57.女神たちの談話
「ダリヤ、フウカ。いきなりお邪魔しちゃってごめんなさいね」
そう言いながら現れたのは愛の女神である。
さすがにこの神の国一の美女と言うだけあって、一つ一つの動作が優雅で魅せられる。胸のあたりまである波打つような金色の髪がキラキラ光っている。まつ毛の長い大きな瞳は極上のエメラルドをふたつはめ込んだような輝きで、こちらを楽しそうに見つめていた。
赤くグロスを塗ったような形の良い唇からこぼれる声も、高すぎず低すぎずで大変聞き心地のいいセクシーな音を奏でていた。妖艶な紺色のドレスからは豊満な白磁の胸の谷間がばっちり見えている。そのくせしっかりとくびれを強調しており、すらっと伸びた足が美しい湾曲を描いている。
愛の女神だけあって美を一身に集めたような容姿だ。
「まずは、フウカ。本当にごめんなさい。バカ息子のナーガが貴女にしたことは決して許されないことだわ」
そう言いながら私のほうに軽く頭をさげる。
ナーガってビュアスさんの子だったんだ。名前を思い出すだけで精いっぱいだったのでその繋がりまで知らなかった。
だから詫びってことね。
たしかにナーガに記憶を消されてしまったからいろいろあったわけだけど、そのおかげで弟にも会えたし使命も知ってオリセントとこういう関係になれたのだ。
「ビュアスさん。気にしないでください。結果論だけどこうして元通りになれたし、そのおかげで色々と分かったこともあったので・・・」
私は椅子から立ち上がってビュアスの近くに行き、開いている椅子に彼女を促す。彼女も素直にそれに従ってくれた。
「ありがとう。あの子にはきちんとお仕置きしたから、もうこんな真似はさせないと誓うわ」
椅子に座りながらこちらに男だと一発で見惚れて、恋に落ちてしまいそうな色気たっぷりの微笑みをみせてくれる。
「あと、おめでとう。まさか相手があのオリセントですぐに妊娠しちゃうとは、愛の女神である私でもびっくりしたわ」
そう言いながら、ダリヤ同様根掘り葉掘り聞いてきて、結局ダリヤと同じぐらい説明させられることになる。
ビュアスは使命と聞いてわずかに眉間にしわをよせるので、
「あ、でも。きちんとオリセントのこと好きですから・・・」
と、思わず赤面モノのフォローをすると隣に座っているダリヤ姉さんがいきなり私の頭を抱きかかえて頭に頬をすりすりしてくる。
「いやぁ~。やっぱりフウカちゃん可愛い~」
姉さん、スキンシップが激しいです。
そう思いながらも黙ってされるがままになっていた。抵抗するほどでもないし、こういうのは彼女が満足するまで待つのがいいと思う。
案の定、すぐに放してくれて話を続ける。
最後まで説明を終わると、ビュアスはダリヤ特製のラー茶を一口飲んでから実に楽しそうに微笑みながら私に爆弾発言をしてくる。
「なるほどね。でも、フウカはオリセント一人ってのはまず無理じゃあないかしら?」
「な、なんでですか?」
私は思わず反論もこめて質問してしまうが、まるでまだレイヤやゼノンにたいしての育ちつつあった気持ちを割り切っていないのを、見透かされているような気がして居た堪れなくなる。
やはり愛の女神だけあってそのあたりは鋭いのかな。
「だってエダはまだそれほどではないかもしれないけど、あのレイヤとゼノンの執着を見ればね~」
ビュアスはそう言いながら、ナーガに記憶を消されたあと二人がどれほど怒りをぶつけたのか教えてくれた。
そんなに怒ってくれていたんだ。私の記憶なんかいらないと思われても仕方ないのに・・・。
うれしいと感じてしまうのを止められない。
「だからあの二人は絶対諦めないだろうし、守護神が生まれちゃえば逆にオリセントに遠慮する必要もなくなるから、二人目の恋人の座を狙ってくるでしょうね」
たしかにゼノンにそう宣言されていた。
でも、やはり一夫一婦制が当たり前の世の中に住んでいたので、オリセントとこうなった以上はダリヤみたいに夫婦という形が当たり前だと思う。
「オリセントだけでいいです。ダリヤ姉さんみたいに一人で・・・」
今、オリセントとこういう関係になったばかりなのに二人目の恋人なんて到底考えられない。膨らまないにしてもお腹に子供がいるって言うならなおさらだ。
しかし否定したにも関わらず、目の前の愛の女神は少し目を細めて、隣の大地の女神に視線を軽く移しながら彼女のことをこう言う。
「ダリヤはめんどくさがりと、ジューンが嫉妬深いから一人でいいって話になっているだけよ」
それは聞いたことあるけど、二人は深く愛し合っていることは間違いない。しかし次の瞬間、当の本人から予想にもしなかったことにあっさりと認める発言をした。
「あら~。えらい言われようね~。まぁ確かにその通りなんだけど・・・」
「え?もしジューンさんが許せば二人目の恋人もあり得るのですか?」
思わず本心から聞いてしまう。こんなことを聞くなんて失礼だと思うけど、それほどその発言は私にとって衝撃だったのだ。
ダリヤは不躾な私の質問にも関わらず、気を悪くすることもなくまじめに答えてくれた。
「なしではないわ。まぁ~ビュアスが言うように私は恋愛に不向きだしジューンだけで十分だから夫婦ってことになっているけどね~」
結局はダリヤは二人目の恋人を作るつもりはないけど、別にそのことについて否定的でもないと言うわけだ。
そんなに普通のことなんだ。複数の恋人を作るって。そういえば目の前のビュアスさんには五人もの恋人がいるって言ってたっけ?
・・・やばい。
今はそんな恋愛話よりも妊娠しているのだからそれが一番優先するべきなのについ、流されてしまった。
「とりあえず、できればお二人に経験のある出産についてのお話のほうを聞きたいです」
このままだと延々と続きそうな恋話を打ち切るために、私は話題を変えるために質問をする。
これこそが今の一番優先すべき話なんだから。しかし愛の女神はそれに乗ってくれなかった。
「女神は数少ないのに、イザラは男嫌いだしダリヤはこんなんだし、フウカには大いに期待しているんだから」
逃がさないわよ。
とまでは言葉にでてなかったけれど、愛の女神の表情が明らかにそう語っていた。
「そ、そんな期待いりません」
思わず逃げ腰で辞退を申し出るが、ビュアスはますます楽しそうな表情をしながら話を続けた。
「だって、レイヤにゼノンにオリセントにエダにってそれほど恋愛に積極的でもなかった面子が、こぞってフウカに興味持っているんだもん。愛の女神としては少しでも神不足解消のためにも一肌脱がないとね」
・・・・。
ここまで言われるとなんの言葉も浮かんでこなくて黙っていると、ビュアスはクスッと軽く笑ってからようやく私の話題転換に乗ってくれた。
「まぁいいわ。この話は出産して落ち着いてからじっくりとやりましょう。今回の出産も大切なことだからまずはその話からね」
こうしてダリヤとビュアス、経験者二人から神の妊娠についてもっと詳しく話を聞くことができた。