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女神の憂鬱  作者: 灯星
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50.平穏をもたらす王として定められし子

 いきなり場面が変わって人間界の小さな国の王の話になっています。

 

 どうして俺はこんなところに立っているのだろう。

 ターチェンはいまの自分の立場を振り返っていた。

 この場で自分に頭を垂れない者はいない。みな、平伏している。1年前より自分の頭の上には、大きな宝石のついた冠をかぶせられるようになった。

 しがない一貴族の次男坊であったのに、落胤であるという話が出てきて抵抗することも儘ならずに王座につけられた。

 こんなところより、気が知れた騎士団に戻りたいと思う。しかしそれは到底適わないことである。

 このきんぴかの王冠を被った時から圧し掛かる国民の命と責務を自覚していた。

 その障害は多く存在するのだが。


「陛下!今こそ開戦のご判断をお願いします!」

「陛下!戦をしてはなりませぬ。このままでは犬死になってしまいますぞ」

「ではどうすると言うのだ?降伏してこの大地を明け渡すというのか?」  


 目の前で部下たちが激しい討論を繰り広げている。隣の大国が先日、ターチェン自身の血統を偽装で僭王であるという言いがかりをつけて宣戦布告してきたからだ。国力的に圧倒的にこちらが劣っているので、もし正面衝突したら間違えなくこちらが負けるだろう。だから特に文官たちは怖気づいて降伏を薦めていた。それが王である自分の首を差し出すことになると解っていながら。

 前王妃がその国から嫁いだ王女である。先王と彼女の間に生まれたのは王子であれば間違えなくその子がこの王座に座っているのだが、不幸にも王女一人しか生まれなかったのだ。それでも誰もいなければその王女が婿をとって飾りの女王となっていたはずなのに、どっからかわいて出てきたどこの馬かもわからない男がいきなり庶子の王子だということになり王位はそっちに流れてしまった。だから隣国はこんな手段にでたのだろう。

 かと言って自分の首一つで収まるなら差し出すことに抵抗はない。しかし、彼らがその後約束を守るとは限らない。ターチェンの出生など、この開戦の口実に使っているだけなのだろうし。

 だが開戦してしまえば、数万という尊き命が奪われる可能性があるのだ。


「みなのもの。静かに」


 ターチェンは努めて厳かに口を開く。決して大きな声ではなかったが、あれほど激しく激論を交わしていた部下たちが一斉に口を閉ざし自分の次の言葉を待っていた。


「一刻の時間がほしい。すこし、俺は席をはずさせてもらう」


 そう言って、付いて来ようとする側近たちを無理やりその場に待機させて自分の居室に戻った。






 ターチェンが部屋に入ると、そこで控えていた侍女や小姓たちが次々と寄ってくる。彼らに一刻だけこの部屋で長考するので、緊急時以外は何人も近寄らないようにと命令する。

 出て行ったのを確認したのちに、ふぅと息を吐きながらベットに腰掛けた。

 その時にはじめて部屋に一人の強面の男性がこちらを見ながら立っていることに気が付いた。思わずそばにあった剣を持つがその姿をみて緊張を解く。

 まず眼にひくのが珍しいオッドアイの瞳である。右は深紅で左は濃い青色をしている。色違いの瞳が存在していることは知っていたが、この彼以外の者を見たこともない。

 髪は黒く軽く刈り上げられている。体つきは軍人であろうと容易に想像できる大柄である。強面な顔立ちをしているが瞳には見透かされているような超越した輝きがあり、向き合っているだけでなんともいえない気分にさせていた。

 彼が人間ではないからだろうか?ターチェンは彼が人間でないことは気が付いていた。なぜなら幼い頃から随所で姿を現す彼の姿が、20年以上も経っているのに初めて会った時から一向に変化がないからだ。

 精霊なのか?だから人一倍気配には敏感なターチェンが、姿を確認するまでいることに気が付かなかったのだと思う。とは言っても、ターチェンには彼が何者でもよかった。なにかの節目には自分に姿を見せて話を聞き、アドバイスをしてくれる。それは決して彼の意見の押し付けではなく、自分の考えをまとめる手助けをしてくれているのだ。


「セント。あなたはほんとうに俺が悩み苦しんでいる時に姿を見せて下さります」


 もう誰に対しても使わない敬語でそう言いながら、なぜココに自分が一刻だけ悩みにきたのか気付く。

 名前しか知らないこの青年が現れてくれるのを、心のどこかで期待していたからだ。


「久しぶりだな。ターチェン。お前の心の揺れを強く感じたが、これから開戦することになるのか?」


 セントと呼ばれた20代半ばの青年は、ターチェンが王であると知っているにも関わらず、その王が敬語で話していても、普段どおりの口調で話しかけていた。開戦と言われて彼が事情をよくわかっていることに気が付く。

 いつもそうである。こちらが説明する必要もなく誰よりも事情を把握していた。時には自分が知らないことまで教えてくれる。


「俺が死んでどうこうなるなら降伏もありですが、そうはならないでしょう。ですが、民には犠牲者を出したくない。どうすればいいか検討もつかない状態ですよ」

「民に犠牲者はでないようにするのがお前の生まれながらの役目だ。俺がお前を見守り続ける理由もそこにある。今回の戦はお前だけでなくこの世界の今後に大きく関わることになるだろう」


 いつも自分の前に現れるセントという精霊は、このように予言のようなものを自分に告げてくれる。そしていつもその通りになっていた。だから無条件で信じられる。


「思うように足掻けばいい。今まで数多くの戦略をお前に与えてきただろう。それを活用すればいい」


 この精霊は、なぜか自分の前にだけ幼い頃より現れて、他の高尚な教師や武官などが持ち合わせないような戦略方法や武芸を指南してくれた。今の自分があるのもこの精霊のおかげであるとはっきり言える。


「感謝します。おかげで迷いが消えました」


 ターチェンそう言うと、 師匠と慕う精霊に今では誰に対しても下げることのない頭を、一振りだけ垂れてから颯爽と部屋から退出した。


「・・・大きくなったものだ。平穏をもたらす王として定められし子よ。此度の戦でその宿命が開かれていくだろう」


 セントと呼ばれた青年はその場にいながら、王がさきほどの王座の前に立ち開戦の決断を部下一同に告げる様子を頭の中に映し出し、わが子を見るような優しい瞳で見ながらそう小さくつぶやいた。

 とうとう50話目です。早いものですね。

 次回もこのターチェン視点で話は進みます。


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