31.水神の内緒
エダの回想です。
自分の領域である新緑の滝に異変が現れる。
他の神や精霊がこの滝に近寄ることはないだろうし、いるとしたら水の精霊ぐらいだ。でも感じる気はどうみても違っていた。
とりあえず水の中から覗いてみると、1人の少女が懸命に滝の下の川を手で掬って水を飲んでいた。
その姿にあっけをとられる。
あまりにもおいしそうに飲んでいるからだ。
しばらく飲んだ後、急に水しぶきをたたせながら両手で叩き出した。
と、そのとき。いきなり声が聞こえてきた。
「君はだれ?」
思わず、聞いてしまう。
しかし帰ってきたのはその回答ではなかった。
「ぅれしいよぉ・・・人だぁ・・・」
そう言いながらこちらを見ながら崩れるようにその場で座り込む。
「僕は質問しているんだけど?君はだれ?なんで僕の領域にいるの?」
もっと近くで彼女を見るために瞬間移動して彼女の目の前に立つ。
近くで見て彼女の出で立ちが、予想以上に変わっていることに驚く。
まず目に付いたのはその神気。精霊ではありえなくほぼ間違いなく女神だろう。だが、5人しかいない女神の中で彼女のような者をみたことがない。となると、生まれたての6人目の女神だろう。
白金の流れるような腰まである髪に右は金色で、左は薄い紫色のオッドアイに瞳が大きく開きながらこちらを凝視していた。顔立ちはずいぶん幼いがふっくらとした唇がなんとも色気がある。かなり整った顔立ちで愛の女神であるビュアスと並ぶほどの美しさだろう。
だが、身なりがみたこともないような物だった。
白い男性物のようなシャツを羽織っているが、サイズが違うのか胸がぱんぱんに張ってて、今にもボタンがはちきれそうだ。その下は身体にフィットしたスカート。
こんな服装は初めてみる。それにかなり汚れており、よくみると彼女の手足には無数の傷ができている。森に迷ったのだろうか?でもなぜ神が?生まれたてでも神殿に赴くものだろう、神としての本能的に。
「とりあえず、レイヤのところに連れて行けばいっか?えっと、君ちょっとこっちおいで?」
自分で考えていてもわからないし、神殿に連れて行く以外の選択肢はないので問答無用で身体ごと抱きかかえて神殿に連れて行く。
「あれ?君!しっかりして!」
神殿に連れて行った途端、彼女はぐったりと自分に身体をあずけて意識を失った。
「どうなっているんだろう。本当こまるなぁ~」
そういいながら彼女をいったん床に寝かしてから、肩と腰に手を回して抱きかかえる。
豊満な身体つきの割りに思いのほか軽い。
目を閉じている少女の息は、一定のリズムを保っていて疲労によってただ眠ってしまっただけだと告げている。
「うわぁ~軽!ほんとうかわいい女神が生まれたなぁ~」
抱きかかえながら眠っている少女を存分に見る。今ならどんなに見てもだれも咎めないだろう。なぜなら彼女と自分しかいないのだから。
執務室で仕事をしているであろう光神のところに飛び込んで、勝手に部屋の長いすに彼女をそっと寝かす。
レイヤもその場にいたゼノンも彼女の姿を見てひどく驚いていた。事情を説明すると、さっさと侍女を選出し、レイヤは彼女を抱きかかえて連れ出してしまう。
うわぁ~。やっぱりあのレイヤも彼女に興味持っちゃったんだ。よく見るとゼノンまでどこか楽しそうだし・・・。
そう冷静に思っていながらもどこかおもしろくないと感じている自分がいる。
なぜなら彼女を見つけたのは自分だから。
知らず知らずのうちに彼女に対して独占欲を持ってしまっているようで、そんな自分に動揺する。
神殿に連れてきただけで彼女に対してそんな欲を持つことになるとは・・・。
いろいろ考えているうちにレイヤが彼女を白の部屋に寝かしてから戻ってきていた。
「じゃあ彼女が目覚めたら事情を聞くことにしよう」
そんなレイヤの言葉でとりあえずその場は解散する。
しばらくして自分の執務室に最高神の双子に連れられて彼女が来た。よく寝れたのかさきほどよりは顔色がいい。
しかしゼノンから事情を聞いてびっくりする。
人間としての記憶がある???
