34.安易に誘いに乗ってはいけませんね。
「生徒ってなんだ~?なにぶつぶつ言ってんだよ」
いきなり後ろから声かけられて文字通り飛び上がる。
振り向くと金色の髪の青年が手を腰に当てながら、おもしろそうにこちらを覗き込んでいた。
「び、びっくりさせないでよ。レイヤ」
「へぇー。思ったよりその服いい感じじゃあないか」
光の服だったので、ひどく嬉しそうだ。
「この前みたいに露出度が高くないからいいわ。本当にありがとうね。そうそう、今日ノアたちにお願いして衣装手配してもらう予定なんだ」
「そうか。まぁ時々は光の服を着てくれ。俺も精霊たちも喜ぶからな」
そう言われて無言で頷く。前もそう言われてたっけ?
あれ?そう言えばなんで私がこの服を着ているって精霊たちにはわかるんだろう?だって実際会ってるのはノアとセレーナぐらいしかいないのに。
そう思って聞いてみるとすぐに教えてくれた。
「精霊にも格があって人型や獣の姿を取るものと、そこいら大気中に存在しているようなものがいるからな。大気中の存在するものたちが、その姿を見て喜びを俺や上位の精霊に報せてくるんだよ。それほど知能は高くないから喜怒哀楽ぐらいしか伝わってこないけどな」
へぇ~。じゃあ大気中にいろんな種の精霊がいるんだ。感心しながら思わず何度か頷いていると目の前の光神が腕をのばしてきて、私の頭を軽く撫でてきた。
「よかった。思ったより元気そうだな。ゼノンから聞いて心配したぞ」
あ、この前の悪夢のことね。
「ありがとう。なんとか前向きに考えられるようになってきたところなんだ。このままの私でいいって言ってくれている人がいるんだって分かったから」
きちんと向き合ってそう言う。レイヤも私自身を見てくれていると言ってくれたんだから、それに対して自分が否定的ではだめだと思うから。
「そうか。俺ももちろんその中に入っているって分かっているよな?」
その問いにはすぐに大きく頷いて肯定する。だって一番最初にそう告げてくれたのは目の前の金色の瞳の青年であったのだから。
「がんばるのはいいが、あまり無理するなよ。泣きたいことがあったら俺にも言ってくれ。ゼノンのように感じ取るのは苦手だけど、どんなことでも聞いてやるからな」
撫でていた大きな手をぽんっと私の頭の上に置きながらそう言う。その表情はひどく綺麗で思わず見惚れてしまう。
そういえばレイヤとゼノンっておなじ顔の作りだった。ゼノンはいつも魅惑的な笑みを浮かべているけど、レイヤはさっぱりとしたさわやかな笑顔だったのでつい油断した。
口も悪いし態度もどちらかといえばガサツなので、それに色気のようなものを感じたことはなかったけど、このすこし切なそうに眼を細めてこちらをみていると、そのギャップでゼノン以上にこちらが動揺してしまう。
「あ、ありがとう」
単純なお礼しか言葉にならない。
この顔はちょっと直視できないや。頬が赤くなるのを感じる。
「さて、知りたいことや手に入れたい技とかないか?何でもいいぞ」
そう言われて少し考える。技は気を知るのとテレポートはだいぶ分かった。テレパシーは分からないなりに心で呼べるようになったから今はいいかな。どんなことができるのかもわからないし、今は知識かな?
知識と思ってふと思い出したことを聞いてみる。
「そういえば、エダやゼノンには聖地みたいなのかがあるって聞いたけど、私にもあるの?」
エダは新緑の滝でゼノンは夜の天空とか言ってたっけ?
「今はないけど、もうしばらくしたらフウカ自身が創ることになるだろうな。この大地を見たり探索してたら直感的にここってポイントが出てくるんだ。そこに気を与えるとそれが聖地になる。まあ大抵は産まれた場所になるけどな」
なるほど。創るんだ。神らしいな、それ。じゃあもうすこし行動範囲を広げないとだめね。
「じゃあエダってあの滝の場所で産まれたの?」
そう聞くと今まで上機嫌だったのに思いっきり眉をしかめる。
「お前、エダの滝に行ったのかよ」
そう言われてはっとツバを飲み込んでしまう。そう言えばゼノンにも滝に行ったと言うと、いい顔されなかったっけ?
