそう声かけしながら、注意深く彼の姿を見る。いつもよりずいぶんラフな服装だ。
「おはよう今日は仕事が入ってないから俺がフウカと一緒にいれるぞ」
そう聞いて私は思わず顔が綻ぶ。忙しい彼だからこそ一緒にいられるのはうれしい。
たぶんにやけてしまっているだろう私の顔を見ながら、彼も楽しそうに私の頭をなでながら聞いてくれる。
「ずっと部屋に閉じこもるのもいやだろう?どこか行きたいところはあるか?」
そう言われて少し考える。考えてみれば私はあまりこの神殿から出たこともなく、知っているとしたらエダの湖ぐらいだ。そう言われてあることを思い出す。
たしか、それぞれの神に聖地があるって言ってたっけ?だったらオリセントもあるのかな?
そのことを聞くと頷きながら教えてくれた。
「ああ。しばらくは行ってないが、あることはあるな。だが、草原だから行っても何もないぞ?俺の武器などの保管と訓練場代わりにしているだけだから」
戦神だけあって、すばらしい景色とかではないようだ。でも武器と言われてちょっと気になることがある。
「もしかして弓矢とかもあるの?」
私自身が昔弓道をしていただけに、そういうのには興味があるのだ。アーチェリーもかじった程度だができる。
私もしたいけれどやはり今は控えたほうがいいだろう。それでも興味は消え去らない。せめて戦神であるオリセントの弓矢の引き方を見学したい。
「へんなものに興味示すな。ないわけがないだろう?」
そう言われていつにもない熱意を示して、そこに連れて行ってもらうことを懇願する。
「お願い!連れて行って、弓矢の引き方を見せてほしいな」
人間界で誰かを殺めるためでなく精神統一や礼儀を学ぶために弓の練習をしていたと告げると、戦神はびっくりしたような顔を一瞬見せる。こうして本日は戦神の聖地である『生命の草原』に連れて行ってもらうことになった。
草原というだけあって確かに何もないが、地を埋め尽くしている草は青々と茂っていて寝ころんだら気持ちよさそうだ。草原のそばには石の小屋があり中に入れてもらうと、所狭しと数え切れないほどの武器や装具などが並べられていた。
さすがに戦神の聖地だけあるなと感心してしまう。弓矢も数多くの種類が置かれている。
その中で一番和弓に近い形のものを選んでその引く姿を見せてもらうことにした。
すごい。
想像以上に彼の美しい弓矢の引き方に思わず見とれてしまう。
さすがに戦神であるだけに、私では開くこともできないであろう強弓をいとも簡単に引いている。その姿が縦にも横にも一本の直線が身体に通っている。これほど美しい射法は初めて見る。それでいて弓道の倍以上はありそうな距離に置かれている小さな木の的に的確に当てている。
オリセントは10本ほど引いてからこちらに近づいてくる。汗ひとつかかないどころか、息ひとつ乱していない。私は彼にとっては本当に容易いことなのだと感じた。
「どうだ?満足したか?」
私が興奮冷めやらぬ顔で彼を見ているのを感じたようで、オリセントはおかしそうに笑いながらそう聞いてくる。
「すごくきれいな引き方だった!」
大きく頷きながら感じたまま言うと、彼の笑いはすこし苦笑いになる。
「引き方を褒めるんだな。本当にフウカの感覚にはおどろかされるぞ」
え?
彼の思いがけない反応に私こそ戸惑ってしまう。彼の顔をじっと見上げると、より一層苦笑いを深めながら説明してくれた。
「フウカのところではそうではなかったのだろうが、ここの世界ではこれは生命を殺めるための武器なんだ。だから上手に引くということは的確に的に当てることだ。さらに的に当てると言うことはそれだけ誰かの命をうばっていることになるのだ」
そう言われて私がいかに不謹慎だったか悟る。たしかに弓は私の感覚ではただのスポーツだった。しかし、この世界では身を守ったり人を殺めたり、狩りをするためのものだ。
「ご、ごめんなさい」
彼に諭されて自分自身を恥じる。私は彼の顔を見つめることもできず、じっと顔を下に向けていた。すると、大きな暖かい腕が私の身体をやさしく包み込む。オリセントがまるで綿を抱くように力を込めずに私の身体に腕をまわしてくれたのだ。
「いや。責めているわけではない。フウカが本当に平和なところで生まれ育ったのだなって思っただけだ」
オリセントはそう言いながら私の長い髪を何往復もゆっくりとなでる。そう優しくされるとより一層自分が情けなくなってくる。
「すまなかった。弓が精神統一や礼儀を学ぶためのものという考えが俺にはなかったから、お前を責めるような口調になってしまったな」
「ううん。私が不謹慎だっただけ」
あれほどの戦場を毎日毎日見続けて、それを制止しようと必死になっている彼に対してなんて残酷なことをしてしまったのだろう。あまりにも考え足らずだった自分が嫌になる。
「そういうことではないぞ。前も言ったと思うが、そういう考えのフウカだからこそ、癒しの女神としてこの世界に一番必要な癒しを与えることができるのだと俺は思う」
オリセントは私の両方の目じりにそっと口づけをする。それで初めて私が目に涙をためていたことに気がついた。
「武器がそのような目的で使用されるようになったら俺としては本当にうれしいな。これから守護神も産まれて、3人で力を合わせて人間界の乱世を終わらすことができたらそうなってほしいものだ」
本当にそう思う。
私は彼の腕の中で何度も何度も頷いた。
「泣かせた詫びにこれをやろう」
そう言うと私の身体にまわしていた右腕をまっすぐ横にのばす。その瞬間に彼の右の手の平の上に膨大な神気が集まったかと思うとそれがひとつの形になる。
「弓・・・」
それは本当に美しい細身の弓矢だった。和弓と比べると小さめである。
「これならフウカでも扱えるだろう」
そう言って戸惑っている私の身体を離し、右手にその弓矢を渡してきた。
軽い!
作りは頑丈そうなのにほとんど重みを感じない。どれほどの絃の強さなのか指でつまんで引っ張ってみる。それも十分私が引けるぐらいの強さだった。
でも、先ほどの話があったので私がこれをもらっていいのか戸惑ってしまう。
「今は神気を乗せるわけにはいかないだろうが癒しの神であるフウカが扱えば、殺めるための物ではなく生かすために使うことも可能だろう。だからフウカのその考え方はなにも間違っていない」
私はそう言われて高ぶる感情を止めることもできずにもらった弓矢を抱きしながら、両方の頬をぬらしてしまう。
弓矢がもらえたこともうれしいけれど、そういう彼の心遣いが何よりもうれしい。
戦神はもっと泣き出してしまった私に対してすこしうろたえる様なそぶりをみせたが、私が悲しくて泣いているのではなくうれしいからだと分かったからか、結局黙ったまま私の頭を包み込んでそっと自分の身体に寄せてくれた。濡れている頬に彼の暖かい体温を感じる。
私は改めて、彼と結ばれた上に守護神を授かることができてよかったと思った。
最初『生の草原』にしていたのですが、『なまのそうげん』ってよばれることに気がついて生命に変えました。
こういう名前つけるの苦手です。