24.戦場に降り立つ女神
すこし残虐なシーンがあります。ご注意ください。
「今日は闇の衣装をお持ちしましたわ」
朝、本当に嬉しそうにセレーナが衣装を持ってきてくれる。いつもノアが衣装持ってきてくれるのに、今日は役割を交代したようだ。
広げて見せてくれたのは色は黒一色のホルターネックで、ティアードのロングスカートだ。首元から布に覆われているのでまだ胸が目立たない。すそが何枚もの黒い生地が重なりあっている。
「か、かわいい!」
こういうスカートは結婚式の二次会でよく好んで着ていた形だ。
「気に入ってくださってうれしいですわ。それにどちらかといえばシンプルなものですけど、フウカ様が着ると本当に鮮やかになりますわ」
着替えて鏡を覗く。確かに髪と眼の色が派手なので、シンプルなスカートでも飾りひとついらない感じ。
けっこう動きやすそうだし、これはいい。
「今日はオリセント様が来られるそうですよ」
そういえば彼に一回授業してもらってからしばらくはなかった。確か、次は人の世界に降りるって言ってたっけ。
思わずゴクリと唾を飲み込む。
そうだ。戦場に行かないとと言う話だった。
お披露目で考える暇もなかったけど、これは癒しの女神として避けて通れない道。
がんばらないと・・・。
とんとん。
ちょうど扉のほうからノックの音がする。
慎重になりながら開けると予想通りで、大柄な戦神が立っていた。
「おはよう。おとといと昨日と大変だったな。火山の神の誕生に立ち会ったんだって?」
オリセントは部屋へ案内するとそう切り出してきた。
「うん。ウリュウって言うんだよ。すごく感動しちゃったよ」
本当にここの神の出産は不思議だ。でもジューンもダリヤもそして生まれたウリュウも幸せそうだったので、立ち会えてよかったって思う。
「なら、彼のお披露目が近々あるな。人間界に行くのはその後にするか?」
オリセントはすこし切なそうな表情でこちらを見ながらそう言ってくれる。その表情で、私のためだけに引き伸ばしてくれているのを痛感した。
「あ、ありがとう。でもできれば今日おねがいしたい。もうその覚悟決めたから。人間界と流れが違うって聞いたし私が躊躇すればするだけ、戦争が激しくなると思うし」
自分自身に言い聞かすように宣言する。すると、しばらくオリセントは私の顔を真剣に見つめ、やがて彼自身決意するように大きく頷きながら私の頭に大きな手をのせる。
「・・・・わかった。しかし、今日は降り立って見るだけにしとくから無理そうならすぐ言え。直ちに連れ戻すから」
そう言ってもう片方の手を差し伸べる。この手を私が取れば戦場に行くことになるんだ。
大きく深呼吸をしてからゆっくりとその手に私の手を添える。
「ずっとこうして肩を抱いといておくから安心しろ」
私を落ち着かせるように頭の上から肩に手を移動し、痛くない程度に強く掴む。
いくぞと言う掛け声と共にまわりの風景が一転した。
その後、私の決意がいかに甘かったか思い知ることとなる。
着いた瞬間、思わず耳を手で塞ぎ眼を閉じてしまった。
なに?あれは・・・。
真っ赤な血しぶきがあちらこちらで噴いている。聴覚では無数の人の悲鳴と金属がぶつかる鋭い音、馬の蹄の音がその場を支配していた。
「大丈夫か?フウカ。とりあえず、いったん帰るか?」
自分でも血の気が引いているのがわかる。見ること聞くことを拒絶したかっこをした私に、戦神は帰還することを薦める。
その甘い誘惑に乗ってしまいたい。でも、そんなわけにはいかないと私の中のどこかが告げていた。
「だ・・大丈夫。ただ、少しだけ時間を頂戴」
そう言って彼にしがみつきながらゆっくりと耳を塞いでいた手をはずし、眼を開ける。
やはりそこは地獄図のような状態だった。もうすでに無数の死体が転がっており、怪我だらけの兵士がそれでも戦いを続けている。
それを私たちはすぐ真上から見下ろしている状態だ。こんなに近いのにこちらにだれも気がついてないので、おそらく姿は見えないのだろう。
「フウカ。なんでたくさんある戦場の中でここに連れてきたか分かるか?」
