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女神の憂鬱  作者: 灯星
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39.人間としての記憶

 部屋に戻るとすぐにレイヤが来て大喜びでご飯とオムレツを頬張る。


「なかなか味わったこと無い味でおいしかった」


 そう言ったころにはもうすでに食べ終わって飲み物を飲んでいた。

 一緒に付き合って私も同じものを飲んでいる。

 相変わらず早食いだなぁ。


「また何か作ったら食わせろよ。俺は基本的に食えない物なにもないから」


 そう言われると作るほうとしては嬉しいものだ。了承の意味で頭を上下にする。次作るのはいつかわからないけどね。いつまでも自分のためだけに時間を割いてる場合ではない。そう思って疑問を彼にぶつけてみる。


「ねえ、レイヤ。みんな仕事で書類とかよく読んでいるけど私とかは大丈夫なの?」


 できるかわからないけど、そろそろ仕事と言われることをするべきかなって思って聞く。


「いまのところ書類で見るような仕事は癒しではないからな。自然の場合は場所や状態把握に精霊たちが調査をしてきて、神に報告しているから書類になっているだけだ。オリセントとかもそれほど書類仕事はないはず」


 あーそういえば、書類書く精霊は自然しかいないから必然的にそうなるのか。

 なるほど、なるほど。


「そんなにあせるな。お前は十分やってくれているぞ。徐々に人間界に足を運んで把握していってくれたらいい」


 現場仕事なわけだ。たしかに人間界のことはまったくわからない。オリセントに跳び方教わったし時間が空いたらちょっとずつ跳んでみよう。

 その後レイヤはわるいなと謝りながら、すぐに部屋から退出する。なにやら業務の合間に抜けてきたらしい。わざわざそこまでしなくてもいいのにと思ったけど、優先してくれたことに対して嬉しいと言う気持ちもある。


「そうだ。今日はすこし早いけどこれで寝ちゃって、朝早く起きたら跳ぶ練習しようかな。まださすがに人間界まで1人で飛ぶ自信ないけど、ここで跳ぶぐらいならできそうだしね」


 予定を決めて、今日は早めに寝ることにした。






 そして朝。私はいつもより早めに目が覚めた。

 にも関わらず、ノアもセレーナもちょうどいいタイミングで入ってきてくれる。やはり私が起きたらすぐに分かるんだなあと感心してしまう。いつもよりだいぶ早めに朝の身支度ができる。


 うん、これなら自主練習ができる。


 二人が退出してから窓の外に出てみる。昨日オリセントに教えてもらってかなりコツを覚えたので失敗することもなくすんなりと飛べた。

 朝の風が頬にかすってとても気持ちいい。早起きは三文の徳とはこういうことだよね。

 少しずつ、上昇していくと見覚えのある噴水が目に付いた。オリセントと初めて会った噴水である。こんなに近くにあったんだ。近づこうと下を向いたときに、いきなりすぐ側の空間がぐにゃりと歪む。次の瞬間、一度だけ会ったことがある青年が現れた。

 栗色の短髪にすこし紺が入った黒眼の25歳ぐらいの青年である。眼も口も細いがどこか色気を感じさせる顔立ちをしている。たしか神の一人で・・・。


「お久しぶり。フウカちゃん」


 お披露目の時に挨拶に来てくれたうちの一人だ。必死で名前を思い出す。


「えっと・・・欲の神の・・・・ナーガさんでした?」


 そう言うと細い口に笑みを浮かべながら頷いてくれる。


「ご名答!」


 間違えなくてよかった。ふうと安堵の息をつく。


「で?フウカちゃんは何しているの?」


 目の前の青年は首をかしげながら聞いてくる。そのしぐさが外見に似合わずどこか幼い。でもそれに無邪気さを感じることはできない。どこか頭で黄色信号が点滅している。この人に隙は見せてはだめだと。


