51.ターチェンの細道
もうここまでか。
ターチェンは迫り来る落石に混乱している部下たちに逃げる道を誘導しながらもそう感じていた。
開戦してから1ヶ月。なんとか色々な策を駆使して5倍以上の兵力差の中、同じ兵力になるまで奮闘した。
しかし、軍の核である自分の軍が通る細道に落石を仕掛けられて大打撃を受けていた。これがかなりの確率で、身内の裏切りであろうことは容易に推測できた。まだ敵が入り込んでもいない自国の中心部で落石が起こるのだ。ここまで大規模な落石にはそれなりの人手がいる。さらに自分が通る道を正確に把握しなければいけない。
しばらく逃げ道をなんとか探して進んでいたが、ついにその歩みを止めなければいけなくなる。前の道に崖崩れのようにして石や木が倒れかけていて、通れなくなっているのだ。後ろからは落石が迫ってきている。もう袋のねずみ状態だ。
思わず唇を血が滲むまで噛み、心のたよりである師匠に問いかけてしまう。
セント!俺たちの命運はここまでなのですか!こんな裏切りで俺にここまで付いて来てくれている部下たちを失わなければいけないのですか!
その問いかけに答えるように一つの厳かな声が聞こえてくる。
『このような処でおまえを失うつもりはない』
次の瞬間、迫り来る落石がすぐそこにある軍の最後部に、思わず眼を閉じてしまいそうなほどの光が出現する。
よく見るとそれは青年の姿をしていた。ターチェンには背を向けた状態だったが、それが師匠であるオッドアイの精霊であることはわかっていた。
「セント!」
そう叫んだがその声は、落ちてくる石が木っ端微塵に打ち砕かれる激音に打ち消された。光の塊である青年に触れると同時に石が細かく崩れ落ちているのだ。
崩れた岩だった土がその場に積み重ねられてやがて壁となる。
その光景をターチェンだけでなく周りの部下たちもただ息を飲みながら見ていることしかできなかった。
ゆっくりと光に包まれている青年がこちらを振り向く。
その表情はいつも現れてターチェンに話しかけるときとまったく違っていた。何度も会っている自分すらも隠然たる力で畏怖させ、周りを威圧している。この表情をみて自分が今まで彼に対して大きな勘違いをしていることに気が付いた。
この御方は精霊ではない。精霊よりずっと崇高な存在であろう。
思わず、馬上から飛び降りて膝を折り頭を下げる。回りもターチェンに習って同じようにしていた。
やがて光の中心の青年はターチェンに手をかざしながら声をかける。
『ターチェン。己の志をつらぬくがよい。そうすることで平穏をもたらす王となるだろう』
その言葉を聴いた瞬間、身体からみなぎる力が溢れてきた。同時に周りから大きな歓声が起こる。
「セント。今、分かりました。あなたは戦神オリセント様だったのですね?」
ターチェンがそう言うと、その光の中の青年が肯定するように口元をあげて笑みを浮かべる。
『お前がその心性を汚さずに持ち合わせている限り、我は見守ることを誓おう』
目の前の戦神はそう言いながら空を見上げたかと思うと、徐々にその姿を光ごと拡散するごとく消していく。
『フウカが祝福をしてくれるそうだ。ありがたく受け取るがよい』
消えてしまう瞬間にその声が頭に鳴り響く。
それと同時にその場にいた者全てが一瞬暖かい光に包まれる。その後すぐに身体から痛みが消えさる。右腕の止血している大きかった傷すらも塞がっていた。周りの者も見渡す限り怪我が癒されているのか人に抱えられていた者まで立ち上がって喜んでいた。
フウカとは十数年前に誕生された癒しの女神の名前だったことを思い出す。
二人の神から僥倖な祝福をこの身に受けたことに、心から感謝を述べる。
部下たちもこの僥倖に立会い、興奮冷めやらぬ様子で目の前の障害物を除ける作業を続けていた。そのおかげで瞬く間に道は開通し絶体絶命であった場から脱出することができた。
これによりターチェンたちに勝利が確定し、やがて戦争を仕掛けたはずの大国すら飲み込んで大陸の中でも壮大な大地を彼が支配することとなるのはそれより二十数年後である。だが、その始皇帝となったターチェンは征服したはずの民や土地を蹂躙することもなく、自治をそれなりに認めて土地の開墾や治安に力をいれていった。そのために民には抵抗されることも少なく帝国の一部になることを受け入れていった。
どの歴史の書物にもターチェンの名前が大きく取り上げられており、一部には戦神オリセントの御子と書かれている書物まで存在している。
その始まりとして落石によって絶体絶命になり戦神オリセントの奇跡によって助かった一場面は、演劇や歌劇として数多く演じられることとなる。さらにその細道はターチェンの細道と名付けられ名所として、観光地に発展することになるのは約百年ほど先のことである。
すこし短くてごめんなさい。
セント精霊=戦神オリセントってみんな分かりましたか?次回はほとんど出なかったフウカ視点です。