そう言われて、冷静に答えようと思考をフル回転させるがわからない。無言で頭を横に振る。
「これは個人の私欲によって引き起こされた戦だ。俺は国を守るため、国民のために国土を広げる戦いであればあまり手を出さない。だが、この戦いはたった1人の強欲な奴が周りに偽りをばらまき、こんな大人数の争いになってしまった」
なるほど・・・。たしかに戦いにいい、悪いは無いと思うけど、そんなことが理由では戦っている兵士たちがあまりにもかわいそう過ぎる。
「だから俺はそいつに天罰を下した。しかし戦いは止めることができなかった」
そういう彼の表情は今まで見たこと無いほど苦悩に満ちている。戦神だから彼は誰よりもこんな地獄を見続け、自分の無力に嘆いていたんだろう。
「今日は見るだけで帰るが、できれば近いうちに希望として癒しの力を彼らに与えてほしい」
私も与えたい。今すぐにでも。でも、癒しを与えても再び戦うだけだ。
「ねえ、オリセント。彼らに声を届かせることはできないの?私たちの存在を分からせるのはだめなことなの?」
この場で戦争止めなさいと言えないのだろうか。神の言葉ってことで聴いてもらえると思うけど・・・。
「神の世界全体で禁止しているわけでない。レイヤとかビュアスはよく人間に姿を現したりしている。だが、俺が戦場に出てしまうと戦いが過熱するだけなんだ」
戦神だからその姿を見ると攻撃力が自然に増してしまうとは・・・。だから止められないのか。
「だったら私が出るわ!今、止めればそれだけ助かる人や生き物がいるのだから。癒しなら効果あっても大丈夫でしょ?どうやったら声かけたり姿を現したりできるのか教えて!」
こうして私は、初めて人類の前に姿を見せることになった。
「今すぐその無意味な殺生をやめなさい。我が名はフウカ。お前たちの戦いの元である者はもうすでに、戦神オリセントによって天罰を下されています。この戦争に双方とも利はありません」
オリセントは姿を見せられないし、かと言って自分自身で飛ぶ自信はないのでオリセントに頼んで私の顔のみ空中に現れるようにしてもらう。
いきなり天から現れた声に、あれほど大きかった騒音がぴたりと止む。不思議なものでこちらは普通に話ししているのに、その場にいる全ての脳に直接話しかけている感じになっている。だから聞こえない人はいないのだ。
私の顔を何万と言う人が指差しながら見上げている。
「私は癒しの女神です。武器を収める全てのものにひとまずの癒しを与えましょう。戦うより前に話し合い、相手を慈しむ心を養ってください。そういう者には私から祝福を授かることになるでしょう」
それだけ言う。こんな感じで大丈夫かな?女神っぽく言えたかな?手を握ってくれているオリセントのほうを振り返るとこちらを凝視し、笑っているのか泣きそうになっているのか微妙で複雑な表情をうかべてうなずいていた。人間に声と姿を現すのをここで止めて貰う。
私の姿が消えたのを人々はまだ呆然と見上げている。
「じゃあ癒しの力を与えるね」
オリセントが同意するのは分かっていたので、そのまま気を天空から送り続ける。匂い袋作ったときの要領なので、できることはわかっていた。ただ、対象がひろすぎるけど。薄めに広くと意識すると私の体から大きな気の塊が出て、それが一気に膨大し、今まで地獄図のような戦場だった草原一帯を覆い尽くしていた。
あ、なんとかできた・・・。
そう思った瞬間私の体から一気に力が抜ける。
倒れる。
崩れ落ちた身体を隣にいたオリセントが、離すまいと抱きしめてくれたのがここでの最後の記憶だった。
残虐なシーンはできるだけ少なめにしました。
戦争って怖いですよね。初めて人に姿を現しました。これからフウカ信仰と癒しの術(ドラクエで言うホイミ系ですね)が人間界に浸透していくのです。
次は人間側からとオリセント側からの話にしようかと思っています。
あと、最近フウカの服装を考えるのが好きになってきました。ネットでいろんなサイトを見て参考にしています。どんなのかこの文章で分かるかな?ちょっと心配です。