「飛ぶ自主練習をしていただけです。もうすこし遠くに行きますので失礼いたします」


 無礼にならない程度に返事して早々とその場から立ち退こうとした。しかしそれは叶わなかった。

 行こうと側向いたとたんに、腕をがしっと捕まれたからだ。


「せっかく会うことができたんだからもっと話させてよ、フウカちゃん。レイヤやオリセントたちは良くて俺たちはダメってのはどうかと思うよ?」


 ほぼ初対面なのにこの眼の前の青年に対しての警報が、どんどん強く頭に鳴り響く。

 なんか、わからないけどこの人から離れたい。


「は、離してください」


 腕から逃れようと振ってみるがまったく離れない。


「離したら飛んでいっちゃうでしょ?ゼノンたちが俺らを近づけまいと必死で牽制しているから、こんなチャンスを逃すわけにはいかないんだよ」


 やはり1人で出てきたのは間違いだったようだ。ここは誰かを呼んだ方がいいような気がする。

 だが呼ぼうとする前に彼は私の身体を引き寄せて、もう片方の手を私の額にかざす。

 何するの?と思うころには頭が霞がかかったような状態になってしまう。思考回路が麻痺したような感じだ。


「フウカちゃんはいつまでも鳥の籠に居たくないでしょ?人間の記憶なんか残しておくからそうなっちゃうんだよ?」


 え?どういうこと?何をする?


「俺は欲の神だからフウカちゃんが望むことしかしないから安心してね」


 彼の言葉の意味を考えるより先にどんどん思考回路は奪われていく。私の身体もそれに伴っていきなり糸が切れたように崩れ落ちるのを、ひどく楽しそうな表情で目の前の青年が受け止めたのだが、そのころには意識を完全に手放していた。






「フン。これであいつらに対しての記憶も気持ちも無くなるからな」


 欲の神であるナーガは先日お披露目された女神に近づきたくても、上位神が睨みを利かしていてなかなか実行できなかった。

 だが、思わぬところで好機が訪れる。彼女の方からのこのこと守りの包囲網から抜けてきてくれたのだ。

 もっと話をしたかったが、すぐに奴らが現れる危険があったからさっさと彼女に術を施した。

 人間としての記憶だけでなく、数日間のここで過ごした記憶を封じたのだ。これで女神として真っ新な状態になる。

 あとは欲として自分に対しての肉欲を植え付けるだけだ。

 額から気を送ろうとした途端にかざした手に痛みが走る。


「っつ!」

「フウカを渡してもらいましょうか?」


 聞いたこと無いほど、その声は低く怒気を含んでいる。

 声のほうを振り返ろうとする間もなく全身が鉛のように重くなり、抱いていた少女は腕の中からすっと姿を消す。


「ぜ、ゼノン・・・」


 なんとか振り返ると大切そうに今まで抱いていた少女を抱きかかえながら、見たこともないほど鋭く歪んだ目つきでこちらを睨んでいる闇の神の姿があった。最高神と並ぶ神気をこちらにまともにぶつけて来ている。


「貴方が何をしたのかをじっくり教えてもらいましょうか。返答によっては容赦できませんが・・・」


 そう宣言しながら強制的に動くこともままならないほどの重力を、欲の神にぶつけた。

 それは神であっても内臓がつぶされそうになるほどきついものだ。人間であれば一瞬で木っ端微塵になるだろう。


「・・・ただ、人間としての記憶を・・・封じただけだ。お、俺の力が働くってことは・・・彼女が・・・どこかで望んでいたことだろ・・・」


 なんとか逃れるために、言い訳も加える。だが、無情にも闇の神は容赦がなかった。


「そうですか。でも彼女の意思ではなかったでしょう。とりあえず、彼女が目を覚ますまではそのままでいてくださいね」


 その場で苦しむ欲の神に一目もくれずに、闇の神は抱きかかえる彼女の顔を心配そうに覗き込みながらその場から姿を消した。


「・・・・ま・・・まちやがれ・・・」


 だれもいないところで苦しみながら青年はそれだけつぶやいた。

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