彼女が森で彷徨っていた理由は分かったが、そんな事例は聞いたこともない。
レイヤが気楽にその記憶を消そうとするが彼女は断固拒否した。
レイヤとしては好意でしているのだけど、彼女には伝わらない。それはそうだろう。
とりあえずはこのままと言うことになるが、どうせ彼女はしばらくすると自ら希望して記憶を封印するんだろうとそのときは思っていた。
それまではなにかと規格外な彼女をとりあえず3人で面倒を見ることとなる。
とりあえずは自分が話するべきかな?今日はそんなに急ぎの用事ないし。
そう思って二人に言うと去り際に神の男女比のことは伝えろと指示してくる。
そりゃあ一番大切なことだ。ひとつは女神としてできるだけ子供を産んでほしいと言うこと。でも、それ以上に周りは男神だらけで彼女自身が身を守る必要があると言う事。
容姿、神気ともにここまで優れていると余計に危険だ。その上、力は不安定なのだから。
彼女は自身の姿も自覚なかったようで鏡を見て驚いている。
それでもいろいろ話していてなかなか聡明であることが分かった。話していても楽しい。
かなり前向きで、この現実を受け止めようと必死だ。
自分でもそれなりに好意を持っていたのは分かっていたが、強くそれを自覚したのはだいぶ経ってからだ。
「ありがとう」
何気なく言った自分の言葉をいきなり涙を流しながら喜んでいる。先日に戦場にオリセントと共に赴き、驚くばかりの活躍をしたと彼から聞いていた。
『それでも彼女ははじめて戦争を目にして衝撃を受けているはずだ。それがどう彼女が受け止めるか分からないが、できる限り俺は支えになって彼女の記憶を消すようなことにならないようしたいと思う』
熱く語った戦神がこう締めくくるのを聞き、自分も慰めてあげたいと考えて今日気分転換もかねてこの滝に連れてきたのだ。
「昨日実は私が女神のせいで助からなかったって、無数の人に責められる夢を見ちゃったの」
その言葉に元気そうに振舞う影で、想像以上に彼女が傷ついているのを感じた。人間の記憶を持っている彼女にはどれほど辛いことだろう。
「ゼノンが気を送ってくれてなんとか落ち着いたし彼もそのままで良いと言ってくれてたけど、エダにもそう言ってもらえると本当にうれしいの」
闇神は眠りと安らぎを司っている。だから彼が一番彼女を慰めるのに適しているのは分かるが、自分がその立場でないことにどこか憤りを感じていた。
涙を拭きもせず泣いている彼女の背中をゆっくりと撫でてながらついその気持ちを口にする。
「それは怖かっただろうね。僕にもゼノンのような安らぎの力がほしいよ。そうすれば君をもっと助けれるのにね」
そういうと彼女はおもいっきり頭を左右に振り、今まで見た中で一番愛らしくうつくしい笑顔で否定してくれる。
「ううん。本当にいまの言葉で十分助けてもらったよ」
正直、彼女と恋人になりたいと言う気持ちはあっても、彼女自身の心がほしいとまで今まで思ってはなかった。しかし、自分が思っている以上に彼女自身に惹かれていることをその笑顔を見て自覚した。
その後、甘いデザートで彼女自ら作ったというプリンと言うものをもらう。素朴な味だがあまりのおいしさに残っているもの全て頂いてしまう。
もちろんおいしかったからなのだが、他の男神にあげてほしくないと言う気持ちもあったのは彼女には内緒だ。
そしてもう一つ、内緒がある。
水の気を纏っている彼女を見ながら心の中で詫びる。ここに連れてくるということの意味だ。ここは水の聖地であり、そこにいる者すべてが水の気を少なからず帯びることになる。
予想以上に彼女が自分の気を纏っているのが彼女を手に入れたような錯覚を覚えて、かなり自分の欲を満たしてくれた。
ようやく4人とも書けました。回想はむずかしいです。
すごく難産です。