35.お空を飛ぼう
朝、いつもと同じぐらいの時間帯に起きてすこし違和感を感じる。なんだろうと周りを見渡してその理由に気づく。窓が濡れているのだ。ここに来てから初めて雨が降っていた。
へえ~。ここでも雨が降るんだ。台風とか雷もあるのかな?
いつもどおり朝の身支度を整えると、遠慮がちに扉を叩く音がする。
ノックを律儀にするのは戦神しかいない。返事をして扉を開けると予想通り大柄な黒髪でオッドアイの青年が立っていた。
「よう。おはよう、フウカ。ゼノンから話は聞いたが、すこしは落ち着いたか?」
青年はそう言いながら、こちらを心配そうにのぞきこんでいる。
「おはよう。オリセント。みんなに支えてもらったし話も聞いてもらったからだいぶ前向きになれたよ。オリセントもこんな不完全な私のこと認めてくれてたって、みんなが言ってくれてたから立ち直れたんだ。ほんとうにありがとう」
ゼノンもエダもオリセントが私のことを良いように話してくれてたって言ってた。
「そうか。それはよかった。でも俺は不完全どころか、今の状態のフウカがこの世界には必要であったと思っているぞ」
部屋に入りながらそう言ってくれている。
オリセントまでそう思ってくれているんだ。それも本人だけでなくこの世界にとってこの記憶が必要だと。
本当にうれしい。癒しの女神といわれているけど、4人に私の心が癒されている。
「本当にありがとう。おかげで前向きに人と関わろうと思えるようになったの。まだ戦は怖いけどそれを防ぎたいしね」
私がそう言うと、オリセントは手を腰に当てながら笑いながら私の決意に応援してくれる。
「ああ。共に励もう。戦は必要ではあるが今の人間界のままだと、人間だけでなく全ての生命が消滅するのは時間の問題だからな」
そのためにも女神として知識も実力もつけないと。
「うん。そうだ!さっそくなんだけど、今日は人間界に行くための飛行術教えてくれる?いつまでもみんなにだっこされながら行くのもわるいし、いざと言うときのために1人で行けるようにならないとだめだと思うから」
こうして今日の授業の内容が決定した。
「神の国はあいにくの雨なのでまずは人間界に跳ぶ方法から行くぞ」
はい!先生。
「瞬間移動するときに意識を地面の下の地上を思い浮かべるんだ。変なところに飛んだり、飛んだ後落下したとしても俺がフォローするから一度やってみろ」
オリセントはすこしおもしろそうな表情をしながらそう言う。
またあの落下を味わっちゃうの??
助けてくれるって言うけど、あの感覚は正直あまり好きではない。
でも、いきなり実践ってなかなかスパルタ教師ですね。
「ぜ、ぜったい助けてくれる?」
つい怖くてそう聞いてしまうと、彼はぷっと吹き出すように笑いながら大きく頷いた。
「俺が信じられないか?どこに跳ぼうがすぐ助けるからがんばってみろ」
・・・・・・・よし。がんばるか。
目を閉じて意識を遥か地上より下に向ける。
とたんに、頬に当たる風が外気の物になる。
あれ?落下の感覚がない。でも空を飛んでいる浮遊感もない。足が地についている感じだ。
おそるおそる目を開けてみてその予想外の風景に思わず息を飲み込む。
え~~~。ここどこ?
今まで見たこと無いほどの人々が目の前を通り過ぎていた。
馬に乗っている人や馬車が溢れかえっている。もちろん歩いている人もいた。みんな埃まみれの服装を纏っていてどうやら旅人が通るようなどこかの路上のようだ。
もしかして人間界?それもどこかの地にそのままテレポートしてしまったのだろうか?
「フウカ」
聞きなれた声を聞いてようやく一息吐く。
「ォ・・・オリセント~」
振り返ると今まで一緒だった青年がそばに立っていた。
よかった~。迷子になって連れを見つけた気持ちだ。
「まさかそのまま人間界の地上まで行くとは思わなかったな。まあこれからも慣れるまで一度は降りてから浮くようにするのもいいな」
たしかに。落下を味わいたくないのでそうさせていただきます。
とここで違和感を覚える。私もオリセントも場違いな姿で立っているのに、だれもこちらを見てないのだ。距離的に目に映らないはずはないのに。
そう思って聞くと簡単に教えてくれる。
神は人間にとって力の源みたいなもので、実際には見えないのが普通のようだ。
「見えるとしたら神官と言われる特殊な恩恵を受けた者か、こちらが意図的に見せようとしたときぐらいだな」
なるほど。そういえばこの前の時も最初は姿を人間には見えない状態だったっけ。
「移動がこんなに簡単にできるなら浮くことも簡単だろう。意識して身体を気で持ち上げればいい。やってみろ」
そう言って次の段階のスパルタが開始される。
意識して身体を気で持ち上げる。
あがれ~あがれ~って感じ?