「う・・・うん。昨日誘われたから・・・。あと、ゼノンにも誘われたけど・・・」
しどろもどろになりながらも事実を言う。なんとなく嘘ついたり黙っていられる雰囲気ではなかったからだ。
「お前、それがどういう意味か分かっているのか?ある意味求愛行動のようなものだぞ」
えええええ~~?そこまで話が飛ぶの?
ゼノンはそこまでは言ってなかった。でもその相手の気を纏うことは、深い関係になった時と同じだと言ってたからそういうことなの?
「それをいくら知らなかったからといって恋人になりたいと言った俺に教えるなど、妬いてくれって言ってるようなものだな」
そう言いながらゆっくりと私に大きな手を伸ばしてくる。ゆっくりだけど、その口調や雰囲気にのまれてしまってまったく動けなくなってしまう。
気が付いたら両手首を壁に貼り付けられ、剣呑な目つきでこちらを見下ろされていた。ものすごく整った顔立ちだけにゼノン以上にその表情が恐ろしい。思わず逃げようと身体をひねるがまったく微動だにしない。
も、もしかしてかなりやばい?
「本当に嫌なら顔を背けろ。そしたら止めてやる」
そう言うとわざとゆっくりと彼の顔が近づいてくる。
ずるい!そう言われると動きようがないじゃあないか。でも止めないと、
「まっ!」
待ってと言おうとした言葉はレイヤの唇で塞がれてしまう。
口を開けていただけにすぐに舌が口の中に入ってきて私の舌も絡め取られて、息も吸い取られるような深い口付けを施されてしまう。
やばい。またされるがままになってしまう。
あまりにも深すぎて体中がしびれたようになる。力がどんどん抜けていく。
強烈な感覚過ぎて彼がようやく放してくれたのに、どれほど時間が経ったのか分からなかった。
「待てと言われても待てるほど余裕もないんだよ。お前がまだ俺にその気になってないのは分かっているが、だからと言ってそんなこと教えられて黙っていられる状態でもない」
唇に残る彼の感触に手を当ててそんな言葉をぼんやりと聴いている。
「抵抗しなかったところを見ると、まだ望みはあると考えていいか?」
先ほどはかなり強引に唇を奪っておきながら、今度は謙虚に聞いてくる。本当にずるい。こう来られると責められないよ。
「前も言ったけど、まだ恋愛まで頭が付いて行ってないの。聖地の件は良く知らなかったし、レイヤやオリセントに誘われても普通に了承しているよ。実際エダの滝に行ったけど話とデザート食べただけで特になにか合ったわけでないし、ゼノンはその話したら次は夜の天空にと誘われただけだし」
冷静になろうとできるだけゆっくりと説明を続ける。
「もうしばらく時間をちょうだい。たしかにレイヤに対してそれなりの気持ちは育っていると思う。でも、すぐに恋人って考えられない。ここは複数恋人になれると言っても私は夫婦になるのが当たり前の世界に住んでいたから、すぐに割り切れないし、かといってレイヤだけを選ぶことは今はできないの」
そう言うとレイヤは手で頭を掻きながら、すこし私から離れる。
「わかったよ。悪かったな。すぐにかっとなっちまうのは悪い癖なんだよ。あーかっこわり~、俺。まさか恋愛ごときでこんなんになるとは情けないぜ」
随分、気まずそうに強引に頭を掻いてる。
「情けないとかかっこわるいとかまったくないよ。だって、レイヤがすごい直接気持ちをぶつけてくれているから、私は恋愛にもすこし前向きになれたのだよ」
レイヤの告白がなければ正直そういう考えを放り出していただろう。
そう言うとレイヤは掻いてた手を止めて、ひとつ大きなため息をついた。
「ありがとよ。まあ今日の授業はすこし冷静になるために離れて行うから、安心してなんでも聞いてくれ」
こうして知りたいことをどんどん質問すると言う形で授業は再開した。
そんな誠実なレイヤの気持ちに応えれるようになろうと、私はこのときは思っていた。
しかし思わぬ出来事が起こり、私の気持ちはどんどん分からなくなっていく。