41.唯一おぼえてくれている人
「さて・・・。お互い情報交換をしよう」
よく知っている弟の部屋。ここはまったく変わっていない。相変わらず几帳面な弟の部屋は綺麗に整頓されている。
私を椅子に座るようあごで伝えると自分はベットに腰がける。それにならって私も腰掛ける。
「とりあえず、姉貴から話してくれ」
そう言われて今までのことを話そうとする。よく分からないけど、話できることは夢としか思えないあの出来事だけだ。
話し終わると、隼人は大きなため息を一つつく。
「し、信じられないでしょう。私でも夢だとしか思えないもん・・・」
頭がおかしくなったと言われても仕方ない内容だけど、予想に反して隼人は真剣な表情で頭を振る。
「いや、この状態じゃ信じないわけにいかないだろ。姉貴。わかっているか?今のその姿」
そう言われても姿を見ることができないから分からない。もしかしてと自分の髪の毛を一つまみして見る。色素が抜けたような白金色をしている。
も、もしかしてあの夢は現実?
「良く見れば姉貴の面影があるけど、えらい若いし眼も髪もすごい色になっているよな?それなのに身体がなんかエロいし」
やはりあの癒しの神としての姿のままこちらに来ているのだ。
それならやはりだれも見えてないのだろう。こんな目立つ姿でだれも振り返らないわけがないのだから。
「あと、ショックかもしれないけど俺以外姉貴のこと覚えている人いないから。親父やお袋も風香という娘がいたことすら覚えていない」
え?なにそれ?
あまりにもあり得ないことを言われて頭の中がショートしているところに、隼人が一枚の写真を差し出してきた。家族写真である。3年前に、最後だからと私が頼み込んで4人で一緒に温泉に行き、写真を一枚だけ撮ったものだ。私の部屋には額縁に入れて飾っている。
しかし、そこに映っていたのは3人だけだった。
年配の夫婦と男性1人。私の両親と隼人だ。いたはずの私の姿が見事に消えている。
「1ヶ月前からいきなりそうなったんだ。お袋に姉貴のこと聞いても笑って本気にしてくれないしな。正直、周りがあまりにも普通に姉貴をいないものとしてるから、俺が気が狂ったのかと思っていたぜ」
・・・・・こっちでも私の存在を消されてしまった。
1ヶ月前ってことはあちらに行ってからそうなったんだろう。私って何?本当に必要なかった存在なの?
「フフ。そっか。私って消えるしかなかったんだ・・・こっちでもあっちでも・・・」
あまりにも自分が惨めで渇いた笑いしかでない。
「姉貴?」
弟はいきなり笑い出した私に心配そうに覗き込んでくる。
「あのね。あっちでもこっちの記憶を消されそうになったの。てか消されたのに未練がましくこちらに飛んできちゃったのかな?」
もしかしたら消滅するしかないのかも。それなら最後に弟に会えってよかった。そう思い直してできるだけ明るい表情をしながら弟にわらいかけた。
「隼人だけでも覚えてくれていて嬉しかったわ。なんでよりにもよって弟の隼人だけなんだろうね」
仲良かったし面倒見のいい自慢の弟。恋人もいなかったし覚えてくれてたのが隼人でよかったと思うけど、あえて軽口をたたく。こうしないと涙があふれそうだからだ。
「それは俺も分からねえよ。でも簡単に、諦めるなよ。まだ姉貴はいるんだろ?触れなくても俺には見えている。姿は違うけど姉貴ってすぐに認めたぞ。だからこちらでもあちらでもいいから、生き永らえる方法考えろよ。向こうで記憶消してくれって言われたわけでないんだろ?」
そう言われて思い直す。よく関わった4人の神はみんなやさしくこのままでいいと言ってくれてた。だからこのままでがんばろうとしてたはずだ。なのに、すこし術をかけられたぐらいで自分はいらないとすねて、身体から出てこちらにきてしまったのだ。
「うん・・・。そうね。無理かもしれないけど、一度あちらに帰ってみる」
ものすごく怖いけどどんな感じになっているのか知りたい。できれば帰ってこのまま記憶を持って過ごしたい。まだ諦めたくない。
「ああ。もし無理ならもっかいこっちに帰って来て、俺の背後霊にでもなってくれたらいいから。だから消えようと思うなよ?」
隼人は一番ほしい言葉をくれた。幽霊になっても私がそばにいてもいいと。
なんとか止めていた防波堤が簡単に崩れ落ちて、私の両目から涙が溢れ出す。
「フフ。背後霊じゃあなく守護霊でしょ?でもそうなったら恋人作るの邪魔しちゃうかもよ?」
泣いているのを少しでも抑えたくて隼人にそう言うとすぐに反論してくる。
「げ!それは勘弁。姉貴の前でデートやセックスはさすがにどうかと思うからそんときは遠慮してくれ」
「私のほうがそれはいやよ!」
だれが弟のそう言うのをみたいものか。そう言うと私と隼人はお互いを見ながら笑みを浮かべた。
そう言う言い合いをしたおかげで涙もとまる。手で涙の後をぬぐう。
「ありがとう。はーくん。じゃあどうなるかわからないけど、がんばってくるわ」
なつかしい愛称で弟を呼ぶと、隼人は照れくさそうに鼻の頭を掻きながら手を振ってくる。
「ああ。もう一度会えるかもわからないけど、いつでも来てくれ」
私はそうしてあの白い自分に当てられた部屋を思い浮かべながら瞬間移動を試みた。
なぜかそれができると今に私には感じていた。
このときなぜ隼人だけが私を見ることができたのか、自分のことで精一杯でわかってなかった。
しかし、意外な出来事によりその理由が分かることになるのだが、このときは私も隼人も知りようがなかった。