そう思った瞬間、一気に身体がフリーフォールのような勢いで浮き上がる。
「ぎゃ~~~~~。いや~~~~~~~」
その勢いは減速することなくどこまでも上がっていく。
助けて~。
そこで強く腕を引っ張られ、気が付いたら頬に温かい熱を感じていた。
「こ・・・こわかった~」
空中でオリセントに身体を強く抱きしめられて、ようやく停止できたようだ。感じた熱は彼の胸のようだ。
しばらく抱きしめられたまま落ち着くのを待ってもらっていたが、冷静になると見た目どおりの厚い胸筋に頬が触れていることを思い出し、恥ずかしさに別の意味で動揺する。
「あ、ありがとう。止めてくれて。落ち着いたからちょっと離れてみて」
できるだけ距離をとろうと、抱きしめてくれていた彼の両方の上腕に手をのせて、頬を胸から外す。
そしてようやく彼の顔を見ることができたのだが、ひどく楽しそうに笑っていた。
「フウカは力がありすぎて、なかなか制御がむずかしいんだな。やろうと思っていることはできても力を抜いて適度にすることがまだ無理というわけか」
正直、あがれと思っただけであんなに勢いつけて空を飛ぶとは思いませんでした。だって人間だったし・・・。
「とりあえず、このまま俺からゆっくり離して空中に浮くことからやろう」
そう言って手をつかんで、私の身体をすこしずつ自分の身体から離していく。直接身体に風を感じていく。
「手を離すのはフウカが気を整えて自分からやるがいい」
握っていた私の両の甲を上にし、自分の甲を下にした形にしてそのまま停止した。
手を本当に軽くつないでいるだけで楽々と自分が浮いていることに気が付く。
このまま浮いていればいいのね。
まずは左手をはずす。はずしても身体がぶれることなく浮いている。
ならばと残る右手を徐々にずらしていく。最後は彼の人差し指一本の端を軽く持つような形になる。
大きく深呼吸してそ~っとその指も外した。
う、浮いている!
「できた!!」
風を感じるのが気持ちいい!景色を見ようとして下を覗き込み、あまりに高いところを跳んでいる事実に今更ながら気が付いて血の気が一気にひいた。でも不思議と怖くない。風が私を包み込んでくれているように感じるからだ。
気持ちがいい~~~。
このまま飛んでいたいって思うほどだ。自分で軽く意識しながら右や左に進んでみる。
本当に簡単だ。まるで自分が風の一部になったよう思える。
気が付いたらオリセントからだいぶ離れていた。
「よくできたな。本当に制御以外はまったくもって優秀だな」
たしかにいつも制御は、テレポートにしても浮くことにしても思った以上のことになっている。でもほとんど一発でできているのが我ながらなんでできるの?って疑問に思う。正直できるわけないと思いながら念じたりしているのにだ。
まあ努力しなくていいのは助かっているけど。
「浮くのって気持ちが良いね」
そう言うとオリセントは近づいてくる。
結局そのままゆっくりと天まで二人で話ししながら昇っていった。
地球と違ってある一定のところまで上昇すると、いきなり周りの風景がかわる。そのかわりに出てきたのが自然一帯の大地だ。その大地のすぐ上を二人で飛んでいた。
「雨が止んでてよかったな」
となりでオリセントが天空を見上げながら言う。
同じ方向を見て思わず歓声をあげてしまった。
「すごい。きれい」
天空におおきな美しい七色の虹が架かっていたのだ。今まで見たどの虹よりうつくしくはっきり見えた。
「役得だな。なかなかここでは雨も降らないし、ましてや虹は俺でも数えるほどしか見たことないぞ」
二人でゆっくりその虹を楽しみながら神殿に戻っていった。
私はフリーフォールだけは乗れません。
あれを乗る人を尊敬します。