28.悪夢
ここもすこし戦争シーンがありますのでご注意ください。
気が付いたらそこは広い空の上を飛んでいた。
あら?私1人で飛べるようになったんだわ。
身体もすごく軽い。
でも、なぜかもう飛びたくないと心が叫んでいる。
こわい。
そちらには行きたくない。
しかし、気ままに空を飛んでいるつもりなのになぜか自分の意思とは別に徐々に地上に近づいていった。
段々地上の騒音が聞こえてくる。
人々の叫び声。金属がぶつかる音。馬が走る音。
「怖い!そちらに行きたくない!やめて!」
身体が向かっているのが戦場だと悟って、必死に逃げるために上に上がろうともがくが、意思とは逆にどんどん下降していく。
やがて視界に赤色が見えてくる。
あたり一面が血しぶきで真っ赤になっているのだ。
「もうやめて!癒しの力ならいくらでも与えるから!」
『ああ。癒しの女神さま』
無数の兵士が私の姿を見つけると戦うのをやめて、血だらけの身体でこちらに寄ってくる。
『来て下さったのですね。でももう私たちには手遅れですよ』
血で染まった無数の手が私に触ろうとしてくる。
「いや!こわい!」
私は少しでも離れるために頭を抱えて身体をよじる。
『あなたがおそかったから私たちは助からなかったのです』
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
ただひたすら謝る。本心からなのか、ここから逃れるために言っているのか、正直のところ自分でもわからない。
『それでよく癒しの女神だなんて名乗れますね』
『名乗るなら私たちを生き返らせてください』
とうとう彼らに腕や肩を引っ張られる。それがひどく冷たく感じた。
「ごめんなさい!そんなことまで私にはできないの!」
本能的に彼らの手を振り払いたくなるが、あまりにも数が多くてどんどん私は囲まれてしまう。
「私だって女神になりたくてなったわけではないの!ただの人間なの!!」
私は橘風香でしかないの!
私なんかが女神だなんてやっぱり無理なんだ。
「フウカ!フウカ!」
男の人の声が必死に私を呼んでいる。
だれ??
その方を振り向くと一瞬にて取り囲んでいた血だらけの手が消えた。
その隙を逃してはだめだと、がむしゃらに声がする光の方へと飛んでいく。
光に手を伸ばした瞬間景色が一転した。
「フウカ!フウカ!」
その声に恐る恐るまぶたをあける。
黒い瞳をした整った顔が、見たこともないほど切羽つまった表情でこちらを見ていた。
「ゼノン・・・・」
彼の名前を口にする。このときようやく自分は夢をみていたことに気が付いた。
夢だったんだ・・・・。
自分の身体がひどく汗ばんでいるのを感じる。神殿の空調はどういう仕掛けか、いつも快適でいままで汗などほとんどかかなかった。つまり冷や汗なのだろう。
私が目を覚ましたことに気が付いて闇神はほっと一息つく。
「フウカ・・・・。大丈夫ですか?」
そう言われて大きく深呼吸する。夢だと判ってもまだ冷静になれない。それほど恐ろしく自分の不安を持った心を抉るような夢だった。
「・・・うん。夢だったのね」
身体はいまだに震えたままだったけど、なんとか返事する。
「フウカ。強がるのは止めなさい。私には弱音を吐いてもいいのですよ?」
ベッドの上で彼に上体を抱きかかえられた状態であったが、そう言いながらやさしく私を抱きしめ私の顔を彼の胸に埋める。
泣いていいの?
先ほどの囲まれた冷たい手と違って、温かい生きた体温を感じて涙が自然にこぼれて来る。
「こ・・・怖かったの。戦いで助けられなかった人が私を責めるの。お前が癒しの女神だから死んだって!数え切れないほどの手が私に伸びてくるの!」
必死にその体温を離すまいと彼の胸に抱きつき、流れる涙を拭きもせずに夢の内容を言う。
彼は黙って私の頭を何度も無言で撫でる。
「やっぱりこのまま女神でいることがダメなの?記憶を消したら完璧な女神になれるの?」
いままで黙っていた不安があふれ出る。このままでいいのかといつも考えていた。そのせいで救えない人もいるのではないかと・・・。
「フウカ。完璧な神などいませんよ。私など欠陥だらけです」
いつも冷静で、すべてにおいて超越している闇神が?
「神と言っても人と代わらない感情があるので失敗もするし、逆に力があるので自分勝手な者が多いのですよ」
たしかに今まで付き合った全ての神はとても感情豊かだった。
「オリセントに聞きましたよ。彼は言っていました。フウカでなければもっともっと犠牲が出ていただろうと」
びっくりして顔をあげると、ゼノンは本当に優しい表情でこちらを見てくれている。
「神は万能ではないのです。全ての者を救うなど、だれであってもできません。逆に全てを救ってはいけないのです。自然の摂理なのですから」
そう言われて、昔聞いた話を思い出す。
食物連鎖は一部は上位の生き物の食料になり、数がほぼ変動しないことで保っていると。もし、一部のものだけがほとんど死なない状態で増え続けたらどうなるか。
餌がなくなり結局、最終的にその増えてた生き物も減少する。
人間にしてもそうだ。神が全てのものを助けたらどうなるか。
やがて住むところ食料が不足し、土地を増やすために戦争が勃発するか、自然を破壊して宅地にすることとなるだろう。前者だとふたたびあの地獄を作ることになるし、後者だとそこで生きる生命を奪うことになる。
そういうことなの?
「私はこのまま記憶があってもいいの?許されることなの?」
「君はつらいでしょうが、君に関わった者たちはそのままのフウカでいてほしいと思っていますよ。私もね」
私の頬をそっと両手で包み込む、まだ涙があふれる瞳にそっと口付けしてくれる。
私をなぐさめようとする闇神の唇のあたたかさから、いてもいいんだと言う気持ちが伝わってもっと涙があふれる。
「泣きたいだけ泣きなさい。溜め込んだからそれは良くない闇として、心に染み付いてしまいます。もう怖い夢を見ないように私の気を与えますので、ゆっくりお休みなさい」
それだけ言うとゆっくりと頭を下げながら自分の唇を私の唇に近づけていく。
ゼノンは一瞬触れ合うだけでなく、私の不安を取り除くかのように、何度も角度を変えながら口付けを続けた。
だが、それは性的なものではなく、闇の神からの安らぎを与える儀式のように感じた。
送られてくる、お母さんに包まれているかのような温かい気を感じながら、やがて何も考えられなくなった。
最近、おもしろいタイトルがつけれません。ちょっとシリアスモードなんで・・・。
早くほのぼの系に戻したいです。
起こすのを誰にしようか迷いましたけど、闇神になりました。