55.神の妊娠は筒抜けです
朝の身支度と言われて、二人の侍女の存在を思い出す。
そう言えばいつも私が目覚めると同時にノックと共に入ってくるのに今日は来なかったのは、もしかしなくても今の私の状態を把握しているからだろう。
精霊たちは気の変化に鋭いと言う。つまり、今の私の妊娠のこととかは私が知らせるより前に精霊も精霊の上司である神たちも感じているってこと?さっきオリセントはレイヤとゼノンに報告と言っていたけど、もう彼らも報告する前に気が付いているはずよね。
そう考えだすと思わず顔を両手で覆ってしまう。
な、なんか恥ずかしい!
そう思っているところに、すこし遠慮がちに扉をノックする音が聞こえる。
おそらく、ノアとセレーナだろう。
普通に接すればいいのね。普通が一番!
覚悟を決めるように唾を飲み込んでから返事すると、思った通り二人がいつもより慎重に部屋に入ってきた。
「「フウカ様。ご懐妊おめでとうごさいます」」
二人は私の目の前で大きく頭をさげて声を揃えてそう言う。
やはり、筒抜けのようだ。
「あ、ありがとう」
私はこれ以外の言葉が見つからずに簡潔にお礼を述べる。
「おそらく、守護の神様であろうとお話を聞きました。本当にお目出度いことです」
「今一番望まれている守護の神様ですもの。私もうれしいです!今、精霊たちも神様方もこの話題で持ち切りですわ」
セレーナもノアもそう言って笑顔で祝福してくれた。おそらく彼女たちは自分たちの上司であるゼノンやレイヤとそうなることを望んでいただろうに、そんな雰囲気をまったく見せずに心から喜んでくれている。
「二人がそう言ってくれるのは、本当にうれしいの。ありがとう」
私も心からの感謝を二人に述べる。そうすると、二人ももっとうれしそうな笑みをかえしてくれた。
本当にこのふたりがそばに付いててくれてよかったなと、改めて思うことができた。
それからいつも通り髪を整えてもらい、服を着替える。贈り物ではなく、この前作成してもらったワンピースを持ってきてくれたので純粋によかったと思う。
さすがにオリセントとこういう関係になっていながら、他の人からの贈り物を着るような真似はしたくない。
食欲はあまり沸かないので、飲み物だけ済ます。妊娠してるからと言うわけでなく、気持ち的に食べるより早く行動したいのだ。
そう言えば、ダリヤ姉さんの都合も聞かないとだめよね。
みんなみたいに心の中でお話しするのってどうすればいいのかな?
とりあえず、試しに心の中でダリヤを思い浮かべながら姉さんと小さくつぶやく。
『あら~。フウカちゃん。心声できるようになったのね』
あ、つながった。いつもながら本当になんでも簡単にできちゃうな。言われたように制御はダメダメだけど。
『姉さん、おはようございます。できれば今日ちょっと相談したいことがあるんですけど・・・』
『フフ。そうくると思ったわ。朝一から時間あけてるわ。今からでもそちらに行ったらいいかしら?』
私が何を相談したいのか十分分かっているような言い方。いや、間違えなく分かっているのだろう。
『来ていただくのは申し訳ないですから、そちらに伺わせてください』
相談するのは私なので、やはり私が出向くのが礼儀だと思うのでそう言う。オリセントともそういう約束になっていたし。
『律儀ね~。別にかまわないのに。でも、分かったわ。ラー茶用意して待っている』
お願いしますと私が言ったことで心声の通信は切られる。
本当に神になったら呼吸するのと同じぐらい、ごく自然にいろいろなことができるもんなんだなって、今更ながら感心した。
今度はオリセントに声をかける。連れて行ってもらう約束をしたからだ。待ってくれていたようですぐに跳んできてくれてその後、ダリヤの居室まで運んでくれた。
「いらっしゃい!フウカちゃんにオリセント」
扉をノックすると、勢いよく開けられたかと思うと部屋の主である大地の女神が、笑顔で迎え入れてくれた。今日は部屋にジューンもウリュウもいないようだ。
「まずはおめでとう!お二人さん」
ダリヤは案の定、妊娠を悟っていたようでお祝いを口にしてくれる。相手がオリセントであることにも顔色一つ変えることない。
「ありがとう、ダリヤ姉さん」
私がお祝いに対してお礼を述べると、笑みを深めながら私の背中を軽く押しながら部屋に誘導してくれた。続いてオリセントにも部屋へと促すような視線を送るが、彼はかるく頭を振る。
「ダリヤ。悪いが俺は仕事が入っていて一緒に話を聞くことができそうにないんだ。だからここで失礼するよ」
「あら?それは残念ね。後から来るジューンが貴方とぜひ話をしたいって言っていたのに・・・」
ダリヤは口では残念と言葉にしていながらひどく楽しそうな口調でそう言う。それに対してオリセントは苦笑いでかわす。
「もし話より仕事のほうが早く終われば、顔を出すことにするから許してくれ。フウカも迎えにこないといけないしな」
オリセントは私の名前を出したところから少し私の顔を見ながらそう言う。その表情は本当に珍しいほど優しげだ。
「あらら~?ほんと、あの堅物の戦神がとろけそうなほど甘くなっているわね。ウフフ。ビュアスあたりがみたら本当に楽しそうにするでしょうね」
ダリヤもオリセントの表情に思わずからかわずにいられないようで、愛の女神の名前を出しながらそう言う。一度会ったことがあるだけの妖艶な美女の顔を思い出す。愛の女神だけあってやはり恋愛のことにはだれよりも興味津々らしい。
「そういじめないでくれ」
戦神はさすがに慣れないからかいをされたせいか、その対応に困っているようで恥ずかしそうに顔に手を当てている。少し顔が赤くなっているようだ。大柄な彼のそういう姿が可愛らしくて思わず心の中で笑ってしまう。だが、それが表情に出てしまっていたようで二人が私に注目をしていた。
「フウカ・・・。なにがおかしいんだ」
すこし咎めるような口調でオリセントが私に問い詰める。あわてて私は謝ることにした。
「ごめんなさい。つい、照れてるオリセントが新鮮で・・・」
「あらら~。ごちそうさま。本当にいい雰囲気になったみたいね。いきなりだったからびっくりしたけど、安心だわ~」
ダリヤが私たち二人を見て、楽しそうに言う。
「じゃあ、俺は行くぞ。昼に戻れなければ悪いがダリヤ、フウカを部屋まで送ってやってくれ。まだ移動が不安定だからな」
このままいたらからかわれるだけだと悟ったオリセントは、それだけを言い了承の意味で頷くダリヤを確認すると手を振りながら姿を消した。
「いじめすぎちゃったかしら?・・・まあ大人気のフウカちゃんを手に入れたのだから、もっともっと色々言われるでしょうにね」
「え?」
ダリヤが小さな声でつぶやいたので、私はうまく聞き取れず聞き返してしまうが大輪のような笑顔でかわされてしまう。
「なんでもないわ。さぁ~座ってじっくりお話しましょ。なれそめとかもしっかり教えてほしいしね」
テーブルの椅子に腰かけるように促されて、私はそれに従った。その間に前と同じようにダリヤがお茶の準備をし始める。そのために一端話は中断された。